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森の潜伏者⑥


 自然溢れる森には似つかわしくない鉄の施設。

 内部構造はシンプルな白い1本道。

 白い床や壁は硬く、ノックすると音が響く。

 デザインには凝らず頑丈さを優先しているな。

 警戒しながら進むが罠はどこにも設置されていないね。


 白い通路にはいくつか扉があったので無遠慮に開ける。

 最初は寝室。柔らかい羽毛布団が敷かれていた。姿見や衣類の入ったクローゼットもあり、休憩だけでなく身嗜みを整えるのもこの部屋で行うらしい。


 次の扉の先は巨大な水槽が置かれた部屋。

 水槽内には水が入っている。魚介類の姿はない。水に指を入れ、舐めてみれば塩気が強く不味かった。海水だな。周辺に海はないんだが、わざわざここまで運んで来るのか? 魚人に海水が必要って話は聞いたことがないけどね。


 最後は通路最奥の扉を開けてみる。

 何かの実験室といったところかな。ノレッジーンスクールでも似た部屋を見たことがあるね。化学技術研究会の部屋だ。様々な薬品や謎の液体に物体が多く棚に並んでいる。そして僕の正面には1人の魚人が立っていた。


「森人族、ではないな。何者だ?」


「僕はヘルゼス・マークレイン。世界を旅する冒険者さ」


 タコ型魚人、あいつが森人族の敵か。

 首から上がタコで触手が8本垂れている。鼻や口は見えない。水色の肌には大きな吸盤らしき突起がいくつも生えており、細身な体でも服が着づらそうだ。外見だけを見れば同じ人類なんて信じられないね。


「冒険者か。ここへ何をしに来た。不法侵入だぞ」


 赤い眼球は真っ直ぐこちらを睨みつける。

 うーん、こいつの顔、どこかで見たぞ。どこだ? こんな赤い眼球のタコ、1度目にすれば忘れないと思うんだが思い出せない。ていうか瞳孔じゃなく眼球が赤いのか。この赤い眼球、今までもモンスターで何度か見たよな。


「おいおい、君の名は教えてくれないのかい?」


「名乗る必要性を感じない」


「寂しいね。じゃあ今から君をタコ野郎と呼ぼう」


「……吾輩はオルシック。偉大なる研究者だ」


「オルシック……オルシック!?」


 そうか、どこで見たのか思い出したぞ。

 オルシックといえば五罪(フィフス・シン)の1人、昔の有名人じゃないか。ノレッジーンスクールで読んだ書物に肖像画が載っていた。しかし、眼球の色が違う。何色か忘れたが少なくとも赤ではない。ラストラは肖像画そっくりだったのにおかしいな。


 ラストラ、彼女が言っていたっけ。

 グリーディアの転生体である僕は様々な災いに遭遇する。特に注意すべきは五罪(フィフス・シン)のアトラゼオンとオルシックだと。彼女の言う災いなのかは不明だが実際に遭遇してしまったな、過去の大罪人に。


「まさかこんな場所で五罪(フィフス・シン)と会うとはね、驚いたよ」


「ほう、吾輩のことを知っておるとは。五罪(フィフス・シン)の名は歴史の影に消えたと思っておったのだがな。長い間表舞台に出ておらんのに悪名は未だ残っていたか」


 ノレッジーンスクールの図書室に普通に残ってたぞ。


「色々と聞きたいことがある。まずは君の目的を聞きたい」


「まるで尋問だな。まあいい。吾輩の目的はグリーディアを超えることだ」


「グリーディアを超える? どういう意味だ」


「あの女は、吾輩の憧れだった。天能を支配する力を持ち、世界の全てを識る凄まじい女……神に等しかった。愛していた。しかし、あの女は吾輩の期待を裏切ったのだ。神として禁忌の行為、自殺をした。吾輩の崇める神は死んだ。ゆえに吾輩自身が神となろうと決意した」


「はあ」


 結局意味が分からないなこいつの言葉。

 グリーディアは純人族の女性であって、強い天能を持っていても神ではない。それを勝手に神と崇め、愛し、自殺は裏切りだと嘆く。妄想に取り込まれたバカとしか言いようがないね。神になりたい動機も分からない。理解しようとする気も失せてくるよ。


 知りたいことだけ聞いてさっさとここから追い出そう。


「あー、君の目的は分かった」


 分かってないけど。


「だが行動が分からない。君はこの森で何をしているんだ? 森人族を殺し回っているのは、神になるのと関係があるのかい? 今の君はただの殺人ダコだと思うが」


「ただ殺しているのではない。天能を抜き取っているのだ」


 これは予想通り。


「へえ、どうやって? それが出来る天能でも持っているのかな?」


「吾輩が元々この身に宿していた天能は〈経験倍化(EXP2)〉。あらゆる経験を2倍にするというものだ。筋力トレーニングを行えば常人より2倍効果が出やすく、文字を暗記しようと思えば2倍覚えやすい。技術の習得もな。便利ではあるがこの力で天能を抜き取ることは不可能だ」


 なるほど、便利なのは間違いない。僕も欲しいくらいだよ。


「天能を抜く方法は生涯誰にも言わん。情報漏洩は最も警戒すべきこと。吾輩を神の領域へ押し上げる方法なのだから、他人に真似されてはならん。しかし、純粋な化学技術とだけ言っておこう。吾輩は天能を研究し続け、譲渡の秘術を編み出したのだ! 今の吾輩は50以上の天能を宿し、行使出来る!」


 粘っても教えてくれなさそうだ。つまらない。

 まあ、オルシックのやりたいことは想像通りだな。森人族を殺し、奪った天能で自分を強化しているわけだ。どれだけ奪えば彼の目指す神になれるんだろうね。彼の理論だともしかしたら僕は既に神になっていたり……なんてね。


「抜き取った天能は全て取り込んだのかい?」


 50以上とオルシックは言ったが、想像よりも少ない。

 森人族は僕が見た限り100人以上殺されていた。実際は他の生物も含め、何倍もの命が奪われているだろう。この森に入ってから獣やモンスターを目にする回数が少ないのも、彼が天能を奪うために殺したからと考えるのが自然だしな。


「全てではない。神には(しもべ)が必要だろう?」


「で、その(しもべ)とやらはどこに居るのかな」


「吾輩は奴等を『天魔(てんま)』と名付けた……が、強さが足りない失敗作ばかりでな。全てここから追い出した。冒険者なら貴様も今までに見ているかもしれんぞ。複数の天能を持つ、赤き眼のモンスターを」


 複数の天能を持つ、赤き眼!

 そうか、そうだったのか。

 ノーム王子の依頼で討伐したグリーンドラゴン。

 この森で遭遇した謎のモンスター。

 全てオルシックが生み出した『天魔』だったのか。


「その顔、心当たりがあるようだな」


「まあ、あるよ。眼球が赤いと言えば君もだね。複数の天能を持った副作用か?」


「その通りだ。肉体が異常を訴えているのかもしれんな」


「じゃあ神になるとか止めたら?」


「リスクも負わずに何かを得ようなど夢想家の考えよ」


 聞きたいことは聞けた。欲を言えば天能を抜き取る方法も知りたいが、拷問しても吐かないだろう。オルシックにとってそれは自信の源。自分が他人よりも上位の存在だと信じ続ける根拠のようなもの。彼にとっては命よりも重い。


「ふふ、不思議だな。貴様と話しているとグリーディアを思い出す」


「ふーん。僕ってグリーディアと似てるかい?」


「知的好奇心溢れるところがな。初めは会話に付き合うつもりなどなかったのに、昔を思い出してつい話してしまった。どうだ、貴様も『天魔』にならないか? 吾輩は貴様のことを気に入ったぞ。複数の天能を持ち、新たな神の(しもべ)になれ」


「断る」


「…………ほう、即答か。理由は」


「僕にメリットがあると思えない」


 以前ヴァンパイアからも誘われたっけ。

 誰かの部下になったら世界を自由に旅出来ない。

 それに複数の天能なら既に持っている。

 僕に利がなきゃ即答で断りもするさ。


「………………残念だ」


「僕もだよ。個人的な理由で僕は森人族の味方でね。君の性格や目的によっては森を追い出すだけでいいと思っていたが、本当に残念だ。別の場所へ移動しても君は同じことを繰り返す。他人の命を強化素材としか見ていない奴なんて放置出来ない」


 だから追い出すことにした。この世界から。


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