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料理人クッククとドラゴンの卵②


 王都スターランスの西方には小さな山が複数存在している。

 レベリング山。アッパー山。メタル山。

 遥か昔から、この3つの山は人間の鍛錬に使われていたらしい。


 クッククによれば、グリーンドラゴンの巣があったのはアッパー山の山頂。卵もそこだ。僕とリフレはこれからアッパー山を登り、卵を入手して王都へ持ち帰る。怒って襲い掛かるだろうドラゴンは可能なら討伐する。


「……ヘルゼスさん。やっぱり、帰りませんか?」


 草が少ない砂利道を歩いていると、信じられない言葉が聞こえてきた。


「はあ? なぜだ」


「ドラゴンって強いんですよね? クッククさんも死にかけたって言ってましたし、ヘルゼスさんも危ないと思うんです。約束しましたよね。ラドスを倒した後、もう死にかけないって」


「心配か」


「ええ、まあ」


 1度死にかけたところを見せたのは良くなかったな。

 あの時までリフレは僕を無敵と思っていたんだろう。

 だが、現実は想像と違った。僕は伝説のヴァンパイアとの戦いで死ぬかもしれなかった。あの件がなければ今回心配されなかったはずだ。……はあ、あの過去がなければなんて考えたところで無意味だよなあ。


「分かった。危険だと判断したら今日は諦めよう」


 今日は帰って明日挑戦すればいい。

 今度はクッククと彼の仲間も一緒に。


「今日はって……ああもう分かってましたよ、止まってくれないって」


「クッククにも言ったが、ドラゴンの卵には興味がある。ドラゴンの肉料理も気になるが今は卵が食べてみたい。リフレだって食べたいだろドラゴンの卵。どこの店も取り扱ってないし食べる機会は滅多にないぞ」


「分かってますって。私だって食べてみたいですよ」


 ドラゴンは強いから捕獲も卵を持ち帰るのも難しい。

 町の料理店でドラゴン料理がないのはそういう訳だ。

 仮に仕入れが出来たとしても数が少ないから定期的には無理。食材入手や仕入れの厳しさが原因で、ドラゴンを料理しようなんて考える料理人はバカとまで言われるらしい。そんなバカに会えたのは幸運だった。


 ん? 待てよ。

 クッククは最近ドラゴン料理をしているんだよな。

 もしかして、リフレが彼から買って食べていた肉はドラゴンの肉なんじゃないのか。

 だとすれば捨てた骨はドラゴンの骨。

 くそっ、そんな珍しい物をゴミ箱に捨てたのか。

 ドラゴンの骨の味も気になる。

 まだゴミ箱に残っていたら、洗って食べてみようかな。


「急いで帰らなければ。さっさとアッパー山の山頂へ行くぞ!」


 もうアッパー山の麓までは来ている。山頂まで慎重に登ろうかと思っていたが、悠長に山登りしていたら日が暮れてしまう。卵運搬の依頼はタイムリミットが今日までなんだ。急がなければ間に合わない。


 リフレを肩に担ぎ〈神速〉を発動。走る!


「えっ、うわあああ!?」

「舌を噛むぞ! 口を閉じていろ!」

「急に〈神速〉使って走るのは止めてくだ痛っ……(ひら)()んだ」


 よし、山頂に到着だ。

 グリーンドラゴンの巣の場所は見れば分かる。

 ドラゴンの巣といっても特別な物じゃない。

 巨大な鳥の巣みたいなもんだ。

 探す必要もない程に目立つ巣はすぐに見つかった。

 全長二十メートルはあろうかというグリーンドラゴンと一緒にだが。


 緑の鱗に覆われた肉体。

 長く先端の尖った尻尾。

 大きな羽に、大きい体にしては小さな手足。

 後ろ姿からでも分かる威圧感。

 これがドラゴンか。


「ひえっ……あ、あれが、グリーンドラゴン。おっきい」


「静かに。まだ僕達に気付いていないようだ」


 リフレは慌てて口を押さえ、何度も首を縦に振る。

 僕達は足音を立てないように気を付けながら巣に近付く。


 近くで見ると本当に大きいな。

 その巨体のせいで巣の中は見えづらい。

 敵から卵を守っているのか。立派な親だ。


 正面に行ってみるとグリーンドラゴンの顔がよく見える。凄いな、顔だけで僕より大きいぞ。頭には白くて長い角が2本生えている。確か、2本角のグリーンドラゴンは(めす)だったっけ。


 瞼を閉じているし、暖かい寝息が漏れているから寝ているらしい。さっきから動かない理由が分かったな。絶好のチャンスだ。寝ている内に卵を持ち去れば、人間が盗んだとは気付かれない。


「あっ、ヘルゼスさ――」


 バカ! 声を出すな!

 口元で指を立てると、リフレは心の声を察して黙る。

 まったくヒヤヒヤしたよ。グリーンドラゴンが起きたら戦闘になってしまう。もっと慎重に行動してくれないと困るぞ。


 で、何だ。何か発見でもしたのか。

 リフレが手招きしているのでそちらに行く。

 僕が近付くと彼女はグリーンドラゴンの傍に指を向けた。


 む、白い何かが見えるな。あれは……卵!

 グリーンドラゴンの脇腹付近に卵が置かれている。

 今、母親は身を丸めて卵を守りながら眠っているらしい。


 卵の場所は分かった。あとは速やかに持って帰るだけだ。

 よし、卵に触れた。これがドラゴンの卵。

 大きさは四十センチメートル程度。

 滑らかな触り心地は鱗と似ている。

 見た目は鶏の卵に似ているが、大きさ、硬度、触感は全く違う。滑りやすいから運搬時に落とさないよう気を付けなけりゃあな。


 じゃあなグリーンドラゴン。大切な卵は僕達が頂く。


「あっ」


 おいさっき静かにしろって……言って……。

 いや、もう意味がないか。

 グリーンドラゴンがこちらを睨んでいる。

 僕達を睨みながらグリーンドラゴンは起き上がり、凄まじい咆哮を上げた。


 うおおおおおとんでもない大音量! 耳が壊れる!

 卵を持っているせいで耳を塞げない。

 最悪だ。耳が痛い。

 ぐっ、終わったらしいな。

 耳鳴りはするが痛みはマシになったぞ。


「……ゼスさん。ヘルゼスさん!」


「なんだ」


「どうするんですかグリーンドラゴン起きちゃいましたけど! 殺意満々ですけど!」


「とりあえず、卵は君が持て。僕がドラゴンと戦う」


「わ、分かりました」


 卵をリフレに渡して……。


「あ」


 こ、このバカ、手を滑らせて受け取り失敗だと!?

 うおおおおおおお落としてなるものかあああああ!

 ダメだ、手が滑って卵を上手く持てない! 落ちる!

 卵が砂利へ落下すると共に重い音がした。


「あわわわわ! ご、ごめんあさい!」


 リフレが慌てて卵を転がし、傷がないか全体を確認する。


「ヘルゼスさん! 卵は無事です。割れていません!」


「本当か!? 頑丈な卵で助かった。しかしもう落とすなよ」


 卵を落とすってのは心臓に悪い。止めてほしいね。


「君は早く――」


 空気がグリーンドラゴンへと流れ、温度が若干上がった。

 グリーンドラゴンが口を大きく開けて空気を吸い込んでいる。あの行動から考えられる攻撃は1つ。ドラゴンの攻撃で真っ先に思い付く、炎のブレス。熱耐性がある僕ならダメージは少ないが、リフレが喰らえば焼け死ぬ。


「卵を持って山を下りろ!」

「は、はい!」


 ドラゴンと戦うことになる事態は想定済み。

 炎のブレスに対処する方法も道中考えていたが、僕が現在持つ天能で対抗出来るものは少ない。炎といえば有効なのは水だが、水を生み出して放出する〈放水〉は威力が弱すぎる。あっという間に蒸発して終わりだ。


 熱耐性があるからといって受けるのもダメ。肉体のダメージは少なくても服が焼失しちまう。全裸になって戦えば解決する問題だが、変態扱いされるのでやらない。


 考えてみると、僕が持つ天能でまともに対抗出来そうなのは1つだけだった。


「炎を吐けるのがドラゴンだけだと思うなよ」


 グリーンドラゴンが勢いよくオレンジ色の炎を吐き出した。


「天能〈火炎吐息〉!」


 僕も口から真っ赤な炎を吐き出す。

 2色の炎が真っ向から衝突して押し合いを始めた。

 炎には炎で対抗だ。自慢のブレスを押し返してやる。


 ……気のせいか、僕の方が押されている気がする。

 いや気のせいじゃないな。

 明らかに僕の炎が押し負けている。

 うん、無理だな。本職に勝てるわけない。

 諦めて〈神速〉で回避しよう。

 僕は炎を吐くのを止めて、急ぎブレスの射線上から逃げた。



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