虚飾の英雄②
王都からでは遠くに薄く見えていたアッパー山が今やはっきり見える。
草のない砂利道を歩きながら暇潰しのために口を開く。
「なあノーム王子。今回もそうだが、なぜ見栄を張り続けるんだ。王になりたいからか?」
「別に余は、王になりたいわけではない」
へえ、意外な答えが出たな。
てっきり王になるため、威厳を保つためだと思っていたんだが。
「……初めは、小さな噓だった。父上に褒められたくて、講師と口裏を合わせて勉強が順調だと噓を吐いた。本当は成績が悪かったのに……父上はあっさり信じて、余を『凄いぞ』と褒めてくれた。嬉しかった」
「で、もっと褒められたくて噓が大きくなっていったわけか」
「今は違う。失望されたくないのだ。不思議だな、子供の頃は褒められたかっただけなのに、いつの間にか目的が変わっている。父上と弟に本当の自分を知られたらと思うと怖くなる」
そんなものなのかね。嘘吐きの思考は。
大切な人間には本当の自分を知ってほしいと思う人間は多い。僕もそうだ。家族や友人にはなるべく隠し事をしたくない。僕だってリフレには……いや、考えてみれば僕も天能に関しては噓を吐いていた。
嫌われたくなかったから真実を言わなかった。
ラドスとの戦いで知られたから真実を話したが、偶然知られることがなければ今も隠していただろう。ノーム王子も同じだ。嫌われたくないから噓を吐き続けている。
「ノーム王子の気持ち分かりますよ。私も子供の頃、肉好きなのを隠していました。家族が野菜好きだったから」
「貴様、本当に分かっているのか?」
「はい。私も王子も同じ悩みを持っていたんです」
……まあ、間違ってはいない。
嫌われたくないという本質は同じだ。
驚きの表情でこちらを見ないでくれ王子。
「おっと、標的がおでましのようだぞ」
アッパー山の方向からグリーンドラゴンが飛んで来ている。
飛行速度はかなり速い。
あと数秒で目の前に来るな。
「ひいっ! き、きき、来た!」
昨日のグリーンドラゴンよりも大きい。
全長25メートルはあるな。
怒りの滲んだ顔が近付いて来る。
減速はしない。突っ込むつもりだ。
とりあえず回避を……。
「なっ!?」
減速することなく逆に加速だと!
いきなり2倍は速くなったぞ。
素の状態では避けられない。
天能〈神速〉発動! 制御出来る速度を出し、リフレとノーム王子を持って回避!
グリーンドラゴンは僕の横を通り過ぎて、地面を抉りながら着地する。
危なかった。なんとか避けられたぞ。
今の不自然な加速、あれがあのグリーンドラゴンの天能だろう。速度を強化する天能は厄介だが、僕には〈神速〉がある。速度の勝負なら負けない。問題なく勝てる相手だ。
「リフレ、ノーム王子。遠くへ逃げていろ」
「分かりました!」
「しかし……」
なんだ、ノーム王子が逃げようとしないぞ。
腰に下げた似合わない剣に視線を送っている。
討伐の話をした時は僕に任せると言っていたじゃないか。何を今さら罪悪感なんて感じているんだ。一緒に来たのは自分が行った証明のためだろ。戦うためじゃない。
「ノーム早く離れろ。邪魔になると理解しろ」
「……分かった。討伐、頼むぞ」
ノーム王子がリフレと共に僕から離れていく。
おいチラチラ後ろを振り返るな。鬱陶しい。
ん? おい立ち止まるな。目を丸くして何に驚いている。
「ブレスだ! ブレスが来るぞ!」
「忠告どうも! まあ、それくらい分かってるがな」
後ろを振り向かずとも分かる。大気の温度上昇でな。
昨日までの僕なら急いで回避していただろう。だが、今の僕にとっちゃドラゴンのブレスなんて火遊びのようなもの。脅威を感じない。今の僕なら炎を自在に操ることが可能なんだから。
「天能〈炎操〉発動。自爆しておけ」
後ろから大きな爆発音が聞こえた。
グリーンドラゴンが体内で生み出した炎を吐き出す瞬間、炎を逆流させてやった。前に進む炎と後ろに進む炎が衝突し、爆発のように喉で飛び散ったらしい。これでグリーンドラゴンもブレスが無意味と理解したはずだ。
「ん? 何か、妙だな」
振り向いてグリーンドラゴンを見てみると、昨日の個体との違いを感じる。
僕を睨む目が赤い。瞳孔じゃなく眼球が赤い。
あのグリーンドラゴンの体に何が起きているんだ。喉で炎爆発させたからって眼球が赤くはならないだろ。充血にしたって酷すぎる。病にでも冒されたのか?
「……っておいおい」
グリーンドラゴンが大きく息を吸い込む。
ブレスだ。無駄だと理解する知能がなかったのかね。
何度炎を吐こうとしても無駄無駄無駄。
僕に〈炎操〉がある限り、火を使う攻撃は通用しない。
さあ来い、返り討ちにしてやる。
来るか? 来ないな。
お? いやまだ溜めの段階だな。
遅すぎる。待つ必要ないし、僕が攻撃しようかなあ。
「ん?」
今、青白い光が見えたような……。
気のせいか、空気中の温度が変わらない。
炎を溜めているなら周囲も熱くなるのになぜだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
ブレスが来た。しかしあれは……電気!?
巨大な青白い電気の塊が迫って来る!
電撃耐性を強化する天能は持っているが、まともに喰らうのは危険だろう。威力の想像が付かない。つまり〈神速〉で回避するのが最善の選択。右に避ける!
驚いて動作が遅れたが、回避は間に合った。
電気玉は地面に衝突しアギャババババババ!
痛い。何てことだ。電気が地面を流れたせいで、立っていた僕にも伝わって来やがったぞ。ダメージはあまりないが、地面に足を付けていたら躱せない攻撃とは驚かされた。
リフレとノーム王子は大丈夫だろうか。
電流が届いてダメージを負っていなければいいが。
……おかしいぞ。グリーンドラゴンは電気のブレスなんて使えない。確実に天能による攻撃だ。奴の天能は速度強化じゃなかったのか? まさか、天能を複数所持しているなんてことはないよな?
グリーンドラゴンはまた体内に何かを溜め込んでいる。
炎か、電気か、それとも別の何かか。
来た。吐き出したぞ。
見るからに危ない紫色の球体を。
走って避けた後、地面に紫の球が直撃。
液体だったらしく周囲に飛び散った。
地面からはステーキを焼くようなジュウジュウという音がして、薄紫の煙が出ている。強い酸性の毒か。気化して煙になっても人体に有害だろう。電撃と同じで耐性はあるが直撃は避けたい。
これではっきりしたな。
あのグリーンドラゴンは複数の天能を所持している。
速度強化、電気生成、毒生成の3つ。
未確認なだけで他の天能を持っている可能性もある。
複数の天能を持つ理由はラドス曰く2つ。
誕生時に神から祝福されたか、特殊な方法で後天的に得たか。
特殊な方法……例えば僕の〈スキルドミネート〉のように他者から奪ったり、他者に与えたりする天能なら可能。
居るのか? 僕と似た天能を持つ存在が。
ラドスやグリーンドラゴンも何者かから天能を与えられた可能性がある。僕だから考えられる可能性だ。実現可能だと知る僕だから。
「ダメだ。考えるのは後にしろ。今は、戦闘中だろ」
グリーンドラゴンを倒してからゆっくり考えるとしよう。
複数の天能は厄介だが、欠点がある。あのグリーンドラゴンはまだ電気玉や毒液を出す天能を使い慣れていない。だからさっき使うまでに時間が掛かったんだ。発動までの時間が長い技なんて実戦じゃ無意味と言っていい。
……とはいえ、戦闘を長引かせるとその欠点もなくなる。
倒すならなるべく早く、だな。
心臓や脳を狙うのが最善か。
「ギャオオオオオオオオオオオオオ!」
ブレス。飛んで来たのはまた毒液。
「ネタ切れか? なら君はもうつまらないね」
毒液を回避しつつグリーンドラゴンへ接近。
ドラゴンの弱点、鱗のない部分へと走る。自分の卵を温める時に鱗があっては傷付けてしまうから、胸部から下腹部にかけて鱗がないらしい。皮膚も筋肉も頑丈だが僕なら突き破れるだろう。
行くぞ。地面から跳躍! 〈鋭利化〉を発動して手を突き出す!
皮膚と筋肉を裂いた僕の右手が心臓に……届かない!
この感触、金属のような感触、まさか……。
左手も突き出してみると筋肉を裂けなかった。
筋肉も皮膚も明らかに硬くなっている。
力を込めたってこれ程まで硬くはならないだろう。
天能だな。おそらく〈硬化〉の天能。
硬くなる速度が遅かったのは使い慣れていないからだ。
「……簡単には倒せない、か」




