表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/28

第10話 お茶会

 私と女神様は何もない白い空間に戻ってきた。

 棺には私の亡骸が横たわっている。

 体の修復は進んでいるのか、首に入った赤い線が少し減っていた。


「まだ時間がかかるわ」


 棺の横で佇む私に、人の姿に戻った女神様が話しかけた。

 女神様は私を励まそうと、色んなところに連れて行ってくださる。

 でも……もう私はどこにも行きたくない。


「『終わりの時』まで、私はここにいてはいけないでしょうか」


 そう尋ねると、女神様は苦笑いを見せた。


「……ねえ、エステル。あなたは聖女としての使命のみを果たす日々を送っていたでしょう? 何かやりたいことはなかった?」

「やりたいこと、ですか?」


 決められたことをこなしていく忙しい日々の中で、思ったことといえば……。

 また三人で過ごしたいと願ったことはあったが、それ以外が浮かばない。


「すみません。これと言って、特には……」

「そう……。じゃあ、とりあえずお茶にしましょうか」


 女神様がパンパンッと手を叩くと、景色はまたネモフィラの花畑になった。

 爽やかな風と、花の香りが気持ちを落ち着かせてくれる。

 何度見ても見ても素敵な光景だ。


 今回は、花畑の中にある芝生の広場に立っていた。

 広場の中心には真っ白なテーブルクロスを敷いた丸いテーブルがある。


「エステル。こちらにいらっしゃい」


 対に置かれた椅子の一つを引いた女神様が私を呼ぶ。

 女神様にエスコートされるなんて恐れ多い。

 遠慮したかったのだが、断るのも申し訳ない。

 礼をして座らせて頂いた。


 それを見て満足げに頷いた女神様がパンパンッと手を鳴らすと、テーブルの上に色とりどりのケーキと紅茶が表れた。

 美味しそうであることはもちろん、食器もケーキもすべてが華やかで可愛い。


「すごい……。このケーキを立体的に収納する入れものも素敵です」


 金の鳥かごのようなデザインで、ここにもネモフィラの装飾がついていてお洒落だ。

 一番下には、サンドイッチがある。


「それはケーキスタンド。これはわたくしが人として生きていたときに、自分への豪褒美にしていたオキニのお店のアフタヌーンティーよ」

「オキニ……」

「お気に入り、ね」

「なるほど」


 向かいの席に腰掛けながら、女神様が説明をしてくれた。

 女神様が大切にしていらっしゃる思い出を共有させて頂けるなんて光栄だ。


「素敵です」

「ふふっ。遠慮しないで食べてね」


 そう言うと、女神様は優雅に紅茶を飲み始めた。

 私も頂こうかと思ったけれど……やはり気が引ける。


「本当によいのでしょうか。そもそも私は亡霊ですが……食べられるのですか?」

「このわたくしが作った空間では、生きていた頃と変わりなく過ごせるわ。フォークも持てるでしょう?」


 女神様が私の前にあるフォークを見ているので持ってみる。

 公爵邸ですり抜けたように、フォークにも触れられないかもしれないかと思ったが……。


「持てました!」


 女神様にその様子を見せると、にっこりと微笑んでくださった。

 あ……フォークをこんな風に持って、行儀が悪かった。


「……失礼しました。こちらを頂くときは、作法やマナーなどはあるのですか?」

「あるけど……気にしないで好きに食べて。でも、ちゃんと零さずに食べるのよ?」


 女神様は私をからかっているのか、小さな子に言い聞かせる母のように笑った。

 少し恥ずかしくなっていると、フォークに刺した苺を前に差し出された。


「ええっと……?」

「苺は嫌いかしら?」

「好き、です」

「よかった。どうぞ、あーん」


 本当に女神様にこんなことまでして頂いてもよいのだろうか。

 熱心に女神様を信仰していた神殿の神官長がこの光景を見たら卒倒しそうだ。

 苺を差し出したまま、女神様は引く様子がないので恐縮しながら苺を頂く。


「美味しい!」


 こんなに甘くて美味しい苺は初めでびっくりした。


「そうでしょう? わたくしはあまおうが好きなの。さあ、食べましょう」

「はい!」


 神殿での食生活は質素で、甘味をとることはほとんどなかった。

 稀に参加したパーティーなどで頂けることはあったが、こんなに「好きに食べていい」と言われたことはない。

 美味しい……いくらでも食べられる! 

 夢中になって食べてしまっていたが、にこにこしながら私を見ている女神様に気がついてハッとした。


「す、すみません……はしたないことをしてしまいました」

「ううん、そうやって一緒にもりもり食べてくれると安心するわ」

「安心?」

「わたくしは神だから太ったりはしないんだけれど、こんなにカロリーを取るのは罪悪感がすごいのよねえ」

「確かに、こんなに素晴らしいケーキをたくさん頂くのは罪悪感があります」

「うーん……罪悪感違いだけどまあいいか。とりま、道連れで爆食かますわよ!」

「え? あ、はい!」


 よく分からなかったけれど、女神様が気合を入れたので私も身を引き締めた。

 でも、亡霊だからかそれほどお腹が膨れることはなく――?

 女神様はお腹がいっぱいになり、しばらくケーキはいい……と、遠い目をさていたけれど、私は割と難なくテーブルの上にあるものを残さず食べることができた。

 食後は少し、女神様と花畑を散歩することにした。


「はあ、食べたわね~。なんだかあの雲、ケーキに見えるわ……早く風で散ってくれないかしら」


 そう言ってお腹を押さえる女神様に思わずにこりとしてしまう。

 私もたくさん食べて、花の香りに包まれ……隣には女神様がいる。

 こんなに幸福なことがあるだろうか。

 本当にこのまま逝けたら――。


「ちょっと? またよくないことを考えているわね? 女神の天罰!」

「ふわっ!?」  


 急に横腹を人差し指で刺され、びっくりしてしまった。


「す、すみません……」


 ドキドキしながら謝る私を見て、女神様は優しく微笑んでいる。

 私が暗くなっていたから、和ませてくださったのだと悟った。

 女神様は本当に『友人』のように接してくださる。

 ……本当にありがたいことだ。


 女神様は私の『したいこと』を聞いてくださったけれど、私にもできることはないだろうか。


「女神様が『したいこと』ないのでしょうか。私にできることならお手伝いしたいです」


 そう伝えると、女神様はきょとんとしていたが、すぐに目をキラキラさせた。


「なんていい子なの! 死んでいるというのに、わたくしの希望を聞いてくれるなんて!」

「あ、そうですね……死んでいる私にできることは、あまりないかも? 申し訳ありません……」


 思わずそう言うと、女神様はまた天罰だと横腹を刺してきた。

 謝るな、ということらしい。


「じゃあ、手伝って貰える? ――わたくしの天罰祭りを」

「はい! ……って、え? 天罰祭り?」

「ええ」


 女神様は不敵に微笑んでいる……。

 私に対する先ほどの天罰は冗談だったけれど、これは冗談ではなさそうだ。

「女神様が天罰を下す」ということを改めて考えると、その重さに思わず息をのんだ。


「天罰の対象は……」

「王都の神殿」

「!」


 王都の神殿——。

 そこは私の長年の生活の場所だったところだ。


「エステル。わたくしはあなたに、たくさんの可能性を与えたの。今までの聖女よりもね」


 突然の女神様の告白に驚く。


「そうなのですか?」

「ええ。それなのに、死なせてしまうなんて……。わたくしの怒りをたっぷりと思い知って貰いましょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ