虚飾の英雄①
今回は4日間連続投稿です
王都の石畳を歩きながら昨日を思い返す。
昨日は良い1日だったな。
グリーンドラゴンの肉と卵を使った親子丼なんて素晴らしいものを食べられた。クッククとグラトンは王都を発ってしまったから、再会しない限りあの料理は食べられないだろう。まあ、今生の別れってわけじゃない。旅を続けていればいずれ会う時が来ると信じよう。
僕はあと数日王都スターランスに滞在する。
王都は広い。全てを観光するには時間がかかる。
昨日はユーノ王子との話やドラゴンの卵運搬で忙しくて観光出来なかったし、今日はたっぷりと観光するぞ。
王都にしかない何かを見つけたい。
何かあるだろ、王都だし。
王都って特別感あるし。
ん? なんだ? 男が僕の方へと走って来る。
剣を腰に下げて武装している。
鎧は金属製ではなく革製。
騎士なら金属製の鎧着てるはずだし、冒険者かな。
息切れしているのを見るにかなりお疲れのようだ。
「見つけたぞ! はっ、はっ、お前、はっ、ヘルゼス・マークレインだろ!?」
スキンヘッドだから太陽光が反射して眩しいなあ。
「そうだが、君は? 僕に何か用か?」
「王子が……はあっ、王子がお前を呼べって……言ってっ」
「……またか。はぁ、分かった。連れて行ってくれ」
昨日に引き続き2日連続とは参ったな。
ユーノ王子め、ノーム王子の話なら長時間聞かせただろうに。まだ聞き足りないのか。もう何も話すことないぞ、困ったな。
「ヘルゼスさん、何やらかしたんですか?」
「僕は何もやっていない。だが拒否は出来ないし行くぞ」
スキンヘッドの男に連れて来られたのは冒険者ギルド。
冒険者ギルドの関係者以外立入禁止となっている通路を歩き、昨日と同じ第1応接室へと向かう。扉の前にはこれまた昨日と同じ、白いコートを着た知的そうな男が立っていた。連日ギルドマスター直々に見張りとはご苦労なことだ。
「来たか」
「昨日振りですね、スターランス支部のギルドマスター」
ギルドマスターは眼鏡の位置を指で直して「ああ」と言う。
「2度も王族に呼ばれるとは、君は何者なんだ?」
「僕はただの冒険者ですよ。で、王子は中に?」
「ああ、中で待っている。……その、頑張れ」
ギルドマスターは僕の肩を叩いてから去って行く。
スキンヘッドの男は「怒っても殴るなよ」と言い残して去った。
おいおい、怒っても殴るなって何を当たり前のことを言っているんだあいつ。僕が王族に暴力を振るうような、リスク計算も出来ない人間だと思っているのか。短気とでも思われているのかね僕は。
だいたい、ユーノ王子は礼儀正しい人間だし怒る要素ゼロだろ。
「リフレ、粗相のないようにな」
「分かってますって」
第1応接室の扉をノックして開ける。
「王子、お待たせしました」
「おお待ちくたびれたぞヘルゼス! 早く座れ!」
部屋の中に居たのは金髪の男1人。
ソファーに座っている彼は脂肪多めな肥満体型で、高級かつ派手な衣服を身に纏っている。
ユーノ王子ではない。ノーム王子だ。
そうか、王子違いか。
名前を言われなかったから勘違いしていた。
ギルドマスターとスキンヘッドの男がなぜ『頑張れ』やら『殴るな』なんて言ったのか、よく理解出来たよ。まあ、ノーム王子と話すのは慣れている。苛つくことはあっても暴力は振るわない。
「どうした! 早く座れ!」
「……ええ」
なぜか怒り気味の大声を出された。
ユーノ王子なら相手の心配をするところなんだがね。
仕方なく僕とリフレはソファーに腰を下ろす。
「本日はなぜ僕を呼び出したんですか? ラドスの館から救出した礼なら既に受けましたが」
「もしかしてまた料理を奢ってくれるんですか!?」
「違う。図々しい女だな。ヘルゼスの苦労が目に見える」
そうだな、確かに今苦労している。相手は君だが。
「今日は1つ、依頼がある。秘密裏に動きたいので冒険者ギルドに話は通していない。貴様等の強さを見込んで、余個人から貴様等への依頼だ。当然報酬は払う。余を助けると思って力を貸してくれ」
冒険者ギルドでは指名依頼が出来るはずなのに、それすらやらず冒険者個人へ依頼の話か。秘密裏って言葉を聞く限り厄介事だろうな。クッククの依頼のように、僕の興味ある内容なら引き受けても構わないがね。
「……内容は?」
「グリーンドラゴンの討伐だ」
「普通の討伐依頼じゃないですか。冒険者ギルドに話を通しても問題ないと思いますが」
ドラゴンの討伐はマスターランクの冒険者が引き受ける。ノーム王子は腐っても王子だし冒険者ギルドは断らないはずだ。僕の出番はないな。グリーンドラゴンとの戦闘は経験済みだし面白さの欠片もない。他人に任せよう。
「無理だ。グリーンドラゴンの討伐は父上が余に任せた仕事。冒険者ギルドに依頼したと知られるわけにはいかない。余が単独で倒したことにしなければならないのだ」
僕は何を聞かされているんだろう。
見栄を張るのに必死すぎるだろノーム王子様。
「そもそも、なぜ王子が討伐を任されたんです? 普通は冒険者や騎士団の仕事でしょうに」
「父上は余を過大評価しているのだ。余は伝説のヴァンパイアを倒せるくらいに強いと信じ込んでいる。そのせいで無茶な仕事を任されたのだ。我が息子ならグリーンドラゴン程度難なく倒せるとか言ってな。……こんなことを言うのは貴様相手だからだが、余はドラゴンと戦っても数秒で死ぬ自信があるぞ」
その自信は間違ってないな。弱いし。
「なぜ断らなかったんです?」
「断れるわけないだろう! 父上も、弟も、余が凄い人間だと信じ込んでいる。今さら本当は実績全てが他人任せにした結果なんて言ったらどうなるのか、想像しただけで恐ろしい。だが噓を貫き通すなら今回ドラゴン討伐をしなければならない」
ノーム王子はソファーから立ち、横に移動して膝を突く。
おい、まさか……王子ともあろう者がそんなことを……。
「頼む! 貴様しか頼れないのだ! 力を、貸してくれ!」
頭を下げた。土下座だ。
まさか、見栄っ張りな王子が誰かに頭を下げて頼み事とはな。命が危ないと理解したらプライドも投げ捨てるのか。しかし、今回のドラゴン討伐を無事終えたとしても、真実を家族に伝えない限り再び難しい仕事を任されるだろう。少し考えれば分かることだ。
真実、白状しちゃえばいいのにな。
怒られる程度では済まないだろう。
家族からも蔑まれ、居場所がなくなるかもしれない。
それでも今の勘違いされた状態を続けたら間違いなく、いつか死ぬ。
「グリーンドラゴンの討伐ってよくあることなんですか?」
「い、いや。問題視されている個体はなぜか興奮していてな。他の生物を殺し回っている。放置すれば王都にも攻撃されると考えて討伐を決めたらしい。アッパー山を住処にしていたらしいが、何か嫌なことでもあって暴れているんだろうな」
ふーん、アッパー山……アッパー山のグリーンドラゴン?
そういえば、僕は昨日グリーンドラゴンを討伐したが、雌だけで雄は見かけなかったな。仲間か、夫婦か、もし死んだグリーンドラゴンが大切な存在なら怒り狂うのは当然だ。犯人が不明だから暴れていると考えれば攻撃的なのも納得出来る。
もしかして、僕のせいなのか?
いやまだ僕のせいと決まったわけではない。
……でも、確率は高い。
自分で蒔いた種なら自分で刈り取らなきゃなあ。
「討伐の仕事を受けるなら1つ条件があります」
「や、やってくれるのか!? 条件とはなんだ!?」
「簡単なことですよ。敬語を使わずにあなたと話したい」
「そんなことでいいのか!? 分かった、敬語は使わなくていい!」
まあ、断るわけないよな。
自分の命と自分に対する喋り方、どちらが大切か比べるまでもない。
「ええっ? ヘルゼスさん、高級肉を奢ってもらいましょうよ」
「じゃあそれも追加条件としよう」
「分かった、いくらでも奢る!」
「やったああああ! やる気が限界突破です!」
やる気に満ちているところ悪いが、リフレがやることなんて何もないんだよなあ。宿で待っていても問題ない。グリーンドラゴンは僕からすれば簡単に倒せる相手だが、リフレではどう攻撃しても倒せない。世間一般的にはドラゴンって最強の生物と言われているしな。
「ふうううううううううううううぅ」
大きく長く息を吐く。
「これでようやく素で話せる。権力者相手だから仕方なく敬語を使っていたが、本来は敬うべき相手のみに使うものだ。君に敬語を使うのは苦痛だったよ。敬う部分なんてないからね」
「なっ!? き、貴様、急に態度が変わりすぎてないか?」
「大抵の人間には表と裏があるものだ」
裏を使わないってのは気楽なもんだなあ。
さて、行くか。グリーンドラゴンの討伐へ。




