その目にうつる末路は
五話目。
ファンタジーです。
登場人物の名前は当て字や語感で決めたのが多いです。
多分最終的にハッピーエンドにします。
作者はカプ厨、カプっぽい描写あるかも。でも言及してない限りは自由だから。言及してるのもあるけど。
惟芽胤の話
確か、雨の匂いがしていた時期だったかな。燐に一通の手紙が来たんだ。
『雨に濡れる紫陽花が美しい季節、赤が枯れた場所にて待つ。 灰道恋』
そのたった一文だけで、燐は混乱で満たされた。急いで計画を立て指示する者。管理システムが正常かどうか確認に追われる者、あの日の惨状を思い出して吐き出す者。
尽とは……話さなかったよ。契約霊に必要以上に踏み込むものじゃないからね。
冷静だったのは以外なことに賽代さんだった。
何故、そんなに冷静なのか彼女に聞いた。
返ってきたのは、
「まぁ、こうなる予感はしていたよ。」
という落ち着いた答えだった。
「そうなんですか?」
そう問うと賽代さんは霊力補給用の飴玉を取り出して答える。
「尽がまた薊隊員の契約霊に成ったし。そろそろ来るんだろうなって。」
「尽はその灰道という人外と何か関係があるんですか?尽からはそういう話は聞いてないですが……。」
疑問に思っていると賽代さんは相変わらずの張り付いた笑いで話す。
「いいや、彼奴等自体はそんなに関係はないよ。尽からしたら全く目の敵にされるような覚えが無いだろうし。」
「ちょっと可哀想だよね」と冗談めかして言う賽代さんの目を真っ直ぐと見やる。
「では何故?」
賽代さんは飴玉の包みを開けて言う。
「嫉妬、だよ。」
ひょいと口の中に飴玉を放る彼女の発言を頭の中で繰り返す。
「……嫉妬?」
尽に?
「そう、嫉妬。あの紫陽花野郎は嫉妬しているんだ。『自分が惚れた女とやけに距離が近い男』にね。ホント、気分が悪い。」
そう話し終わると賽代さんは口の中の飴を噛み始めた。まだ大きいであろう飴玉がゴリゴリと大きな音をたてる。
「…………。」
「~♪」
なんの曲さえも分からぬ鼻唄を歌う賽代さんが不思議でたまらない。
「……嬉しそうですね。」
「うん。やっと、彼奴に会えるんだ。」
きっともう飴は食べ終わったのだろう。 相変わらず賽代さんは何を急いでいるのか僕にはわからなかった。
「怖くないんですか?灰道は貴方を殺した張本人でしょう。」
振矢さんから聞いた話。とある任務で賽代さんは灰道に致命傷を負わされ、目を付けられたと。
「怖い、のかなぁ……?うーん。きっと怖い気持ちもあるんだろうけど今は待ち遠しい気持ちだよ。」
「……何故?」
賽代さんは僕の目を真っ直ぐに見た。
「だってこれはチャンスだから。」
少し震えて聞こえる声は、恐怖ではなく何処か興奮の色を含んでいる。飴玉の包みを持つ賽代さんの手からクシャリと音がした。
「だってさぁ、あの野郎は気色悪い程に賽代すごろに執着しているんだ。わたしを望むままにするためならどんな手段も選ばないだろうね。……だからアレは必ず澄を連れてくる。これってわたしにとって限り無いチャンスなんだ。分かってくれるかな、惟芽胤君?」
そう言う賽代さんの目にはきっと澄しか写っていないのだろう。澄は死んでいない、必ず戻ってくると信じて疑わない目。その黄金色の真っ直ぐな瞳が僕には少し恐ろしく見えた。
「……それじゃあ、惟芽君。わたしはこれから振矢に用事があるから言わせてもらうね。……尽をよろしく頼むよ。こんなこと契約者の君にしか頼めないことだからさ。」
その言葉を聞いて、ふと『賽代さんから見ての尽は一体どう写っているんだろう。』と疑問に思った。尽から賽代さんに対する感情は誰が見ても分かりやすい。特別な者に向ける感情だ。けれど賽代さんから尽に向けるものがいまいち掴めなかった。賽代さんが尽に向ける言動は仲の良い友人にするような親しみを込めたものだったり、年下の子供に向けるような甘さを含んでいるものだったり、何ら関係のない他人に接するような冷たさの時もある。
「尽と貴方の関係が僕にはよく分かりません。貴方がそこまで尽を気にかける理由も、何故尽が貴方に……。」
あんなにも執着しているのかも、僕には分からない。
「わたしが尽を気にかける理由はわたしの一番最初の契約者が尽だったからで説明がつくけどさ。なんであの子がわたしにあんな態度を向けるのかは正直よく分かんないや。初めてあった日、契約を結んだ日からあんな感じだったし。……まるで幼い頃からの知り合いだったみたいにさ。」
そう語る賽代さんの表情は手の懸かる子供について話す時のような困惑と諦め、そして親愛が浮かんでいた。きっと本心からなのだろう。
「すっかり、僕の前では取り繕わなくなりましたね。」
「酷いなぁ。君が無駄にしたんだろ?」
そう言って賽代さんは片方の口角を上げながら眉を下げて笑った。それを見てやっぱり賭さんとは兄妹なのだと強く思った。笑い方がよく似ている。
「それは……確かにそうですね。僕としても貴方の真意が見えるようになったのは有り難い。いつもそうしてくれるともっと良いのですが。」
僕が冗談をいうのも、他人を信用しきれない貴方にだけだ。疑り深い貴方だから嘘も建前も気付いてくれる。
「それは無理なお願いだ。わたしの性格は君も分かっているでしょ?」
「ええ。それはもう、痛いほどに。」
とっくに知っている。貴方は可哀想なくらいにこの世界では生きづらい。本当に弱いひと。
「それが出来たならきっと貴方は今燐にいないでしょう?」
「……っはは!よくわかってるじゃない。」
いつもの貼り付けた笑いとは違う、本心であろう表情。19歳という若さで霊となった賽代さんが初めて年相応な表情を見せたような気がした。
「何度も言いますが、僕は結構好きですよ。貴方のこと。」
契約霊じゃない、ただの賽代すごろが返す。
「まだ、わたしは嫌いだよ。」
そう言ってまた笑う。ああ、本当に今日は貴方の真意がよく分かる。
「困ったな、貴方にはまだ燐に居て欲しいのですが。もう手遅れですか?」
「残念ながら手遅れだ。11年前からとっくにね。」
賽代すごろ、本当に可哀想なひと。僕が貴方を知るにはあまりに生まれるのが遅すぎた。
「じゃあ僕にはどうしようも出来ませんね。本当に残念だなぁ。貴方にまだここに居て欲しいのに。」
失ってしまうのが惜しいくらいだ。
賽代さんが目を細めて僕を見る。何度も見た黄金色の奥に微かに赤が見えた気がした。
「無理だね。こんなクソみたいな組織、わたしは二度と来たくないよ。」
その言葉があまりにも不相応に思えるほど、賽代さんの顔は清々しい。
「……そんなクソみたいな組織に生前含め29年以上残ったのは貴方でしょう?」
今さら何を言うんだ。このひとは。
「29年居たからこそ、そう思うんだ。尽に紗子ちゃん、花奈、兄さんに振矢、雫さん、そして澄がいなかったらわたしはもうとっくに燐を出ている。もしかしたら入ってすらもいないかも知れない。……ようやくわたしはここから出られるんだ。」
賽代さんの指す''ここ''は燐のことではないのだろう。何となくそう感じた。
「……知っているかい?惟芽君。確かに燐はクソだ。だけどね、この世界はもっとクソだ。それでいて美しい。こんな血で塗れて、霊が蔓延り、呪いが蔓延するこの世は美しいんだ。そしてわたしは生きづらく、美しいこの世が堪らなく嫌いだ。大嫌いだ!わたしは澄が好いたこの世が嫌いなんだ。わかってくれるかな?惟芽胤君。」
もし、貴方が「好きだ」と言えるような世であったならそれはどれだけのお人好しが創り上げた理想郷だろう。そして、どれほど醜いのだろうか。どれほど……僕らは楽に生きれたのだろうか。
「僕は、星が光り、花が咲き、鳥が飛ぶ残酷なこの世を少なからず好いています。確かに貴方の言う通りこの世はクソだ。けれど、切り捨ててしまうにはあまりに魅力的なんです。」
賽代さんはまた笑う。今度は困ったような顔で。
「……君とは分かり合えないね。わたしはずっと君が分からないまま。わたしと君は何もかもが反対だ。」
諦めの滲むその声があまりにこそばゆい。
「……ひとつだけ、同じところがありますよ。」
彼女が首を傾げる。その耳に下がった黒い飾りが揺れてカラカラと音を鳴らした。
「僕も貴方も、死後の裁判は地獄行きだ。」
「罪状は?」
賽代さんが促すように言葉を発する。少し考えた後、僕はこう答えた。
「強いて言うのなら、ひとごろし。――でも、きっと僕の方が罪は重いでしょうね。」
貴方はその言葉を聞いてカラッと笑う。笑い声だけが部屋に響いていた。
――これが賽代さんが消滅する前日の会話だった。




