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虚飾の英雄④


 グリーンドラゴン討伐から2日。

 今日で王都スターランスを発ち、次の町を目指す。


「待ってくれよ。もう出て行くのか?」


 石と木材で作られた門を通ろうとした時、声を掛けられて足を止める。

 この声、彼か。もう1度会えるとは思っていなかった。


「見送りにでも来てくれたのかい。アーカス」


 振り返れば予想通り、弓を背負う茶髪の男が立っていた。


「知り合いですか?」


「ああ、マスターランクの冒険者のアーカスだ。数日前に話をする機会があってね。君は宿で寝ていたから知らなかったよな」


「マスターランク……凄い人なんですね。私はリフレです、よろしくお願いしますアーカスさん」


「うん、よろしく」


 リフレは少し頭を下げて挨拶したが、アーカスが手を伸ばしてきたので慌てて両手で握った。

 数秒握手した後でアーカスが僕へと向き直る。


「ヘルゼス、今日は良い知らせがあるよ」


「良い知らせ?」


 何だ? 何も思い当たらないんだが。


「おめでとう。君は冒険者ギルドでセカンドランクに昇格した」


 昇格って、なぜ今昇格したんだ。

 王都に来てから冒険者ギルドの仕事はやっていないぞ。今までの仕事を評価されたからと考えるのが普通だが、それにしてはタイミングがおかしい。時間が経ちすぎている。


 直近であった出来事といえばグリーンドラゴン討伐。ノーム王子が討伐したということになってはいるが、信じている人間はとても少ない。助っ人が居るのは確定とされており、人々の間では誰が助っ人になったのかの推測が飛び交っている。しかし僕が助っ人という事実には辿り着けないはず。


 もし僕が討伐した事実に冒険者ギルドが辿り着けたら、昇格もおかしな話じゃない。だが、どんな手段を用いれば気付けるんだ。戦闘を誰かに見られていたわけでは……いや、戦闘中、誰かの矢が飛んで来た。


 遠方からの攻撃。弓矢。

 ああ、そうか。答えは簡単なものだった。


「……なるほど。君、見ていたな? グリーンドラゴンとの戦いを」


「気付かれたか。よく分かったね」


 あの弓矢はアーカスが射た物だ。

 アーカスの天能は〈長距離(ロングレンジ)〉。通常より遠くまで物体を飛ばせる。

 彼の仲間には〈千里眼(せんりがん)〉の天能持ちが居て、目の届かない遠方を見ることが出来る。


 相性の良い天能2つを利用することで、王都から遠い場所に居たグリーンドラゴンにも矢を当てられたわけだ。さすがマスターランクの冒険者だな。


「ノーム王子が心配だったんだ。彼が弱いことを僕は知っている。グリーンドラゴン討伐に向かったと聞いてすぐ、仲間の天能で王子を見てもらった。そしたら驚いたよ。君がグリーンドラゴンと戦っているとは思わなくてね」


「やはりな。礼を言おう。援護してくれて助かったよ」


「援護がなくても討伐は出来ただろう?」


「さあね、やってみなくちゃ分からない」


 99パーセント出来ると思うが。


「謙遜するね。さあ、セカンドランクの冒険者カードを受け取ってくれ」


 剣が描かれた青色のカードをアーカスから渡された。

 冒険者ギルドに所属した冒険者であることを示すカードだ。

 サードは緑。

 セカンドは青。

 ファーストは赤。

 マスターは黒。

 それぞれの色が冒険者のランクを示す。


 冒険者カードは紛失しても、本人確認が出来れば再発行してくれるが、本人だという証拠がなければ発行してくれない。紛失は避けなきゃあな。こういう貴重品、クッククの〈収納〉があれば紛失の心配なんてないんだろうな。


「本当なら、マスターランクへの昇格だってありえたんだけどね」


「えっ、じゃあどうしてセカンドなんですか? ヘルゼスさん強いのに」


「スターランスのギルドマスターは僕が居たから討伐が成功したと思っているらしい。状況を正確に報告したつもりだけど、実際に目で見なければヘルゼスの実力は伝わらないんだろう」


 そりゃそうだ。サードランクの冒険者がグリーンドラゴンを討伐なんて話、僕が聞いても半信半疑になる。アーカスからの話じゃなかったらギルドマスターも信じないだろう。アーカスの働きが大きかったと考えるのが普通だ。


 まあ、僕はマスターランクになりたくないから丁度良い。

 マスターランクの冒険者は多忙だからな。

 旅をする余裕がなくなってしまう。


 僕が冒険者ギルドに所属した理由は金稼ぎのためだが、旅の時間がなくなるなら退職するね。僕は人助けがしたいわけでも、目立ちたいわけでも、偉くなりたいわけでもない。旅がしたいんだ。


「そういえばヘルゼス、君、ノーム王子に何か言ったのかい? 昨日いきなり『余を鍛えてくれ』と言われたんだ。今までの王子からは考えられない言動で驚いた」


 そうか、〈千里眼〉は音を聞くことは出来ないのか。


「特別なことは何も言っていないよ」


「……まあ、そういうことにしておこう」


 納得はしていないな。

 僕の関与を確信している顔だ。


「それで、鍛えてやるのか?」


「残念ながら僕はユーノ王子を鍛えるので忙しい。ノーム王子の修行に付き合う時間はないんだ。でも、彼の瞳は本気だし、ファーストランクの冒険者を紹介する予定さ」


「そうかい。どれくらい成長するのか、少し見てみたいが……」


 果たして成長するのか、それともまた諦めて嘘吐きになるのか。

 結果が出るまでどれ程の時間が必要になる。僕の時間が永久なら待ってもいいんだがね、残念なことに人間の時間は有限。満足する人生を歩むためにも僕は待たない。未知を探して進むのみ。


「そろそろ行くよ。元気でなアーカス」


「……そうか」


 アーカスは一瞬だけ視線を落とす。

 その一瞬、表情を消した後、寂しそうな笑みを浮かべる。


「機会があれば是非またスターランスに寄ってくれ」


「ああ。いつかまた会おう。君とはまた話したい」


「……僕もだよ。じゃあ、元気で」


 アーカスは笑みを嬉しそうなものへと変えて、軽く手を振った。

 僕も手を軽く振り、リフレと共に王都を去る。

 次に目指すはこの大陸最南端の森、スモラス森林だ。


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