小話 4
4
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様でした!」
だらっと過ごした部活も終わり、深青と一緒に私の家へ帰る。
校門の近くに停まったお迎えの車に乗って、おしゃべりする。
相変わらず黒塗りの高級車で、執事の月舘さんは顔が整っていて紳士で優しかった。
何を隠そう深青の想い人は彼である。
私はいいと思うよ。収入も安定してるし、何より深青の事を一番に考えている人だ。
車で寄ってもらって家に帰ると、お母さんはいなくて家の電気はついていなかった。
スーツケースに下着と歯ブラシ、教科書、お気に入りの本、スマホの充電器、スキンケア用品を詰めて、紙袋にお土産を持って家を出る。
生ぬるい初夏の空気を感じながら、私は車に乗り込んだ。
いこうか。深青の声で発進した車に揺られて、深青の家まで行く。
空はまだ、薄明るかった。
夏は嫌いだった。
夜がなかなか、来ないから。
夜は好きだった。
静かで、肌寒い風が吹いて、自分がいないように思えて楽だった。
窓の外の空を見つめていると、深青が囁くように歌い出した。
夜よ来い、夕日が死に、君が生まれる
朝よ来ないでくれ、夜に生きて欲しい
まだくるな、明くる朝よ
まだ夜と別れたくない
その静かな歌声に、私はそっと耳を傾けた。
深青が歌い終わった頃に、エスパーかよ、というと、深青は何が?と不思議がっていた。泣きそうになってしまったのは、なぜだろうか。
そのあと、どちらからともなく同じ歌を歌い出した。深青が透き通るメロディーを歌って、私が突き抜けるようなソプラノを歌った。
この曲を知っていたのか、月舘さんが小さく、アルトを歌っていた。
光で溢れた夜の景色が美しかった。
ただただ、美しくて。夜の海ような光に目を奪われた。
車のライトが波のさざめきのようだった。
ああ、海に行きたい。
呟いて、少し後悔した。どうせ、行けっこない。
まあいっか。別にどうしても行きたいわけじゃなかったし。
こうして、私は『諦め』の箱にまた一つ希望を投げ入れた。
心の端っこが冷えて固まった気がした。
それから深青の家まで、ずっと無言だった。
時々、オシャレな洋楽のハミングが運転席から聞こえた。知っている曲も知らない曲もあったけれど、月舘さんの声に安心感があって深青と一緒に眠りこけてしまった。
覚醒した時、場所は深青の家のすぐそばだった。
ぼんやりと窓の外を見つめて、ゆっくり意識が戻ってきた時、深青を起こした。
深青はまだ眠そうだったけれど、カバンを持って下車する用意をした。
疲れたのだ。迫り来る日々に、いつも通りの日常に。
いや、深青はどうか知らないけど。
「着きましたよ、お嬢様方」
月舘さんがドアを開けてくれる。毎度のことだが、お嬢様と呼ばれたり、そういう扱いをされると照れるし気まずい。慣れていないからね。
深青は慣れているから、当たり前に、うん、と返事をして月舘さんにエスコートしてもらって車から降りる。
その流れで私も車から降りるのだが、月舘さんの差し出された手に私の手を載せるのには躊躇した。
結局はエスコートしてもらったのだが。
玄関で深青のご両親が出迎えてくださった。
「久しぶりに来たな、夕希。ゆっくりしていけ」
「夕希〜!本当に久しぶり!毎日だってきていいのに……」
変わらずお父様はイケメンで堂々としていたし、お母様は美しくて柔らかい空気を纏っていた。深青の両親をお父様お母様と呼んでいるのは、本人にお願いされたからであって、決して私が気取っているわけではない。決して。
「お父様、お母様、あの、これ……」
お土産を渡しながらいうと、ああもうかわいいなぁ〜、とよしよしなでなでされる。
「夕希は深青のだから‼︎」
ジェラシーを感じたのか、深青がむっとした顔で私の腕を引っ張る。
いいえ?私は深青のものじゃありませんよ?
という言葉を飲み込み、へへ、っと笑いを返しておく。
「さ、玄関で話すのもなんだから、リビングにいらっしゃいな」
お母様のお声がけでリビングに通してもらった。
それから、お母様の手料理を食べて、お父様が酔っ払って私を養子に迎えるとか言い出して、でっかいお風呂に入って、深青と洗いっこして、「おかゆいところございませんかぁ〜?」というやりとりをして、深青の部屋でおやつ女子会をして。
深夜テンションも最高潮に達してきた頃、ふわふわのベッドの上でごろごろしていると、眠気が静かにやってくる。
それを追い払うようにほっぺを叩く。
叩くと衝撃でか分からないが、あることを思い出した。
「みお〜!」
「ないだいゆきぃ〜!」
「せんぱいの漫画みよっ!」
「いいよぉ〜‼︎みたい!」
先輩から預かった茶封筒を鞄から取り出した。
「せーので開けようね?」
「おっけー、せーのね」
そわそわしてしまうのを頑張って抑えようとして、ニヤニヤと深青と目を合わせて。
「「せーのっ」」
ばっ!と開けて表紙を見る。
そこには、私によく似た少女と、長い焦茶の髪の少年がいた。ペンキを塗ったみたいな青い空を背景に少女は空に浮いていて、少年は少女を必死に掴んでいる。
「すげぇ……」
「ほんと、すごい」
語彙力を吸い取られたような感想しか出なくて、感想を言うのは諦めて、次に進むことにした。
ぱらり、ページを捲る。
目を刺すような閃光が、ページから溢れ出した。
☆ーーーーーついに動き出す平行線世界!
次の話も見逃すなッ
デュエルスタンバイ⭐︎