森の潜伏者⑦
「では死ね。貴様の天能も吾輩の力としてやろう」
オルシックが急接近して殴りかかってくる。
速いが、余裕で対応出来る程度だ。
迫る拳を右に跳んで躱す。
油断は禁物、おそらく本気ではない。初撃は様子見だろう。今のが半分くらいの力なら勝利を確信出来るんだけどね。
いや、確信するのは早いか。
まだ彼が持つ天能を把握していない。
天能によっては僕の命が危なくなる可能性もある。
「今のを躱すか。冒険者と言っていたな、ランクは?」
「セカンド」
「詐欺だな。低くてもファーストランクの実力はあるぞ」
「褒めてくれて光栄だね」
次は僕の番だ。フルスピードで駆ける!
フェイントを交ぜながら両拳で連打!
狙いは急所だ。魚人でも人体の急所位置は同じ。まともに当たってくれれば大ダメージになるはず……だがくそっ、オルシックは掌で防御している。これを防げるってことは身体能力が僕と同等ってこと。厄介な強さ、だが、天能〈鋭利化〉発動!
全身に刃物の性質が付与された。
僕の拳を受け止めたオルシックの手は抉られ、赤い鮮血が零れ出る。
「むっ、天能か」
接近戦を危険と判断したのかオルシックが距離を取る。
「なるほど、貴様の天能は〈鋭利化〉だな。体を刃と化したか」
「御名答」
天能を研究していただけあって知識は豊富だね。さすがだ。
「格闘では強力な良い天能だ。しかし我輩には通じぬ」
通じない? 対抗策でもあるのか?
まあいい、試してみれば分かることだ。
再び接近して今度は脇腹に蹴りを入れる。
硬い! 奴の皮膚が金属のように硬いぞ!
蹴り飛ばせはしたがダメージは小さいな。
肉体強度を上昇させる天能といえば……。
「〈硬化〉か」
「ふっふっふ。そちらも御名答。詳しいな」
「まあね」
「たが我輩が使えるのは〈硬化〉だけではない。スピードを上げさせてもらうぞ。我輩に付いて来られるかな?」
速度上昇系の天能を使う気か。なら僕も使わせてもらう。
「「〈神速〉!」」
お互い限界を超えた速度で接近して腕が衝突した。
先程まで余裕を見せていたオルシックから笑みが消える。
「……2つ目の天能。神に選ばれし存在か」
「それはどうかな」
隠すつもりはない。別の天能を使うぞ。
至近距離から喰らえ〈火炎吐息〉!
口から炎を吐くと、オルシックは驚愕して離れる。
「3つ目だと!?」
お次は〈電気生成〉をお見せしよう。
左手から青白い電気を直線状に放つ。
「4つ目!?」
電撃は直撃したが、効いていないな。
耐性どころか無効化とはね。電撃は無意味か。
毒はどうだ。棒立ちのオルシックに〈毒生成〉で作った毒の塊を投げる。避けもせずに頭から被ってくれたが、それは避けずとも問題ない証拠。毒も無効するのか。
こりゃ勝つには奴の強化された肉体をぶち破るしかないね。
「バカな! 貴様どれだけ天能を持っている!」
「数は正確に把握していないよ。なんせ、今まで奪い続けてきたんだ。君と同じで僕も天能を奪えるんだよ」
「ありえん! 我輩の研究成果だぞ!」
「僕の天能は〈スキルドミネート〉。効果は君もよく知っているはずだ」
「な、にいいっ!? その天能はグリーディアの……まさか! まさか貴様あの女の子孫なのか!?」
子孫、ではないんだよなあ。
まあ何も知らなければ子孫と考えるのが普通か。
「生まれ変わりらしいよ。ラストラが言っていた」
「生まれ、変わり!?」
オルシックには想定外の話のようだな。
ラストラは知っていたのに、同じ『五罪』で知らされていない者も居るんだね。グリーディアはオルシックを仲間とも友人とも思っていなかったということか。逆にオルシックは随分親しいと思っていたようだけど。
「ふっ、ふっふっふ。少々驚いたぞ」
少々には見えなかったが。
「好都合。貴様があの女の生まれ変わりだというのなら、貴様に勝てば我輩はあの女を超えたも同然。今日こそ我輩は新たなる神に成れる! 貴様の死を神誕生の儀式としよう! 光栄に思うがいい!」
やれやれ、前世の人間とは他人なのに執着しないでほしいね。まあいい。他人とはいえ前世の自分が蒔いた種、僕が刈り取って因縁を断ち切ってやる。そして森人族を助けるんだ。
「無謀な夢ごと命を散らせ、大罪人」
お互いに〈神速〉で動き出した。
殴打には殴打を、蹴りには蹴りをぶつけ合う。
オルシックとの攻防は徐々に僕が押し始める。攻防を続けてついに1撃、奴の防御より早く叩き込めた。
敗北へ向かっているのを奴も感じているだろう。最初の余裕はどこへ消えたのか、表情には隠せない焦燥が出ている。
何事においても焦るのは良くない。
焦れば焦る程に本領を発揮出来なくなるのだから。
奴の動きが微かに遅くなったので胸部に拳を叩き込む。ダメージは〈硬化〉のせいで少ないが衝撃で後退した。
「なぜだ、なぜ、使う天能は同じなのに我輩が推される!?」
「答えは単純だろ。使用者の差だよ」
天能は同じでも使いこなせるかは使用者次第。
使用者によって引き出せる性能に差があるなんてよくある話さ。
速度を強化しても、その速度に自分も慣れなければ振り回されるだけだ。僕もオルシックも〈神速〉の性能を十全には発揮出来ていない。ただ、僕の方が僅かにコントロール力で上回っている。
「天能の、研究続けて300年! 我輩が劣るなどありえん!」
「年季で優劣は決まらないってことさ」
仮に決まるとしても、僕だって子供の頃からずっと天能を調べ続けてきた。年数では及ばずとも負けるつもりはない。
「〈強酸〉!」
オルシックの手から黄色の液体が噴き出す。
触れるのは危険そうだ。それなら……。
「〈毒生成〉」
紫の毒の塊と黄色の液体が空中でぶつかる。
2つは衝突の影響で混ざり合い、床に落下した。
毒と酸が落ちた場所からは茶色の煙が昇っていく。見るからに危ない色の煙だ。混ざっちゃいけないもんを混ぜてしまったかな。
「〈粘糸〉!」
「〈粘糸〉」
今度は白く太い糸が空中でぶつかって勢いを失い、毒と酸の上に落ちていく。茶色の煙内は見えないが、混ぜるな危険の液体に落ちたのだから糸は溶けているだろう。
……今更だが、なぜ糸? 奴が使ったから咄嗟に同じ天能を使って相殺したが、何が狙いだったんだ。嫌がらせか? それか粘着性を利用して足を床に固定しようと考えていたのかも。仮に体にくっついても炎で燃やすか毒で溶かせば大丈夫だけどね。
「〈獄炎〉!」
「〈炎操〉」
お次は黒い炎か。そのままお返ししよう。
気を張っていれば炎を視界に捉えた瞬間〈炎操〉を発動させられる。敵が炎を出したら、炎を操ってその敵を焼けるんだ。無意識でもそれが出来るよう特訓したよ。
「うごおおおおおおおおおおおお!?」
オルシックの〈獄炎〉は僕の〈火炎吐息〉より強力な天能。並みの炎なら黒き炎が呑み込み焼失させる程に強い。強力ゆえに、跳ね返されたら自分が大火傷だ。
たっぷり黒炎を浴びせてから霧散させる。
肌が焦げたオルシックに接近して、拳で胸を貫いた。
硬化された肉体は熱されて脆くなっていたのだ。同じ場所を何度も攻撃してダメージが蓄積していたのも貫けた理由として大きい。
「バカ、な。またしても、貴様に、敗北……」
オルシックの焦げた肉体から力が抜けた。
体を抱えて、そっと白い床に下ろす。
何が『またしても』だ。
僕とグリーディアは別人だから君とは初対面だろうに。最期まで未練がましい奴め。
「……やれやれ、なんとか、勝てた」
勝利のきっかけはオルシックの欠点だな。
奴も僕も同じ欠点を抱えている。
単純な思考の人間なら、天能を奪って増やせるなら楽に強くなれるし欠点なんてないじゃんと思うかもしれない。しかし、元々持っていない力を得るのも面倒なことがあるんだよね。
天能を調べるうちに判明したが、熱系の天能を持つ生物には熱耐性がある。天能が2つあるのではなく、体質が他の生物と異なるのだ。
つまり僕達が天能を奪って炎を出せるようになっても熱耐性まで得られない。実に面倒臭いが、熱耐性を得る天能も追加で手に入れないと自分の力で怪我を負ってしまう。
オルシックは〈獄炎〉を安全に使用出来る程の熱耐性を持っていなかった。これは欠点だ。少し体に触れるだけなら問題なかったんだろうけど、跳ね返されて全身を包まれたら大火傷だ。せっかくの〈硬化〉に悪影響を及ぼす。
僕もああならないよう気を付けなきゃね。
*
森に建てられた奴の研究所を出ると、入口前でリサイクが待ち構えていた。僕の姿を目にしたリサイクは駆け寄って来る。
「無事だったか! 奴は居なかったのか?」
「いいや、居たさ。もうこの世には居ないけどね」
「それはつまり……奴を、殺せたのか?」
「ああ。焦げた死体が中に残ってる」
「……よく殺せたな。想像を絶する死闘だったんだろう」
死闘という程ではないね。
激闘ではあったと思うが。
正直、オルシックに勝てたのは幸運だった。
もし戦う時期が遅ければ奴は天能を増やし、戦闘能力がさらに向上していた。他の生物を殺して力を奪うのは強さを得るのに合理的な方法。奴にとって自分以外の生物は強化素材だから、そんな道徳を無視した方法を取れる。僕は天能を奪うために他人を殺すなんて絶対しないがね。
合理的な奴は僕よりも成長速度が早い。
それでも現時点で偶々僕より弱くて助かったよ。
「報告に帰ろう。みんな喜ぶ」
「死体は確認しないのかい?」
「恩人の言葉を疑いたくない。信用しているんだ。もし奴が生きていて集落が襲われたら、その時は不運だったと思いながら死のう」
「そうか。まあ安心してくれ、死亡したのは確実だから」
僕はオルシックから天能を奪った。
相手が死体じゃなきゃ許可なく奪えないし、奴が死んでいたのは間違いない。奪えた数は50から数えるのが面倒で数えなかった。確認や整理は集落に戻ってからやろう。
僕達は集落に戻り、地下の避難所へ向かった。
リサイクは上機嫌だ。歩き方からも分かる。
避難所へ戻った僕達を待っていたのは不安混じりな多くの視線。唯一リフレだけは僕を見た瞬間に笑い、安心の表情を見せる。
リサイクは1歩前に出て、不安を抱える者達を1人ずつ見ていく。
「みんな聞いてくれ! このヘルゼスという男が、俺達の敵を倒して森を守ってくれた! もう隠れ住む生活は今日で終わりだ!」
疑う者は居ない。避難生活が呆気なく終わったので状況に付いていけない者は居ても、徐々に終わりを理解する。
脅威が排除されたことで安堵が生まれ、全員の口に笑みが浮かぶ。中には嬉し涙を流す者まで居た。
森人族達に平和が戻り、元の日常へ帰還した。
祝いの宴なんてものは開かれない。
避難所生活終了が嬉しくても、森の食料が増えるわけじゃないからな。僕への報酬もない。全員から感謝の言葉は受け取ったがそれだけだ。まあ報酬なんて元から期待していなかったから構わないんだが。
夕飯はリフレの家族に招待されたのでご一緒させてもらった。
豆、野菜、果物のみのヘルシーな夕飯だ。
口には出せないが味は好みじゃなかった。
聞いたところ今日が特別なわけではなく、毎日毎食似た食事らしい。森人族は多くがベジタリアンなんだとか。こんな野菜中心の食生活だと肉を強く求めてしまう。リフレの気持ちが少し理解出来たね。
明日は絶対に肉を調達して食べてやる。




