久方振りの故郷③
「そういえば兄様、今珍しく村に客人が来ているの」
しばらく家族3人で話をしているとヘラがそう告げる。
「客人? この村に?」
この村は複数の山に囲まれており、周辺に生息するモンスターは手強い。冒険者ならファーストランクの人間くらいじゃないと討伐も逃走も不可能だろう。僕は旅を始めてすぐ、故郷の村周辺が危険地帯なのだと知った。魔境と言ってもいい。
地図にも載らない危険地帯にわざわざ来る人間がいるのか。余程の変わり者なうえ強者だろうな、その客人とやらは。
「なんでも、世界一の料理人だとか」
世界一、ね。コック帽と似た髪型の料理人が頭に浮かぶ。
「何が目的でこんな辺境に来たんだ?」
「私達の作ったお米が欲しいらしいよ」
米か。僕も久し振りに故郷の米を食べたい気持ちがある。
「その客人に渡すのか? 村の米はお供えと自給自足の為に作っている物だろ。余所者に渡せる量があるのか?」
「アビル様へのお供え分は保管庫に沢山あるし、少しなら分けてもいいってことになったの。私達のお米を欲しがる人は珍しいから嬉しいんだよみんな」
珍しいよな。余所者が村を訪れるのも珍しい。
僕が知る限り3度目だ。まだ僕が村に居た頃、モンスター討伐で冒険者が訪れたことが2度あったからな。
「僕にも分けてくれないか? 久し振りに食べたくなってさ」
「じゃあ私が育てたお米をあげるね」
「ありがとう」
ヘラは米を取りに保管庫へ向かった。
貰える量が多ければリフレにもあげよう。
「皆嬉しがっているから言わないが、俺は余所者に米を与えるべきではないと思っている。この村の米は、アビル様に献上するために作っているのだからな。お前はこの村の人間だから与えても構わないが、余所者はな」
父が難しい顔をしながら意見を口にした。
僕は余所者に米をあげたって構わないと思うけどね。さっきヘラが保管庫に沢山あるって言ってたし、少しくらいあげてもいいだろ。
「そうだ、せっかく帰って来たんだから、お前もアビル様に何か献上したらどうだ。何もないなら米を少し献上しておけ」
「……ああ、分かった」
アビル様アビル様うるさいんだよなあ。
確か、村の祠に封印されている悪魔だっけ。毎日米を祠に置くことで、封印が解けないようにしているんだとか。全く意味の分からない話だ。毎日供える米が消えているのも訳が分からない。
「兄様持って来たよお米!」
「ありがたく貰うよ」
村の掟だし、帰る前にアビル様の祠へ足を運ぶか。
父とヘラに別れの挨拶をしてから実家を出る。
小さな村だから祠までの距離は近い。
歩いて5分もかからない。
さっき家を出たばかりなのにもう祠が見えてきた。
小さな石の祭壇の上に存在する小さな黒い祠。
あそこにはアビル様という悪魔が封じられていると、幼い頃から父に聞かされていた。村に住む人々の遠い祖先がアビル様を信仰していたとか言ってた……と思う。正直あまり話を覚えていない。
ん? 祠の近くに誰か座り込んでいるぞ。
男と少女が1人。男の方はコック帽を被っていることから料理人……違う、コック帽じゃない! 以前も驚かされたがあれは固まった髪の毛! あんな髪型の人間は世界に1人しか居ない。
世界一の料理人を自称する客人、やはり君だったかクックク。
「こんな辺境の村で何をしているんだ、世界一の料理人」
「ん? おおヘルゼスじゃないか。奇遇だな」
「ああ。里帰りしたら知り合いが居て驚いたよ」
クッククの隣に座る金髪の少女、グラトンが無表情で僕を見つめてくる。彼女は何度か首を傾げ、何か思い出したのかポンと手を叩き、僕を指差す。
「ドラゴンの親子丼」
「もしかして、僕のこと忘れてたのか?」
まあ、無理もないか。
数時間しか共に過ごしていない仲だしな。
あの日のことは印象深くて僕はよく覚えているけど、グラトンにとっては違うんだろう。クッククと旅をしていれば誰かと食事を共にするのはよくあることだろうしね。
「連れの女はどうした? 銀髪の美人が居たろ」
「リフレとは別行動中だ。ここには居ない」
今後共に行動することはないかもしれないけどね。
「君は今何をしているんだ? アビル様の祠前で」
「米を炊いている! 史上最高の炊き込みご飯を作るのさ!」
「史上最高の炊き込みご飯!?」
クッククの前には焚き火台と鍋が置かれている。
熱い炎が鍋底を温め、蓋の穴から蒸気が吹き出ていた。既に食欲を唆る良い香りがするな。味が気になる。
眺めていると鍋の蓋がカタカタ揺れだした。
「む、火を弱くしなければ」
クッククは木の棒で薪同士の距離を離す。
薪が離れたことにより炎の勢いが弱まる。
「あとどれくらいかかるんだ?」
「弱火で15分放置してフィニッシュさ。食うかい?」
「食べていいのならありがたく貰うよ。腹も空いてきたし」
昼食には丁度良い時間だ。本当にありがたい。
食べるなら15分待たなきゃな。その間にアビル様に米を献上して……いや、炊き込みご飯を少し献上すればいいか。仮に僕が貰う立場なら美味しい方が嬉しいしね。
「この村の米なんだよな?」
「ああ、鎮魂米だ」
「鎮魂米? そんな名前があったのか」
この村で育ったのに僕は知らないぞ。
いや、待てよ。鎮魂米という名前はどこかで聞いたことが……違う、見たことがある。ノレッジーンスクールの図書室でその名が載る本を読んだ気がする。
「鎮魂米を食えば、どんなに激しい怒りも鎮まると言われている。強力なリラックス効果が秘められているんだ。料理人界隈の中じゃ伝説とまで呼ばれる食材さ」
そう、そんな内容を本で読んだ。
確か『伝説の食材100選』って本だ。
この村の米、伝説だったのか。
僕にとっては食い慣れた普通の米なんだけど。
「味が楽しみだね。鍋に入れた具材を聞いてもいいかい?」
「それは食べる時の、お、た、の、し、み、さ」
くそっ、まあそれはそれで楽しめるから良い。
具材を想像している時間も楽しいからね。
定番は油揚げ、野菜、キノコだよな。
史上最高と宣うなら何を入れたんだろうか。
「に――」
「おっとネタバレするんじゃあない!」
グラトンが何か言いかけた瞬間、クッククが彼女の口を押さえた。
別にいいだろ、炊き込みご飯の具材くらいネタバレしても。
「そういえばグラトン、君に訊きたいことがあったんだ」
「何?」
忘れていたが彼女の正体を確かめたかったんだよね。
800年以上も前に生きていた5人の大罪人。
通称『五罪』。
傾国傾城。ラストラ。
獅子奮迅。アトラゼオン。
四百四病。オルシック。
鯨飲馬食。グラトン。
無限好奇。グリーディア。
5人の内グリーディアを除く大罪人は不老となり、現在も生きている。先日僕がオルシックを殺したので残りは多くても3人。目の前のグラトンがその1人かもしれない。
大罪人だからと殺したいわけじゃないがね。
謎は早く解消したい質なので、正体を確かめるのは単なる好奇心だ。
しかし、軽率に『君は五罪なのか?』なんて訊けないか。クッククには隠して同行しているのかもしれないしな。彼には正体が伝わらないよう遠回しに確認しよう。
「君、不老なんじゃないかい?」
「そうだよ」
「やはりそうか」
同名で不老の人間が他に居るとは考えられない。
グラトンは五罪の1人だとはっきりしたな。
「ヘルゼス、もしかしてグラトンの正体を知っているのかな?」
「その言い方、クッククも知っていたのか」
「出会った初日に教えてもらったのさ」
クッククとグラトンの出会いか。気になるな。
「2人はどこで知り合ったんだい?」
「伝説の巨大蜘蛛、タイタンスパイダーの巣だ。詳細を話すと長くなるから、今度会った時にでも話してあげよう」
何だそれ、めちゃくちゃ気になるが仕方ないか。
それから他愛のない世間話をして10分が経過。炊き込みご飯完成までの待ち時間はあっさりと過ぎ、ついに蓋を開ける時がやって来た。クッククが蓋を開けた瞬間、甘さの乗る香ばしい匂いが鍋から解き放たれる。
「良い米の匂いだ! さすがは鎮魂米!」
クッククもグラトンも満足気な笑みを浮かべる。
どれどれ、鍋の中に入っている具材は何かな?
こ、これは! この具材は!
「まさか、こんなことが!? 肉、魚、野菜、キノコの欲張りセットじゃないか! しかも仕切りを作って味が混ざらないようにしている! 1つの鍋で4種類の炊き込みご飯を作っているだと!?」
「不満があるか?」
「不満なんて何もない! 素晴らしいの1言に尽きる!」
4種類の炊き込みご飯を食べられるなんて最高じゃないか。史上最高の炊き込みご飯は伊達じゃないね。
早速各々がスプーンで皿に盛っていく。
全種類を十分皿へ乗せたし食べてみよう。
まずは肉からだ。米にはやはり肉が合う。
口に入れた瞬間に米の甘さが広がり、噛めば噛む程に甘さが強くなる。肉は柔らかく、ほんのり塩気が出ていた。この食感は鳥肉だな。鳥肉にしては柔らかいから調理方法に秘密があるのかも。
「美味しい、とても美味しいよ。さすがの腕だ」
「ふふん、クッククは凄い奴」
「褒めてもらえて嬉しいよ。どんどん食べてくれ」
次は魚の白身だ。米には魚も合う。
これは凄いぞ。口に入れた魚の白身が溶けるように消えていく。骨が全くないのもあって食べやすいね。味も良い。白身と米がタップダンスを踊っているようだ。自分でも何を言っているのか分からなくてなるな。
次は野菜だ。米と野菜は一緒に食ったことがないね。
なるほど、芋や人参の旨味が米にも混ざっている。
美味しいけど好みの味ではない。
最後に残ったのはキノコの炊き込みご飯。
これが1番香りが強い。森の匂いに近いかな。
森人族は気に入ると思う。リフレの家族に教えてあげよう。
食べてみると、口の中に森が生まれた気がした。
もちろん現実にそんなことはありえないんだが、なんか今居る場所すら森に見えてくる。強烈な匂いが幻を見せてくるんだ。
米とキノコが主役だが、それ以外の味が微かにある。これは醤油か? 主役を邪魔しない適度な味で、キノコの風味を補助し、活躍させている。正確に比率を計算出来なければ主役を殺してしまうってのに、感心させられるね。
僕達は夢中で食べ進め、あっという間に鍋が空になった。
「美味しかったよ、さすがだなクックク」
「言っただろう? 史上最高だと。鎮魂米の旨味を引き立てる為に、他の食材を平凡な物にしたのは成功だな。おかげで鎮魂米の味を堪能出来た」
「ヘルゼス、まだ皿に残ってる。要らないの?」
「スプーンを近付けるな。これはアビル様への献上分だよ」
米を献上しろと父に言われているから残しておいた。
アビル様の黒い祠に皿をそのまま置く。
美味しいから危うく完食しそうになってしまい少量しかないが、とても美味しいんだから少量でも許してくれるだろう。
「グラトン、君に言っておかなければならないことがある」
「何?」
「君と同じ五罪のオルシックは僕が殺した。すまなかったな」
「オルシック?」
同じ五罪の彼女には伝えておくれべきだろう。
食事の前に伝えたら迷惑かと思い、後回しにしておいた。
彼女は目を瞑りながら首を傾げて「うーん」と唸る。
えっと……まさか、覚えていないのか?
「あ、タコ」
確かにタコの魚人だけどその認識は可哀想だろ。
「謝らないでもいい。私あいつ嫌いだから」
「そうか」
あいつ、他の五罪全員に嫌われてるのかな?
まあ、あいつの好感度が低くて助かったな。
用事は終わった。そろそろ森人族の集落に戻ろう。




