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料理人クッククとドラゴンの卵③


 炎が砂利の地面にぶつかり、さっき僕が居た場所は溶けてしまった。地面が赤くなり、グツグツ煮え滾っている。あの火力、熱耐性を持っていても大火傷を負うな。炎のブレスが来たら避けるしかない。


「ギャオオオオオオオオオオオオオ!」

「さあ、次はどうする?」


 グリーンドラゴンは大きな羽を上下に動かし、飛び始めた。


「悪いが飛ばせるわけにはいかない。リフレを追われちゃ困るんでね」


 天能〈鋭利化〉発動。そして〈神速〉を使って駆ける。

 グリーンドラゴンは僕の速度に付いて来られない。

 今僕が翼目掛けて跳んだのも視認出来ていない。


 ドラゴンの鱗は鋼鉄並みに硬くても、翼は違う。

 刃物のような切れ味を付与した僕なら傷付けるのは容易い。

 貫手で翼に穴を空け、腕と脚で切り裂く。

 翼が穴だらけになれば空を飛ぶのは困難だろう。


「ギャオオオオオオオオオオオオオ!」


 翼を貫いて後方へ出ると、長い尻尾が迫って来た。

 尻尾を叩きつけて吹き飛ばすつもりか。だが遅い。

 迫る尻尾を抱くように受け止められたぞ。

 少し痛かったが、掴んでしまえば何も怖くない。


 うおっ、尻尾を勢いよく振り回し始めた。

 僕を振り落とすつもりか。

 残念ながら簡単には放してやらないぞ。

 尻尾を上って他の部位に行ったらボロボロに破壊してやる。


「ぐおっ!?」


 くっ、地面に叩きつけられて思わず尻尾を放してしまった。クレーターが出来る程に強く打ちつけられるとは、驚いたね。柔軟な動きをするうえに筋肉量もかなりのもの。よく鍛えられている尻尾だ。


 しかし、戦ってみて分かったが……。


「思ったより弱いな。グリーンドラゴン」


 少し前にラドスと戦ったからか弱く感じてしまう。ラドスは〈神速〉に対応してきたからな、グリーンドラゴンとは格が違う。あれ程の強者に会うことは今後ないかもしれないな。


 僕は起き上がり、右の翼目掛けて跳ぶ。

 左の翼は既にボロボロで飛行バランスが崩れている。右も穴だらけにしてやれば飛べなくなり、地面に落ちるだろう。


 飛べないドラゴンは大きな蜥蜴も同然。

 グリーンドラゴン恐るるに足らず。


 右の翼も腕や脚で切り裂くと、飛べなくなったグリーンドラゴンは地面にゆっくり下降していく。怒りの咆哮を上げた彼女は牙と尻尾で襲って来たが動きは単調。正直〈神速〉を使わなくても避けるのは容易く、戦いは一方的なものとなった。


 数分程度で戦いは終了した。

 グリーンドラゴンは体にある無数の切り傷から血を流し、動けないでいる。もう立つことも這うことも出来ない。しかし、彼女の瞳は死の間際でも、強く僕のことを睨みつけている。


「本当に、立派な母親だな」


 戦いの途中から勝てないと悟っただろうに、諦めずに抵抗してきた。自分の卵を、まだ殻の中で形も成していない無力な我が子を守るためにだ。動物でも、モンスターでも、人間でも、子供のために命を懸けられる母親は素晴らしい。尊敬する。


「だが、分かっているな? 自然界は弱肉強食。君を尊敬はするが、君を殺すことに罪悪感は抱かない。運が悪かったな。僕は、欲深い人間なんだ。悪いが僕の糧になってもらう」


 グリーンドラゴンは最期まで、敵意を込めた瞳を向けながら息絶えた。僕は彼女に近付き、撫でるように優しく瞼を閉じさせる。


 天能〈スキルドミネート〉発動。

 僕の〈スキルドミネート〉は触れた相手の天能を奪う。

 相手が本気で要らないと思わなければ奪えないが、例外として死体からは無条件で奪える。僕が強いのは、この力のおかげで多くの天能を奪ってきたからだ。まあ、奪った理由は強さと無関係なんだが。


 グリーンドラゴンが持っていた天能は〈炎操(えんそう)〉。

 炎を操る力か。かなり強い天能だ。

 これでもう炎を使う敵に会っても脅威にならなくなったな。


「君の天能を持っている限り、君のことは忘れない。立派な母親のことはね」


 グリーンドラゴンは僕の欲で死んだ。

 欲。生物とは切っても切り離すことが出来ないもの。生物にとって大事なもの。


 無欲な生物なんてどこにも存在しない。

 誰もが何かを欲している。

 愛。友情。家族。住処。飲食物。睡眠。性的対象。情報。娯楽。名誉。評価。生と死。その他、生物が求めるものはとても多い。生物の中でも知能に優れた人間は特に欲深い。食の歴史だけを見てもそう感じられる。


『その通り。だが、悪いことじゃないだろう?』

「ああ。ん?」


 今、女の声がしたような……気のせいか?


「おっと、グリーンドラゴンの対処は終わったんだからリフレを追いかけないと。のんびりするのは卵を無事王都へ運搬出来てからだ。グリーンドラゴンの死を無駄にしないためにも卵を食べなければ」


 ドラゴンの卵。どんな味なのか早く知りたいね。



 * 



 リフレと合流し、歩き続けると王都が見えてきた。

 王都の西門前にはクッククと見知らぬ女の子が居る。彼は僕達を待っていてくれたようだな。隣の女の子は彼が話していた旅仲間だろうか。幼い外見だから兄妹のようにも見える。


 彼等の前まで歩き、リフレがドラゴンの卵を地面に置く。

 アッパー山から王都までよく運搬してくれた。腕が震えているし、やはり疲れただろう。途中休憩を何度かしたとはいえ長距離を長時間移動したからな。山に居た頃は空が明るかったのに、今や日が沈みかけている。


 僕が〈神速〉で運べれば早く運搬出来たんだが、万が一転んだりしたら卵が確実に割れてしまう。僕の速さに卵が無傷でいられるかも分からなかった。だからリフレに運ばせ、僕が邪魔なモンスターを蹴散らす安全策を選んだのだ。


「はあああ……疲れたあ。腕痛い」


「ありがとう。ゆっくり休め」


「驚いたぜ。まさか、本当に取って来るとは」


「信じてはくれなかったのか」


「まあな。正直、帰って来ない可能性が高いと思っていた。だが、帰って来た時のために卵料理の準備はしてある。普通の卵を買っておいたんだが、ドラゴンの卵を持って帰って来たなら話は別。それを使って卵料理を作ろう」


「ふっ、そうこなくちゃな」


 ん? クッククの隣の女の子、異様な圧を感じる。

 彼女の口から涎が少し溢れているな。よっぽどドラゴンの卵を食すのが楽しみらしい。……まさかこの気迫、食欲なのか? 面白い。おそらくリフレ以上の食欲だ。


「なあクックク、隣の彼女、君の仲間か?」


「ああそうだ。グラトン、挨拶しておけ。ドラゴンの卵をわざわざ持って来てくれたんだ。感謝しとけ」


「……ありがとう。私はグラトン、よろしく」


「ああよろしく。僕はヘルゼス。隣の女性はリフレだ」


「よろしくねグラトンちゃん」


 グラトンのサラサラな長い金髪をリフレが撫でた。

 グラトンは嫌な顔をせず、不思議そうにリフレを見ている。


「さて、世界一の料理人クッククの屋台。限定開店だ」


「屋台? そんなものどこにも……」


 なっ、クッククが何もない空中に手を突っ込んだ!

 まるで水面に手を入れたように、空中には波紋が作られている。不思議な光景だ。この謎現象、確実に天能。いったい何の天能だろうか。


 空中で広がる波紋が大きくなり何か出て……屋台だと!? 何もないはずの場所から、しかも空中から屋台が出て来るとは。まさか、クッククは物体を別の場所から持って来たのか。


「うわっ、凄いですねクッククさん。天能ですか?」


 リフレが目を丸くして、突如出現した屋台を見つめている。


「オレの天能は〈異次元収納〉って言ってね。使ってるオレも詳しい説明を出来ないんだが、見えない場所に物を保管出来るんだ。しかもなんと保管した瞬間、その物の時間が停止する。これ程まで料理人に最適な天能が他にあるか? いやないね! 断言出来る!」


 なるほど、食材も調理器具も劣化させずに運べるわけか。収納の限界量がどれくらいか知らないが便利な力だ。大量に食材を買って使い切れず腐らせるなんてことはなくなる。旅の途中でも簡単に料理の支度が出来るし、誰かに盗まれる心配も食料切れの心配もない。


 素晴らしいね。是非欲しいが……無理だな。

 欲深い僕でも天能欲しさに人殺しはしない。

 そんなことをしてしまえば、人間として何か大切なものを失う。心のブレーキが利かなくなる。ブレーキ、自制を失えば僕は何でもするだろう。欲しい物を奪うために、知りたいことを知るために、本当に何でもやる。それはダメだ。


「さあ、料理開始だ! 食べさせよう、至高の料理を!」


 ふっ、至高の料理とまで言うとは自信家な奴だ。

 君が世界一を自称する腕前に相応しいか、僕が確かめてやる。発言のせいでかなりハードルは上がっているが失望させてくれるなよ、自称世界一の料理人。


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