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小麦粉粘土に込める願い


 今までスタードール王国領を旅してきたが、目的である森人族の国は見つけられていない。

 地図を見る限り、スタードール王国があるこのサイゴス大陸に森はあと1箇所。王国領で最も小さい森、スモラス森林。森に住む森人族がそこに居ないのなら、この大陸には居ないとはっきりする。もし居なかったら隣のエライド大陸へ進むかね。


「あっ、見てくださいヘルゼスさん。美味しそうな果物がありますよ」


 リフレは木に実っているオレンジとピンク2色の果実に手を伸ばす。


「おい止めておけ。死ぬぞ」


「へっ? し、死ぬ?」


 驚きで目を丸くしたリフレが振り返る。

 何を思ったのか、彼女はポンと手と手を叩く。


「安心してください。独り占めしませんって。半分こしましょう」


 なぜ僕が食べたいと思ったのか脳内を覗いてみたい。


「はぁ、それは毒なんだよ」


「ええー、毒には見えませんよ? 甘い匂いもしますし」


 リフレが「よっ」と果実を枝から取った。

 バカが、忠告を無視したな。


 リフレの前にある木からミシミシミシッと音が鳴る。

 木が裂けていく。まるで大きな口のように木が開くと、中は肉食獣の牙のように尖った部分が沢山あった。木は明らかにリフレに噛みつこうとしている。

 僕の忠告に従っておけばこうはならなかったのに。


「ん? うぎゃああああ何ですかこれえ!?」


 僕が襲い掛かる木を蹴ると半分に折れた。

 折れてしまえばもう動かない。死んだな。


「この木はカミツキというモンスターだ。地面から動けないが、体に実らせた果実で餌を誘き寄せて食らう。強靱な口は石をも噛み砕くとか。危なかったな。僕が助けなきゃ君は今頃上半身が千切れていたぞ」


「ひえええ……因みに、この果実の味って」


「甘いが毒を持つ。食べたら体が麻痺して動けなくなるぞ。寄生虫も中にいる可能性があるから、種類によっては死ぬ。さっきも言っただろ、死ぬって」


 カミツキの果実が美味しそうに見えるのは餌を呼ぶためだ。オレンジ色は食欲増加の効果があり、ピンク色は甘いと思わせる。リフレのように何も知らなければ近付き、食い殺されるだろう。


 子供の頃、カミツキの果実の味が気になって食べたことがある。当然カミツキを討伐してから食べたんだが、毒と寄生虫で死にかけたんだよなあ。体が麻痺して動けないまま、寄生虫に肉を食い破られたのは痛かった。

 ……あの時、妹に怒られたっけ。


「麻痺は問題ないとしても、寄生虫は嫌ですねー」


 リフレは果実を捨てて肩を落とす。


「ヘルゼスさん、残念ながらこの森に森人族は居ないと思います」


「なぜだ」


「カミツキのように森と一体化するモンスターが住み着いていたり、毒キノコが生える森で森人族は暮らさないんですよ。幼い子供が危険ですから。それに森人族は穢れ無き清らかな森に住み、清潔を維持するんだって親から聞いたことがあります」


 幼い子供が危険、確かにそうだな。

 好奇心旺盛な子供がモンスターに近付いたり、毒キノコを食べたりしたら大変だ。危険ある森に住まないのは至極真っ当な判断と言える。危険を常に排除して安全な森で暮らすのが森人族ってわけか。


 森人族であるリフレの言葉は信じられる。

 まあ、一応森は見て回るがね。

 何か発見があるかもしれない。


「森人族は居ないとして、他に興味を惹く何かがあるかもしれない。森は全て見て回るぞ。地図によれば村があるらしいし一旦そこで休憩しよう。食事出来る店があればいいんだが」


「そうですね。名物料理でもあればいいんですけど」


 しばらくスモラス森林を歩き続けると小さな村に辿り着く。

 木製の柵で囲われているのはモンスターや猛獣対策だな。王都も石壁で囲われていたし珍しくはない。ただ、木の柵だと強度が不安だ。すぐに破壊されてしまうだろう。


 村の木製民家は15軒と少ない。

 住民は40人から50人程度だろう。

 景色は違うが僕の故郷を思い出すな。

 僕の故郷の村も人の少ない小さな村だった。


「ヘルゼスさん、あれ見てください。村の中心に妙な物が」


「妙な物?」


 リフレに言われて村の中心を見てみると、多くの台座が存在した。

 近付いてみて気付いたが、いくつかの台座の上に妙な物が置かれている。形はどれも違う。皿、人間、盾、植木鉢に咲く花、紙幣っぽい何か……もしかして、粘土なのか? なぜ粘土の作品を村の中心に飾っているんだろう。


「この匂い……これ、小麦粉と塩ですよ。あと油」


「分かるのか?」


「食材の匂いならだいたい」


「便利な鼻だなあ」


 食に対する執念と言える程の食欲には僕も負ける。


「――そこの方、旅の方ですかな」


 白い顎髭が長い老人が声を掛けてきた。

 足腰が弱いのか杖を突いて移動している。 


「そうだが。あなたは?」


「儂はこのレイク村の村長、トルネと申します。このような小さな村に足を運んで頂けて嬉しいです」


 村長だったのか。なら丁度良い。


「聞きたいんだが、この飾ってある物は何なんだ?」


「ああそれですか。今日は村の祭りでして、村人は小麦粉粘土で作った作品を飾るのです。まあ、長くても7日程度で作品は崩れてしまいますが、皆今日を楽しみにして作品を作っています。良ければ見てあげてください」


 なるほど。派手さはないが良い祭りだ。


「あの、小麦粉粘土っていうのは?」


「おや知りませんか。小麦粉、塩、サラダ油で作る粘土のことですよ。普通の粘土より脆いですが、食べられる物だけで作る粘土なので口に入れても安全です。小さな子供でも楽しんで作ることが出来ますよ」


「……ということは、これを食べても問題ない?」


 無言でリフレの頭を叩く。

 僕でも誰かの作品を食べようなんて考えないぞ。


「腹は壊しませんが止めてください。作品には願いが込められているので」


「願い?」


「長く形を保ち続ければ、込めた願いが叶いやすくなると昔から伝わっています。儂も毎年髪が生えてくるよう願って作品を作るのですが、数時間で壊れて困っていますよ。興味があれば旅の方も作ってみてはいかがでしょう」


「じゃあ、やってみようかな。リフレはどうする」


「私も作ってみたいです」


 正直願いが叶うとか、そんなことはどうでもいい。

 小麦粉粘土って物を初めて知ったから製作に興味が出ただけだ。


「では儂の家で作りましょう。作り方は教えますよ」


 トルネの言葉に甘え、彼の家で小麦粉粘土製作を教わった。

 水が多いと柔らかくなり、少ないと固くなる。初心者には微妙な水分調整が難しいが、粘土と呼べる状態にはなった。不思議なものだ。小麦粉粘土なんて誰が最初に考えたんだろうか。


 小麦粉粘土で何を作るかは未だに悩んでいる。

 トルネの話によれば、願いによって作る物が変わるらしい。

 安全を願うなら盾。

 金が欲しいなら紙幣やコイン。

 良好な人間関係を願うなら2人の人間。


 リフレは骨付き肉を作っていた。

 いったいそれにどんな願いを込めたんだろう。肉をもっと食べたいとか? いやいや、君は普段からモンスターの肉を嬉々として食べているだろ。満足していないのか?


 ……ふっ、何を愚かなことを真剣に考えているんだ。

 自分で自分を嗤ってしまうな。小麦粉粘土に願いを込めたところで、願いが叶うわけないだろうに。作る物なんて何だっていい。……まあ、一応安全祈願で盾でも作っておくか。


「おっ、ヘルゼスさんは盾ですか。安全を願うんですね」


「この村に来てから故郷のことを思い返していてね。父と妹の安全でも願っておこうと思ったんだよ。まあ、願いが叶うなんて思っちゃいないがね。君は肉を作って何を願うんだい?」


 リフレは僕を見たまま固まって動かなくなる。


「ん? おい、どうした?」


「ヘルゼスさんって妹がいたんですか!?」


「ああ。そんなに驚くことか?」


「だって初めて聞きましたし!」


 とっくに話したつもりでいたが話していなかったのか。


「……生意気な妹なんだろうな」

「おい聞こえてるぞ」


 どうしてそう思ったのか是非知りたいね。

 妹のヘラは優しい子だ。今は18歳だったかな。いつも危険なことをする僕に怒り、それでも僕の意思を尊重してくれた。旅に出ることだって父親には反対されたがヘラは許してくれた。ありがとう。今思い返しても感謝の言葉が自然と出る。


「あれ聞こえました? さぞ可愛い妹なんだろうなって」


「聞こえたよ。生意気な妹なんだろうなって」


「形は作り終わりましたし乾燥させて固めましょうか」


「おい話を変えるな。まあいい。機会があれば会わせてやる。会えば愚かな考えだったと思うだろう」


 僕達は乾燥させて固まった作品を村中央の台座に飾った。

 ところで、結局リフレは肉に何の願いを込めたんだろうか。


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