虹色のプロポーズ①
僕は今、素晴らしい景色を見ている。
山の中腹という高所からの眺めは実に良いな。単純に高い場所だから広く見渡せるのが良い。遠くにはフレームーンの町も見える。草木は緑の湖のようだ。素晴らしい景色ってのは心を癒やしてくれるな。
地図には名前が載っていないこの山を越え、さらにもう1つ山を越えればサントペテンの町が見えてくるはずだ。普通は面倒に思うのかもしれないが僕は今日が初登山。新鮮な気持ちで山登り出来るから非常に楽しいね。
――ぐちゃっ。
おい何だ今の気持ち悪い音は。何かが潰れたような……。
振り返ってみれば一気に嫌な気分になる。何と言うべきか、旅をしていればこんなこともあるんだろうな。僕の目には顔を背けたくなるような肉塊が映っている。
人の死体だ。体はぐちゃぐちゃで原型を留めていない。
人……ではあるが、これは獣人族か。
オレンジの毛が全身に生えているし、犬みたいな耳が付いている。獣人族で間違いないな。獣人族は僕のような純人族と違い、同じ種族でも姿が全く違う者が多い。マドルドンやフレームーンでも獣人族は見かけたが、やはりそのどれとも違う姿だ。
しかし奇妙な死体だぞ。落下したからって肉がミンチになるか?
頭部だけ損傷が少ないのも気になる。そもそもこの死体、どこから落ちて来たんだ。僕が今居る場所は山の中腹だぞ。この山の斜面は緩やかだし、転がり落ちたにしては損傷が激しすぎる。この場所より高所から落下したと考えるのが自然だろう。
この山の上には空しかないが……ああ、今理解した。
上を見れば大きな鳥のモンスター、スカイハンターが向かいの山へ飛んでいくのが見えた。スカイハンターは光る物を集める。死んだ獣人族も何か光る物を身に付けていたから食われて、その後吐き出されたってわけかね。
「埋葬……の前にアレをやるか」
損傷の少ない頭部に触れて天能を発動させる。
僕の天能〈スキルドミネート〉は触れた対象の天能を奪えるが、条件として対象が自身の天能を拒絶していなければならない。これは意外と厄介な条件だ。心の底から自分の力を拒む奴なんてあまり居ない。しかし僕はこれまで数多くの天能を他の生物から奪っている。
実は奪う条件には抜け道、裏技が存在する。
触れた対象が死者の場合は無条件で奪えるのだ。
なぜなのか、裏技を知った時に当然考えた。
重要なのは天能が宿る場所。一般的に脳や魂なんて言われているがそれは違う。白骨死体からも奪えるし、全ての死体に魂が留まっているなんて馬鹿げた話だ。推測だが生物の死後、天能と呼ばれるものは傍に残るのではないだろうか。永遠ってわけじゃない。時間が経てば自然消滅すると考えている。
確たる証拠がないから証明は出来ない。もしかしたら、僕の推測は間違っているのかもしれない。天能には謎が多いしな。真実を知る機会があるなら是非知りたいものだ。
さて、目の前の死体に〈スキルドミネート〉を発動。早速天能を奪う。
「……これは」
手に入れた天能は〈俊足〉。足が速くなるだけの力。
今回で手に入れたのは4回目。残念ながら同じ天能を複数持っていても、同時発動して2倍の効果にすることは不可能。しかし僕は4つ目の〈俊足〉が欲しかったんだよな。
僕が〈スキルドミネート〉で天能を奪う理由は2つある。
単純に強くなるため。そして、未知の天能を生み出すため。
天能の与奪の他に〈スキルドミネート〉で出来ることがある。
それは複数の天能を融合して新たな天能を生み出す力。
僕個人としてはこの力が1番素晴らしいと思っている。
融合の組み合わせは決まっているので融合出来ないものは存在するが、今手に入れた〈俊足〉が融合可能なのは確認済み。既に2つの〈俊足〉を融合させて〈超快速〉の天能を生み出している。
僕が今日試したいのは〈超快速〉同士での融合だ。
融合出来るのか、もし出来るとしたらどんな天能になるのか知りたい。
まずは〈俊足〉同士を融合。これで〈超快速〉が2つ。
次に〈超快速〉同士を融合。さあ出来るのか出来ないのか。
「……ふっ、はっはっはっはっは!」
成功したぞ。2つの〈超快速〉が融合されて〈神速〉になった!
名も知らない獣人族の男。君が持っていた力をありがたく使わせてもらう。
君の死を家族や友人に教えることは出来ないが、せめて土に埋めて、安らかに眠れるよう祈ろう。
埋葬は終わった。簡素な墓石も作っておいた。
登山の再開……と言いたいが、一先ず新たな力を試しておくか。
役立つ力なのか、僕の害となる力なのかだけでも確かめなきゃならん。
もし害となる力なら隔離しなきゃならないからな。
隔離と言っても捨てるわけじゃない。隔離しても僕の中に残り続けるが効果は発揮されない。最近だとノエラから奪った〈吸血〉を隔離したな。あれは酷かった。発動した瞬間強い吸血衝動に襲われて頭がおかしくなるかと思った。吸血する感覚に興味があっても2度と使う気になれない。
天能〈神速〉発動。効果はなんとなく分かる、速度強化だな。
とりあえず走ってみるか。どれ程の速度を出せるのか確かめよう。
「う、おっ!?」
速い、途轍もなく速いぞ! 数秒前まで中腹に居たのにもう山頂間近だ!
待てマズいぞこの速さ。速すぎて足がすぐに止まらない。こ、このままではとてもマズい気がする。山頂を過ぎれば下り坂だ。制御出来ない速さで坂を下りたら転倒する。こんな速さで転倒したら僕の肉体、ミンチになっちまうんじゃないだろうか。速く走りすぎたせいで転んで死亡なんて絶対に嫌だぞ。
「ぐっ、うおおおおおおおおおおおおおお!」
止まれないのは分かった。ならば逆に全力で踏み込み……跳ぶ!
「これは凄いぞ! 僕は今、空を飛んでいる!」
空気を切り裂き、浮遊感を味わいながら、山から山へと跳ぶ。
鳥になった気分だな。ただし、翼はないから落下するだけだ。
着地の準備をしよう。身体能力が強化されたわけじゃないから、最高速度で山の地面に着地したら肉体が耐えられない。全身の骨が砕ける。無事に着地するには空中で減速しなきゃならない。
天能〈軽量化〉と〈空気放出〉を使う。
自分の体重を限界まで軽くして、両手両足を前に出して空気を放出する。空気を押し出した反発を受けて速度はみるみる遅くなった。一時は焦ったがなんとか次の山に着地出来たぞ。本当に死ぬかと思ったから無事で良かった。
暫くは〈神速〉の練習が必要だな。安全に使用出来れば役立つ天能だし、隔離はしなくてよさそうだ。この天能を使いこなせれば移動が楽になるぞ。1度行った町にも楽に行けるようになる。
「――あの、今、空から降って来ませんでした?」
男の声!? まさか、誰かに見られていたのか!
声の方へ振り向けば1人の男が立っていた。なぜか服のあちこちに土が付着しているがそれはどうでもいい。重要なのは長距離跳躍を見られたってことだ。バカ正直に向こうの山からジャンプしましたなんて言わない方がいいよな。噂を広められたら面倒なことになりそうだ。噂を聞いた人間からジャンプしてくれとお願いされても困る。
「見間違いじゃないか? 僕は歩いて山を登ってきたよ」
「そうですか。うーん、目が疲れているのかな」
「きっとそうだ。早く家に帰って休んだ方がいい」
誤魔化せそうで良かった。
「いや、まだ帰れませんよ」
「それはなぜ?」
「実はプロポーズで渡す予定の指輪を無くしてしまって、探している途中なんです。マドルドンの町に住む指輪職人に作ってもらった大切な物です。見つかるまで帰れませんよ」
プロポーズで渡す指輪……婚約指輪か。
「なぜこんな山で無くすんだ。落としたのか?」
「ええ、落としてしまったんです。落ちた指輪を狐が咥えて持って行ってしまったんです。こんな最悪なことありますか!? 500万エラで依頼した特注品なのに、受け取った初日に無くすなんて!」
災難だな。まあ落とした自分が悪いと思うが見捨てるのは可哀想だ。指輪探しを手伝ってやるか。残念ながら紛失物を探す天能は持っていないから、指輪を見つけられるかは分からないがな。