森の潜伏者②
ハイルベル大森林で森人族の集落を見つけてから5日が経過した。
あれから他の集落、特にリフレが過去に住んでいた集落を探して森の探索を続けている。5箇所の集落を発見したものの、残念ながら全て何者かの襲撃後であり、生存者は見つからない。ついでに白骨死体からは天能が消え失せている。
正直、探索が長引くと辛い。
野宿なのは構わない。問題は食料だ。
深い森の中、どこに居るかも分からない現状、森を出て町へ戻ると今居る場所に戻れなくなる。どこを探索したのか分からず、最初からやり直しなんてことになるのは御免だね。
まあ、食料は一応あるから探索を続けられている。
森の樹に実る果物と生えるキノコ。この2種類。
正直、僕はそろそろ肉が食べたい。
リフレもそう思っているはずだ。
しかし、モンスターどころか獣すら見当たらない。
森を管理する森人族が多く住み、駆除しているにしても異常だろ。それに、今はいくつもの集落が消滅したも同然の状態。死体が白骨化する程の時間、誰も居ない状況が続いている。
モンスターや獣は駆除されていないはずなのに、なぜこうも見当たらない。不自然だろ。リフレの話によれば森にはモンスターや獣が少数生息しているはずなのに。
今のハイルベル大森林は静かすぎる。
「あっ、集落がありましたよ」
「そうか。今度こそ誰か居ればいいんだが」
そろそろ何か新しい情報が欲しいところだ。
淡い期待を持ちながら集落へ入ってみたものの、すぐに期待が消えてしまう。この集落も同じだ。静けさから無人だと察せる。
「あれ?」
リフレが目を大きく開いて呟く。
「どうした。何か発見でもあったのか」
「……なんだか、見覚えがあるんです。この建物の配置」
僕には他の集落と変わらないように思えるが、森人族のリフレには細かい違いが分かるんだろう。しかし、見覚えがあるということは、この集落へ来たことがあるということ。いや、或いは……。
リフレが急に走り出す。
迷わず彼女が向かう先には1軒の木造住宅。
ノックもせずに扉を開け放ち、ゆっくり奥へと歩いていく。やがて1階奥の壁を前に立ち止まる。
「…………ここ、私の家です」
「本当か?」
「間違いありません。これを見てください」
リフレが指す壁には何本もの横線が刻まれている。
「これ、私とお兄ちゃんが身長を比べる時に刻んだ傷なんです。1度、お兄ちゃんが頭頂部の髪ごとナイフで刻んじゃったのを覚えています。この傷を見る度に思い出して、笑って、お兄ちゃんに『もう忘れろ』って怒られて」
ぽたり、と彼女の瞳から涙が落ちた。
「おかしいなあ……やっと帰って来られたのに、笑えないんですよ。嬉しさじゃなくて、悲しさで涙が出て来るんですよ。おかっ……しいなあ」
彼女が膝を曲げて座り込む。
涙は落ち続け、床にいくつものシミを作った。
僕も少し残念に思う。
彼女との旅が終わるのは嫌だが、彼女の家族に会ってみたい気持ちはあった。どんな人間か知りたいし、友人として僕を紹介してくれると思っていたからね。
しばらく泣き続けた彼女は腕で涙を拭い、静かに立ち上がる。
「すみません、泣いちゃって。はは、恥ずかしい」
「別に、泣きたい時は泣けばいいだろ。ここには君の味方しか居ないんだから、我慢する必要はない。我慢は体と心両方に毒だしな」
「……私が離れていた間にお兄ちゃんも、お父さんも、お母さんも、みんな死んじゃったんですかね。私が森の外へ出なければ、傍に居れば助けられたんですかね」
「希望を捨てるのはまだ早いかもしれないぞ。ここで待っていろ」
リフレを置いて家を出て行く。
この集落、違和感がある。
何か他とは違う気がする。
この違和感の正体を突き止めれば、無人状態の謎が少し理解出来るかもしれない。
集落を歩き回る。些細な異変も見逃さないよう注意して、隅々まで確認する。
時間はかかるが丁度良い。
リフレにはこの間に心を落ち着けてもらおう。
1人になった方が心を整理しやすいと思うしな。
「やはり……」
20分程度、集落内の探索を続けてみて違和感の正体に気付いた。
リフレに知らせよう。希望を抱けるかもしれない。
再び彼女の実家に入って彼女の傍へと戻る。
「少しは落ち着いたか?」
「はい、かなり」
彼女の目からは涙が消えていた。
元気を取り戻してはいない。だが、今は僕に心配を掛けまいと必死に取り繕っているんだろう。心はともかく表情は普段と変わらない。
「この集落について分かったことを報告する。今まで見た集落にはあり、この集落にはない物があるんだ。足を踏み入れた時からそれを違和感として感じていた」
「他の集落にはあって、この集落にはない?」
「白骨死体だよ。あと争いの形跡もね」
無人という共通点のせいで気付くのが遅れた。
この集落には人骨がどこにも落ちていない。
矢も転がってないし、刺さっていない。
民家の損傷や争いの形跡も全くない。
「骨が……? つまり、どういう」
「つまりこの集落に住んでいた人間は殺されておらず、どこかへ移動した可能性が高いということだ。希望的な憶測にすぎないが全員生存しているんじゃないかな」
「みんな、生きてっ」
全員どこかへ移動したなんて、そうであってほしいという願望に等しい。可能性が僅かにあるだけで、本当は骨も残らない方法で皆殺しにされた可能性の方が高い。悪い絶望的な想像はいくらでも出来る。
しかし、希望を抱くのは良いことだ。
希望があるから人間は前を向いて歩ける。
「あっ、思い出しました! 確か避難所が地下にあるんです!」
「何? 避難所だと?」
そういうことは忘れないでほしいものだ。
「場所は?」
「場所は……場所は…………忘れちゃいました」
「……そうか」
本当に、そういうことは忘れないでほしいものだ。
しかし地下に避難所が存在するという情報は貴重だな。この集落の住民が全員避難している可能性が上昇したぞ。問題は避難所の場所が分からないことか。リフレが急に思い出す、なんて希望は捨てた方が良さそうだ。
地下への入口らしき場所がないか集落内をもう1度探索してみようか?
いや待てよ。地下、地面の下。そうだよ下なんだよ。なぜ僕は気付くのが遅れたんだろう。避難所が地下にあるなら、わざわざ入口を探す必要なんてないのに。
「リフレ、避難所を探すなら良い方法が――」
何者かの気配!
この距離、既に集落内へ入っている!
天能〈気配察知〉のおかげで僕は一定範囲内の生物の気配を感知出来る。効果範囲は広くない。僕から直径10メートルってところだ。そんな近距離内に何かが居る。
「どうしたんですか?」
「何かが集落の中に居る。念の為、君は家の中に居てくれ」
「嫌です。付いて行きます」
「危険だと判断したら嫌でも家で大人しくしてもらうぞ」
引く気が無いリフレはリュックの中から武器を取り出す。
折り畳み式の弓。矢の入った矢筒。
折り畳める弓は強度と威力不足だが運搬には便利だ。矢筒も蓋があるから矢が他の物を傷付けず、リュックの中に入れても安心安全。まあ、使っている人間はリフレ以外に見たことがないけどね。戦闘準備に10秒は掛かってしまうからかな。
「準備オッケーです」
「よし、行くぞ」
何者かの気配はゆっくりと遠ざかっていく。
僕達に気付いて近付いたわけじゃないらしい。
民家の扉を慎重に開き、気配の方へと目を向ける。
「……なんだ、あれは」
「モンスターですよね?」
気配の持ち主は紫の霧に包まれていた。
霧の中に影が見えるし、体から霧を放出しているんだろう。
とりあえず人間ではない。モンスターだな。
モンスターはこちらに気付かず、のんびり集落の外へ出ようとしている。放っておけば戦闘は避けられるがそうもいかない。あの紫の霧、嫌な予感がするんだよね。
「ヘルゼスさん、あれがどんなモンスターか分からないんですか? モンスターのことも勉強してましたよね、ノレッジーンスクールの図書室で」
「知識は集めたさ。だが、あれのことは分からない」
紫の霧に関連するモンスターは知っているが、目の前のあれとは違う。僕が知っているのはポイズンガスト。体が毒霧のモンスターだ。ポイズンガストなら霧の中に体の影は見えないし、大きさはもっと小さい。30センチメートル程度のはず。
「この森に来てから未知への遭遇が多いね」
「嬉しいんでしょう」
「おいおい、僕だって時と場所くらい弁えるぞ」
「口元」
口? おっと、無意識に口角が上がっていた。
まあ、未知への興奮は隠せないものだ。仕方ない。




