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2人の関係④


 僕とリフレが純粋な友人になってから1年が経過した。

 時間が経つのは早いものだ。図書館で読みたい本を読んでいただけで1年も経ってしまうとは。……いや、世界で最も本を所有する図書館だったんだ。読みたい本を全て読破して1年なら短い方か。


 机の上に並んだ本を棚に戻し、図書館を出る。

 ノレッジーンスクールでやりたいことは終わった。学問都市スペルディオへの滞在も今日までだな。明日の朝には旅を再開しよう。

 学園長に退学届を提出してからノレッジーンスクールを去った。


「明日の朝に発つことをリフレに伝えないとな」


 スペルディオの宿へ帰り、宿泊部屋の扉を開ける。


「待っていましたよヘルゼスさん」


 何だ? リフレが得意気な顔をしながら立っている。

 わざわざ仁王立ちしながら、僕が帰って来るのを待っていたのか。疲れるだろう。待っている間は何を考えていたんだ。早く帰って来ないかなーとか、足疲れたなーとか考えていたんだろうか。


「何か嬉しいことでもあったのか?」


「ふっふっふ。刮目せよ!」


「そっ、それは! その紙は!」


 ノレッジーンスクール入学試験合否通知書!

 間違いない。僕が合格した時にも届いた通知書だ。しかも合格と書かれているぞ。わざわざ見せつけるということは……あ、やっぱり、リフレの名前が書かれている。リフレが入学試験に合格したなんて、信じられない気持ちだ。


 どうしよう。僕、明日には町を発つんだが。

 とても言い辛い雰囲気じゃないか。なんて最悪なタイミングで合格する奇跡を起こしてくれたんだこの女。町を発つのを遅らせるか? でも僕が暇になるしなあ。

 うん、予定は予定だ。言ってしまおう。


「ノレッジーンスクールを追い出されてから1年。私は勉強に勉強を重ね、頑張りに頑張りを重ね、遂に! 遂に今日! 入学試験に合格したのです! 凄いでしょ、ねえ凄くないですか!? ヘルゼスさんに諦めろと言われ、マレットさんと宿の女将にも苦笑され、それでも諦めず挑戦し続けた結果がこれです!」


「ああ、おめでとう。頑張ったな」


「長かった。またノレッジーンスクールに通い、料理研究会の皆さんの料理を食べられる。私の輝かしい日々が再始動するんです。心が躍る今、何を見ても輝いて見えますよ」


「ところで、明日の朝に旅を再開するんだが」


「わあ! 景色が全て灰色に!」


 タイミングの問題だが申し訳ないな本当に。

 リフレが勉強で努力していたのは分かっている。

 毎日宿の部屋で勉強しているのを見たし、店員が言うには僕が居ない間も頑張っていたらしい。その頑張りが報われたのは素晴らしいことだ。明日に旅立つよう説得するのは簡単だが……彼女の努力を嘲笑するようなもんじゃないのか。友人としての行動じゃないよな。


 予定は予定だ。確定事項じゃない。

 旅をするなら臨機応変に予定を立て直すこともある。


「うぐぐぐ……分かりました。明日に町を出ましょう」


「いや、すまない。用事を思い出した。出発は1日遅らせよう」


「え? じゃあ私、ノレッジーンスクールに行ってきても良いですか?」


「好きに過ごしてくれ。料理研究会の生徒とお別れパーティーでもしたらどうだ」


「良い案ですねそれ! みんなでパーティーしてくれるかなあ。みんなの料理を沢山食べたいなあ。実現したら夢みたいな時間ですねえ。……みんな、私のこと忘れていなければいいんですけど」


 リフレは通学していた半年間、毎日料理研究会に顔を出していたんだから覚えられているはずだ。容姿は美しいし、料理の試食もアドバイスもやってくれる。料理研究会の連中からの人気は十分得ている。


「そういえば、明日出発予定だったってことは、ヘルゼスさんはもう退学しちゃったんですよね」


「退学したが、それが何だ」


「マレットさんの手助けは何か出来たんですか?」


「いいや」


 マレット……母親に存在を忘れられた娘か。

 僕が調べた限り、彼女の母親は健康体だ。魔術や呪術をかけられた痕跡も、天能の影響もない。モンスターが原因の病気は世界に多く存在するが、娘を忘れる病気が記述された書物は見つからなかった。


 原因は僕でもよく分からない。

 おそらく精神病の類いだとは思う。

 人間の脳は未だに明らかになっていない部分が多い。ノレッジーンスクールで人体の研究も行う生物研究会なら何か分かるかもしれない。マレットはそこで脳の研究をすると言っていた。


「残念ながらマレットの求める知識は図書館になかったよ。僕に出来ることはやった。正直に言って、彼女が母親の記憶を正常に戻せる可能性は低い。数年、数十年、もしかしたら一生を捧げても治せないかもしれない」


「そう、なんですか」


「僕達はただの旅人、冒険者だ。以前も行ったが出来ることには限りがある。旅を続けていれば、また助けられない人間とも出会ってしまうだろう。忘れろとは言わないが、気に病むな。ずっと気にしていたら君の心が壊れるぞ」


「……そう、ですね」


 暗い表情でリフレは俯く。

 やれやれ、さっきの嬉しそうな顔はどこへ行ったんだか。落ち込んだり喜んだり忙しい奴だよ。旅先で会った人間を助けられなかったのはマレットが初めてだから、悲しくなる気持ちは理解出来るけどな。


 僕は決して善人じゃない。

 人助けは時間を消費する。時間は有限。

 自分の人生を犠牲にしているのと同じだ。

 大量の時間を消費してまで他人を助けるのは真の善人のみ。

 僕は違う、善人にはなれない。


 この世界に、平和主義者な神が居れば良かったのにな。

 それならきっと、誰も傷付かずに済んだのに。


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