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2人の関係①

今回の更新スケジュール

2人の関係① 12/30

2人の関係② 12/31

2人の関係③  1/1

2人の関係④  1/2









 魔刃(まじん)草原は2日で抜けられた。

 今は学問都市スペルディオに辿り着き、宿に泊まっている。


「……興味深いな」


 僕はベッドの上で1枚の紙を眺めていた。

 学問都市に建つノレッジーンスクールという教育施設の生徒募集用紙だ。

 5歳から入学可能であり、13歳以上は筆記試験に合格すれば入学出来る。老若男女関係なく教育して知識を高めるのは立派なことだ。しかし、僕が心惹かれたのは施設内にある図書館だね。入学すれば誰でも閲覧可能な図書館には、世界で最も本が集まっていると生徒募集用紙に書かれている。


 世界で最も本が集まる図書館。必ず行きたい!

 ノレッジーンスクールの図書館に入るには、試験に合格して入学しなければならない。これもまだ見ぬ本を読むためだ。試験には何度挑戦してもいいと紙に書いてあるし、合格するまで試験を受けてやろう。


「肉……肉丼……濃厚な、味」


 隣のベッドでは長い銀髪の女性、リフレが涎を垂らして寝ていた。

 あーあ、掛け布団を蹴っ飛ばしてるよ。

 こいつの寝相は本当に悪いな。

 やれやれ、もしこいつが風邪をひいたら僕が看病することになって面倒臭い。

 仕方ないな、布団を掛け直してやるか。


「分厚いステーキだあ」


 いきなり左腕を掴まれた。


「おい放せ」

「こら逃げるなあ、ステーキいい」


 リフレは素早く上体を起こし、僕の左腕を噛む。

 うわっ、なんてことするんだこいつ、ふざけるな!

 噛むな! 舐めるな! 涎を付けるな!


「硬い肉だなあ」


 自然に起きるまで寝かせてやろうと思っていたが止めだ。

 右手で顔面を鷲摑みにして、痛みで強制起床させてやる。


「噛み千切れなあああああ! いだだだだ!?」


 リフレの空色の目が勢いよく開き、口は左腕から離れた。


「何するんですかヘルゼスさん!」


「それは僕の台詞だ。ほら、朝飯を食べに行くぞ」


「朝ご飯!? 行きましょう!」


 僕は常々、リフレが奴隷という事実を信じられない。

 まあ命令すれば奴隷らしくなるだろうが……今さら、奴隷らしさなんて求めない。元々は逃げない荷物持ちが欲しかっただけだが今は違う。リフレは命令で束縛しなくても傍に居てくれる。いつの間にか、居て当たり前な存在になっていた。


 しかし、主人と奴隷。対等な存在ではない。

 僕はそれが嫌だ。余計な要素を排除したい。

 ノレッジーンスクールの図書館ならきっと、奴隷契約の解除方法が書かれた本があるだろう。僕はリフレと真に対等となるために、奴隷という余計な要素を排除する。森人族の国に着く前に必ずだ。


「あっ」


 トンッと軽い音がする。

 宿屋の2階から階段を下りる途中、リフレが他の客と肩をぶつけてしまった。幸い相手の女性は怒っていない。不機嫌な顔をせず、申し訳なさそうな顔をしている。


「ごめんなさいね」


「いえいえこちらこそすみません」


 桜髪の女性が謝ると、リフレも首を横に振って謝った。

 どちらにも非があると言えるし、非がないとも言える。


 衝突の根本的な原因は階段の狭さだ。人間は2人通れるが、肥満体型なら2人は通れない程度の横幅。この狭さなら客同士の肩がぶつかってもおかしくない。

 階段を上がる者と下りる者が居たら、どちらかが端に寄って立ち止まらなければ安全に通れないだろう。


「あなた、スペルディオの方?」


「いえ、違います」


「そうなの? もしかしてノレッジーンスクールに入学希望かしら。私の使用人さんも入学したいらしくて、試験勉強頑張っているのよ。良い子だから友達になってあげてくれないかしら」


「――レミーナさん、何かありましたか?」


 リフレと女性客が話しているともう1人階段を上がって来る。

 村娘のように平凡な服を着た、桜髪の女性だ。


「あら使用人さん。何でもないのよ。先に部屋へ戻っているわね」


 レミーナという名らしい女性客は2階に向かった。

 使用人に女性は僕達の前で立ち止まる。


「どうも、私はマレット。さっきの女性の娘です。何かあの人に言われたと思いますが、気にしないでください」


「娘? 先程の女性は君を使用人さんと呼んでいたが」


「お父さんが死んでからお母さんはおかしくなったんです。私の名前を忘れ、娘だと認識出来なくなりました。いえ、娘なんて最初から居なかったことになっています。私はあの人にとって、名前も知らない使用人です」


「それは……大変ですね」


 リフレの感想と同意見だな。大変だ。

 レミーナは精神の病だろう。娘の存在を忘れ、名前も認識出来ない。ただ、彼女にとってマレットはどうでもいい存在ではない。友達になってあげてと言っていたしな。


「さっき、君と友達になってやってくれと言われたよ。娘と分からなくても、娘のように大切に思っているんじゃないかな」


「……ありがとうございます。でも、私はまた親子として暮らしたい。私、ノレッジーンスクールで治療方法を調べてみるつもりです。あそこは世界で最も本が集まる知識の施設。何か手掛かりが見つかるはず」


 医者には当然診てもらったはずだが、解決していないなら治療は困難、もしくは不可能と診断されたのか。家族に忘れられるのは想像しただけで辛い。僕も入学したら、精神病の治療法が記された本を少し探してみよう。


「あっ、すみません。会ったばかりで自分のことを語って」


「いやいや、興味深い話だった。話してくれてありがとう。僕もノレッジーンスクールの試験を受けるつもりだから、お互い合格するよう頑張ろう」


 マレットは2階へ上がり、僕達の視界から出た。

 さて、朝食のために早く1階へ下りよう。


「あの、ヘルゼスさん、ノレッジーンスクールの試験受けるんですか? ってことは入学するつもりですか?」


「ああ言っていなかったな。そのつもりだ」


「じゃあ私も試験を受けますね」


「え、君は用事ないだろ。入学して何をするつもりだ」


「特に目的はないですけど、それでも入学します」


「君には無理だと思うが」


「むぐう……」


 筆記試験の難易度は高いと聞く。

 リフレの頭で突破出来るとは思えない。


 1階に下りた僕達は食事スペースへ移動した。

 宿屋の女将(おかみ)に食事を頼むと朝食を作ってくれる。


 おっ、運ばれてくる料理に魚料理がある。サイゴス大陸では魚が高価だったから宿屋では出て来なかったんだよな。大陸が岩壁に囲まれていたから魚の捕獲量が少なかったんだ。しかしこのエライド大陸では岩壁がない。これから美味しい魚料理が多く食べられそうだ。


「さっきのレミーナさんですけど」


 リフレが焼き魚を齧った後で口を開く。


「ヘルゼスさんなら治せるんじゃないですか?」


「無理。僕は他人を治す天能なんて持ってない。僕は万能じゃないんだ。何でも出来るように思えても出来ないことの方が多い。でも、精神病を治したり、脳を正常にする天能は誰かが持っているかもな。そういう回復系の天能持ちは医者になることが多い。旅先で会うことがあるかもしれない」


「そうですか。他人も癒やせる回復系の天能、欲しいですね」


「運が良ければ手に入るさ。……あの親子が気になるのかい」


 珍しくリフレの食事が進んでいない。

 初めてだ。朝食で彼女の手や箸が止まるなんて。


「私、家族のこと好きなんですよ。お母さんも、お父さんも、お兄ちゃんもみんな。だから、家族に忘れられるのを想像したら辛いなーって。ヘルゼスさんも同じでしょ?」


「まあ、辛い気持ちは分かる。だが僕達では病を治せない」


「分かってます。でもせめて、治療方法を探すくらいは手伝いましょうよ」


「それじゃあ君も試験に受からなきゃな」


「楽勝ですよ試験なんて。私の頭の良さを見せてあげます」


 試験当日まで僕達は何気ない日常を過ごした。

 1ヶ月に1度の入学試験に僕、リフレ、マレットは挑む。

 そして……僕とマレットだけが合格した。

 残念ながらリフレの頭の良さを見ることはなかった。


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