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小話 5

 


 5

 


 そこから何がどうなってこうなったのかは知らない。

 私はちゅうを舞っていた。

 ここは深青のベッドだったはずだがなぜか結構高度の高い空にいる。

 メイドさんたちが用意してくれた寝巻きだったはずがなぜか制服を着ているし。

 先輩の漫画を持っていたはずの手にはスクールバッグがあるし。

 深青と一緒だったはずがなぜか一人だし。

 深夜しんやだったはずなのに朝だし。

 混乱はしているのだがみょうに頭はさええている。

 こうしている間にもどんどん私の体は落下していく。

 空は青く、雲は白い。

 太陽がばかみたいにまぶしくて。

 カチリ。今まで私の感情を制御せいぎょしていたスイッチが消えた感覚がする。

 私の中の何かが動き出す予感がした。

 もうすでに変わり始めているのか、これから起こることに笑みがこぼれた。

「うわああああああ‼︎」

 思いっきり叫ぶと、ふたが開いたように感情があふれ出してくる。

 叫び続けて、息を切らして下を見ると、どこかの地表が見えた。建物を上から見ると、こんなにも小さなものなんだと、落下しながらぼんやり思う。

 上を見る。どこまでも続く青い空に圧倒される。

 意味もなく涙が出て、目をぬぐった瞬間。

 風に揉まれ、目を開けていることが困難になる。

「うわ!」

 思わず声を出して驚いてしまった。

 刹那せつな、落下がピタリと止む。

 気づくとそこは、私が通う学校の上空だった。

 落下がやまなければ私は今頃——と思うとゾッとした。

 死にたいはずなのに、死ぬのは怖いのだ。

 ネットで調べると、正常反応らしい。狂乱状態だとこわく無くなるのだろうか?

 そんなことを思っていると、私をちゅうに引き留めていた力がふっと消える。

 ドサッ!

「いった……」

 咄嗟とっさに手をついたからか、手のひらをりむいてしまっている。じんわり血がにじんでくる。徐々に出てきたヒリヒリとした確かな痛みに、ここは現実なのだと強制的に理解させられる。

 学校の屋上に倒れ込んだ私は、これからどうすればいいか途方とほうに暮れた。

 普通に学校に行けばいいのか?なんて考えていると。

「あ、んた、いま、空から……!」

 悲鳴に似た声が聞こえ、そちらを向くと——先輩の漫画の表紙にいた少年によく似た子がいた。こちらを見て呆然ぼうぜんと立ちすくんでいる。少年は季節外れの長袖カーディガンを着ていて、なんとも暑そうだ。それから、瞳。印象的な深い緑だった。

 ……ん?そらから?

 そうか、私は第三者から見たら空を飛んでいるように見えたのか。

「気のせい気のせい。普通にそこからきた」

 びしっと屋上の扉を指す。

「絶対違う」

 見ず知らずの少年につっこまれてしまった。

 タイを見ると一年生の色である青だったため、多分同級生。

「それ、うちの制服だよな、誰だよあんた」

 少年はジトッとした目で私を見る。

 こっちのセリフだよ。誰君だれきみ。転校生?

 声に出ていたらしく、睨まれる。

 うわ怖。

「ねぇ、君。ここってどこ?」

 私も軽く睨み返してやりながら、聞いてみる。

 彼は一瞬ぽかんとして、まため付けるような視線を私に向けて言った。

「日本だよ」

 大袈裟おおげさな仕草で国旗を宙にえがく。

 普通にイラっとする。

「それぐらい分かるよ。どこの学校かって聞いてるの」

 詰め寄って聞くと、距離を取るように一歩下がった少年の顔には、こいつ頭おかしいのか、と書いてある。

朱華はねず高校、だけど」

 少年から出た学校名は間違いなく私が通う高校の名前だった。

 ズキン、頭が痛む。

「まじかぁ……」

 私の通う朱華高校には、海が見える場所にはない。

 だが、屋上のフェンスの奥に光るのは、朝日を受けて光る海。

 ここって、どこだよ……まさか未来?

「今って何年?」

 まさかこのセリフを自分が言う日が来るなんて思っていなかった。

「はぁ?そんなのわかるでしょ、」

「いいから」

 荒い口調で言うと、少年はビクッとして、答えた。

「……二〇二五にせんにじゅうご年」

 は?と、頭がフリーズした。

 ここは未来じゃない、過去でもない?私が今まで生きてきたのも二〇二五年だ。

 じゃあなんで、

「なんで海があるの?」

 車のライトの偽物の海じゃない、本物の、光にきらめく海だ。

 それを今は、恐ろしく思った。

「そりゃそうでしょ、海なんか一朝一夕いっちょういっせきでなくなんないし、ていうか、さっきからなんなんだあんた!いきなり空から降ってくるし、質問責めするし!」

 今度は少年の方から詰め寄ってくる。

 一歩下がると、背中に当たったフェンスが音を立てて揺れた。

「私は佐倉さくら夕希。朱華高校一年三組、なはず。君は?」

 私が言うと、少年は少々面食らった顔をして。

百井ももい夕交ゆうま。朱華高校一年三組」

「ふーん、少年、夕交って名前なんだ、ぽくないな」

 少し離れて上から下まで見てみるも、夕交感は全くしない。

 私より少し高い背、サラサラの黒髪。少しだけ崩して着ている制服。

「少年ってなんだよ、あんた同い年だろ?」

 私の視線から逃れるように自分の体を抱きしめる。

 腕細いなぁ。

 ジロジロみるのも悪いかなと思い、少年から視線を外す。

「いや、少年。君、夕交って感じしないから」

 まあ、いい名前ではあると思う。

 夕日が交わる。

 素敵だな、親がロマンチストだったり?

「そんなんわかってるよ……」

 いきなり顔をゆがめた少年。

 しまった、地雷を踏んでしまった。

 すこし焦っていると、少年は苛立いらだちを残した顔で私に向けて手を差し出した。

「なに?」

「あんた、転校生でしょ?職員室まで案内してあげるよ」

 そう言って屋上の扉に歩き出した少年。

「え、私」

「あんたは初めての学校で、職員室までの道がわかんなくて、迷って屋上に辿たどり着いた。そこにたまたまいた俺が案内することになった、そうでしょ?」

 私のかすかな拒絶きょぜつに、振り返り、話を合わせてくれる。

 少年はカーディガンのポケットから鍵を取り出し、屋上の扉に鍵をかける。

 少年がそんなことをする義理なんてないはずなのに。

 いや、というかここがどこだかもわかんないし、この学校に私が転校するって多分違うし、そもそも私はここの学校の生徒だし。

 そんなことを思っているうちに少年に手を引かれ、職員室に着いてしまった。

 どうしよう、私ってこれ見つかったら不審者ですとかにならない?

 とかいう不安も不要だったようで。

「あー!もー、探したのよ佐倉さん!あれ、夕交くん、案内してくれたの?」

 職員室の扉の前で待っていたのか、ふわふわとした女性が走ってくる。

 私のクラス担任である、みさきちゃんこと朽葉くちばみさきだった。

「はい、佐倉サンが迷ってたんで」

 先生にもそっけない、でも、すこし——柔らかい?ような、気が、

 パッと少年を振り返ると、愛おしいものを見る目で、みさきちゃんを見ていた。

 ああ、なるほど。そういうことね。

「百井くん、ありがとう」

 上辺で笑って、先生に向き直る。

 少年が去っていく音がして、先生が少年を目で追っているのを見てしまった。

 みさきちゃんさっき、少年のこと夕交って呼んでた?

 っていうことは両思いなのか?

「ああ!佐倉さん、説明しなきゃね!」

 先生が少年を見送って数秒、ふと気づいたように私に向き直った。

「先生って百井くんのこと好きなんですか?」

 思ったことが言葉にすぐ出過ぎた。やってしまった、と思うも、もう遅い。

「そ、そんなんじゃないわ!も〜!……私の婚約者の弟なの」

 その言葉に先生の手を見ると、右手にペアリング、左手に婚約指輪がはまっていた。

 私が知っている学校のみさきちゃんは、婚約者はおろか恋人さえいなかった。

 これではっきりした。

 ここは、私の知っている朱華高校ではない。

 そして、この世界は私が知っている世界ではない。

 更に、都合のいいことにこの世界の学校には私が在籍ざいせきすることになっている。

 あとみさきちゃんに彼氏がいる。

「先生、変なこと言い出しちゃってすみません!説明お願いします」

 誤魔化ごまかすように笑いながら先生にいうと、もうっ!とぷんぷんされた。

「はい、佐倉夕希さんね、朱華高校にようこそ!私は朽葉岬。今日から私がクラス担任をする三組に編入してもらいます。挨拶は大雑把おおざっぱでいいから。あと、百井くんのこと、秘密でね」

 最後だけ声のトーンを下げて言われた。

「婚約者さんの〜ってことですか?」

 もちろんですよという気概きがいを込めてぐっと親指を立てる。

「違う違う、まあそれもそうだけど……屋上にいたでしょ?あの子。それ秘密ね?」

 ああ、少年はなんで私を助けるんだろうと思っていたが、そういうことか。屋上にいたことばれちゃいけなかったんだね、なるほど。

「つまり。みさきちゃんが百井くんに勝手に屋上の鍵をあげた、と?」

 名探偵夕希。

 先生は周りを見ながら、秘密だよ⁈他の子とか先生には言わないでね⁈と焦っている。そんな姿も可愛いね、みさきちゃん。だから少年も好きになっちゃうんだよ。

「じゃあさ、みさきちゃん」

 ニタァ……と笑う私。

 自分の顔は見えないけれど、結構だいぶん悪い顔だったと思う。

 さてこれ《・・》の出番はいつになるかな。

次回ッ!佐倉夕希、吐くッ!デュエルスタンバイッ!

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