久方振りの故郷②
白い扉を通れば、懐かしい景色が目に映る。
小さな村だが、外の複数ある田も含めれば広い。
田は立派な稲で埋め尽くされ、黄金色の稲穂が風で揺れている。他の田はまだ田植えされていなかったり、された直後だったりと、全ての田が黄金色にはなっていない。これは定期的に稲を収穫するためにわざと遅らせている。
米は僕の生まれ故郷にとって重要な物。
収穫出来ない時期があってはならない。
本当に懐かしいな。住んでいた頃は周辺の山でモンスターを討って天能収集をしたり、知らない食べ物を試食したり、稲作を手伝わされたりしたっけ。
もう2度と帰らないつもりで旅立ったんだけどな。
一瞬で帰る手段を得てしまったら、村の様子を見たくなってしまった。景色は何も変わらない。帰ったら既に壊滅していましたなんてことにならなくて良かったよ。
おっ、村の前に立っているのは門番のノクターンじゃないか?
変わらないなあ。体格が大きく顔は強面、外見に恥じない肉体の強さを持ちながらも、気が小さく暴力嫌いな男だ。木の柵に囲まれた村唯一の入口を半日守り続けている。残りの半日は他の門番に交代するので守りは堅い。
彼、僕のことを覚えているかな?
村の入口に近付くと警戒したのを感じる。
警戒を気にせず歩いて行くと彼の顔が驚きを表し、次に笑みを零す。
「おかえり、ヘルゼス」
「覚えていたんだね、僕のこと」
「当然だよ。同じ村の仲間だろ」
「僕はこの村を捨てたんだ。仲間扱いすることないさ」
「でも、戻って来たじゃないか。やっぱり仲間だよ」
勘違いだ。僕が村を出て行った事実は変わらない。
もし〈扉〉という遠距離瞬間移動可能な天能を得なければ、僕は一生この村に帰らなかったと思う。外に溢れる未知を知り尽くすには、きっと1度の人生じゃ足りないからね。死ぬまで世界を見て回っていたに違いない。仲間とか、そんなことを言われる資格はないんだ。
「妹と父の様子はどうだい? 元気か?」
「ヘラとクレスさんか。変わらず元気だよ」
「そうか。元気なら良いんだ」
「――ノクターンさんお弁当だよお!」
この声……ああ、本当に元気らしいな。
村の入口へと走って来る、小包を持った黒髪の女性。
地面を踏み込む度に体と髪が跳ねている。
「いつもありがとうねヘラ」
「門番は大変だもん。モリモリ食べて元気出していこ!」
「あっ、君にお客さんだよ」
ノクターンの奴、横に移動して僕の姿を見せやがった。
さっきまで巨体に隠れられていたのに。なぜ退く。
「……兄様?」
ヘラの顔から笑みが消え、目を丸くする。
そりゃ驚くだろうさ。もう会うことがないはずの兄が居たら。
「やあヘラ、久し振り」
「兄様、やっぱり兄様だあ!」
顔には先程以上の笑みが生まれ、僕に抱きついてくる。
「なんで村に!? まさか旅が終わったの!?」
「いいや、まだ旅の途中さ。実は一瞬で村に戻れる方法があってね。久し振りに君に会って話がしたいと思ったんだ」
「その方法は例の力?」
急に顔を近付けて小声で確認してくるヘラに「ああ」と返す。
彼女は僕の天能〈スキルドミネート〉の詳細を把握している。彼女だけではなく父も知っている。家族だからな、隠そうとせずに僕から全てを話した。
「もしかして、外にはワープさせてくれる人でも居るの?」
「まあね。ワープ屋って仕事をする人が居るんだよ」
ノクターン含め村では家族以外知らないので噓を吐く。
村の住民が外に出たとしても最寄りの町までしか行かない。別の大陸にワープ屋があるとでも言っておけば、僕の発言が噓とバレる可能性はない。
「じゃあ、これからは好きな時に帰って来られるんだね!」
「そうだな。偶には顔を出すことにするよ」
ところでそろそろ離れてくれないかな。
抱きしめる力が強いぞ。
僕じゃなきゃ内出血起こしそう。
心の声が通じたのかヘラは少しして僕から離れてくれた。
「父様とも会う?」
……父か。会うか迷うな。
父は僕が冒険者になることに反対していた。
僕がどれだけ冒険者になりたいか熱弁しても、父は僕が村から出て行くのを許してくれなかった。稲作をやれ、村のために尽くせ、そう言い続けていたな。
結局僕は父の説得を諦めて強引に旅立った。
好奇心が溢れて止まらなかったんだよね。
父と今更会っても喧嘩になるだけだよなあ。
家の空気を悪くしてヘラに迷惑を掛けてしまう。
家族の様子を見たいとは考えていたが、父と直接会うつもりはなかった。会う必要がない。僕は村を捨てた薄情者で、既に僕が家族という認識が変化したかもしれない。……それでも、会ってもいいんじゃないかと思う自分が居る。
「そうだな、会いに行く。家に帰ろう」
僕は村に入り、実家へと足を進める。
足が重い。進みが遅い。胸が少し苦しい。
ヘラが僕を気遣って歩幅を合わせてくれるのがありがたい。
村の人間には多く視線を向けられた。
あいつ帰って来たんだとか、村を出た裏切り者とか、アビル様に制裁されろとか、村人は遠くで呟いている。やはりノクターンとヘラが特別良い奴であって、他の村人からの印象はあまり良くないらしい。気にしていない奴等も居るが少数だね。
「大丈夫? 兄様」
ああ、もう実家に着いてしまったのか。
木製の家は僕が村を出る前より傷んでいる気がした。
「大丈夫だよ」
「そう? じゃあ、開けるね」
ヘラが家の扉を勢いよく開く。
「ただいま父様! ねえ聞いて、兄様が帰って来たんだよ!」
「何?」
家の中では父が椅子に座っていた。
短い黒髪には最後に会った時よりも白髪が交じっている。
「久し振りだね、父さん」
「……ヘルゼス」
入口へと顔を向けた父は険しい表情をしていた。
自分の言葉を無視して旅立った息子なんて、やはり顔も見たくなかったのだろうか。家に帰って来るべきではなかったかもしれない。家の空気を悪くするだけだ。
沈黙。誰も言葉を発さない。
「あー、あのっ、あのねっ、兄様が父様に会いたいって」
沈黙に耐えられずヘラが最初に口を開いた。
「俺に? なぜだ?」
「少し話がしたくてね」
「……ヘラ、お前は家の外に出ていろ。2人で話したい」
「えっ、でも」
「ヘラ」
父はヘラを真顔で見つめ続ける。
しばらくしてヘラが目を逸らし、体を外へ向ける。
「……分かったよ。しばらく外に出てる」
無言の圧に気圧されたヘラは同席するのを諦めて出て行く。
これでこの場所には僕と父の2人きりか。
「椅子に座れヘルゼス」
大人しく父に従い、父と向かい合う椅子に腰を下ろす。
「俺に話とはなんだ」
「話というか、謝罪をしたくてね」
「謝罪?」
「勝手に村を出て行ってごめん」
頭は下げず、父の顔を見つめながら告げた。
父は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐ険しい顔に戻る。
「どうせ悪いとは思っていないだろう」
「心外だな。本当は説得したかったんだよ僕は。でも父さんが許さないまま時間が経ち、我慢の限界を超えてしまってね。ヘラには相談して稲作を任せたし、僕が旅に出ても我が家に不都合な点はない。違うかい?」
代々続けた稲作の後継者が居なければ大問題だっただろう。もしヘラが居なければ僕は旅立たなかったね……たぶん。
「不都合な点はない、か。本当にそうか?」
「そうだね、思い当たらないよ」
家業である稲作はヘラが引き継ぎ、僕が家でやらなければならないことはもうないはず。父の説得を諦めて旅立ったことは悪いと思ったが、あの時こうしていればという反省も後悔もない。
「旅に出れば危険な目に遭う。お前が死んでしまうのではと心配だった。ヘラはお前を信頼しているから心配なんてしないだろうがな。俺は違う。親へ心配をかけるのは不都合な点にならないか?」
「……まさか、心配だから旅に反対していたと?」
「お前の強さは知っている。頭も良い。並のトラブルなら容易く乗り越えられるだろう。しかし、お前の天能は災いの元だ。誰かに知られれば厄介事が次から次へと押し寄せる。心配するに決まっているだろう」
「確かに〈スキルドミネート〉の詳細を欲深い人間に知られたら厄介だよ。僕を捕らえて利用しようとする人間も居るだろう。幸いまだそんな人間には会っていないけどね」
……ずっと、勘違いしていた。
僕が旅立つことに父が反対していた理由。
家業である稲作を手伝わせたいとか、古い価値観で生まれ故郷から出て行くことに否定的だとか、そんな理由だと思っていた。でも実際は違った。
親として、子供を心配する。至極真っ当な理由。
父は厳しい人で、心配なんてしないと思い込んでいた。父との思い出を振り返れば叱られた記憶が多い。もしかして、中には心配が理由で叱ったこともあるのだろうか。
今日こうして話してみなければ、僕はずっと勘違いしたまま旅を続けていただろう。父の本心に気付かないまま。
「もう、十分に旅は出来たんじゃないか? この村に戻って来たのは、満足したからじゃないのか?」
「帰って来いと言いたいのかい?」
「そうだ」
「村の外は危険だから?」
「そうだ」
「断る。まだ僕の好奇心は満たされない。それにね、冒険者には危険が付き物なのさ。なんせ、危険のない平和な旅なんて冒険とは言わないからね」
父は深く息を吐く。
「お前の答えは予想していた。説得など出来ないと思っていたさ。好きにしろ。だがな、偶には親に顔を見せに来い」
「ああ。今度は土産でも持って帰るよ」
それからヘラを呼び戻し、家族3人で話を弾ませる。旅の話が意外と好評で、次帰った時にも旅の話を聞かせることになった。リフレのことは話さなかったが、次の機会に話そうかな。




