表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/28

第11話 神殿

 女神様は私を連れて、神殿の前までやってきた。

 目の前には、王城に次いで王都で二番目に高く大きな建物が広がっている。

 神殿は白を基調とした美しい建物で、遠くから見物に訪れる人も多い。

 私にとっては長年暮らした場所だったが、死の直前の一年を牢で過ごしたせいか、今はどこか懐かしさを感じた。


 けれど、目の前の神殿には、私が知っている頃とは違う雰囲気が漂っていた。

 雷雨はまだ続いており、そんな中でも神殿には多くの人々が詰めかけている。

 しかも、その様子はどこか荒々しく、至るところで小競り合いが起きていた。


「この嵐はいったいいつ止むんだ! 女神様の天罰だっていうなら神殿が何とかしろよ!」

「お引き取りください! お越しいただいても、こちらでは対応できません!」


 すぐ近くでも、男と神官が揉めていた。

 どうにか説得して追い返したようだが、神官の表情は疲れ切っており、騒がしい神殿にうんざりしているのが見て取れる。


「……まったく。エステル様もカレン様も、問題だけ残していって困ったものだ」

「ああ。自分でなんとかして欲しいものだな」


 神官たちの会話を聞き、女神様は眉をひそめた。

 天罰でも落とすのかとヒヤヒヤしたが、女神様はニヤリと笑った。

「エステル。この者たちに、何か言っておやりなさい」

「何か、ですか?」

「ええ。あなたの存在がほんの少しだけ感じられるようにしておいたから、声くらいは届くわ」

 女神様がそうおっしゃるのなら……と、私は神官たちに向かって話しかけた。

「あの……私はすでに死んでおりますので、今回の混乱には対応できません。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

「「!!!!」」

 私がそう言った瞬間、神官たちの顔が真っ青になった。

「い、今……エステル様の声が……」

「ひいいいっ!!!!」


 神官たちは逃げるように神殿の中へ駆け込んでいった。

 あまりの慌てぶりに、途中で盛大に転んでいる。


「ふふっ! エステル、亡霊の才能があるわよ!」

「ありがとうございます?」

「さあ、わたくし達も中に入りましょうか」


 ご機嫌な様子で神殿の中に入っていく女神様の後を追う。

 その途中にも祈る人、治療を願う人、そして、神殿に怒りをぶつける人達がいた。

 治療が必要な人には早く対応した方がいいと思うのだが、神官達は手が回っていないようだ。


 祈りを捧げている人の多くは、天候が鎮まることを願っていた。

 そして……私に対して謝罪をする声も聞こえた。

 処刑の場で女神様を目にした人も多くいるため、私に対する信頼は戻っているようだが……。

 カレンに対しては戸惑いもあるようで、神殿に説明を求めている声も多い。


「エステル様が無実だったということは、カレン様の正体は何だったのだ!?」

「神殿はどうして気がつかなかったのだ!」

「これからは治癒の魔法を使える者がいなくなる、ということなのか!?」

「そんな……」


 魔法による治癒がなくなったということに、続々と不安の声があがっていく――。


 この世界での主な治療方法は二つだ。

 回復薬や魔道具などを使った治療、そして魔法だ。


 魔法による治療は薬も道具も必要なく、聖女の魔力があれば叶う。

 そして難しい怪我や病気も治すことができるので重宝される。

 だが、これからは『聖女であれば簡単に治せたものが治せなくなる』ということも出てくるだろう。


 混乱が広がる中、奥の扉が開いた。

 数人の神官を引き連れてやってきたのは――。


「鎮まるように」


 清々しくも威厳を湛えたその声の主は、カレヴィ神官長様だった。

 その声だけでなく、姿までもが人目を引く。

 瞬く間に場の視線が一斉に集まるのも無理はない。

 長く流れる銀髪に、端正で整った顔立ち。

 まるで年若い青年のように見えるが、神官長として長年にわたり神殿を束ねてきた、年齢不詳の方だ。

 敬虔な信仰心と揺るぎない指導力を備え、私も幾度となくその厳しい教えを受けた。

 久しぶりにお姿を拝した私は、その威光に思わず背筋を伸ばし、体がこわばるのを感じた。


「悲しい行き違いにより、我々は聖女エステルを失いました」

「『悲しい行き違い』って何よ」


 女神様が腕を組んで神官長を睨んでいる。


「しかし、女神様がご降臨になり、我らの誤った道を正してくださいました! これからも私たちは女神様を信仰し、人々を正しき道へと導いてまいります! さあ、女神様に祈りを捧げましょう!」」


 神官達が一斉に跪き、祈りを捧げ始める。

 押しかけていた人達も空気にのまれたのか、大人しくその様子を見守った。


「口が上手いようだけれど、『めでたしめでたし』じゃないからね? そぉれ、天罰!」


 女神様のかけ声と同時に、窓の外が眩い閃光に包まれた。

 その直後、ドーンッという轟音とともに、神殿の屋根に雷が落ちる。

 地響きが建物全体を揺らし、人々の悲鳴があがった。


「落雷だなんて……め、女神様がお怒りだ……!」

「女神様は神殿に天罰を下した!」

「神殿にいたら危ないぞ! 逃げろ……!」


 慌てて神殿を飛び出していく人々をよそに、神官長はただ窓の外を見つめ、呆然としていた。


「め、女神様……どうして……」

「神官長様、どういたしましょう……我々も避難しますか!?」


 周りの神官が話しかけても、神官長は動かない。

 それほど女神様から天罰を受けたことにショックを受けたようだ。


「神官長様、早く我々も……! ……おや?」


 一人の神官が、人々が逃げていなくなった場所に目を向けた。

 もう誰もいなくなった……と思っていたら、男が一人残っていた。

 男は慌てることなく不気味に佇んでいる。

 様子がおかしいと思っていると、女神様が呟いた。


「あら。こんなところにまで、魔物が入ってくるなんて」

「!」


 よく見ると、確かに男の背中に寄生型の魔物がついていた。

 大きな蜘蛛のような姿だが、魔力が少ない者の目には映らない。

 この中だと神官長なら見えると思うのだが、まだ外を見ていて気づいていないようだ。


「た、助けた方が……!」


 女神様に視線を向けたが、まったく動く気配がない。

 手助けをするつもりはないようだ。

 私は亡霊だし、何もできない……!


 佇んでいた男が動き出し、神官長様に向かって走り始めた。

 この魔物は魔力が高い者に寄生しようとする。

 このままでは神官長様が危ない!


「神官長様!」

「!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ