森の潜伏者⑤
「……実を言うと俺達も分からないことが多い。4年前、タコ型の魚人が他の集落を襲うところを見たんだ。奴は恐ろしい強さで、そこに住んでいた人間をあっという間に皆殺しにした。危機を感じた俺は自分の集落へ逃げ帰り、みんなに危険を知らせた。それからは今日までここで暮らしている」
険しい表情でリサイクは語ってくれた。
魚人か。魚人が1人、森で何をしているんだろう。目的が気になる。
「ここで暮らすって、食料は?」
「周囲の様子を見に行くついでに果物やキノコを採っている」
寂しい食生活だな。いや最近の僕も同じか。
「ずっと避難したままでは解決しないだろ。反撃はしないのかい?」
「返り討ちに遭うのが分かりきっている。それに、外の様子を見に行ったきり戻って来ない仲間もいる。おそらく例の魚人に殺されたんだろう。今じゃ戦える奴は5人しか残っていない。俺達は魚人が去ってくれるのを待つしかないんだ」
5人……少ないな。
リサイクと同程度の技量を持つ弓使いが5人居たとして、僕には掠り傷すら付けられない。魚人に挑んでも返り討ちに遭うってのも納得出来るね。
現状維持で隠れ潜んでいても、食料確保で必ず外に出る時間がある。運が悪ければ魚人に見つかって殺されてしまう。集落の人間は徐々に減少していき、やがて全滅する。貴重な森人族を、リフレの仲間をこれ以上殺させるわけにはいかないよな。
「その魚人、居場所は分かるかい?」
「奴は森に鉄の家を建て、頻繁に出入りしている。おそらくあれが奴の住処だとは思うが、そうだとしても俺達は攻め込む力が足りない」
「そこへ僕を案内してくれれば魚人を追い出してやろう」
「何? なぜお前が俺達を助けようとする」
なぜ? おいおい、僕が困っている人間を見捨てる薄情な奴に見えるのか。君の妹を故郷まで連れて来たのに、故郷の危機を放置して出て行くわけないだろうに。
「友の故郷の危機だ。力になりたいのさ」
「……追い出すとは言うが、どうやって追い出す? 戦って追い出すつもりなら止めておけ。さっきも言ったが敵は恐ろしく強い。お前の力は知らないが戦えば命が危ないぞ。妹の友人を死なせたくはない」
「大丈夫だよお兄ちゃん! ヘルゼスさんは強いからね!」
「そういうことだ。まあ、敵の強さが分からないから勝てると断言出来ないが、友人のために、それと友人の仲間のために戦わせてくれないか?」
リサイクは少し黙り、考え込む。
「条件がある。お前の強さを見せてくれないか? もし例の魚人と戦えると判断出来たら奴の居場所へ案内しよう」
「分かったよ。じゃあ分かりやすく僕の強さを見せよう」
とは言っても、強さを見せるのは様々な方法がある。
力強さを見せるか、速さを見せるか、硬さを見せるか。
リサイクをぶん殴るわけにもいかないし速さを見せるとしよう。
一瞬だ。一瞬で僕はリサイクの背後へ回り、首に手を添える。
「……速いな。正直驚いた」
驚いてくれなきゃ困る。全力で駆けたからな。
速度上昇系の天能は使っていないから、真の全力ではないけどね。使わなくても十分に速い。もしダメと言われたら真の全力を出して、もっと驚かせてやろう。
「これで僕を信用してくれるかな? 戦って勝てると」
「おそらく、あの魚人と戦いは成立するだろう。信じてもいい。攻める戦力を用意出来ず引き篭もるままでは何も変えられない。お前に俺達の命運を賭けよう。長、良いですね?」
リサイクは部屋の右端に立つ老人に確認した。
白い髭を生やし、木の杖を持つ猫背の男だ。
あの爺さんが長。彼等の集落で1番偉い人間か。
「それで構わぬ」
「では、案内役は俺が務める」
「頼むよ。リフレはここで待っていてくれ」
「……はい。必ず戻って来てくださいね」
「言われずとも」
今回の敵は手強いと直感した。
集落でモンスターに傷を負わせられなかったリフレでは、決して付いて来られない領域の戦いになる。当然、リサイクに戦わせるつもりもない。リフレは避難所に置いていけば安全だし、両親とゆっくり話すことも出来るだろう。
リフレと約束後に避難所から地上に出た。
リサイクの後ろに付いて行き、迷わず森を進む。
「敵地に向かう時に話すことではないと思うが、妹との旅路を聞かせてくれないか? あいつが可愛いからと手を出していないだろうな。一緒のベッドで寝ていないだろうな。包み隠さず全てを話してくれ。場合によっては森を出てもらう」
「はぁ、分かった。暇潰しに語ろう。リフレとの旅を」
答えなければ敵が増えていた気がする。薄々感じてはいたが妹のこと好きすぎるだろ。
シスターコンプレックス。
シスコンってやつかな。
兄としてリサイクの気持ちも理解出来るけどね。僕だって妹が男と共に居たら、どんな男か気になってしまう。妹には妹の人生があるから細かく口出しはしないがね。
さて、リフレとの旅を振り返ろう。
彼女と初めて会った場所は奴隷商店。彼女はその店で最も高価な奴隷だった。金に困った彼女が自分自身を売ったのだとか。森人族に興味があった僕は迷わず購入し、仲間として共に旅をしてきた。
今まで様々なものを見てきたな。
トンネル内に棲む巨大ミミズ。
人魚出没の噂がある泉。
危険な違法薬物。
伝説のヴァンパイア。
ドラゴンを材料にした親子丼。
世界で最も書物が置かれる学校。
全て彼女と過ごしたかけがえのない思い出だ。
「旅の話はこんなところかな」
「……奴隷……あのバカ、何をやっているんだ」
そこは同感だね。金に困ったからって自分を売る発想がおかしい。
「安心してくれ。君の妹を泣かせるようなことは一切していない。違うベッドで寝ていたし、手を出そうともしていない。それに、奴隷の証である下堕紋は既に消している。彼女は自由だよ」
「お前には感謝してもしきれないな。ありがとう。妹を助けてくれて、故郷まで送り届けてくれて、本当にありがとう。しかし! 妹はやらないぞ」
欲しいと言った覚えはないんだが。
「大丈夫だ。恋愛感情はない」
「恋愛だけの話じゃない。分かるだろ」
「……さあね」
何にせよ、大事なのは彼女の心だろう。
僕が彼女のことをどう思っていようと関係ない。
「見えてきた。あれが魚人の出入りする鉄の家だ」
「あれが、ね」
リサイクが声に出す前に僕も気付いていた。
鉄の家、と彼は言っていたがあれは家じゃないだろ。森の中に聳え立つあれは大きく、工場や研究施設のように見える。
建物の周辺には無数の穴が存在していた。
樹を根ごと引っこ抜いた痕だな。
森を破壊した痕跡を見てリサイクは顔を顰める。
「案内してくれてありがとう。後は僕に任せて帰ってくれ」
「何を言う。俺も戦うぞ。単独で戦うなんて無茶だ」
「君は戦いの邪魔になる。理解してくれ」
リサイクの実力の全てを知っているわけではないが、補助に徹しても邪魔なんだよね。武器はリフレと同じ木製の弓、威力も速度も心許ない。それでも参戦させるならリフレを連れて来ている。
邪魔なのは戦いにおいてだけじゃない。
今回の敵である魚人には個人的に訊きたいことがある。敵意と殺意満々のリサイクを同行させたら、敵が質疑応答に付き合ってくれないだろう。他にも理由はあるがとにかく邪魔だ。
「……分かった。だが帰らないぞ。入口付近で待たせてもらう」
「それでも良い。敵との戦いを僕に任せてくれればな」
「必ず生きて戻れよ。妹が悲しむのは見たくない」
「生きて戻る約束なら既にしたさ」
リサイクを置いて先に進む。
施設の扉に鍵穴はない。ドアノブを捻るとあっさり開く。
さあ、森人族の生活を脅かす敵に会いに行こうじゃないか。




