弱くて脆くて可哀想な見えない貴方
三話目。
ファンタジーです。
登場人物の名前は当て字や語感で決めたのが多いです。
多分ハッピーエンドにします。
作者はカプ厨、カプっぽい描写あるかも。
視点《高田 澄》
記憶喪失。
そう聞いて始めに感じたのは、「自分は誰?」とかのテンプレの感情じゃなくて、ただ「納得」だった。
「あぁ、だからこんなにも世界からの疎外感を感じるんだ」と。
日々を過ごしてくると共にギシギシと伝わってくる周りとの『ズレ』が、苦しくなってきた頃だった。
よく誰かに間違えられるようになったのは。
「あれ、すごろん髪切っちゃったの?花奈いつか結いたかったのに。……あぁっ!?すみくんだったね。間違えちゃった!ごめんね。」
「すごろさん、これ室長からの……あっ高田君でしたね。えっと、すみません。」
「賽代、これあのクソ野郎に持って行ってくれ。…………あっ、、澄。」
賽代 すごろ。ほとんどの人が暫く僕をその人と間違えていた。
賽代。確か、目が覚めてからよく僕の様子を見に来てくれた 賭 さんも同じ名字だった。
賽代 賭 。この燐という組織を構成する要素一つである『霊』を研究する蛇籠の間の室長。
長く腰まで伸ばした練色の髪をまとめている片眼鏡の男性。一般的には整っているといわれる目鼻立ち。黒のスーツベストに身を包んだ彼を初めて見たとき、アリスの世界からのきたのかと思ったほどだった。
まあ、性格は不思議の国の住人に劣らないくらいの変人だけれど。
とりあえず、その彼なら すごろ さんについて何か知っているのでは。そう考えて彼に直接聞いた。
「賭さん。その、聞きたいことがあるんですけど今いいですか?」
「澄?あぁ、何もないし、あったとしても大したことじゃないからいい。どうした?」
ん?『大したことじゃない』は良くなんじゃ?まあ、いいか。
「あの、えっと……賽代 すごろさんってどんな人何ですか?」
「…………なんで?」
「いや……少し、気になって。」
「うん。……今は詳しく話せないが、そうだな。」
賭さんは、僕に目線を合わせずに笑った。
「世界でただ一人の俺の妹。そして、澄。お前の契約霊だ。」
その顔は、受け入れがたい何かを誤魔化すような色を含んでいた。
後からわかった。賭さんは 高田澄 と 賽代すごろ を無意識に重ねていたんだと。可哀想な人だと思う。
時は経ち二、三年後の現在。ふと思い出したことがある。
一度も、すごろさんと僕を間違えず、配慮も怒りもなしに関わっていた人間がいると。そして、その人が此処に戻ってきた事を知ったとき、押さえていた疑問や不安が溢れだした。
知りたい。明らかにしたい。
その人と他の人の違いはなんだろう。
その言動と行動の真意は?
何故、間違えなかったの?
燐が解体してから、二年間何もしなかったのに急に戻ってきた理由はなに?
君が、最後に見た賽代すごろ はどんなひとだった?
今さらなんで燐に執着するの?
惟芽胤。君がなんのために燐に戻ったのか知らないけれど、何の気なしに君を行動を止めるには無駄な労力がかかるし、受け流すというには不安要素が複数ある。
それに、聞きたいことも山ほどある。
僕は臆病だから、賽代すごろ のことも君が何故燐に戻って来たのかも全部聞きたい。全ての情報を得て僕にとっての最悪のルートを回避するための選択を、僕が選ぶ為に。
僕に飾らずに伝えてほしいな。よろしく頼むよ。惟芽 胤 君。
「…………本当に嫌になるぐらい似ているな。」
そういう彼の心は表情からは見てとれなかった。
「よく言われる。」
適当に返事をしながら、彼にココアを手渡す。
折角、話を聞くならと堂々と惟芽君の目の前の席に座る。一息ついたのか、惟芽君はふと僕に聞いてきた。
「……で、どこから話せばいい?」
「最初から最後まで。君の記憶に強く焼き付いているところ。」
「そう、余計に難しいな。」
「……じゃあ。」
まずは、会った時のことから。
賽代さんと会ったのは、尽と契約してすぐだったんだけど。
僕、契約したあとに倒れたんだよね。急に霊力を使ったから体に負荷がかかって。
目覚めたのが燐の医務室だった。
「…………………。」
「うぉわ!お前、起きたんなら声出せよ。」
近くには尽がいた。なんかあきれてるみたいだった。
「…………ま」
ガラッ
扉が開いた。入ってきた人は僕らの前に来て止まった。
「ハロー!新しく入ってきた子って君?」
「霊と契約したのならさ、薊に来るんだよねっ!?……いやぁ、これで澄の後輩も二人目かあ。」
「澄がこんなに成長してっ……!わたしはっ……本当にっっ………………!!」
かなりインパクトの強い人が入ってきた。独り言がすごい。勢いもすごい。
「あ、ごめんね?名乗り忘れていた。わたしは賽代すごろ 。よろしくね。」
そう言って笑った。わざとらしく表情や声色が変わる人だ。
「惟芽胤です。よろしくお願いします。」
「…………へぇ~、それ本名?」
今のところ一番この人に言われたくない台詞だな。
「それ、お前に言われたくねぇだろ。多分。」
尽も同じことを思ったのか、声に出てた。
そしたら、賽代さんはどこか疲れたような目で尽を見た。
「なんだ。君か…………誰がコイツの許可出したかなぁ。もう十分だよ。そのアホ面見るのは。」
「文句ならお前の兄に言ってくれ。はぁ、相変わらずその性格は健在なようで。やっぱりガワが変わった程度じゃ無理か。」
見えないし、聞こえないけど何か目の前の二人にスイッチが入った気がした。
「この姿はそんな下らないことの為じゃないと分かっているはずなのだけどねぇ。まぁ君の頭では覚えきれなかったかな?」
賽代さんは余裕を纏った表情で大袈裟に頭を指さす。
「『空っぽになった器をとっておけばいずれ中身が帰ってくる。』何て幻想は信じられねえモンでな。そこまで失ったモノに執着してねえんだわ。」
不快感を全面に出して尽が言い返す。
「『執着してない』何てよく言うよ。目の前でそれ見せられてねえ?…………ははっ、やっぱり緑はお気に入り?あ、もちろん申し訳ないとは思っているよ?残念だったね。」
「謝罪は要らねえ。もう過ぎたことだからな。…………安心しろよ。許すつもりなんてさらさらねぇから。」
「それは有り難い。本人が必要としない『赦し』ほど迷惑なモノはないから。わたしは自分の誤りを謝ろうなんてしないよ。赦されたい訳じゃないからね。罪から逃れたいのならはじめからしていない。分かっているだろう?わたしの人間性。」
「ああ、痛いほどな。身をもって知ってる。」
どうしよう。この口喧嘩?を止めるにはどうしたらいいだろう。そろそろこの二人は僕を無視して手が出そうだ。
…………それはそれで面白いから見てたいな。
「……賽代、尽。ここは医務室だぜ?静かにしてろよ。上に報告しなきゃいけなくなんだろ。」
金扇さんが止めに入ってきた。奥に居たのか。
「チッ」
「ああ、うるさかった?パッと見、人居なかったから。……あっ!そういえばさ。紗子ちゃん午後空いてる?この前気になるって言ってたの今日取りにいくんだよね~。」
「あ?でも今日花奈いねぇよ。余りどうすんだ?」
一瞬で反応が別れた。賽代さんの切り替えがはやい。
「それは、わたしがどうにかするよ。とりあえず、紗子ちゃんは時間守ってね!」
「それはてめえの兄貴に言ってくれ。アタシに余計な仕事振らせないために変なもんの開発止めろって。」
「ははっ、わたしがあの人にわざわざ会いに行くと思う?」
「……そりゃそうか。っていうかお前ら今から霊装の確認だろ?とっとと出てけ。胤、お前も特に問題無かったから動いていいぞ。」
金扇さんが手で追い払うような仕草をする。
「ああ、やっぱりこの子薊なんだ。」
「改めて、よろしく頼むよ。惟芽 胤 君。」
そういって、その人は僕らの前を歩く。
はじめの印象は本音が見えない人だった。
「先ず、薊の説明をしようか。」
前を歩く黒髪がゆれた。賽代さんは話始める。
「わたしとあと、君が所属しているところなのだけれど、薊の役割は簡単に言うのなら『戦闘』だね。戦うんだ。」
「でも、戦うと言ってもただ殴る、蹴るだけじゃ勝てない。相手は霊だ。実体はない。霊に干渉するには、同じ霊か一定量の霊力を保有する人間であることが条件。けど、そんな人間何てなかなか居ないし、霊自体に任せるには信用がない。だから、」
「霊と契約して、霊力の優れた人間をつくるんですね。」
「そう。それによって契約した霊を管理することもできる。……けどね、契約した人間と元々霊力のある人間って違いができるんだ。わかる?」
違い?
「何ですか?」
「えっと……身体機能の強化、特殊能力の獲得かな。簡単に言うとね。」
「実は、契約した人間の方が元から霊力のある人間より身体機能が向上するんだ。脚力が上がったり、高い所から飛び降りれたり、霊力のない物理的な攻撃は基本は効かないようになっている。」
「特殊能力は、人によるけど……わたしだったら、例えばダイスを振った分だけ味方や自分自身にバフを、敵にはデバフを与える事ができる。なんだかゲーム見たいだよね。あとは……敵味方の耐久値とダメージを数値化して視ることができるとかかな。」
「薊の人ではないけど、霊力の流れと使用した痕跡を視れる人もいる。あとは特定の道具を使う人も居るね。面白いでしょ?」
確かに、面白い。
「まぁ、けどこの恩恵は全部『霊装』をしたときの話だけどね。」
そういえば、
「さっきから聞くその霊装って何ですか?」
「霊装は、霊を体に直接宿すんだ。わざと取り憑いてもらうっていうのかな。……まあ、女児アニメとかに出てくる変身みたいなものだと思ってていいよ。あんまり霊装時間が長いと二つの魂に身体が耐えられなくなって最悪いろんな所が裂けて死んじゃうから気をつけて。」
?じゃあ。
「何故。賽代さんは、ずっと霊装しているんですか?」
ずっと賽代さんからは幽霊とも、普通の人間とも違う不思議な雰囲気を感じていた。
それが霊装と言われるものなら、納得ができる。
「…………ばれた?」
言葉とは裏腹に賽代さんは笑みを浮かべていた。
「隠してもねぇだろ。」
今まで黙っていた尽も少し不機嫌そうに言う。
「確かに。そうだね。」
「この身体は元々わたしのものではないんだ。高田 澄っていってね、わたしの契約者のものだ。澄は今此処には居なくてね。帰ってくるまでわたしがこの身体に入っているんだ。そうしたら、なぜか常に霊装状態になっちゃった。元々違う魂だからか、私自身の霊力が高いからなのか、はたまた何かの思し召しか定かじゃないけどね。色々と都合がいいから、わたしは常に霊装状態でいることを許可されている。それに、」
「……澄が帰ってきた時に身体がボロボロだったら申し訳ないからね。」
「…………憐れなものだよな。契約霊様は。自分自身が簡単に消えることがないからなくしたモノに人一倍執着する。」
尽はただ、独り言のようにそう言った。
「……何で。君がそれを言うかなぁ。」
そういった賽代さんの顔には。少し呆れの色が滲んで見えた。
暫くして、見覚えのある扉が見えた。
「惟芽君。本日二回目の蛇籠の間だね。薊の人間は何かと来ることが多いから場所を覚えておくと良い。」
「……じゃあ、そろそろわたしは別のところに行こうかな~。なんて。君たちは、霊装の確認して、結果だけ教えてくれたらいいから!」
さっきまで普通にしていた賽代さんが急に挙動不審になりだした。
尽は何故か納得したような顔をしていた。
「……どうしたの?これ」
こっそり尽に聞く。
「いや、研究室って室長いるだろ?」
小声で返事が帰ってくる。
「うん、……それがなに………………?」
「だからっ!!貴方はっ!!天威さんに!!報告に行くんですよっ!!!!」
突然、怒鳴り声が聞こえた。びっくりして目を向ける。蛇籠の間の出入口からだ。
複数人が集まっている。研究員の人達が誰かを必死に引き留めようとしていた。引き留められてたのは、室長だった。
室長も周りと同じ勢いで話している。
「これから、俺には何事よりも優先するべきことがあるんだよ!!そんなことをしている暇はない!!!!!」
「あんたが勝手にシステムいじんなかったら報告なんてしなくて良かったんだよ!!文句があるなら自分自身に言え!!!!逃げてんじゃねぇ!!!」
「そもそも、『優先すべきこと』って何ですか!貴方いつも暇してるくせして!!言ってみろ!!!」
「愛しい妹に久しぶりに会う、それ以外に何がある?」
「予想通り過ぎて安心したよ!!むしろそれ以外だったらすぐさま医務室にぶちこんでたわ!!!ついでに数発殴らせろ。」
凄くくだらないことで駄々こねてる。しかも周りの口調からして似たことが何回かあったんだな。
そう考えていると尽が小声で僕に話す。
「あー、あそこにいる室長の賽代賭はだな。名前から察する通り、こちらの賽代すごろ の兄貴で……とんでもないシスコンだ。」
成る程、賽代さんが逃げようとしてたのが分かった気がする。本人は今驚きすぎて固まっているけど。
未だに賭さん達は揉めている。
「何がおかしい?あの子は美しい。目に映るだけで寿命が6年延びる。」
「……貴方死ねないのに何言ってんの?」
「しかも、今は見た目違うでしょ。」
「確かにあの子は見た目も整っていて三日どころか365日何年見てても飽きないが、俺が言う美しさはまた別のであって人の気質のような………………」
「また始まったこの話………。」
何回目なんだろうその話。すこし気になる。
「あら、そう言うことなら 私 から 振矢 に伝えましょうか?折角の兄弟の再開を妨げるのは振矢も弟として忍びないでしょう。」
突然、僕らの後ろから落ち着いた女性の声がした。
その場にいた全員がその人を見る。
「ほら、お義姉様もいらっしゃったことですし!」
彼女は賽代さんの肩に手を置いて微笑んだ。
「あっ。」
彼女意外全員が同じ言葉を出した。
賽代さんはあり得ない程困惑している。
「あっ、……え?……雫さん、なに……いっ……て……」
「はっ、!」
そうしたら、賽代さんが急に正気に戻って研究室とは真逆の方向に…………
走り出した。無駄に綺麗に。
そして、追いかけてきた賭さんに……
捕まった。案外あっさり。
「兄さん。わたしは前回になるべく顔を見せるなと申した筈ですが。」
「もう6年経った。」
「チッ…………。あーそーですか。」
賽代さんはもう諦めに入ったようだ。
賭さんは上機嫌で研究室に戻って行く。妹を抱えたまま。
僕らも入らせてもらった。
雫さんと呼ばれていた人は会釈をして出ていった。
研究員の人達は申し訳なさそうだった。
「ああ、惟芽君は霊装の確認で連れてきました。ついでに道具の決定などががあれば決めてください。」
抱えられて、顔色が死んだまま賽代さんは言っていた。敬語なのがすごく違和感だ。
「惟芽君。霊装をするときの発動条件を先ず決めようか。」
賽代さんの口調が戻った。でも顔色はまだ死んでいる。
「発動条件ですか。」
「そう、発動条件があると力の管理がしやすい。それに暴走を防げる。」
お互いに分かりやすくて、短いのがいいだろう。
「あまり普段はしないことにするといいよ。区別がつきやすい。それと契約したモノ同士は接触ができるからね。それを使ってもいい。」
普段はあまりしなくてお互いに分かりやすいこと……。
ふと、尽の髪を結んでいるリボンが目についた。
「尽。」
尽をこちらに呼ぶ。
「どうした?」
そのままリボンに手を伸ばして…………
ほどいた。
尽の長い髪の毛がおろされる。
「…………は???」
「賽代さん。これでいいや。」
「おっけー。じゃあ、それで決まりね。次は、尽が惟芽君の身体に合図にあわせて入って。惟芽君はちょっとびっくりするだろうけど力抜いてていいよ。」
「?????」
「尽。はやくしてー。……?あぁ、惟芽君リボン離してあげて。霊体の一部だから勝手に元に戻るよ。」
「……はい。」
リボンが尽の髪に戻っていった。
「……戻った。……ああ、霊装の合図なわかってる。言われなくとも。胤、お前ビビるんじゃねーよ?やりずれえからな。」
「尽。僕がビビってるところ想像できる?」
「さぁ、さっぱり。」
威勢が元に戻った尽に向かって手を伸ばす。そして、もう一度リボンをほどいた。
一瞬、バチッと視界が白く弾けて反射で目を瞑る。
次に目を開けた時には尽がいなかった。
それと、少し目線が高くなっている。
「服装に多少の変化と、髪の一部の変色、あとは身長が少し伸びたか……へえ。君はあんまり影響受けないタイプか。」
急に賽代さんのことをずっと抱えながら黙っていた賭さんが言った。
「分からないですよ。紗子ちゃんみたいに口調が変わったり、それか性格が変わったりするタイプかも。」
「金扇は見た目も影響受けすぎてたと思うが……。まあ、それを含んでいても、少ない。特にお前と比べるとな。」
「わたしはずっと澄の身体を借りているだけですから。」
賭さんは異様に楽しそうに、反対に賽代さんは顔色が依然と死んだまま会話をしている。
そのちぐはぐした様子が少し面白い。
「……ふふっ、ぁははっ。ふふふ。」
無意識に声が出た。
「…………。」
「…………。」
「……どうしました?」
ふたりが急に黙った。思わず首をかしげて聞く。
「惟芽君。君、そんな表情豊かだっけ?」
「俺も、そこまでの君の表情の変化は始めてだな。目を見開くところはみたが……。」
「……あっ!紗子ちゃんの報告書に『感情のコントロール機能に変化がみられる』ってある!?てっきり……怒りとかを制御できないとかだと思ってた。」
「全ての感情に適用されてるのか。……通常がほぼ感情なしみたいな態度だから目立つが、普通の人間の感情の変化と対して変わらないな。」
「そうですね。ただ……尽!契約者の貴重な笑顔がみれなくて残念だったね~。」
賽代さんが少し声を張って言った。
そのとき、
『うるっせえな!別に野郎の笑った顔なんざ興味ねぇわ!!』
尽の声が頭に響く。うるさい。
頭を押さえて顔をしかめた。
「尽。うるさい……!」
「あーあ、ダメじゃん。霊装中にそんな大声出したら。契約霊は契約者とだけしか意識を共有できないんだから。負担がかかるのは契約者の方だ。君は気をつけた方がいい。」
『あー はいはい、わかってまーす。』
尽が返事をする。
「尽、それ聞こえてないのに言う意味あるの?」
『あ。』
賽代さんが手をぱん、と合わせ話し出した。
「まぁ~、さてさて。特に問題は無いみたいだし、お次は道具の決定だ。此処は研究室だから都合のいい素材がたくさんあるし、新しいものがほしかったら遠慮なく言うといい。暇をもて余した開発中毒者どもがたくさんいるからね。」
「そこの奥の机に置いてある。好きなものを選べ。」
賭さんが指を指した机を見るとごちゃごちゃと物が置いてあった。
ナイフや刀、銃といった武器と呼ぶものや鋏やアイスピックといった少しは使えそうなもの、または全く関係の無さそうなものなどがずらりと並んでいた。
「惟芽君。君が強く惹かれたものを手に取るんだ。何も興味が湧かないならそれでいい。君自身が欲した物が重要だよ。」
僕が強く惹かれるもの。
文章だけで、人の心に感情を刻むもの。
いつでも僕を幻想に引きずり込むもの。
たった一瞬の鼓動を支配するもの。
「へぇ、それか。…………似てるね。やっぱり。」
僕は一冊の本を手に取った。
何もない。白紙の本がゆっくりと開かれる。
何をしたらいいのか自然とわかっていた。
これは僕自身で完成させる本だ。
机の上に置いてあったライターを手に取る。そしてそのまま白紙のページに押し込む。押し込んだライターが消え、押し込んだページのはライターの図と説明についてがかかれていた。もう一度そのページに手を伸ばす。そうしたら、ページに手が入り込んでライターが取り出せた。またライターを仕舞う。
「白紙の本にものを仕舞うことができる、かぁ。面白い使い方ができそうだね。」
賽代さんはどことなく楽しげになっていた。
大きさの制限はなんとなくわかる。荷物を運ぶのが楽になるだろう。
「あの。霊力を込めて使える武器とかってありますか。」
賭さんの方を向いて聞く。
「 その机にあるものは全て使える。いくつでも持っていけ。」
なんとなくアイスピックをとって本に仕舞う。
「終わりました。」
「そう、じゃあ戻ろうか。尽。霊装を解いて。」
再度、また同じような視界が弾けるような感覚がして気づいたら姿が元に戻って、尽も隣にいた。
「……もう帰るのか?」
賭さんが賽代さんに向かって言う。
「はい。もうわたしは此処には用がないので。」
「も、もう少し此処にいても……。」
焦ったように、引き留めている。
「いいえ。わたしは研究室の所属ではないのであまり長く居座ると迷惑でしょう。それに、」
賽代さんが続けて話そうとしたとき、アナウンスが流れる。
『あー、あー。こちら霞隊。蛇籠の間室長・賽代賭殿へ、天威振矢指令官より伝言です。「久しぶりの兄弟との会話は楽しめましたか?今から三分以内にこちらの部屋に来てください。……来なかったら、わかっていますよね?兄さん。」……以上です。』
アナウンスがおわる。周りにいた研究員の人たちがざわついていた。
「振矢に、呼ばれているようですし。わたし達はこれで。それでは、さようなら。」
賽代さんに続いて、小さく礼をしてから研究室をでる。僕らが出た後の研究室はすごく騒がしくなった。おもに賭さんに向ける非難の声で。
賽代さんは、申し訳なさそうに笑っていた。
二番目の印象は、少し可哀想なひと。
そこから、半年くらいかけてだんだんと賽代さんの本質が分ってきた時。たまたま、賽代さんと二人だけで話す機会があった。
「惟芽君、君はうまく読めないね。」
そう、賽代さんは言った。
「わたしには、君が何を考えているのか、どんな人間なのかが分らないよ。」
「もう貴方も分っているものだと思っていました。貴方がよく僕に『似ている』って言うから。」
「わたしの言うそれは、性格がっていう意味じゃないよ。どちらかというと『結果』がっていうことかな。」
「……結果、ですか。」
「そう、結果。考え方も癖も、経験もほとんどが何もかもが違って理解もできないけど、君は行動の結果だけが似ているんだ。わたしが、殺した子に。」
「……燐って人を殺した霊をそのまま置いてていいんですね。賭さんの意向ですか?」
「いいや、あの人は最後までわたしが薊に残ることを渋っていたよ。『なんの事情があろうと人に害をなした悪霊あることは変わりない。』って。あの人はそういう時はいつも、正しくて。ほんと……嫌になる。だからかなあ、振矢がね出した条件がわたしには最後の希望に見えたんだ。」
「……………………。」
「あれ、もしかしてあんまり興味ない?べつの話でもしようか……」
「貴方って存外、臆病ですよね。」
黄金色の瞳が揺れた。それでも彼女は取り繕う。普段の笑みからは考えられないような動揺の色を映した顔で。
「なんで、そう思ったの?」
「……最初は、貴方の目の動きですね。あなたは、ちょっとした相手の手の動きや表情の変化に気づいて過剰な反応を示す。それが何気ない行動だったとしても。ほら、」
僕が本に手を伸ばす。賽代さんは一歩後ろに下がり、腰に手を当てていた。彼女がいつも使っている銃を取り出すために。
「……別に貴方を攻撃したり、その身体に傷をつけようなんて思ってないですよ。ただ、確かめたかったので。でも、これで明らかになった。」
「賽代さん、貴方は目の前の人間がいつか自分を害すと信じて疑わない。人を信用できないんですね。」
賽代さんはただ目を見開いて僕の様子を見ていた。心情が追い付いていないはずなのに、ただ一つの情報も取り残さないために、無理やりにでも思考を巡らせている。
「貴方のその臆病さは、きっと生まれつきのものでしょう。貴方は臆病だからいつしか自身の臆病さを隠そうとした。自分自身を否定から守るために。丁度よく貴方の側には臆病なんて微塵も感じさせない人が居た。賭さんだ。貴方は大胆な自分を演じた。幸い、貴方は優秀な人間だったからそれは上手くいった。でも、所詮は作ったものだから、ボロを出す。それをたまたま僕に拾われた、それだけです。」
「賽代さん。僕は別に貴方が皆を騙して大胆な 賽代すごろ を演じていようが気にしません。けど、いつか崩れますよ。既に、雫さんと振矢さんには気づかれている。」
賽代さんはいつのまにか、棒立ちで俯いていた。今までの彼女からは考えられない様子で、ため息混じりのか細い声が聞こえてきて、そして堰を切ったように話し出す。
「……な、んで、かなぁ。わたし、いっつも間違えて、ばっかりで。兄さんは、いつだって正しいのに……振矢は、いつも最善を選ぶのに。わたしは、最悪の選択肢をさけるばっかで、取り繕うだけで。今だって、誤魔化さなきゃいけないのにさぁ。弱音吐いて、普段無駄に笑ってるのに肝心な時に動かなくて。」
「尽も、紗子ちゃんも、花奈も、雫さんも、燐の皆大切なのに、誰一人信用できなくて。その癖、一人の人間に執着して。あぁ、そうだった。澄にもばれてたんだっけ、なのに拒絶されなかったのがうれしくて、余計に入れ込んで。本当に、弱い。」
「…………僕、結構好きですよ。貴方のこと。」
「わたしは、嫌いだよ。」
そのまま、彼女が落ち着くまでただ黙ってその様子を見つめていた。
時計の秒針が刻まれる音がやけに耳につく。
三番目の印象は脆くて弱い人だった。
「まあ、いま僕が澄に言えるのは此処までかな。おわり。」
そう彼はいった。渡したカップはもう空になっている。
「へぇ、じゃあ今の惟芽君から見た賽代すごろは『脆くて弱い人』ってことでいい?」
彼の視点は意外だった。ある程度、予想のしていた人物像とは違う。賭さんを女性にしたような人だと思っていた。
少し、そういったきもちを込めて惟芽君に聞く。
「いや、今は違う。」
さらっと、無表情を貫いたまま惟芽君はいった。
「違うの?でも、さっきおわりって言ってなかった?」
「おわりだよ。今の君に話せる範囲は。」
「え~。でも、結構僕続き聞きたいな。どうしたら話してくれる?」
惟芽君は少し眉を潜めて、すぐに戻してから言う。
「澄。君って存外、剛胆だよね。」
初めて見た彼の表情の変化に笑いそうになりながら答える。
「それは、あまり言われないや。」
それを聞くと惟芽君はため息を吐いた。
「はあ、そう。……続きの話がしたかったら、僕以外の人間にも賽代さんについての話を聞いてからにして。金扇さんとか、賭さん、あと振矢さんとかの関わりの深い人とかね。あ、尽もか。全員に話を聞いたらまたここにきて。僕が話すから。」
彼は一冊の本を僕に手渡す。
「賽代すごろの記録。僕にはもう必要ないから。澄、君が持っていて。」
僕はそれを受け取った。
「じゃあまた、必ず来るよ。」
話を聞きに。
そのまま僕は記録書庫を後にした。
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人物見た目
賽代賭
賽代すごろ 澄 霊装
天威雫
人物設定
蛇籠の間室長
賽代賭 24(?)歳
すごろと振矢のお兄ちゃん。もともと薊に所属してた。24歳の時に呪いを受けて不老不死になったから薊から外された。異常に妹に執着するのは、霊になった妹はずっとこの世に留まり続けてくれると信じてるから。すごろが最悪のルートを避けるひとなら、賭は目標までの最短ルートを割り出すひと。
賽代すごろ 19歳(死んだ歳)
澄の契約霊。たぶんどんな世界であろうと生き辛いひと。澄が今この世にいるということは、こいつの結末はまあ分かる。
天威雫 28歳
振矢の妻。かなりのお嬢様。あまりいう事はない。比較的幸せな側の人間。




