第11話 神殿
女神様は私を連れて、神殿の前までやってきた。
目の前には、王城に次いで王都で二番目に高く大きな建物が広がっている。
神殿は白を基調とした美しい建物で、遠くから見物に訪れる人も多い。
私にとっては長年暮らした場所だったが、死の直前の一年を牢で過ごしたせいか、今はどこか懐かしさを感じた。
けれど、目の前の神殿には、私が知っている頃とは違う雰囲気が漂っていた。
雷雨はまだ続いており、そんな中でも神殿には多くの人々が詰めかけている。
しかも、その様子はどこか荒々しく、至るところで小競り合いが起きていた。
「この嵐はいったいいつ止むんだ! 女神様の天罰だっていうなら神殿が何とかしろよ!」
「お引き取りください! お越しいただいても、こちらでは対応できません!」
すぐ近くでも、男と神官が揉めていた。
どうにか説得して追い返したようだが、神官の表情は疲れ切っており、騒がしい神殿にうんざりしているのが見て取れる。
「……まったく。エステル様もカレン様も、問題だけ残していって困ったものだ」
「ああ。自分でなんとかして欲しいものだな」
神官たちの会話を聞き、女神様は眉をひそめた。
天罰でも落とすのかとヒヤヒヤしたが、女神様はニヤリと笑った。
「エステル。この者たちに、何か言っておやりなさい」
「何か、ですか?」
「ええ。あなたの存在がほんの少しだけ感じられるようにしておいたから、声くらいは届くわ」
女神様がそうおっしゃるのなら……と、私は神官たちに向かって話しかけた。
「あの……私はすでに死んでおりますので、今回の混乱には対応できません。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「「!!!!」」
私がそう言った瞬間、神官たちの顔が真っ青になった。
「い、今……エステル様の声が……」
「ひいいいっ!!!!」
神官たちは逃げるように神殿の中へ駆け込んでいった。
あまりの慌てぶりに、途中で盛大に転んでいる。
「ふふっ! エステル、亡霊の才能があるわよ!」
「ありがとうございます?」
「さあ、わたくし達も中に入りましょうか」
ご機嫌な様子で神殿の中に入っていく女神様の後を追う。
その途中にも祈る人、治療を願う人、そして、神殿に怒りをぶつける人達がいた。
治療が必要な人には早く対応した方がいいと思うのだが、神官達は手が回っていないようだ。
祈りを捧げている人の多くは、天候が鎮まることを願っていた。
そして……私に対して謝罪をする声も聞こえた。
処刑の場で女神様を目にした人も多くいるため、私に対する信頼は戻っているようだが……。
カレンに対しては戸惑いもあるようで、神殿に説明を求めている声も多い。
「エステル様が無実だったということは、カレン様の正体は何だったのだ!?」
「神殿はどうして気がつかなかったのだ!」
「これからは治癒の魔法を使える者がいなくなる、ということなのか!?」
「そんな……」
魔法による治癒がなくなったということに、続々と不安の声があがっていく――。
この世界での主な治療方法は二つだ。
回復薬や魔道具などを使った治療、そして魔法だ。
魔法による治療は薬も道具も必要なく、聖女の魔力があれば叶う。
そして難しい怪我や病気も治すことができるので重宝される。
だが、これからは『聖女であれば簡単に治せたものが治せなくなる』ということも出てくるだろう。
混乱が広がる中、奥の扉が開いた。
数人の神官を引き連れてやってきたのは――。
「鎮まるように」
清々しくも威厳を湛えたその声の主は、カレヴィ神官長様だった。
その声だけでなく、姿までもが人目を引く。
瞬く間に場の視線が一斉に集まるのも無理はない。
長く流れる銀髪に、端正で整った顔立ち。
まるで年若い青年のように見えるが、神官長として長年にわたり神殿を束ねてきた、年齢不詳の方だ。
敬虔な信仰心と揺るぎない指導力を備え、私も幾度となくその厳しい教えを受けた。
久しぶりにお姿を拝した私は、その威光に思わず背筋を伸ばし、体がこわばるのを感じた。
「悲しい行き違いにより、我々は聖女エステルを失いました」
「『悲しい行き違い』って何よ」
女神様が腕を組んで神官長を睨んでいる。
「しかし、女神様がご降臨になり、我らの誤った道を正してくださいました! これからも私たちは女神様を信仰し、人々を正しき道へと導いてまいります! さあ、女神様に祈りを捧げましょう!」」
神官達が一斉に跪き、祈りを捧げ始める。
押しかけていた人達も空気にのまれたのか、大人しくその様子を見守った。
「口が上手いようだけれど、『めでたしめでたし』じゃないからね? そぉれ、天罰!」
女神様のかけ声と同時に、窓の外が眩い閃光に包まれた。
その直後、ドーンッという轟音とともに、神殿の屋根に雷が落ちる。
地響きが建物全体を揺らし、人々の悲鳴があがった。
「落雷だなんて……め、女神様がお怒りだ……!」
「女神様は神殿に天罰を下した!」
「神殿にいたら危ないぞ! 逃げろ……!」
慌てて神殿を飛び出していく人々をよそに、神官長はただ窓の外を見つめ、呆然としていた。
「め、女神様……どうして……」
「神官長様、どういたしましょう……我々も避難しますか!?」
周りの神官が話しかけても、神官長は動かない。
それほど女神様から天罰を受けたことにショックを受けたようだ。
「神官長様、早く我々も……! ……おや?」
一人の神官が、人々が逃げていなくなった場所に目を向けた。
もう誰もいなくなった……と思っていたら、男が一人残っていた。
男は慌てることなく不気味に佇んでいる。
様子がおかしいと思っていると、女神様が呟いた。
「あら。こんなところにまで、魔物が入ってくるなんて」
「!」
よく見ると、確かに男の背中に寄生型の魔物がついていた。
大きな蜘蛛のような姿だが、魔力が少ない者の目には映らない。
この中だと神官長なら見えると思うのだが、まだ外を見ていて気づいていないようだ。
「た、助けた方が……!」
女神様に視線を向けたが、まったく動く気配がない。
手助けをするつもりはないようだ。
私は亡霊だし、何もできない……!
佇んでいた男が動き出し、神官長様に向かって走り始めた。
この魔物は魔力が高い者に寄生しようとする。
このままでは神官長様が危ない!
「神官長様!」
「!」




