森の潜伏者④
「何者だ! 魚人の仲間か!」
威嚇するような大声を出したのは右端で弓を構える銀髪の男。
魚人? 彼等は魚人に襲われた?
いや、集落には戦闘の痕跡が何もなかった。
おそらく魚人が他の集落を襲っているところを見たんだろう。その魚人が森人族を白骨死体にし、天能を奪ったと思っていいのかな。
「落ち着け。僕は僕は純人族だし敵ではない。魚人なんて知らない」
「なぜこの森に入った。目的は我等森人族か? 避難通路の入口まで探して我等を追うとは強い執着心があるようだな。悪いが仲間を連れて早々に森から立ち去れ」
「歓迎されていないようだね」
どうも敵と勘違いされている。
敵視する魚人の仲間と思われているな。
今のままじゃ敵意のせいでまともに会話が成り立たない。敵じゃないと言っても信じてくれないだろう。なんとかして味方だと証明しなければ。
疑惑を晴らすには何が必要だろうか。
僕の持つカードは……1つだけだな。
「僕はただ迷子を届けに来ただけさ。確認したいんだが、君達は上の集落に住んでいた人間だよな? 重要なことなんで誤魔化さずに答えてくれよ」
「そうだが、だったら何だと言うんだ!」
「リフレという名前に聞き覚えは?」
銀髪の男を含めその場の森人族が動揺する。
よし、リフレの存在は認知されているな。
彼女こそが僕の無実を証明するための鍵となる。
「お、お前、なぜその名前を、消えた妹の名前を知っている!」
「妹? へえ、じゃあ君が兄なのか」
確かに髪は同じ銀色だが、顔はあまり似ていない。
彼は凜々しい顔だ。リフレには凜々しさなんて欠片もない。
「答えろ! なぜお前が俺の妹の名前を知っているのか!」
「さっきも言ったが僕は迷子を家まで届けに来た。この迷子、食欲旺盛で何でも食べようとする女でね。その女の名前がリフレさ。今は上の集落で待たせてある」
「し、信じられるかよ。俺達を油断させるつもりだろ」
まあ、そりゃあすぐには信じられないよな。
リフレが集落から消えて9年。
既に死んだと思われていてもおかしくない。
「娘は、リフレは無事なの!?」
「怪我はないだろうな!」
右の壁際に集まる者達の中で2人だけ大声を出す。
長い銀髪でリフレそっくりな顔の女。
短い銀髪でリフレ兄そっくりな顔の男。
両親、だよな? 似すぎだろ。一瞬困惑したぞ。
「五体満足だよ」
「母さん父さん噓だ! あいつが消えて9年も経つ。なんで今更戻って来る、それも純人族の案内で。おかしいだろ! 偶然知った名前で俺達を油断させようとしているだけなんだよ! この男は敵だ、敵に違いない!」
疑い深い男だな。やれやれ、仕方ない。
「リフレと一緒に実家へ入らせてもらった。壁に刻まれた傷、君と身長を比べる時に付けた傷なんだってね。その時、ナイフで頭頂部の髪も切っちゃったんだって?」
「なっ、なぜそのことを!?」
「当然本人から聞いたのさ。大切な思い出らしいよ」
本当は話すつもりなかったんだぞ僕は。
誰かの失敗談を大勢に暴露なんてしたくなかったんだ。でも君が疑うから仕方ないよなあ。過去の思い出話は僕がリフレと関わっている証拠になるんだからさあ。
恨むなら過去の自分を恨め。
リフレの兄は弓を構える手をやっと下ろしてくれた。
「……本当に、リフレは今帰って来たのか? 上に居るんだな?」
「上で待たせている。彼女を連れて来てもいいかな」
「ああ連れて来てくれ。最初から連れて来れば疑わなかったんだぞ」
「仕方のない事情があったのさ」
避難通路の入口を忘れたとかいう事情がね。
さっきまでの緊迫したやり取りも、僕への攻撃も、リフレがしっかり入口を覚えていれば無かった出来事だ。本来なら回避出来たトラブルと考えると少し苛ついた。
避難通路を走って地上へ戻る。
入口には金属の蓋があったが、どうやら土を被せてカモフラージュしていたようだな。土を払ってみれば茶色の表面と小さな取っ手が姿を現す。なるほどね、蓋の色は元々地面と似た色なのか。小さな取っ手は目印の役目もありそうだ。
あれ、この入口の傍に建つ家、リフレの家じゃないか。信じられない。あいつ自分の家の近くにある避難通路のことを忘れていたのか。集落を9年離れていたとしても忘れるかね。離れていた期間よりも過ごした期間の方が長いのに。……森に生えるシャインキノコのことは覚えていたくせに。
そんな物忘れ女は……居た居た。
「おい」
声を掛ければリフレが僕の方へ振り向く。
「あっ、ヘルゼスさん! 避難所には行けたんですか!?」
「行けたんですかじゃないよ。避難通路の入口、君の家の傍だったぞ。なぜ近くの重要な物を覚えられないんだ。食べた物しか覚えられないのか? 入口の蓋を齧れば記憶に染みつくんじゃないか? ちょっとやってみなよ」
「……ご、ごめんなさい。本当に。興味ない物はすぐ忘れちゃって」
「それは僕も同じだが興味は持てよ。君の故郷のことなんだから」
目を逸らすな。口笛を吹くな。
「しょうがないじゃないですかあ。外に出て9年ですよ9年」
僕は故郷のことなら忘れない自信がある。
9年経とうが90年経とうが絶対忘れない。
「まあ、もういい。付いて来い、避難所へ行くぞ。君の家族も待っている」
「はい!」
今度は正規の入り方で避難通路へ入り、避難所へ向かう。
光の届かない地中だからリフレには僕と手を繋いでもらった。
走らず慎重に、彼女に気を遣いながら歩く。
「みんな元気ですか?」
「君の目で確かめなよ」
淡いオレンジの光が照らす広い空間へと入る。
念の為、僕が先頭だ。
また襲われないとも限らないし。
「「リフレ!」」
「……リフレ」
リフレの姿を見て彼女の両親が飛び出す。
「お母さん、お父さん! ただいま!」
リフレも笑顔で駆け出し、3人の距離が縮まっていく。
「この阿呆娘があああああああ!」
「親不孝者がああああああああ!」
「えっ、ちょっ」
――9年振りの再会は暴力で始まった。
両親のパンチがリフレの両頬に叩き込まれる。
「ぎゅぼえべ!?」
殴られたリフレは吹き飛び、床に転がる。
うん、まあ、こうなってもおかしくないよな。
「待って待って! 9年振りに会った娘を普通殴る!?」
「心配掛けさせた罰じゃないのか?」
「……それは、まあ、勝手に森を出た私が悪いんですけど」
「驚いた。本当に帰って来たんだな、リフレ」
今度はリフレの兄が歩いて近寄る。
「お兄ちゃん……うん、今まで心配掛けてごめんなさい」
「良いさ、無事に戻って来てくれたんだから」
兄が手を差し出し、リフレがその手を掴む。
美しい兄妹愛? いいや違うね。僕には分かる。
リフレを引っ張り上げた兄は横回転して投げ飛ばした。
「よくも俺の最悪の過去を他人に話してくれたな愚妹が!」
「ごめんなさあああああああああああ!」
過去って、頭頂部の髪を誤って切ったことか。
確かに恥ずかしい過去を他人にバラされたら嫌だよな。さっき僕も話したせいで避難所の人間全員にバレてしまったし、可哀想な男だ。口の軽い人間には恥ずかしい過去を教えないようにしないとね。
「妹が今まで世話になった。そうとは知らず先程は矢を放ってしまいすまない。恩人の名前を聞かせてくれないか? 俺はリフレの兄のリサイクだ」
「父のデュースです」
「母のユリです。娘を送り届けてくださりありがとうございます」
「僕はヘルゼス・マークレイン。世界を旅する冒険者さ。よろしく」
「こちらこそ」
リサイクが手を差し出してきたので握手する。
攻撃してきたことについては許そう。事情があると思うし。
「色々と聞きたいことはあるが、まずは君達がなぜ集落から避難しているのか教えてくれないかい。さっき言っていた魚人が関係しているんだろう?」
そろそろ把握したいんだよね、彼等の事情を。




