虚飾の英雄③
「……簡単には倒せない、か」
グリーンドラゴンの体から右手を引っこ抜くか?
いや、逆だ。押し入れる。
少しでもダメージを与えるんだ。
右手をさらに突き出すが……くそっ、勢いを付けないとこれ以上入らない。頑丈なグリーンドラゴンが〈硬化〉を使うと凄まじい硬度になるんだな。こりゃ想定外だ。
「むっ」
グリーンドラゴンの長い尻尾が僕目掛けて迫って来る。
叩き落とすつもりか。それなら自分で下りよう。
地面に着地したら今度は唾液塗れの牙が迫って来て、躱すと鋭い爪が迫って来る。怒濤の連続攻撃だ。速度強化で偶に加速するから回避が難しい。一旦距離を取った方が安全だな。
さて、〈神速〉を使って離れたはいいが、これからどうしたものか。
グリーンドラゴンが〈硬化〉を解除してくれれば楽なんだが、そんなこと絶対にしないだろう。野生生物は命の危険に敏感だからな。僕と対峙している間、奴はずっと全身を硬質化し続ける。
奴が硬化状態でも心臓を貫くには速度が重要になる。
身体能力を強化する天能は常日頃から使用状態だから、筋力を今以上に強くする方法はない。しかし速度なら〈神速〉で加速出来る。制御を考えず、全力で加速すれば硬化状態の奴相手でも素手で貫けるはずだ。
問題は、警戒する敵に近付くタイミング。
奴は僕の接近を許さないだろう。近付ければ自分の肉体が傷付けられると分かっている。今も電気玉や毒液を連続使用して近付かせまいと必死だ。厄介なことに攻撃が徐々に速くなっている。
「ギャオオオオオオオオオオオオオ!」
「何?」
炎のブレス? 天能でもないドラゴンの武器。
なぜ今炎を吐く。炎は最初に〈炎操〉で完封されて無意味だと分かっているはずなのに。
「鶏並みの記憶力か?」
ほら見ろ。僕に〈炎操〉がある限り炎の攻撃は無意味。
イメージ通りに炎を操作して、僕の左右を通過するよう進路を変更する。
炎が左右に分かれて……電気玉が向かって来るだと!? まさか炎のブレスは油断を誘うためと、電気玉を隠すために使ったのか! 予想外! まさかドラゴンに罠を作る知能があるとは!
電気玉はもう目の前だ。
右に避けようと動くが、ダメだな。左腕に掠る。
アビャババババババババババババババ!
痛い。左腕は痺れて動きが鈍くなってしまった。
まあいい、まだ右腕が普通に動くし。
左腕が動かしづらいことより、接近が難しい方が問題だ。
グリーンドラゴンはまた電気玉と毒液で連続攻撃してきている。回避に専念しているから掠ることもないが、一方的に攻撃されるだけの現況は改善したい。何か、隙を作らなければ。
「ギャオオオオオオオオギャン!?」
何だ? 急にグリーンドラゴンの体勢が崩れた。
何か奴に飛んで来たように見えたぞ。
首の辺りに、何か……あれは矢! 矢が刺さっている!
なぜ、それにどこから?
2本目も飛んで来た。左、王都方面からだ。
3本目、4、5、6789数えるのも面倒になる程に大量の矢が飛んで来て、グリーンドラゴンの首に刺さっていく。200本は命中した。全ての矢を首に当てるとは、あの矢を放った人間は恐ろしい技量の持ち主だな。
弓を使う人間の姿は見えない。
グリーンドラゴンに攻撃したということは、僕に加勢してくれたと捉えていいのだろうか。何にせよ、あの大量の矢は空中でグリーンドラゴンの体勢を崩し、僕が攻める絶好の機会を作ってくれた。感謝しなければ。
終わりだ。〈神速〉発動。
制御を捨てた全速力で奴の胸部に突っ込む。
跳躍して〈鋭利化〉を発動させた体は1本の矢のように、真っ直ぐ飛んで行く。
刹那、景色は一変した。
僕は雲の上に居た。グリーンドラゴンの体を突き破った感触は僅かにあるが、自分の目では全く確認出来ていない。やはり、全力で〈神速〉を使っても僕の動体視力が付いていけない。しかも、両脚が痛む。骨は折れていないがヒビでも入ったか。筋肉痛のような痛みもある。完全に〈神速〉を使いこなすには僕自身がもっと強くならなければ。
雲の上。初めて来てみたが良い眺めだ。
砂利も山も草木も町も人も、全てが小さく見える。手で掴めそうな程に小さい。人間が自由に空を飛べたら素晴らしいよなあ。今横を通り過ぎた鳥のように……ああすまない名も知らない小鳥、びっくりさせたね。空で人間と会うのは初めてだろ。
さて、そろそろ着地を考えなければ。
以前山から山へ飛び移った時と同じ方法を取ろう。
天能〈軽量化〉と〈空気放出〉で減速して勢いを殺す。
今回は安全に着地出来る速度まで減速出来ないだろうが、多少の怪我をしても僕には〈再生〉があるからな。まあ死にはしないはずだ。
着地したら急いでグリーンドラゴンのもとへ戻ろう。
……討伐、出来ていればいいんだが。
*
空から着地して転がり10分と少しが経過した。
腕と脚に違和感はあるが、それも直に消えるだろう。
「……あのバカ共」
グリーンドラゴンのもとへ戻ると、砂利の上で動かない奴の傍にリフレとノーム王子が居た。あいつら、グリーンドラゴンがまだ元気だったら死んでたぞ。僕が迎えに行くまで避難していれば良かったものを。
ノーム王子が真上に剣を上げ、思いっきり振り下ろす。
グリーンドラゴンの鼻先に当たったが傷は付かない。逆に傷付いているのは剣の方だ。刃毀れが酷い。あんな剣じゃ野菜を切るのも一苦労だな。雑に扱われる剣が可哀想に思えるね。
「はぁ、はぁ、どうだバカドラゴンめ! 余の剣で血祭りよ!」
「バカは君の方だろ」
「誰がバカ……ヘルゼス! 無事だったのか貴様!」
「どこへ行っていたんですかヘルゼスさん。こっちは王子が暴走して大変なんですよ」
「すまなかったな。少し空を飛んでいた」
どうやらリフレはノーム王子を止めようとしたらしい。バカとは言わないでおくか。まあ、王子がバカな行動を取ったら完全に止めてほしかったんだが。
「グリーンドラゴンは死んでいるのか?」
「おそらく。王子が何度も剣をぶつけたのに反応しませんし」
「良かったな。反応あったら死んでいたぞ」
ノーム王子を睨むと、彼は「うっ」と目を逸らして剣を鞘に収める。
「余、余も攻撃した事実が欲しくて……」
はいはい実績作りねご苦労様です。
グリーンドラゴンは全く動かないし、死んでいるようだな。死体から天能を奪っておくか。これで僕は新たに〈電気玉〉、〈毒液〉、〈硬化〉を使えるようになった。奪えた天能で〈速度強化〉だけは上位互換があるから要らないな。
よし、グリーンドラゴンの討伐依頼完了。
天能は奪ったし、やるべきことは終わった。
ノーム王子は意外にも辛そうな顔をしている。
てっきり、嬉しくて笑っていると思ったんだがな。
「嬉しくないのかい? 討伐は完了したのに」
「嬉しいさ。まだ余は、家族の前で優秀な英雄でいられるのだ。嬉しいに決まってるだろう。貴様には感謝している。余の噓を、守ってくれてありがとう。危険な目に遭わせてすまない」
「嘘吐き王子、君は今のままでいいのか?」
今回は誤魔化せても次は? その次は?
王子に協力してくれる人間が都合良く居続けるとは思えない。
英雄のメッキはいつか必ず剥がれ落ちて中身が晒される。
「言っただろう。失望されるのが怖いのだ。余は噓を吐き続ける」
「君が失望されない方法は他にもあるだろう」
「はっ、どんな方法があると言うんだ」
「君が本当に優秀になればいい」
「……な、に?」
驚きを露わにした王子の顔が僕に向けられる。
「今からでも君が優秀になれば失望なんてされないだろう」
僕の言葉に耳を傾けていた王子の顔に諦めが浮かぶ。
「……そんなことが出来たら、余は噓なんて吐いていない」
「ノーム。君は、逃げている」
「逃げている? 何から?」
「努力することを諦め、安易な噓へと逃げている。家族に失望されたくないのなら、失望されない人間に成長するべきだ。君は初めて噓を吐いた時から何も成長出来ていない。自分から噓に逃げて、成長を止めてしまったんだ」
「……もう、遅いだろう」
「君が勝手に諦めているだけじゃないか。目的を達成しようとする努力に遅いも早いもない。やるか、やらないかだ。努力してみなきゃ可能性すらない。君は今、可能性を捨てている。すぐ拾える場所にあるのに拾わない」
王子は黙り込んでしまった。
まあいい、言いたいことは言わせてもらった。
どんな未来を目指すのか決めるのは王子自身さ。




