ヴァンパイアの夜襲②
一夜明けて早朝。
早朝から入口近くのカウンター席に座るジジイに僕は近付く。
まだ太陽が昇り始めた頃だってのに仕事熱心なジジイだ。自分で客を追い返すような宿屋なんだから暇だろうに。昨夜から同じ体勢だがちゃんと寝ているのか。睡眠は大事だぞ。
「どういうことだ?」
「何がだ」
「昨日から寝ずに待っていたがヴァンパイアが来ないんだよ」
僕はヴァンパイアに会うのを楽しみにしてずっと起きていたんだぞ。
これから玩具を買ってもらう子供のようにワクワクしていた。それなのに来ない。玩具をお預けされた子供みたいな気持ちだよ今。ガッカリだ、非常にガッカリしている。
「必ず襲われるとは言っていない」
「本当に出るんだろうな? 被害者は実在しているのか?」
確かに必ず襲われるとは言われていないが、町中で悲鳴の1つも聞こえなかったんだぞ。ヴァンパイアは何をしているんだ。襲われたい人間が居るんだから、早く僕を襲いに来いよ。正直、今は作り話じゃないかと疑っている。
「はぁ、俺も詳しいわけじゃないがヴァンパイアは実在する。町の人間は全員信じている。2年前、2人の人間が血を吸い尽くされて干物になった。それからというもの、夜に余所者が襲われ始めたんだ。最近は頻度も増えている。まあ、襲われて血を吸われるのは余所者だから、町の人間は普通に暮らしているがな」
余所者限定で襲うヴァンパイア。人々が町で普通に暮らしているのは襲われないと理解しているからか。なぜ余所者だけなんだ。妙な拘りでもあるのか。気になるな。
「最初に襲われた2人ってのも余所者だったのか?」
「いいや、ドーランドル夫妻って町の人間さ。まだ若いのに娘のノエラを残して逝っちまいやがった。その時は町の人間も怯えていたが、ドーランドル夫妻以降の被害者は余所者なんで安心してんのさ。全員馬鹿だよ。ヴァンパイアの気紛れだろうに」
最初だけ町の人間か。それは、実に奇妙だな。
「冒険者ギルドに討伐依頼は出さなかったのか?」
「当然出したさ。だがな、ここはスタードール城下町から遠く離れたフレームーン。強い冒険者は城下町に行っちまうせいで、フレームーンの冒険者は雑魚ばかり。この町だけじゃなくて付近の町の冒険者も似たようなもんだ。ヴァンパイアに挑もうって気概はねえのさ」
スタードール王国の端の方だからな、ここら辺は。
僕の故郷の村なんて地図を見る限りスタードール領の最西端だ。というか、地図に載っていないから国に認知すらされていない。どんだけ田舎だったんだ僕の故郷は。
城下町には1番人が集まる。情報も集まりやすく、冒険者ギルドの仕事も多いらしい。仕事が多いってことは活躍の場が多いってことだ。名を上げたい連中は喜んで城下町に行くだろう。それで弱い冒険者しか残らないんじゃ、町の安全が守れるのか不安だな。
「なら僕が来て良かったな。僕がヴァンパイアを討伐してやる」
色々と質問するついでだ。町の人間が襲われないとしても、余所者が襲われる噂が広がるのは町にとって良くないだろう。昨日の行商人のように町に寄らなくなる人間が増える。
「何? 討伐してやるって、お前冒険者だったのか?」
「ああ。新人だがね。強さに自信はあるから安心してくれ」
「そう言って早死にした奴を多く知っているぞ」
「問題ない。自分のやりたいように行動して死ぬなら後悔はない。死ぬ気はないがね。……言っとくが、止めようとしても無駄だぞ。僕は自分の好奇心に素直で、満足するためならどんな手でも使う。誰も僕を止められない」
「知ってるよ。お前みたいに自信過剰な奴が止まらないってことくらいな。止まる気がないなら今日で宿を出て行ってくれ。客に死なれると寝覚めが悪いんだ。お前のことはもう忘れたい」
「宿屋の店主ってのも苦労するな」
今までに自信過剰な冒険者が何人この宿に泊まり、何人仕事から帰って来なかったんだろうか。自分の実力を正しく把握出来ないってのは冒険者にとって最悪だ。自分よりも強いモンスターに嬉々として挑むんだからな。
僕は自分の力を正しく把握しているし、敵の強さを見極めることも出来る。ただ、ヴァンパイアには会ったことがないから強さは未知数。僕より強い可能性がある。その時はまあ、申し訳ないが質疑応答後に逃げさせてもらおう。
今回ヴァンパイアに会いたいのは討伐のためじゃなく、質問して答えを聞きたいからだ。命懸けで討伐する気はない。命懸けで質問しに行くんだ。
「今日で出て行くから安心しなよ。だがその前に、最初の被害者の娘がどこに住んでいるのか教えてもらいたい。実際の被害者に話を聞きたい。あと調べ物がしたいから図書館の場所も教えてくれ」
「……注文が多い奴だ」
ジジイは渋りながらも最初の被害者の家と図書館の場所を教えてくれた。
話を聞くに最初の被害者、ドーランドル夫妻の家は図書館への通り道か。
「じゃあな。次泊まりに来るのはヴァンパイアを片付けてからだ」
「……死ぬなよ若造」
宿屋を出て僕が向かうのはドーランドル夫妻の家。
今は被害者の娘、ノエラが1人で住んでいるらしい。
ノエラは16歳。働いておらず、基本的に家に籠もっている。
死んだドーランドル夫妻はパン屋を営んでいたらしいが、娘は店を引き継いでいない。親が死んだショックでやる気が出ないからか、元々パン屋を継ぐ気がないのかは知らないが。
着いた。立派な家だ。店用のシャッターは下りっぱなしだが汚れはない。
引き籠もりと聞いていたが掃除はしているのか。掃除する程度の元気はあるようだな。
「すまない! ヴァンパイアについてノエラさんに話を聞きたいんだが!」
シャッターの隣にある扉をノックしてみたが誰も出て来ない。
寝ているのか? まあ朝早い時間だしな、寝ていても不思議はないだろう。
「……また後で来るか」
話が出来ないんじゃ仕方ない。先に図書館へ行って調べ物をしよう。
町の図書館はドーランドル家の北にあるから北へ真っ直ぐ歩く。
ふむ。着いた……のか? 図書館のわりには随分小さい。これじゃ町の本屋だな。本は全部で1000冊程度。僕が読みたい本が置いてあればいいんだが。
僕が知りたいのはヴァンパイアについての情報だ。
習性や特徴を事前に知っておけば役立つ可能性がある。
この世に無駄な情報なんて1つもない。
どんな些細な情報でも知っておけば役立つ時が来る。
ヴァンパイア、ヴァンパイア……お、1冊発見。他にはなさそうだな。
ええっと『伝説のヴァンパイアとスタードールの英雄』?
薄い本だ。ページを捲ってみたところ子供用の絵本だなこれは。
しかしスタードールってのはこの国の名前だ。実話をもとに作られた絵本だってあるし、もしかしたら過去に起きた事件かもな。読む価値はあるか。
昔々、スタードールには伝説のヴァンパイアがいました。
ヴァンパイアは男の人からも女の人からも、人間だけでなく他の種族の血まで吸い、多くの者を困らせました。そんな悪いヴァンパイアを倒すため立ち上がったのは、スタードール王国最強の剣士キレル・ドーランドルです。
……ドーランドルだって? いや、今は続きを読もう。
キレルは頼りになる仲間を集め、ヴァンパイアの住むお城へ行きました。
彼は仲間を失う程の激しい戦いをヴァンパイアと繰り広げ、やっとの思いで悪いヴァンパイアを倒しました。彼のおかげで人々が血を吸われることはなくなり、スタードールに平和が訪れたのです。彼は王様から褒美を貰い、故郷の町へ帰って平和に暮らしました。おしまい。
厚みが薄ければ内容も薄い。それよりも気になるのは絵本に出た英雄。
キレル・ドーランドル。偶然か、2年前ヴァンパイアに襲われて死亡した夫婦の姓もドーランドル。無関係とは思えない。もし絵本が実話だとすれば、被害者は英雄の子孫だったと考えられる。ヴァンパイアに会ったら聞きたいことが増えたな。