料理人クッククとドラゴンの卵④
「まずは実力を示す。普通の卵でな!」
クッククはそう言いながら〈異次元収納〉で卵を取り出す。
「へえ、何を作ってくれるのかな」
「卵料理の基本と言っておこう」
クッククの出した屋台はキッチン付きで、料理しているところを客は座って見られるらしい。グラトンが3つ椅子を持って来てくれたからありがたく座ろう。……待て。この椅子、どこから持って来たんだ。
「椅子ありがとうねグラトンちゃん」
リフレの感謝にグラトンはこくりと頷く。
無口な子だな。表情も乏しいし人形のようだ。
「なあ、この椅子はどこにあった物だい?」
「クッククの〈異次元収納〉の中にある椅子」
「本人以外も中の物を取り出せるのか!?」
「許可は必要だよ」
凄いな。何と言うか、本当に凄い。
利便性や応用力を考えると僕の〈スキルドミネート〉にも劣らない素晴らしさ。料理人としての活動だけじゃなく、戦闘にも活かせるだろう。偶に居るんだよね、こういう凄い力を持った奴。正直、持って生まれるならあっちの天能が良かったな。
「うわ凄い! 今の見ましたかヘルゼスさん!」
急にリフレが驚きの声を上げた。
「え、すまない。見ていなかった」
「クッククさんがとんでもない技をやっていました。アレは私もやろうとしたことありますけど、何度やっても失敗しちゃうんですよね。出来たらカッコいいと思うから練習しているんですけど」
「アレってのは?」
「……卵を……片手で綺麗に割る技です」
「卵を、片手で!?」
バカなっ、卵って両手で割るもんじゃないのか?
確かに片手で割れる料理人が居ると聞いたことはある。しかし、僕もやろうとしたことあるが、片手で綺麗に割るのは非常に難しい。何度やっても殻が入ってしまう。実際に出来る人間と会ったのは初めてだ。クックク、卵割りに関しては世界一に相応しい実力のようだな。
「ふふん」
なぜグラトンが誇らしげなんだ。
仲間を褒められて嬉しくなったのか?
表情の変化が乏しいと思っていたが、そうでもないようだな。
僕が見ていたことに気付いた彼女は無表情に戻る。
「ちゃんと見て」
「えっ、ああごめん。見るよ」
なんか怒られた。とりあえず調理を見よう。
今は黄身と白身を泡立て器で混ぜているところか。
……妙だな。よく見る光景なのに、何かおかしいと感じてしまう。混ぜるのが速いこと以外注目すべき点はないはずだが……いや、ある。音だ。泡立て器とボウルの接触音が一切ない! ボウルに当てず卵液をしっかり混ぜている!
「これがクッククの技。〈静寂卵ストリーム〉」
またしてもグラトンが誇らしげな顔になる。
静寂、卵……ストリーム。
誰が技名考えたんだろう。
考えているうちに黄身と白身を混ぜ終わったらしい。
ここまでは卵料理に共通する手順。
何を作るのか特定するのは難しい。
クッククはボウルの卵液に塩を入れた。
「すまんが、少し待っていてくれ。卵液を放置する」
「すぐに焼かなくていいのかい?」
「理由があってな。待った方が旨くなる。待ってる間は水でも飲んでいてくれ」
そう言ってから約15分が過ぎた。
少しと言っておいて長すぎないだろうか。
「ほれ、見てみなヘルゼス、リフレ」
クッククはボウルを持って中を見せてきた。
卵液だ。何も変化は……いや、少し変わったな。
「少し、色が濃くなったか?」
「正解。塩には卵のタンパク質の結合を緩める力がある。色が濃くなったのがその証拠だ。水を入れることでさらに結合を緩め、フライパンで焼く!」
手際良く工程が進められて料理の正体が分かってきたぞ。
フライパンで焼かれながら卵の形が整っていく。
あの形は間違いない。オムレツ!
しかも卵と調味料だけで作るプレーンオムレツ!
「待たせたな。卵料理の基本、プレーンオムレツだぜ。2人で食べてくれ」
皿に乗せられたプレーンオムレツが僕の前に出された。
「2人で?」
「グラトンはそれ食べないから」
「要らないのかい?」
「もっと美味しい料理が食べたいから」
「じゃあ、僕とリフレ2人で食べるか」
皿の横にあるフォークを使い、プレーンオムレツを半分に分ける。
これは……見ただけでも分かっていたが柔らかい。フォークが抵抗を受けずに中へ入っていく。中身は半熟スクランブルエッグ。卵だけでこんなに美味しそうに見せるとは驚いたね。
まずは1口。小さく切り分けて口へ運ぶ。
ふわふわだ! 卵以外の具材がないから味はシンプルだが、それゆえに料理人の実力が分かる。卵料理の基本という言葉にも納得だな。これを食べてクッククが凄腕なのは分かった。
もう1口……あれ? 皿の上に何もないぞ。
「凄いですねクッククさん。私が作るオムレツより美味しいです」
「おいリフレ、君、僕の分も食べただろ」
「……ごめんなさい」
おいおい、何の為に2等分したと思っているんだ。普通に考えて僕の分とリフレの分だよな。いくら美味しいからって、常識的に考えて他人の分まで食べないよな。
僕まだ1口しか食べていないんだが。
そして空腹なんだが。
「まあまあ怒るなよヘルゼス。メインディッシュはこれからだぜ。何を食べたいかリクエストがあれば作るぞ。あ、でも卵は1個しかないから茹で卵や煮卵は作らないぜ」
「じゃあ私は高級肉入り玉子丼で」
「あー、親子丼ね。了解了解」
高級って付け足す必要あったか?
「グラトンは?」
「私も同じものを」
「ヘルゼスは?」
「……僕も同じものを頼む」
なんか、空気を読んでしまった気がする。
悩みはした。卵料理は色々あるからな。
プレーンオムレツを作ってもらって、鶏の卵との味の違いを正確に知るのも良いと思ったんだが……なぜ親子丼にしてしまったんだろう。悩んだ末、なぜか親子丼が頭に浮かんだんだよな。
「親子丼って言うなら肉もドラゴンにしましょうよ」
「安心しな。最初からそのつもりだぜ」
ああ、そうか。ドラゴンの肉。
きっとドラゴンの肉を食べたいから親子丼にしたんだ。
「最高の親子丼を作り上げてやる。少し待ってな!」
待つのは退屈だし、完成まで調理工程を見守るとしよう。
ドラゴンの卵は硬いし大きい。さすがのクッククも片手で割るのは無理だし、素手で綺麗に割るのは難しい。そこで彼は釘とハンマーを〈異次元収納〉から出して、小さな穴をいくつも空けた。その小さな穴に包丁の先端を入れて慎重に斬り、穴と穴を繋げる。結果、五角形の大きな穴が出来上がった。
「でっけえなあ。こりゃ普通のボウルには入らねえ。でかい道具が必要だな」
クッククは〈異次元収納〉から巨大な調理道具を取り出した。
屋台のキッチンでは狭いので、少し離れた場所で卵の中身をボウルへ移す。
大きな卵の中身もやっぱり大きい。
鶏の卵の100倍以上は量があるように見える。
黄金色の黄身は濃厚な味が想像出来るな。
クッククは巨大な泡立て器を器用に使いこなし、素早く黄身と白身を混ぜる。人間並みに大きな泡立て器だから筋力が必要だ。十分に混ぜ終えたら先程同様に塩を投入して放置しておく。
卵液の放置時間でクッククは他の具材を準備する。
今回の親子丼に入れるのは卵以外で肉とタマネギのみ。また異次元の空間を開き巨大まな板、大量のタマネギ、そしてグリーンドラゴンの死体を出した。収納すれば時間が止まるらしいから死体の腐食はないだろう。……しかし、まさかドラゴンの肉全て使うつもりじゃないよな? 4人で分けたとしても食べきれる自信がないぞ。
最初は下処理だ。
ドラゴンの鱗を包丁で丁寧かつ素早く剥ぎ取り、料理に使わない爪、翼、頭部を切断。出血がないことから血抜きは既に終えた状態なんだな。今は使わない素材を異次元空間に収納した後、骨と内臓を避けて肉を切っていく。
凄い。骨と内臓の位置を正確に把握しているから無駄がない。無駄のない処理と斬撃であっという間にドラゴンは解体されて、鮮やかな色の肉の塊と化した。こうして肉になってしまうと特別感はない。豚や牛と同じだね。
肉の準備はまだ続く。
クッククは跳び上がり、塩を空中からばら撒いた。
彼は塩のかかった肉を高速で揉む。
さっきから動きが速すぎて残像が見える程だ。
肉を十分に揉み終わった後、次はタマネギを切っていく。タマネギに関しては30秒もかからず30個以上を切って終わる。料理に慣れた人間でもあそこまで速い包丁捌きが出来るのは極僅かだろう。
ここからは屋台のキッチンに移動。
巨大フライパンに肉とタマネギを入れ、コショウを振る。
じっくり煮ることで出汁が具材に染み込む。正直、あの肉とタマネギだけでもいいから早く食べたい。さっきから周囲に旨そうな匂いが漂っているんだよ。塩コショウ以外で見慣れない調味料を煮る時に使っていたし味が気になる。
「美味しそうな匂いがしますねえ」
「ああ。きっと、満足出来る味だろう」
放置しておいた卵液を巨大フライパンに投入。
底から卵液で満たされて、徐々に固まっていく。
「出来た」
クッククが〈異次元収納〉で白米の乗った底深な皿を出す。
既に炊けている。米の良い匂いだ。
白米の上に玉子で閉じられた具が乗り、熱々な湯気が立ち上る。
「グリーンドラゴンの親子丼。完成だぜ」
「余った肉はどうするんだ?」
実際に使われた肉は半分にも満たない。
まだ巨大な板の上には肉が多く残っている。
「腹に余裕があれば何か作ろう。もし親子丼で満腹になるんなら、異空間に収納する。さあ、冷めないうちに食べてくれ。空が暗くなってきた。夜風は冷たいからすぐ冷めるぜ」
「君は?」
「オレは客が食べた後に食べると決めているんでね」
「そうか。じゃあ、遠慮なく先に頂こう」
僕、リフレ、グラトンの3人が一斉にスプーンで親子丼を食べる。
熱い! だが、旨い! 調味料の塩味、玉子の甘味、肉の旨味、全てが高レベルで調和している。白米も噛めば噛む程に甘さが出ている。
たった1口食べただけで幸せを感じるぞ。
「ふわああああ、すっごく美味しいですよクッククさん!」
「ああ素晴らしい味だ。僕は世界を旅する途中だから君が世界一かは判断出来ないが、間違いなく世界トップレベルの料理人だと思う。僕は君の料理に感動したよ」
グラトンは無言だが頬が緩み、幸せそうな顔で咀嚼している。味の感想なんて彼女の顔が物語っているし訊く必要はないな。旨味に浸っている時間を邪魔したくないしそっとしておこう。
「嬉しいぜ。オレは自分の料理を食べた誰かが『旨い』と言ってくれた時が1番嬉しい。その言葉を聞きたくて料理を作ってる。おかわりしたいなら言ってくれ。まだまだ残ってるからな」
僕達3人は猛スピードで親子丼を完食して皿を前に出す。
「「「旨い! おかわり!」」」
ああ、そうか。今分かった。
僕が親子丼を選んだ理由。
ドラゴンの肉の味に興味があったのもあるが、おそらく、感想の共有がしたかったんだ。同じ物を食べれば感想を言い合ったり、共感出来る。僕はきっと、みんなと同じ物を食べてみたかったんだな。
まあ、こんな本音なんて誰にも言わないがね。




