2人の関係③
ノレッジーンスクールに入学してからおよそ半年が経過した。
奴隷契約解除方法については調べ終わり、必要な道具も調達した。
以前奴隷商の男に聞いたが、奴隷ってのは下墜紋という模様を彫られた人間のことらしい。下墜紋に血を垂らせば契約状態になる。それにより奴隷は契約者の命令に背くと頭に激痛が走る。奴隷商の男は解除方法を知らなかったが、ノレッジーンスクールの図書館には解除方法の載る本が存在していて良かったな。
下墜紋ってのは魔術や呪術に関係するらしい。
人間に刻む時の材料も、消すための材料も決まっている。
下墜紋を消すのに必要な材料は3つ。
燃える金色の体を持つ鳥、金炎鳥の羽根。
クラルス山の頂に存在する泉、神聖泉の水。
契約者の血液。今回は僕の血液。
全てこのエライド大陸で入手出来るから助かった。
神聖泉の水は場所が分かっているから1日で採取出来たが、金炎鳥の羽根は大変だったな。金炎鳥は巣を持たず、世界中を飛び回る渡り鳥。探すのに半年近く掛かってしまった。もし運が悪ければ数年経っても見つからなかっただろう。本当に見つかって良かった。
早くリフレに知らせて、契約を解除しよう。
リフレはノレッジーンスクール料理研究会に入り浸っている。
以前に様子を窺った時は偉そうに料理を食べていたっけ。無料で旨い料理が食べられる場所はあいつにとって楽園だろう。無駄に飯を食らうのではなく、ちゃんと改善案を出すから料理研究会の生徒も感謝していた。
厨房がいくつもある料理研究会へと入れば、案の定あいつは居た。
「リフレ、用がある。学生寮へ来てくれ」
「あっ、少し待ってください。このカレーライスを完食しないと」
カレーか。香辛料の良い匂いが……緑色だと!?
緑って、ええ? 作った奴は正気か? 色が少し気持ち悪いんだが。
リフレは手と口を休めず緑色のカレーライスを食べ続け、完食する。
「野菜主役のカレーも良いですね。栄養もりもりですし、健康的ですもん。でも、味はもう少し工夫しないと完食までに飽きが来ますよ。野菜以外の食材を入れたらコンセプトが崩れるので、調味料を変えてみたり、味の違うカレーを2種類用意してみたらどうでしょう」
「なるほど。じゃあ次は2種類の野菜カレーを作るか。味も色もベストな組み合わせを考えなきゃ。試食とアドバイスありがとうリフレ。君に食べてもらえて良かったぜ」
「また食べさせてくださいね。では行きましょうヘルゼスさん」
「ああ」
人気だな。それに、楽しそうだ。
もしかして、僕と旅を続けるより料理研究会に留まった方がリフレは楽しいんじゃないだろうか。僕は読みたい本を読んだら退学するつもりだが、彼女は僕と来てくれるんだろうか。
奴隷契約を解除したら……いや、友人ならどんな選択をしたとしても彼女の意思を尊重するべきだ。
高く広い学生寮に来た僕達は階段で自分の部屋へ向かう。
学生寮は城のように大きい。高い場所に部屋がある生徒は階段で上る必要があり、苦労している。ただ近頃、機械研究会が自動で階層を移動する機械を作っているらしい。完成したら多くの生徒が泣いて喜ぶだろうな。
24階にある僕達が宿泊する部屋へ入る。
学生寮は基本2人で1部屋。僕はリフレが居るから見知らぬ他人と同室になることはなかった。もし彼女と部屋が分けられたり、他人と同室だったら宿屋に戻っていたな。別に寮でも宿でもどっちでもいいし。
「ヘルゼスさん、用事っていうのは?」
「奴隷契約の解除方法を知り、必要な材料を揃えた。今日で君との契約を解除したい」
「……え?」
契約解除の話をしたのは初めてだ。
唐突な話にリフレは呆然としていた。
話をすぐに理解出来ないんだろう。
「……な、なんで……契約解除なんて」
あれ、妙だな。
喜ぶと思っていたが、悲しんでいる?
リフレの目が濡れている。涙が零れそうだ。
「私、気に障ることをしましたか!? 何か悪いところがあったら直します! 今まで奴隷らしい振る舞いはしていませんでしたが、今後はヘルゼスさんの指示に絶対従います! 食費も、抑えます。だからどうか、どうか捨てないでください!」
「おい落ち着け。君は勘違いしている」
リフレは口を閉じて俯く。
この部屋が防音で良かったなあ。
捨てないでくださいとか他人に聞かれてみろ。僕が悪人みたいじゃないか。
「契約を解除するのは、君と対等な関係になりたいからだ。以前君は僕を友人だと言った。僕も君を、うん、友人と思っている。だから、奴隷なんて肩書は邪魔なんだよ」
「対等な関係……友達……じゃあ、私に愛想を尽かしたから捨てるわけじゃないんですね。良かったああああ。私と一緒に居るのが嫌になったのかと思いましたよ」
そういうことか。
僕はまだ共に旅をするつもりだったが、リフレは僕の考えなんか知らないもんな。奴隷契約を解除すると言われたら捨てられると思うのが普通か。
僕に奴隷を売った男が契約解除方法を知らなかったということは、他の奴隷商も知らない者が多いと思われる。1度契約した奴隷は契約を解除しない限り、他の人間と契約出来ない。契約の上書きは不可能なのだ。それはつまり、捨てられたら奴隷として成り立たなくなるということ。
商品価値のない奴隷は奴隷商からも捨てられるか……処分、殺される可能性が高い。
リフレも奴隷の端くれとして、主人から捨てられた奴隷がどうなるのか理解しているんだろう。彼女からすれば僕から『野垂れ死ね』と言われたようなもの。涙を流し、捨てられないよう必死にアピールするのも当然か。
彼女を泣かせ、焦らせたのは僕の落ち度だな。
奴隷の事情を少し考えれば分かることだった。
「念の為に訊いておく。君は奴隷を辞めたいか?」
奴隷なんて辞められるなら辞めた方が良いはずだ。
捨てられるかもという不安から解放されるべきだ。
「……はい。辞めたいです。私はヘルゼスさんに買われて運が良かったですけど、もし悪い人に買われていたら……後悔して、死にたくなったかもしれません。今考えると、後先考えず奴隷商に自分を売ったのは愚かでしたよね」
リフレの脳でも理解していたか。
奴隷の扱いは主人によって変わる。
僕のように奴隷を奴隷らしく扱わない人間はおそらく、珍しいだろう。
「でも、ヘルゼスさんは良いんですか? 私を解放して。命令出来る権利を放棄して。ヘルゼスさんには損しかないと思いますけど」
「良いんだよ。それに損とは思わない。僕は君と対等な関係になる選択を後悔しない。例え何があってもな」
初めは、リフレを信頼していなかった。
荷物持ちに奴隷を選んだ理由は、僕を裏切らない人間が欲しかったからだ。奴隷なら僕の金や荷物を盗まない。必ず指示に従う人間になら安心して荷物を預けられる。これは、奴隷という身分への信頼。
今は違う。いつからなのか、僕はリフレという人間を信頼していた。
「あの、契約解除ってどうやるんですか? もしかして痛かったりします?」
「さあな、奴隷への負荷は分からない。まあ死ぬことはないだろう。命の危険があるなら本に書かれるはずだからな」
「不安だなあ」
「今から契約解除方法を教える」
契約解除に使う材料の内2つを鞄から出し、机の上に置く。
小瓶に入っている金炎鳥の羽根。
金色の羽根からは微かに黄色の炎が出て、火の粉が飛び散っている。鞄を燃やすわけにはいかないから小瓶で保管した。炎は段々と弱まりつつある。いずれ消えるだろう。
神聖泉の水。こちらも小瓶で保管。
透き通った綺麗な水だ。正直普通の水と違いが分からないが、特別な水らしい。何かの本で呪いを受けた男が神聖泉を飲むと解呪出来たと書かれていたっけ。実話かは分からないが。
奴隷契約解除方法は簡単だ。
まず神聖泉の水に奴隷と契約した者の血液を混ぜる。水の色が赤に染まったら、その水で炎を纏う金炎鳥の羽根を濡らす。次に濡れた金炎鳥の羽根で下墜紋を擦る。以上。
「理解したか? まあ、君は何もしなくていいってことさ」
「金炎鳥の羽で擦るって絶対くすぐったいやつですよねー。変な声出ちゃっても許してくださいよ?」
「この部屋は防音だから許す」
契約解除の準備を始めよう。
神聖泉の水が入った小瓶の蓋を開けて、念の為に虫や砂が入っていないか確認。次にナイフで自分の腕を軽く斬りつけて、血液を小瓶に流す。小瓶の水にみるみる赤が広がっていく。腕の傷は天能〈再生〉により短時間で塞がるから問題ない。
リフレはリフレで準備しているようだ。
彼女の下墜紋は右脚の太ももにあるので、下墜紋の上までスカートを上げている。恥ずかしいかもしれないが必要なことだ。下墜紋を太ももに入れることを望んだ彼女が悪い。腕や首なら恥ずかしさもないだろうに。
まあ、気持ちは分かる。
下墜紋は奴隷の証。服で隠れる位置に入れれば、偏見の目で見られることもない。奴隷は基本一般人以下の扱いを受ける。下墜紋を隠した方が生きやすいだろうね。
「……なあ、君はこのスクールに残りたいか?」
「なんでそんなこと訊くんですか? まあ、居心地は良いですよねここ」
「料理研究会所属の生徒と仲良さそうだったもんな。旨い食事が無料で食べられる場所だし、他人から頼られている。長くこの場所に居たいと思ってるんじゃないか? 君が望むなら居させてやるぞ」
「……それ、ヘルゼスさんは一緒じゃないですよね」
珍しく勘が冴えるじゃないか。
「僕は旅人、冒険者だからな。どこにも永住するつもりはない」
「私はヘルゼスさんと一緒に行きますよ。奴隷じゃなくなっても、ヘルゼスさんが拒絶しない限り付いて行きます。言いましたよね、森人族の国に行くのに協力するって。私、途中で諦めるつもりないですから」
「そうか。なら、心配は要らないか」
「はい。必要ないです」
僅かに口角が上がる。
もしかしたら2人旅はここで終わりかもと不安があったが、杞憂だったようだな。僕達には森人族の国に行く目的がある。リフレは故郷へ帰りたがっていたし、旅の続行はおかしくない。少なくともリフレの故郷へ辿り着くまでは一緒に旅が出来る。
「奴隷契約を解除したら当然、君は奴隷じゃなくなる。今までは僕の所有物扱いでノレッジーンスクールに居られたが、今日で最後だ」
「え」
「知り合いに別れの挨拶はしておけよ」
「へっ?」
リフレが汗を垂らして焦っている。
どうやらノレッジーンスクールに通えなくなる可能性に気付いていなかったようだな。
普通の人間は入学試験に合格しなきゃ通えないんだから当然だろ。奴隷の時に受けた入学試験で合格していれば、まだ通えたかもしれないけどね。ここへ通うなら再試験を頑張るしかない。リフレの頭脳じゃ合格出来る日は遠いだろうが。
「あの、ヘルゼスさんはまだノレッジーンスクールに残ります?」
「ああ。まだ読みたい本が多くあるからな」
「奴隷契約解除するの、延期してもらっていいですか?」
「1度準備を始めたら中断出来ない。奴隷契約解除は必ず今行う。まだノレッジーンスクールに通いたいなら、入学試験に受かるよう勉強を頑張ってくれ」
「そんなあああああ」
この日、僕とリフレの関係は変化した。
主人と奴隷。形だけだったとはいえ不要な関係を捨てる。
僕達は晴れてこの日、純粋で対等な友人になれたんだ。




