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僕の知らない貴女を巡る

四話目。

ファンタジーです。

登場人物の名前は当て字や語感で決めたのが多いです。

多分ハッピーエンドにします。

作者はカプ厨、カプっぽい描写あるかも。でも言及してない限りは自由だから。

金扇紗子の話


「賽代について教えて欲しい?」


急だな。いったって、アタシも大したことは知らねえよ。

お前が賽代とまともに関わってたのだって、だいたい一年くらいだろ?確かにアタシもそん時は薊にいてたけどよ。対して一緒になって任務に出てたのは一、二回ぐらいだし。


ああでも、アタシが16らへんだっけか。そう14年前。お前がいなくなったときの賽代の様子をアタシ実際に見てんだよ。ん?いや最初からじゃねぇよ。

アタシらが来てたときにはお前が……お前の身体に残されてた賽代がもう一人の薊隊員の首を絞めてた。錯乱した状態で。

その現場の近くにいた (はやぶさ) 隊のやつ、アタシの弟なんだけど、そいつの報告では「異常ともいえる数の悪霊が突然大量発生したから応援を要請する」っていう内容だったもんだからさ、その場にいただれ一人反応できなかった。


破壊され尽くした建物に混じって見えるぐちゃぐちゃに潰されて集まって形を為すこともできない霊力の残骸。

もう死んでしまっているであろう薊隊員。その身体を無理矢理に動かしてでも首を絞める手を外そうともがいてるそいつの契約霊。

もう相手が死んでいるのがわかっているのにそれでもなお絞める力を強める賽代の鬼気迫る表情。


悲惨、それ以外の言葉が浮かばなかったよ。


しばらくしたあと賽代が何かに気づいたみたいに死体から手を離した。

そのときにすぐに気を取り戻したのは(かすみ)隊のやつだったか。

賽代達がいるところまで走って、賽代が入っている身体に[剥離札(はくりふだ)]っていう人間の身体から霊を引き剥がす札を貼って、悪霊捕縛用の鎖で賽代を直ぐに拘束した。

たった一瞬。それが過ぎ去ったあと全員が一斉に動き出した。澄、お前ともう一人の薊隊員の死体の回収とあと報告してた隼隊員の保護とかな。

首を絞められていた方の……確か、(さかき) 悠正(ゆうせい)って名前だったな。そいつ、そんときのアタシと同い年でさ。早いなって思ったよ。

同じ隊だったし、ちょくちょく話したりしてたしな。結構おもしろいやつだったぜ。『自分いたって真面目です。』みたいな態度しておきながら全部力技で解決してたりしてさ。脳筋っていうの?そんな奴。かなり、気に入ってたよ。


えっ?……あぁ、うん。そう、こいつが惟芽胤よりの前の尽との契約者だぜ。契約霊ってさ、契約者が死んだら使いまわしされんだよ。ほら、人もだけど霊の数だって限られてるからな。

だから燐では死んだ後に霊化することが勧められたりしてんだけどあんまり同意してるやつはいねぇな。


賽代と尽、榊とお前の身体を運ぶときな一応監視が必要だってんでアタシともう一人賽代を拘束した霞のやつがなったんだけどな。


ずっと賽代が目見開いてなんか呟いてんだよ。


まぁアタシも賽代も同じ薊にいるからさ、あまり任務一緒にしなかったとか言ってもさ。すれ違うときとかに少し話したりとかすんだろ?

それまでは『常に笑ってて自分に自信があるやつ』って印象でどこか人間離れしてるっつうか、まあ霊なんだが。そんな感じだった。でもあん時のアイツからはそんなこと微塵も感じなくてさ。その感じが妙にきもち悪くて。

なんかあともう少しでハマるピースが解りそうな感覚っていうの?その正体が知りたくて賽代が言ってることに聞き取りにくかったけど耳を傾けたんだ。


「……あいつが、まただ。…………わたしの周りにいる人間みんな、あいつに、…………せいだ。……えた、から……」

「殺す、絶対に殺す。…………わたしが、……限り…………から、…………して、わたしも……」


びっくりした。あまりにも今まで見てきた『賽代すごろ』の造形とは違いすぎたから。いつもの演劇染みた、どこか胡散臭い言動の女じゃない。アイツは感情を、それも一つの魂が背負うには分不相応な激情を宿していた。


初めてここで目の前の女がもとは自分達と同じ人間だったんだって認識したよ。同時に今は霊なんだとも。


失ったものへの思い、守れなかった事への罪悪感、要因となったものへの責任転嫁と怒り。罪の意識からの逃れ方。負の感情の落としどころ。

『復讐』なんて

誰もが思い付くものだ。けど誰も形にしたことはなかった。まともな人間ならできるはずがない。けど霊ならできる。可能にしてしまう。''限界の枷の有無''なんていう人と霊の違いがそんときに痛い程よく分かっちまった。


その後はもう、アタシは賽代の方は暫く見れなかったな。



燐の本部に帰った後は賽代はお前の身体の心配してて。定期的にお前の身体に霊力をいれてくれってさ。


「この子は、死んでない。いつか、絶対に戻さなきゃいけないから。」


ってずっと言ってた。もともと燐では死んだ人間の死体はすぐには処理しねぇんだけど。仕方なく賽代の要求を呑んで霊力をお前の身体に供給した。


その後はアタシは知らないぜ。賽代が隔離室で賭とあと振矢さん含んだ何人かといくらか話し合って条件付きで契約者の身体に入ったままでいるのを許可されたって話だけはうっすら聞いたくらいだ。


どんな話をしてたのかとか全く知らない。知らなくても良いと思ってる。


でも賽代が解放されてお前の身体で活動してたときには今まで通りの『賽代すごろ』に戻ってたな。



アタシの話はこれだけだ。アタシは賽代すごろについてなんにも知らねえし、わかんねえからな。こんくらいしか話すことねえよ。


あ?……賽代の印象?そうだな、でも……あいつがなんだったにせよ恐ろしい幽霊サマってことには変わりねぇぜ?高田澄、過去の……ましてやもういないものに対して情を持つことの無いようにしろよ。焼かれるぞ。


満足したか?……そうか、じゃあな。ああ、ついでにクソ野郎に『とっとと死ね』って伝えといてくれ。



…………。


「失礼しました。」


そういって高田澄はこの部屋を出る。

この組織のなかでもしかしたら友人と呼べるかもしれなかったものの面影が色濃く残るそれはどうしたってアタシの気分を損ねる要因にしかならない。


「ああ、きもちわりいな。糞が。」


嫌なもんを思い出した。だとしても自身の言葉遣いが決して褒められるものではないと分かってはいるが勘弁して欲しい。染み付いてしまっているんだ。


あの時、聞いた声が頭に鮮明に響く。


「あの子はっ、死んでなんかいない!あの子はあいつが、あいつが持っているんです!間違いない。確かに見たんだ!!」

「……だから、っお願いします、。あの子を……殺さないでっ、ください……!わたしに、わたしにっ!あの子を守らせて、……!」


たまたま隔離室を通った時に聞こえた。所々上擦っていて、冷静さがなくなった声。何の話をしていたのか知らない。けどその声があまりにも悲痛で。走って隔離室から離れた。


三年前のあの日。

賽代がいなくなる前の週。いつも通り一人人数が足りないまま賽代と一緒に紅茶と菓子を楽しんでいた。

この日の二人の時の程よい沈黙が嫌いではなかった。平穏を感じられるから。


「…………ねえ、紗子ちゃん。」


ふと、賽代から声がかけられる。目線を向けずに短く返事をする。


「多分もうすぐ澄が帰ってくるんだ。あいつと一緒に。」


「は?」


その内容に思わず賽代の顔を見る。

そこには胡散臭い笑顔も演技染みた声色だってない。その時、賽代が澄を失った日以来の衝撃が走った。『無』だったんだ。何の感情も乗ってない。普段ヘラヘラしてるやつの真顔ってなんなに違和感があるんだな。正直怖かったわ。


「生き返らせるのか?」

そう聞いた。


「取り戻すって言ってよ。」

「別に澄は死んでなんかいないよ。ずっと言ってる。」


「信じられねぇ。」


「……そう、まぁいいけどさ。」

「でも……邪魔だけはしないでね。わたし今日はこれを伝えたかっただけだから。」

賽代は感情の見えない目で、そう言う。


「アタシが、お前の邪魔すると思うか?」


「いいや?全く!」

「じゃあね。紗子ちゃん。また会うときは、地獄でね。」


アイツは最後にいつも通りの笑い方をして出ていった。


「お前の邪魔すると後がこえーんだわ。」

そう呟いて賽代が買って来た茶菓子を食べる。その味がやけに記憶に焼き付いていた。


そんなことを今さら思い出したからだろうか、甘いものが食べたくなってきた。


「……買いに行こ……。」





天威振矢の話


「姉さんの話?」


そう言われても僕、生きてた頃の姉さんあまり知らないからさ~。多分僕が9歳のときだよね。姉さんが死んだのって。

あまり言えることは……隔離室での様子?

高田君、聞いて大丈夫?……そう強いね。僕は正直言うと思い出したくはないんだけど。

その日って確か、ああそう!丁度僕の歳が姉さんを追い越した日。そう二十歳。まだ僕が賽代姓だった頃。

あの日は凄かったな。契約霊の管理システムが破壊されていてただでさえ本部は混乱してるのに任務にいった隼隊員の報告は悪霊の大量発生と……あ、それは聞いた?じゃあいいか。

そんなこんなで姉さんが隔離室にいた時の様子かぁ……。まあ、一言で言うと「可哀想」かな。うん、可哀想。

初めて見たよ。取り繕ってる以外の姉さんの顔。あんな感情を剥き出しにした声でさ、言ってることは思うがままに吐き出しているようなものばっかで。

でもそれ以上に驚いたのは対応する兄さんの態度だったな。


「どんな理由があれど、お前が『人を殺した霊』というのは変わりはしない。」

「お前を燐の特殊プログラムで封印する。これは規則だ。悪くは思うなよ。消滅しないよりはましだ。燐は常に『死者より生者』を優先する。今回のお前の行動は『今後の生者の安全を脅かしかねない』と判断した。」


ただ、静かに言い聞かせるような言い方だった。本当にこの人はこんな時に限って正しさしか持ち合わせていないのかって突き刺さるように感じたよ。


「……貴方は、わたしに契約者を……澄を見捨てろと言うのですか?わたしに、澄が死んで逝くのを指を咥えて見ていろと……?」


震える声でそう姉さんは言った。


「高田澄は既に死んでいる。体から霊力が検出されなかった。魂がないんだ。わかるだろう?お前が見殺しにしたんだ。」


「……!ち、違うっ!!澄は死んでなんかいない!あの子は、……あいつに引き剥がされたんだ!!あの子の魂は今あいつが持っている!だから、……!」


「『だから』なんだ?『必ずわたしが取り戻す』とでも?守れもしなかった癖に。」


兄さんのこの言葉がきっと姉さんの心に大きな傷を与えたんだと思う。


「……ああ。そうですよ!貴方の言う通りだ。わたしは澄を取り戻そうとしている!!あいつは……あの男はいつだってわたしの前に現れる。だから、今度こそあいつを殺して澄を取り戻さなければならない!!」


「またお前が失敗したら今度は誰が犠牲になる?生きている燐の人間だ。そうだろう?今回のようにまた人が死ぬんだ。」


「誰も死なせない!1片でも欠けることなく澄を取り戻します!!だから、……!」


「……それをっ!人殺しが言ったってなんの説得力もないんだよっ!!!」


初めて聞いた。兄さんの他を書き消すような怒声。きっとこれが二人の最初で最後の兄弟ゲンカだろう。僕はただ見ていることしかできなかった。


「なあ、たとえお前が何度も『澄を救う』と訴えたってお前は既に人殺しには違いねぇんだよ!人殺しがたった一人の人間を救っただけでなんになる?お前が奪ってきたものは戻らねぇだろ?分かってんだろ!?なぁ!」

「……罪を犯した者が穴埋めに何をしようとしたって罪が許されるわけがないんだよ。」



静かな隔離室で小さくて細くも確かな意思の籠った声が響く。それは、姉さんの声だった。


「わたしは、許してもらおうとは思っていません。『澄をすくう』ことがわたしの罪悪感を晴らす手段になるとも思っていません。」

「これはわたしのエゴです。あのアジサイ野郎の無駄にデカい角をぶち折って角笛にして二度とあいつの大好きなママに顔向け出来ないようにしてやる為にならわたしは何だってする。…………執着ってそういうものでしょう?」

「わたしは澄が生きていればそれでいい。あの子がただ笑って平穏に暮らせるならいい。けれど澄が生きる世界であのゴミが生きているのだけは許せない。あの野郎の苦しんで死んでく顔が見れたのならわたしは喜んで逝けます。」

「わたしは、ただ花を燃やしたいだけです。」


姉さんの言葉を頭の中で繰り返す。アジサイ、何がが引っ掛かる。アジサイ、……アジサイ?そういえば、管理システムが破壊された時に何者かによるメッセージカードが見つかったといっていた。そのカードにはアジサイの模様が描かれていた。

『我が母が定めた命に抗う彼らに制裁を!!! ''R''』

そう、文言を残して。


「姉さん、そいつの名前は?」


「は?」


「その男の名前は何?」

もしそうなら、僕らにとっても姉さんにとっても都合がいいはずだ。戸惑った様子で姉さんが口を開く。


「……灰道(はいどう)(れん)……そう名乗ってた。」


はいどう、れん……ハイドウレン、………………''hydrangea''。


その時に僕が真っ先に電話をしたのは天威 晴司令官……雫さんのお父様だった。


「……天威司令官。管理システム破壊の犯人が見つかりました。……賽代すごろに仇討ちの許可を、お願いします。」

「はい……はい。了解しました。では。」


電話を切る。

二人の眼は僕を捉えていた。


「……振矢?」


「賽代すごろ。天威司令官より伝言です。『燃やした花の灰は海にでも流しておけ』と。」

「これより貴方の拘束を解除します。高田澄の体も好きにして良いとのことです。」


「……は、?」


「……おい、急に何を言って……。」


兄さんが口を開く。少し焦っている様子で。


「『ものは使いよう』ですよ。賽代すごろ(この危険物)は閉じ込めて爆発するより同じ危険物相手にぶつける方が役に立つと上は判断したわけです。」

「毒だって人に向けなければ危険じゃない。使い方次第でどうにだってなる。」


……それに何か問題でも?


僕の意思が伝わったのか兄さんは押し黙る。

本当に可哀想な人、いやもう『人』ではないのか。強くてあまりにも割れやすい心はまるで人みたいだと錯覚させる。


「兄さん、貴方は自身の持っている正しさを情に使う気がある。……それでは善い判断は出来ませんよ。」


貴方自身は自覚がないようですけど。


僕は兄さんの横を通り過ぎて姉さんの前に立ち、拘束を解く。

使えるものは使わなければ。例えそれが身内であったとしても。

姉さん自身の蘇芳の瞳が僕を見る。希望を見いだしたような、闇の中でただ一つの火の光を見つけたような安堵と覚悟が入り交じった表情で。


「……姉さん。貴方は此処で高田澄の体が腐れるのを待つか、燐の為に命がけで、いや全身全霊で紫陽花野郎を名前通りに灰にするのか。どちらを選びますか。」


「……流石の私でも、これを断るのは最悪だと分かるよ。」


姉さんが立ち上がり、扉に手をかけようとした。ふと何か思い出したかのように振り向いた。


「ねぇ、振矢。澄は今何処に?」


「蛇籠の間です。決して、殺さぬように。」


「分かってるよ。……ありがとう。」


今度こそ彼女は此処をでていった。

残ったのは、薄情者と人でなしだけ。兄さん(人でなし)が言葉を紡ぐ。


「……利用するつもりか?」


「はい、もちろん。アレは使えますので。」


「はっ……薄情だな。」


「情が湧くほど貴方達に関わった事があったでしょうか?」


最初から家族はいないも同然だった。親は勿論。姉は9つの時には死んでいるうえ、兄は研究室に入り浸って録に会いにも来なかったものだから兄弟という実感すらない。ただ肩書きとして受け入れているのみだ。


血の繋がった他人。それだけ。

そこに情なんて一つもない。どんな結末を歩むとしてもそれで多くが救われるなら喜んで送り出すよ。客観的にみたらこんな弟に利用されて可哀想だよね。本当。


さて僕の話はこれくらいだけど、満足して頂けたかな?……うん。どういたしまして。


姉さんの印象?えーそうだなぁ……人間として生活することに向いてないひとだよね。きっと正解じゃない道を踏み続けてきたんだなって思う。高田君、君は姉さんと似ているようで違うよね。君って案外そう、『剛胆』だ。別の人にも言われた?ああ惟芽君に。……あと他に聞くことはない?大丈夫?なら良かった。


じゃあね、また。焼かれないように気をつけて。それと口を滑らせないように。



「ありがとうございました。」


相変わらず礼儀正しい青年だと思う。

ただそれだけではあのふたりに異常なまでに気に入られる訳はない。彼もまた普通じゃない。根っからの異常者そのものだ。

最近燐に戻って来た惟芽胤が環境が故に作り出された精神異常者なら、高田澄は天が作りし天性の異常者だ。元より高田澄は規格外だった。


燐に来るものは……というよりほとんどの人間は多少の霊力を体に魂に有している。だが高田澄はあまりにも霊力が少な過ぎた。まるで死神に鎌を突きつけられているのだとでもいうような、もう少しで寿命を迎える老人よりも少ないのではと思う程だった。


そんな中行われた霊装の適性検査のときに刺した錐の霊力が高田澄に吸われた。前例がないから監督官をしていた兄さんも記録者である僕も報告を受けた天威晴司令も頭を抱えた。

ただ危険を呼び寄せる可能性があるとはいえ高田澄自体は生きた人間であることには変わりない。だから燐で管理することになった。それにはさして問題はない。

問題があるとすれば高田澄の契約霊である姉さんが異常なまでに契約者への執着をみせたことだ。そして高田澄自身もそれを受け入れた。受け入れられてしまった。


霊の執着は利用しやすい。きっと十四年前、彼の紫陽花野郎もそう踏んでの行動だっただろう。そして三年前のあの日も。

ただ、姉さんは優秀だった。最後の最後で出し抜いたのだ。彼を。惟芽胤から報告を受けたときは込み上げてくる笑いをこらえるのに必死だった。姉さん、賽代すごろは復讐をやり遂げたのだ。姉は予想外にそして僕の都合の良い方向に転んでくれた。出来ることならその景色を間近で見たかったと未だに思う。

ああ、本当にこんな僕に利用されて可哀想なひと。


「もし、来世があるならばもっとこの世で生きやすい性格になってたら良いね。」





賽代賭の話


「おかえり。澄。」


すまないがそこの机に置いてある資料をくれないか。……ありがとう。

話があるんだろう?もう少しで作業が終わると思うから待っていてくれ。


………………よし。終わったぞ。用はなんだ?何が聞きたい?澄、お前の話になるべく俺は向き合いたい。

惟芽胤と金扇それと振矢か……彼奴らから何を聞いてきた?お前が俺に聞きたいことはなんだ?


そう、死ぬ前について……か。それを俺に聞くのか。いや、大した問題はない。聞いてくれるか?といっても話すことは少ないがな。


俺とは違って昔から他人や周りの人間の機微に聡い子だった。まだ小学生くらいの年の時でも自分から拗らせた霊に話しかけに言ってたくらいだしな。

そういう無謀さは俺に似てる。目の前事しか見えないんだ。いや見えていても信じてるんだろうな。だから『善い』判断ができない。きっと俺のせいだ。親が自分達に構わない分学べることが少なかった。あの子は俺からしか学べなかった。俺もあの子も器用じゃない。枠にはまった生き方ができなかったんだ。


そうした意味では振矢は俺たちに似なくて良かったと思うよ。彼奴は薄情だが物事を広く見てる。たまに怖いときがあるけどな。


ああ話が反れた。ごめんな。また話が飛んでしまって申し訳ないんだがあの子が15歳の時。うん、俺が24の時。俺が()()()()()になった直ぐ後の時だ。全てが気持ち悪くてカスみたいな気分で過ごしてたあの日。

あの子が言ったんだ。


「燐の強制霊化同意査書さ、わたし同意するよ。まだ書いてなかったから明日書いて天威さんに提出してくる。」


「……は?なんで、急に…………。」


「霊になってこの世に留まったらよっぽどのことがなければ居なくならないし、これから兄さんは沢山の人を見送っていくって考えたらさ。わたし一人くらい残ったって良いでしょ?」

「これはわたしの同情であり、気遣いであり、わがままだね。なにか悪いかな?」


元々大切だった。けど、その言葉であの子は俺の特別になった。救われたんだ。どうしようもないほど。

だからあの子が死んだとき悲しさは感じなかった。あの紫陽花ストーカー野郎に殺されたのは気分が悪いがな。目の前の手の届く所にずっと居てくれて消えることなんかないと信じてた。結局、天は許してくれなかったみたいだが。


これで俺の話は終わりだよ。少なかっただろ?ごめんな。あまり言うことがなくて。次は尽の所に行くのか?俺がいうのもなんだかあまり期待しない方が良いぞ。彼奴だいぶ荒れてるから。惟芽胤の所に行くなら気をつけろ。焼かれるから。



「どうした。もう話は終わったぞ。」


澄は暫く経っても動かなかった。何か言い出しづらいことがあるような顔をして。俺は少し考えてから沈黙を破った。


「澄。今度は俺の方から聞いても良いか?」


「……はい。どうぞ。」


目の前の人間になるべく向き合う。あの子にできなかった分を取り返すように。


「どうして澄は急に賽代すごろについて聞いてまわったんだ?」


どうして今なのか。ずっと気になっていた。どんな理由でも知りたかった。妹が遺した人間がいまどんな気持ちで此処にいるのか。


「……元々、気になってはいました。目が覚めてからずっと間違えられるから。」

「けど怖くて眼を背けていたんです。覚えていないことにずっと浸かってたかった。だけど、惟芽君が戻ってきたって聞いたときに思い出したんです。『彼は間違えなかった』って。そうしたら今まで見ない振りをしたことが気持ち悪くなって知らなきゃって当事者の自分は知っていなきゃって思ったんです。」


「……話してくれてありがとう。そうか。そうだよな。澄、お前は前を向いて生きなきゃいけない人間だ。知らないと、向き合わなないと……だめだよな。お前は未来を見る資格がある。」


俺とは違う。お前はあの子の理想だから。前を向く権利がある。


「賭さんだって前を向かなきゃいけないんじゃないですか。貴方にだってその権利があります。」

「もちろん、その権利を使うかどうかは貴方に委ねますけどね。ただ聞いてください。前を向いて過去を捨てて未来を望む資格なんてこの世の全ての人間が持っているものなんですよ。僕も、もちろん貴方も。」


俺は息を呑んで澄の眼を見た。すると満足したかのように澄は見慣れたあの子と似ているけど確かに違う笑みを浮かべた。


「賭さん。貴方にずっと言いたかったことが言えてすっきりしました。ありがとうございます。それじゃあ、僕はこれで失礼します。」


ゆっくりと扉が閉まる。

いつもは忙しない思考が今この時だけは鳴りを潜めていた。


「……過去を捨てて、未来を……。」


そんなこと自分に許される筈がない。少なくとも、自分を蝕むこんな呪いを受けた日からずっと。忘れてはいけない。未来を見てはいけない。前を向いてはいけない。幸せになってはいけない。そう思っていた。そう思わないと彼女に申し訳が立たなかった。


『死なないで、そのままの貴方でいて。』


そう言ってくれた自身の元契約霊の泣きそうな顔を今でも鮮明に思い出せる。彼女が居なくなってから全てがカスみたいな気分だった。だから同情した妹が差し伸べた手にすがってしまった。ドブのような執着の塊が胸のなかを侵略していく感覚がする。

ああ、気持ち悪い。吐き気がする。……クソが。


「…………ぅおえ。」





尽との話


「帰れ。てめえの顔も見たくねえ。二度と来んな。」

失せろ。てめえに話すことなんざ何一つねぇんだよ。次また来たら殺す。



向かい合った見慣れすぎた顔が自分の虫の居所を悪くする。顔を歪ませおもいっきり睨み付けている様子を自分の元契約者がこの状況を見ていれば即ステイが入るだろうが今彼奴はいないし、そもそも契約が切れた状態の彼奴は霊が見えない。そんなことよりも前に立つこの男をどうにかして自分の前から消し去ってしまいたかった。

目の前にいる男が確信を持ったように話す。


「尽さん……悲しいですか?契約が切れても尚、この世に留まってしまったのが苦しいんですか。」

「貴方がどんな感情を賽代すごろに向けていたのか知らないけれど。彼女がいなくなって今目の前にいるのが僕なのが気にくわないですか?悔しいですか?」

「別に僕のことをどう思っても構いませんし、今の質問には答えなくて良いですけど一つ聞きたいことがあるんです。」

「この前たまたま貴方たちについての記録を見る機会があったんです。驚いた。貴方たちが関わっていた年数は対して長くもない。けれど貴方の態度は長年連れ添ったひとにするようなもの。それで本当はいけないけど閲覧禁止ページを見させて貰いました。28年前、貴方がまだ子どもの頃に会っていたんですね。たった一度だけ。ねえ、尽さん。あの日、貴方は賽代すごろと何があったんですか?貴方がそれ程彼女に執着するような理由があの日にあるんですか?」

「良かったら聞かせてくれませんか。僕に。」


あの日と言葉が重なった。不快感が頭を駆け巡り思わず奥歯を噛み締める。もう身体はないくせして人並みに痛みを感じるのが今はありがたかった。冷静になった頭で目の前を見る。見慣れてしまった男の顔。

黒い髪、黄金色の目。何もかもが彼奴と違うのに何故か重なってしまう。


「……よく喋るな。彼奴の多弁が移ったか。」


「僕自身は自覚ないんですけどね。少なからず影響を受けているようです。」


「そうかよ。……これから一方的に思い出話してくから済んだら帰れ。そんで二度とツラ見せんな。」


誰にも言わなかった。自分の契約者にも天威の奴等にも勿論彼奴にも。それを吐き出したら不快感も無くなるだろうか、なんて馬鹿の考えだろうがな。



「あの日約束したんだよ。彼奴と。」


いつかまた会ったら名前を教えて貰うって。

……俺が十くらいのガキのときは既に霊が見えてた。つうか七つを過ぎた頃だな見え始めてたのは。親は顔なんて覚える前に死んでたからそんときは母方の爺ちゃん家で引き取られてた。良くして貰ってたんじゃねーの。多分。クソガキって言う程生意気ではなかったし。不幸ではなかったな。

でもある日いつも通り飯食って、風呂入って布団入って寝ようってときに聞こえたんだよ。声が。妙に優しくて落ち着いた女の声が俺の近くでさ。


「じん。……じん…………尽。」


ずっと俺の名前を呼んでたんだ。姿は見えなかった。可笑しいよな。だから霊だとすぐにわかった。その日は無視したぜ。普通に怖かったからな。

けど翌日になってもまた日を越しても名前を呼ぶ声は止まなかった。何日か経ってもう心が限界に近くなったときようやく爺ちゃんに相談したんだよ。頼れる人なんてそんときの俺には爺ちゃんと婆ちゃんくらいしか居なかったからさ。

俺が『女の声がずっと自分の名前を呼んでる』って言ったらさ、急に泣き出して抱きしめられた。

『きっと死んだお前の母親がお前を見守ってくれてるんだ』って言われて、納得した。いや、そう思いたかったんだろうな。

そうしたらしばらくは名前を呼ぶ声に感じる恐怖を見ない振りできた。まだ声は聞こえたままだったけどな。

俺が九の頃だったか。その日は気分が悪くて、声がすげえ鬱陶しかったんだ。ああ、今になっても馬鹿だと思う。俺は声に向かって、


「うるせぇ!毎日毎日何なんだよ!!」


返事をしちまった。声が聞こえ始めた日からずっと避けていた行動だった。やらかしたと思ったよ。

……あー、お前あんまりピンときてねえな?良いか、視える聞こえる側の人間が普通で安全な生活を送るために必要なのはあっち側に『気付かれない』ことだ。燐の中が特殊なだけだ。覚えとけ。

そんなわけで俺のこの行動がかなりの悪手だってことは分かったか?現に俺もあっちに気付かれた。そのときまでは声だけだったのが姿まで視えるようになっちまった。そんで、段々日を追うごとにはっきり見えてきた。俺の名前を呼ぶ女の目はどう見たって母親の目では無かったよ。明らかに愛とは違う、憎に限りなく近いものがそこにあったんだ。あまりにガキのそのときの俺が見るには精神上良くないものだったのは変わりないな。


「次、またあっちに反応したら終わる。」


そんな思いでそれからはずっと過ごしてた。でも、それが続くわけがない。

……俺が十のとき、まだ夏の頃だったな。もう我慢の限界だったんだ。ガキの精神力なんてそんなもんだよ。

そのときは外に出てて確か木の下にいたんだ。名前を呼ぶ声が不快で、不快で。耳を塞いでしゃがみこんだんだ。

気温で身体は限りなく暑いはずなのに頭は冷水を被ったみたいに冷たくて、真っ白で。何が何だか分かんなかったよ。

その状態で俺はしばらく動けなかった。顔を上げたくない。声を聞きたくない。確実に恐怖が身体を支配していたんだ。


「じん。じーんー?、尽。じーん」


女の口が俺の名前を呼ぶのが分かる度にだんだんと息をするのも速くなって、世界に自分だけが取り残されたような感覚がした。


『いなくなってくれ。誰か助けて。』


そんな思いで頭がいっぱいだった。そのとき、


「すまないけれど、お姉さん。少しだけいいかな?」


声がはっきりと聞こえたんだ。救いを求めるように俺はその声の主を見た。

そこにいたのは、自分と年の近そうな子供だった。そいつの姿勢や話しぶりから自信に溢れた人間なんだろうなって直ぐに分かったよ。

その幼い目は何のためらいや恐怖を持たず女の霊に向いていたんだ。


「失礼を承知で聞かせて貰うけれど、そちらの少年とは知り合いで?見た感じ血縁のようにはわたしには感じられないね。一体どういう関係なの?」

「良かったら聞かせてくれないかな。わたしに。」


幼いながらも整ったそいつの唇がゆるりと弧を描いた。その様子に俺はさっきまでの恐怖を忘れて目を奪われたんだ。


「……そう、大変だったね。……君は頑張ったよ。わたしが保証する。」


優しさを含んだ声が女にかけられる。そいつの赤い目が柔らかく細められた。女は目の前の子供に縋るように近付く。


「……あぁ!泣かないで?……今のわたしの手では君の涙は拭えないから。ごめんね?だから笑ってほしいな。」


そいつの綺麗な顔が困ったように眉を下げて笑ってそう言った。すると女は口を開いた。


「……あり、がと。」


「どういたしまして。……笑っている君はどんな花よりも美しいね。またすぐには会えないのが惜しいくらいだ。……さようなら、また会う日まで。」


次第にハラハラと花が散るみてえに女は消えちまった。けどな、俺は残ったそいつから目が離せなかった。感謝とは別の自分の中に生まれた気持ちがなんなのかも分からないまま、俺はそいつに話しかけた。


「なぁ!お前が幽霊消したのか。」


「『消した』とは違うだろうけど……まぁ大体そうだね。」


「お前も視えるのか。」


「うん。産まれてからずっとそうだよ。」


初めて、心から相手を知りたいと思ったんだ。沸き上がる感情の赴くまま俺は名前をきいた。


「……なぁ!お前、名前は?」


「うーん……教えなーい!」


目の前のそいつはさっきまでの笑みとは違って悪戯っぽく笑っていた。


「な、なんでだよ!」


焦ってつい声が大きくなった。そいつは口許に指を当てて言う。


「どうやら君とわたしは視ている世界が同じなようだ。それならきっとまた会えるでしょ?そのときにわたしは名前を教えよう。勿論、そのときに君も教えて欲しいな。」


「……でもっ。次会ったとき分かんねぇかも知れないだろ!今日のことも忘れてるかもしれない!」


「ふーん……じゃあ!こうしようか!……次会ったときは今日のことを忘れていたとしても思い出せるくらいとびっきりのインパクトのある再会にしてあげよう!」


そいつはそう言うと楽しそうに笑っていた。その笑った顔がずっと頭に俺の残っている。




「……これが28年前の話だ。」


「……それだけ、ですか?」


「なんか文句でもあるのかよ。」


「いや、ないですが……これじゃ、まるで……」


目の前の男は困惑していることも隠さず首をひねる。そんなにおかしいか。俺の思い出が。


「他、他に何かありませんか?もうちょっと……」


「うるせぇ、話は聞かせたんだからとっとと帰れ!」


「えっ!?ちょっと待って……!」


未だ居座ろうとする男を部屋から追い出す。霊体の俺が契約もしていないのに触れられるということはこいつはもう人ではないんだろうと感じながら最後に忠告をする。


「……胤に会いに行くなら、焼かれるな。そんで口をこぼすなよ。……もう、ここには二度とくんな。」


静かに扉が閉まる。それが分かると一気に気が抜けた。


「……聞かれなくてすんだな。あの日のこと。」


あの日、俺と彼奴が再会した日。初夏の雨が降っていた夜だった。


俺がもう17歳で、とっくに燐に入っていた頃。その日は薊の奴ら9人で任務から帰っていた。

そのとき、突然一人の人間から俺らの分隊に合流要請が来た。


『司令本部との連絡をつないで欲しい』と。


来たのは一人の血塗れの女だった。そいつは俺たちの分隊に合流するなり、


「……こちら霞隊所属!賽代すごろ!ただいま到着致しました!」


やけに鬼気迫る表情で名乗りあげた。


「本部からの通信は?」


「もう、繋がっています。その前に貴方は治療を……」


「報告が先です。恐らく、もうすぐにわたしは死にます。その前にできる限りの情報を伝えます。治療するだけ道具の無駄です。」


周りの制止を振り切りそいつは通信機の向かいにいる本部に一気に捲し立てる。


「こちら賽代すごろ。先程向かった廃墟にて報告をします。午後7時35分に通報のあった廃墟に到着。五分後に建物内に怪しげな影を発見。通報にあった悪霊だと判断し、調査を開始しました。対象の姿は十代半ばの男性。頭部に山羊の角。瞳孔が横長であり、知能がなくなり、意志疎通の難しく力の弱い異形型であると判断しました。直ぐに排除に向かい対象を攻撃しましたが何らかの力で銃弾を跳ね返され失敗し撤退しました。対象は……霊でもなく、神でもない人外であると考えます。知能もあり意志疎通ができ、自身を『ハイドウレン』と名乗っていました。そして、『自分達は母の命でここにいる』と。……それと……いえ、報告は以上です。」


通信を切ると同時にそいつは膝から崩れ落ち、血を吐く。周りの奴らが急いで治療をしようと忙しなく動くなか俺はそいつからの目が離せなかった。

ふと、そいつの目が俺に向く。その目は忘れられない赤い色をしていた。


「……君は。」


そう驚いたように溢す女の姿はあのとき子供の姿と変わっているけど確かに面影があった。途端に、その整った顔立ちがどこかで見たような笑みを浮かべる。


「ゴホッ、……っどうだい、あの時を越えるような鮮烈さだろう?思い出したかな?」


「……ハッ、思い出すどころか忘れたことすらねぇよ。」


「ふっ、残念ながらわたしの方は君の名前を聞けないようだ。」


その目がゆっくりと霞んで閉じられていく。……どうにも忘れられない再会だった。



ずっとあの日から俺はあの赤に囚われている。高田澄を取り戻し消滅してしまった今でさえ、どうにも赤を求めている。


「……手を下したのは俺なのにな。」


三年前、賽代すごろの霊を斬り地獄に送ったのは紛れもない自分自身だ。不本意だったと言われれば嘘になる。だって互いに望んだ形だった。自分の思っていた結末とは違っただけで。


霊力を込めた攻撃は霊に効く。だから賽代すごろを己の霊力を込めた剣で斬った。そして、自分もその剣で斬るつもりだった。だが、止められた。自身の契約者に。


「……尽。君の契約者は僕だ。燐での禁則事項君は覚えているよね?『後追い禁止』……君はルールを破るつもりなの?僕はルールを破る犬に躾をした覚えはないよ。」


霊装の合図以外で初めて接触したその手は異常なまで冷たかった。



燐が解体した今、契約は切れ惟芽胤との関わりはなくなった。自分はもうこの世に残した未練はない。でも、未だ地獄で待つ賽代すごろに再会するつもりはない。

死んだ身でありながらまた死ぬ勇気もなくなった。どっち付かずの半端者になったというわけだ。

何回目か分からない自嘲で口許が歪む。


「……ざまぁねえな。留まるのも辛けりゃ、消えることすら叶わねえなんて。」





◼️◼️◼️の記憶


「初めてその顔を見たとき、心の底から『綺麗な人』だと思ったんだ。」


伸ばされた背筋も上品さが伝わってくる所作もコロコロと分かりやすく変わる表情も。全部、綺麗だった。その中でも、目が一等美しく感じた。長い睫毛に縁取られた赤い宝石を宿したその目。それが真っ直ぐと僕に向けられるのが好きだった。


「ハロー!お初に御目にかかるよ。君がわたしの契約者(ご主人様)かな?わたしの名前は賽代すごろ。今日からわたしが君の武器だ。」


そういう彼女の僕を唯一だと信じて止まない目を僕は堪らなく好いていた。


ある日彼女が言った。


「◼️。わたしはね、なるべく君に辛い思いをして欲しくないんだ。本来なら、霊装自体もしたいとは思わない。」


「どうして?僕では力不足かな?」


「いいや、そんなことはない。ただ……君が傷ついたらわたしは◼️◼️◼️を殺してしまう。」


「それは、心を?それとも意思を?」


彼女は僕の目を見てうっすらと笑う。


「身体の方だとは思わないんだね。」


「貴女は僕にそんなことをするわけがないから。きっと僕のために僕を殺して、自分すらも殺して、貴女は独りになっちゃうんでしょ?」


「……否定は出来ないな。」


貴女は過剰なまでに綺麗(臆病)なひとだから。きっと僕を殺さない。

だって僕は貴女の唯一だから。

そう思えたのがどれほど良かったか、きっと僕の契約霊は知らないだろうね。


夏の入り、そこら中から雨の匂いがしていた。


「◼️?◼️。ねぇ、◼️。なんで……今。」


赤、赤、赤、相変わらず真っ直ぐに僕を見つめる貴女のその目が痛いほど悲しげに揺れていて。

ああ、本当に―


「綺麗。貴女はずっと、綺麗だ。」


「◼️!聞こえる!?大丈夫だ。話さなくていい!君は死なない!わたしがなんとかするから。だから……。」


「ねえ、すごろ。……僕も貴女もこんなんじゃこの世界ではあまりに生きづらい。だからさ、」


綺麗な貴女はきっと第二の人生ですらまともに成れないだろうから!


「先に……地獄で待ってるね。」





―パタン。


白紙の本を閉じる。


「お試しだったけど成功したな。」


ひとの記憶を視る方法。半信半疑で試した価値があった。これは良い。他のものも試してみようか。そう思って先ほど見つけた本に手を伸ばす。


「惟芽君。何してるの?」


不意にかけられたその声で手が止まる。


「澄。……別に、書庫を漁っていたら面白そうなものがあったから。実践してみただけ。」


「ふーん……そんなことより!聞いてきたよ。全員から。賽代すごろについて。」


本当に聞いてきたのか。


「尽にも?」


「尽さんにも。尽さんは結構以外だったけどね。」


尽は言わないと思っていた。やっぱり二年で変わるものなのか。


「だからさ、聞かせてよ。今度は君から見た『賽代すごろ(僕の契約霊)』を。」


「…………。」


先ほど視た記憶からだとやっぱり高田澄は変わっている。


「惟芽君?どうしたの?」


「……君、今の方が良いよ。」


澄は不思議そうに首を傾げる。


「何が?」


「いいや、何でもない。……それじゃあ、話そうか。」



賽代すごろについて。





――――――――――――――――――――――――

登場人物見た目


賽代すごろ(霊体&生前 十九歳)

挿絵(By みてみん)

天威振矢 あまのい しんや

賽代賭、賽代すごろの弟。現在の燐の代表者。

ビジュがないのはビジュ描くのが面倒くさかった訳ではないです。後でいいかなとかも思っていたわけではないです。本当に。

可哀想なので言葉で描いときます。

髪色は上二人とそんなに変わらない。お目めは新橋色。おばあちゃんが掛けてるみたいな眼鏡してる。賽代の奴にしては珍しく笑い顔が柔らかい。賽代家の唯一の人間。既婚者。

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