ヴァンパイアの夜襲④
聞かせてもらおう。2年前から続く事件の真相を。
「始まりは1000年以上前、キレルがヴァンパイアを倒したこと。死に際にヴァンパイアはキレルを呪ったの。いつか、彼の子孫は〈吸血〉という天能を持って生まれるというものでね。それが私だった」
呪い、ね。
「〈吸血〉ってのはどんな効果があるんだ?」
「血を吸いたいと思うようになって、実際に吸血したら肉体が強靭になる。あと自由に牙が生やせるくらいかな。牙にはストローみたいに細い穴が空いていて、生物の血管から血を吸い上げるの」
なるほど、ヴァンパイアが人間を噛むのはそのためか。
牙に細い穴。いったいそれはどれくらいの細さなんだ。神経は通っているんだろうか。牙を抜いたらまた生えてくるのかな。うーん気になる。今確かめさせてもらうことは……出来ないだろうな雰囲気的に。
「君の高い身体能力は〈吸血〉のおかげと思っていいのかい?」
ノエラがこくりと頷く。
「話を戻すけど、私は血を吸いたいと思う時があっても我慢していた。だって変でしょ、他人の血を吸うなんて。子供でもおかしいと分かる。周りから嫌われたくなくてずっと我慢してきたんだよ。……2年前までは」
衝動を抑え続けるってのは辛いな。僕には出来ない。
無理に押さえつけてもいつか限界が来る。ノエラも同じだろう。
「徐々に吸血衝動は強くなって私が14歳の頃、2年前に暴走しちゃったの。クローゼットに隠れていたなんて嘘。本当は、私が両親の血を吸い尽くしたの。衝動を抑えるのにも限度があると分かった私は、町を訪れた人間から少しずつ血を吸った。暴走して誰かを殺すよりはマシだと思ってね」
「他の動物やモンスター相手の吸血を試したことは?」
「ある。人間を襲いたくなかったから。でも、ダメだった。人間の血しか体が受け付けてくれない。血は吸えるけど不味いの。生ゴミ入りの泥水を吸っているみたいでね。気持ち悪くて吐いたよ」
生ゴミ入りの泥水……さすがの僕も飲んだことないから味は想像付かない。
ヴァンパイアが呪ったなら嫌がらせだな。必ず同族を襲うように天能を作り変えたのかもしれない。もしくは元から人間の血しか美味しく感じないのかのどちらかだ。どちらにせよ性格の悪い奴だ。
「人間を襲うしか選択肢がないってわけだ。町の人間を襲わないのは?」
「この町の人が好きだから。私の家はパン屋でね。町の人達がよく買いに来てくれて、私はその人達の顔が好きだった。美味しいパンを買う時の幸せそうな顔が」
「余所者だってパン屋に来るだろ」
「……それは、そうだけど」
「まあ君の気持ちは理解したよ」
これが吸血事件の真実。
ヴァンパイアではなく、ヴァンパイアに呪われた人間の仕業だったとは予想外だったな。犯人は加害者でもあり被害者でもある。余所者しか狙わない理由は町の人間が好きだからってだけの話。本物のヴァンパイアに会えると期待していた僕にとって、少しテンションの下がる真実だ。しかし、真実を知った今、僕には出来ることがある。
「なあ、ちょっと僕の血を吸ってくれないか。少しだけでいいから」
「なんで? 私はありがたいけど、あなたにはメリットないでしょ」
「いいや。吸血される感覚に興味がある。吸ってくれ」
「あなた頭おかしいってよく言われない?」
吸血といえば首のイメージだが敢えて腕を差し出す。
首から吸われたんじゃ吸血するところが見えない。それに首は神経が多く集まっている場所だから、何か事故が起きたら大変だ。吸血された後にまだやるべきことが残っているんだから。
「じゃあ、やるよ」
腕を差し出しながら屈めば吸血シーンがよく見えるぞ。
口を僅かに開けて腕を噛む。少し痛いが、針が刺さる程度だな。
おおっ、血が吸われているのが分かる、分かるぞ。奇妙な感覚だ。
ノエラの喉は動いていない。何か飲む時は喉が動くはず、血は喉を通らないのか。牙から入った血はいったいどこへ行くんだろう。血を美味しいと感じるのも謎だ。舌に触れていないのに味が分かるってことだろ。牙にも味覚が備わっているんだろうか。ああ、たった1度の吸血で知りたいことが溢れてくる。
ノエラが腕から口を離す。どうやら終わったようだな。
腕からはまだ出血しているが天能〈再生〉ですぐ傷が塞がるだろう。
ん、なんだ? ノエラが蔑むような目をしている。
「変態」
「ちょっと待ってくれ、誤解だ。僕は吸血に興味あっただけさ」
「変態」
「はあ、もうそれでいい。ノエラ、頼みたいことがもう1つある」
「まだあるの?」
「君にとってはこっちが重要だ。今後の人生を変えるくらいに重要さ。確認しておくけど、君は〈吸血〉の天能を手放したいと思うかい?」
「要らないに決まってるでしょ、こんな力。この力がなければ今も家族で幸せに暮らせていたはずなの。この力を持っていると、生きるだけで他人の迷惑になる。自殺も考えるくらい苦しい。でも、死ぬの怖くて、決心出来なくて」
親を殺して孤独になり、誰かの血を吸わなければ不安になる人生。
誰かを傷付けるのを嫌う優しい人間なら、自殺を考えても不思議じゃない。しかし簡単には死ねないだろう。簡単に自殺出来る人間は異常だ。大半の人間にとって死は恐怖だからな。
「誰にも言えず辛かったな。今呪いから解放してやる」
ノエラの頭に手を置き、天能〈スキルドミネート〉を発動。
天能を奪うための条件は既に満たしている。
対象への接触、そして対象が心の底から天能を拒絶すること。
この2つの条件が満たされていれば他者から天能を奪うことが出来る。
無条件で奪う裏技も存在するがノエラには使えないから関係ない。
「え?」
僕がノエラの頭から手を離すと、彼女の牙が普通の人間の歯に戻っていく。
自分の意思ではなく勝手に歯が元に戻ったから困惑しているな。
「あれ、どうして? 歯が戻ってる。吸血衝動も完全に消えている?」
「君の天能を封印しておいた。君はこれから吸血しなくても問題ないぞ」
「……封印? そんな、嘘でしょ?」
確かに封印ってのは嘘だが。
もうノエラに〈吸血〉の天能は存在しない。今は僕の中にある。
一生使用出来ないんだし強奪も封印も同じことだろう。特殊な方法を使わなきゃ天能なんて目に見えないし、僕が何をしたのかノエラには確かめられない。嘘を吐いたってバレやしない。悪いが、秘密を打ち明ける必要がないから真実は教えないよ。
「嘘じゃないさ。現に君はもう天能を発動出来ないだろ?」
「……出来ない。でもまさか封印なんて……あなたの天能なの? さっきは刃物みたいに手を鋭くしたのが天能だって言わなかった? まさか、2つも天能を持っているの?」
「まあそんなところだ」
ノエラの困惑が消えるのには少し時間が掛かるか。
いきなり君の力は封印したからもう大丈夫なんて、怪しさ満点で信じられないだろう。ただ、実際に牙は消えたし、2度と生やせないんだからいずれは信じる。
「僕の力、口外しないよう頼むよ。僕も君の秘密を誰にも話さないからさ」
お、光が伸びてきた。朝日が昇ってくる。
「……呪いを封印してくれてありがとう。えっと、名前なんだっけ」
「ヘルゼス・マークレイン。覚えなくたっていいぞ」
「覚えておくよ。恩人の名前だもん」
新しい朝の始まりだな。そういえば僕、2日間一睡もしていないぞ。
事件が終わったら眠くなってきた。報告がてら宿屋へ行くかね。