危険な部族②
しばらくニーガ叫びを続けた後、集落の者達は慌ただしく動き出す。
数人で中央に木の枝を集めて、上で2つの石を打ちつけている。原始的な方法の火起こしだ。現代は着火装置という便利な機械があるというのに。貸してあげようかと思っていると枝が燃え始めた。
「ツガ」
僕とリフレは腕を掴まれて引っ張られる。
焚き火の前に移動させられているな。
一瞬僕達を薪代わりに使うつもりかと思ったが違うらしい。傍の地面に大きな葉が重ねて置かれ、僕達はそこに座らせられる。葉は椅子代わりか。座り心地はとても悪い。
「あっ、ヘルゼスさん、あれを見てください」
リフレが指す方向には大きな獣が横たわっていた。数人の女が手に持つナイフで獣を捌いていく。
あのナイフ、光沢や切れ味から考えて高級品だぞ。だが1本だけか。他は石を加工したナイフや普通の鉄製ナイフ。槍もそうだったが、なぜ使う道具の品質にばらつきがあるんだろうか。考えられるとすれば……盗品。
僕達の荷物が入ったリュックはリフレが背負ったままだ。今の所は盗まれていないが注意しておかなければ。
「料理してますよね。もしかして、歓迎してくれるんじゃないですか? これから始まるのは歓迎の宴ですよ。料理研究会で舌を鍛えた私を魅了する料理を出せますかね?」
「宴をやるのは正解だな。歓迎しているのかは不明だが」
そう、宴だ。雰囲気で分かる。
裸族達は捌いた獣肉を火で炙り、料理を作っている。簡単な焼き肉だ。問題はリフレの言う通り味……ではなく、なぜ急に宴を始めたのかだ。
純粋な歓迎だとは思えない。
何か目的があるはず。
答えを出すにはやはり裸族達の言語を理解する必要がある。彼等を観察しよう。彼等の言葉を聞き、直後の表情や行動で言葉の意味を考えろ。そこから彼等の目的を導き出せ。
「スガアアアア! ウガアアアア!」
「ウガアアアアアアアアアアアア!」
裸族達とリフレの叫びで宴が始まる。
料理は大きめに捌かれた獣の焼き肉、豆、キノコ、果物のみ。森の中で行われる宴だからか食材に豪華さは感じない。調味料も無いようで、料理の味は安宿の方が良いくらいだ。食事を提供されて嬉しそうだったリフレも少し食べたら元気を失った。美味しく食べられるのは果物だけだな。
「ニーガ、ニーガ」
「ガア! ガア!」
宴が開かれてから大勢が奇妙なダンスを踊っている。
くねくねと手足や腰を曲げる、とても奇妙な踊り。動きは全く統一されていない。集団で合わせる練習はやっていないようだ。踊りが雑なわけではない。各々が真剣な表情で踊っている。
裸族達を観察してかなり時間が経った。
時間はかかったが裸族達の目的は大凡見当が付いたぞ。
「彼等の目的が分かったぞ」
リフレは咀嚼した果物を飲み込み、口を開く。
「なんで分かるんですか? 言葉が分からないのに」
「彼等の口の動き、表情、行動、それら全てを観察し続けて言語を一部理解したのさ」
「すごっ。さすがヘルゼスさんですね。で、彼等の目的というのは?」
「僕達を歓迎しているのは確かなようだ。ただし、客ではなく贄としてな。どうやら僕達は、彼等の信じる神へ捧げられる供物らしい。腹一杯に食べさせた後で祭壇に捧げるそうだ」
まさか『ニーガ』ってのが『贄』という意味だとはな。集落に連れて来られて早々始まったニーガ叫びは、贄を確保出来て嬉しいから叫んだらしい。ついでに裸族達が今踊っているのは贄の存在を神へ知らせるためのものだとか。
「え、贄? 贄って、ヤバくないですか?」
「面白いじゃないか。生け贄になれる機会は2度とないぞ」
「そりゃ初回で死んじゃいますからね! 嫌ですよ私は! 贄なんて絶対嫌! 供物を捧げられる側にならなりたいですけど、自分が供物になんてなりたくないですってば! 逃げましょう!」
「いやあ、無駄だと思うけどね」
勢いよくリフレが立ち上がると、傍の裸族がリフレの首に槍を突きつける。
「シガ」
「あひゅ」
怯えたリフレはゆっくりと腰を下ろす。
裸族達は贄を待ち望んでいたんだぞ。逃がすわけないじゃないか。僕達が逃げる素振りを見せれば攻撃してくる。リフレだけで逃げようとしてもあっさり捕縛されてしまうだろう。
2時間程で宴は終わり、僕達はツタで縛られた。
手足を動かそうと足掻くリフレは、再び向けられた槍を見た途端に大人しくなる。幸いなのはリュックの中身を盗られなかったことかな。リュックごと縛られているリフレを見ると少し笑える。
縛られた僕達は裸族達に運ばれ、森のどこかにある祭壇へと置かれた。集落からは離れた場所らしい。裸族達の技術力を見るに、この祭壇は彼等が造った物ではないな。元からこの場所に存在した祭壇だ。
意外なことに、僕達を置いて裸族は去って行った。
神が贄をどうするのかは確認しないのか。詰めが甘いな。もし贄が脱走していたらどうするんだ。ツタで縛られていても、天能によっては逃げられるぞ。僕だって今すぐにでも逃げられる。だって、もうツタを切断してるし。
「あれ、ヘルゼスさん縛られてなくないですか?」
「ツタは〈鋭利化〉の天能で切断したよ」
「じゃあ私のも切ってくださいよ!」
「分かってる。慌てるな。ツタは今切ってやるから」
ツタを切ってやるとリフレは勢いよく立ち上がる。
「自由だあああ! よし、じゃあ逃げましょう!」
「何を言っている。僕は残るぞ」
「え?」
せっかく神が現れる祭壇まで招待されたんだ。裸族達が信仰する神がどんな存在なのか、この目で見たいと思うのは至極当然だろう。僕は神を信じちゃいないが、実際に存在するのなら見てみたいと思っていた。今日は良い機会だね。
「なんで残る必要があるんですか?」
「神を見たいから。君も気になるだろ?」
「そりゃ気にはなりますけど! 危ないでしょ!」
いったいどんな神なんだろうか。
裸族達が崇めているんだし、やっぱり裸なんだろうか。性別は男女どっちだろう。いや、無性の可能性だってあるな。姿だって勝手に人型を想像していたが、モンスターのような姿の可能性もある。
口はあるのか? 喋れるのか?
天能は持っているのか?
願いを叶えるとか凄い力はあるのか?
未知な存在への妄想と期待が膨らむ。
「はぁ、分かりました。ヘルゼスさんは茨の道を喜んで突き進む人ですもんね。私も残りますよ。私だって神様が居るなら見てみたいですし、味も気になりますしね」
……神を食べるつもりか?
「でも、あの変態さん達の妄想ってことはないんですか?」
「可能性は高いさ。それでも、可能性が1パーセントでもあるなら確かめる価値がある。仮に彼等の妄想だとしても、真実を知ることこそが重要なんだよ」
まあ、裸族達が崇めるのが神でなかったとしても、神に代わる何かが存在するのは確かだ。存在を確信していなければ贄を用意しない。裸族達には神を信じる相応の理由があるはずなんだ。
「うわ」
リフレの顔が不快そうに歪む。
「どうした?」
「あれ、ひょっとして」
彼女が指す場所には祭壇の柱が生えている。
ツタが絡みついている壊れかけの柱だ。おかしなところはない。神を崇めるわりに祭壇の掃除はしていないんだなという感想しか出ない。今気付いたが柱の傍にゴミが落ちているじゃないか。何だあの白い物体は。
柱へと歩き、傍の白い物体を拾ってみる。
この丸い形どこかで見覚えが……頭蓋骨だこれ。
間違いない。人間の頭蓋骨だ。
おそらく、贄として連れて来られた誰かの遺骨。しかし頭蓋骨だけしか見当たらない。他の骨はどこへ消えてしまったんだろう。獣かモンスターが住処へ持って帰ったのか? もしくは頭蓋骨以外を食べられてしまったのか。
「あの、それ、骨、ですよね」
「人間の頭蓋骨だな。贄としてここへ運ばれた人間だろう」
「うわあ、やっぱりですか。もしかしなくても贄って殺されますよね。私達も神様に殺されてしまうんでしょうか。見逃してくれませんかね」
「神の味を知りたいとか言う不敬な輩は殺されるかもな」
「もしかしなくても私!?」
ん? 地面が僅かに振動している。
天能〈気配察知〉も反応した。
大きな何かが祭壇へと近付いて来ている。
「来るぞ」
「ええもうですか!? ごめんなさい神様! 味が気になるとか2度と言わないので許してください! 寛大な心でお許しください! そして1度でいいから噛ませてください!」
本当に君にも寛大な神ならいいな。
大きな茂みを掻き分けて獣の脚が出て来た。四足歩行の獣だ。獅子のような顔と体。口の両端からは三日月状の長い牙が飛び出ている。ただの獣じゃない、こいつは。
「「モンスター!」」
長い三日月状の牙。それと獅子のような肉体。確か、サーベルファングという名前のモンスターだったな。
タイミングの悪い登場……いや、良いのか? もしかしたら裸族達が崇める対象かもしれない。傍に裸族が残っていれば訊いて確かめることが出来たんだが。
参った。考えてみたら、このサーベルファングを裸族が崇めているのかなんて、今すぐには証明出来ないぞ。
「サーベルファングですよヘルゼスさん、高級肉です! 今晩の料理は決定ですね! さっき食べた焼き肉なんて比べ物にならないくらい美味しい焼き肉を食べましょう!」
「よし、始末するぞ」
分からないものは仕方ない。
とりあえずサーベルファングは討伐して、肉を頂いた。やはり裸族達の作った焼き肉よりも、リフレが作る焼き肉の方が美味しい。肉の質が良いのもあるが、焼き加減が絶妙なんだ。肉料理のプロフェッショナルだね彼女は。
サーベルファングを食べてから僕達は集落に戻ってみた。誰にも気付かれないよう建物の陰に隠れて、裸族達の会話を盗み聞く。神の正体を知っているのは彼等だけだ。会話から正体を探るしかない。
「ファガビガ。モガクガ?」
「ガ。ニーガロガ」
裸族達の会話から神の正体は判明した。
僕達が食べたサーベルファングこそ、彼等の崇める神だった。
「はぁ、やはり神など居なかったか。裸族達が崇めていたのは普通のモンスターだ。何をどう勘違いして神だと思ったのかは分からないが」
「残念ですね。本物の神様に会ってみたかったです」
「存在するのなら、な」
知らずに裸族達の神を殺したわけだが、反省も後悔もしていない。危険なモンスターを見逃しても良いことないからな。
危険といえばあの裸族もだ。
旅人を捕縛してモンスターの餌にするなんてあまりにも酷い行い。仮に餌を捧げる相手が神だったとしても許せない。次の被害者が出ないうちにギルドへ報告して彼等を捕らえてもらおう。




