虹色のプロポーズ②
災難だな。まあ落とした自分が悪いと思うが見捨てるのは可哀想だ。指輪探しを手伝ってやるか。残念ながら紛失物を探す天能は持っていないから、指輪を見つけられるかは分からないがな。
「僕も探してみよう。どんな指輪だい?」
「本当ですか、ありがとうございます。指輪には鮮やかな黄色の七色魔石を埋め込んでいます。目立つ色なので見れば分かりますよ」
「七色魔石っていうのは?」
「サントペテンの鉱山で採れる特殊な鉱石でして。赤だったり黄色だったり、1つ1つの色が違うんですよ。七種類の色が確認されているから七色魔石と呼ぶそうです」
ふむ、面白そうな鉱石だな。1度この目で見てみたい。
「説明ありがとう。早速探してみるよ」
男と別れ、歩いて離れる。
指輪の装飾が黄色の七色魔石だったのはラッキーだな。光る物は大型の鳥モンスター、スカイハンターに狙われる。黄色い石が付いた指輪は狙われやすいだろう。僕はスカイハンターの巣を探せばいい。無くした指輪はきっとそこにある。
スカイハンターの巣を探す方法は単純。走り回って探す。
天能〈神速〉を発動して制御出来る程度の速さで山の中を走り回る。
何度使っても素晴らしい速度だ。音速なんて遥かに超えている。
お、見つけたぞスカイハンターの巣。山頂付近に大きな窪みがあり、巨大な鳥の巣が作られている。巣の中には多くの指輪やら金塊やら、財宝と呼べる代物が置いてあって眩しい。巣自体が輝いているかのようだ。
どうやらスカイハンターはお出掛け中のようだし今が好機か。
やることは1つ、窃盗! 誰も来ないうちに堂々と盗む!
モンスター相手なら良心も痛まない。それに元々は他の誰かの持ち物だってあるはず。まあ誰の持ち物だったなんて分からないから返せない。だからな、見つけたのは僕だから、この宝の山は僕が自由に扱っていいよな。
なぜ隠れてもいない財宝を誰も持ち出さないのか。
理由は単純。スカイハンターが恐ろしいからだ。
冒険者ギルドに討伐依頼は出されていたが受ける奴は少ない。スカイハンターがとても強く、高ランクの冒険者じゃなきゃ依頼を受けられないからだ。空を飛ぶモンスターってのは攻撃が届かなくて厄介だし、スカイハンターの飛行速度は素早い。高ランク限定なのも納得だな。
冒険者ランクは全てで4種類。
下からサード、セカンド、ファースト、マスターランクと上がっていく。スカイハンター討伐依頼は最上位、マスターランクしか受けられない。残念ながら僕は新人だからサード。本来なら巣に向かうことも許されない立場だが、今はギルドの仕事で来ているわけじゃないからな。規則なんて知ったことか。
巣に置いてある財宝は多い。1人じゃ全て持っていけない。
おっ、これは王冠だな。大きな宝石が中心に埋め込まれている。
こっちは剣に宝石に金塊に、硬貨か。現在流通している硬貨じゃないな。刻まれている文字を読めばいつの時代のものか分かるはず……何、読めないだと!? この硬貨、百年や千年前なんてもんじゃない。さらに古い時代、古代とでも言うべき時代の物だ。凄い物を見つけてしまったな。この硬貨は絶対に貰っていこう。
「ああ、目的を忘れていた。指輪を探さなければ」
確か黄色の石が付いた指輪だったな。
ええっと、うーん……見当たらない。ここにはない。
「ん? これは」
黄色はないが虹色はあったぞ。虹色の石が付いた指輪だ。
綺麗なもんだなあ。あの男には申し訳ないが見つからなかったと報告して、この虹色の石付きの指輪を渡すか。どこへ落としたのかも分からない物を山から探すなんて難しいしな。
「ギュアアアアアアアアアアアアアア!」
「おっと、帰って来たか」
遠くから大型の黒鳥、スカイハンターが飛んで来るのが見える。
音速超えの速度か。……だが、僕の方が速いぞ。
天能〈神速〉発動。硬貨と指輪を持って山を駆け下りた。スカイハンターとの距離はどんどん離れていき、奴は僕を見失って周囲を見渡している。どうせすぐ追跡を諦めるだろう。長く巣から離れたら、また大切な宝物を盗まれるかもしれないからな。
山を走り回って指輪を無くした男を捜し出した。
彼は地面を這うように指輪を探している。
未だに見つからないようだな。
「おーい、ちょっといいかい」
「ああ、あなたは……指輪が見つかったんですか!?」
僕を見るといきなり立ち上がり、詰め寄って来る。
「残念だが君の指輪は見つからなかった。拾い物だが君にはこれをやる。スカイハンターの巣から盗んできた物だ。もし君が探して見つからなかったらプロポーズでこれを渡せ」
虹色の石が付いた指輪を差し出すと男が受け取る。
「スカイハンターの巣からですか、強いんですね。ありがとうございます。綺麗な石ですね、虹色の石なんて見たことありませんよ。これは、僕が用意した指輪よりも綺麗だ。よし、探すの疲れましたし、諦めてこの指輪を渡すことにします!」
「何だって? いいのかそれで」
「はい!」
はい、じゃないだろ。随分心変わりが早いと思うんだが。
まあ本人が決めたことだ。僕は『まだ探せ』なんて言わない。ただ、プロポーズされる女性が知ったらどう思うだろうか。他人が拾って来た指輪を渡されるなんて、女性からしたら嫌だろうな。……まあ、知る術はない。僕と彼が黙っていればいいんだ。
「僕はサントペテンに行くよ。プロポーズの成功を祈る」
「あなたもサントペテンへ? じゃあ一緒に行きましょう」
「構わないよ。同行するなら道案内を頼もうか」
「しますします! あなたは恩人ですから!」
この男、道中で名前を訊いたらレイルというらしい。
レイルには仲の良いフーラという女性がいて、サプライズで婚約指輪を渡したいと言う。彼の話を聞くと……少し不安になる。彼、1回もフーラのことを恋人とは言っていないんだが恋人なんだよな? まさか友人にいきなりプロポーズなんてするわけないよな? 僕が考えすぎなだけか? うん、考えすぎだろう。
レイルと話しながら山を下りて東に進むとサントペテンの町に到着する。
町に入ってまず目に入るのは巨大な鉱山。僕達が越えてきた山よりも大きい。町の中に目を向けると露店が多く賑やかだ。人間は小柄な者が多いな。地面は砂であり、強風が吹くと少量の砂が巻き上がる。
「フーラ!」
「あ、レイルじゃん。どうしたの服汚して」
町の入口付近でレイルが1人の女性に駆け寄った。
彼女がフーラか。活発そうで笑顔が似合う、良い女性だな。
「これを受け取ってくれ」
「え? うん」
おい待て。なぜ今指輪を渡しているんだ。
「指輪……虹色の石が付いてて綺麗だね」
「君のことが好きだ! 俺と結婚してくれ!」
馬鹿野郎! なぜ今プロポーズするんだ!
気持ちが先走ったにしても踏みとどまれよ。今の君、見た目からダメだぞ。指輪探しの時に服は土で汚れ、髪は乱れている。先に自宅で風呂に入って着替えろよ。……だいたい、プロポーズって雰囲気大事だよな。デート終わりが理想じゃないのか。場所は綺麗な景色が見えるところだったり、思い出の場所が良いんじゃないのか。
「えっと……」
ああ、終わった。フーラが困った顔をしている。
「ごめんなさい。レイルのこと、友達としか思ったことなくて」
「そ、そんなっ! 何度も楽しく話したのに!」
やっぱり恋人じゃなかったんだな。はい終わりお疲れ様。
「……ごめんね」
「……いや、俺の方こそごめん。急に結婚とか言って」
なんだこれは、地獄か?
レイルは酷く落ち込みながら僕の傍へ帰って来た。
「ヘルゼスさん、どこか店で食事しませんか。奢りますよ」
「……あ、ああ。じゃあ、行こうか」
奢ってくれると言うし食事くらい付き合ってあげよう。
泣きたいなら泣け。失恋した時は悔しいもんな、分かるよ。
涙が出なくなったら反省会をしような。今のままだと君が誰かと結婚なんて夢のようなものだ。恋人すら作れるか怪しいもんだ。次の恋に向けて準備しようじゃないか。