料理人クッククとドラゴンの卵①
更新情報
料理人クッククとドラゴンの卵① 11/2
料理人クックク以下略② 11/3
料理人クッ以下略③ 11/4
料理人以下略④ 11/5
ユーノ王子へのフィクション語りを終えて、僕は宿屋へ戻って来ていた。
もう昼過ぎか。予想以上に時間が過ぎてしまった。
この時間ならリフレも起きているだろうが、部屋に居るかどうか。
「ふぁむ?」
居たな。長い銀髪の美女がベッドの上でチキンを食べている。
部屋に入った僕を見て目を丸くした彼女は、急ぎ口の中にある肉を噛んで胃に落とす。
「やっと戻って来ましたねヘルゼスさん、どこ行ってたんですか! 私を置いて! 私を置いて!」
大事なことだから2回言ったのか?
「君が寝ていたから王都を歩いていたんだよ」
「ヘルゼスさん、私に隠し事は出来ませんよ。ただ歩いただけじゃないでしょ」
「何?」
勘が良いな。ユーノ王子との話に繋がる情報は何も出していないし、外見から分かることじゃない。完全にただの直感だろう。まさか勘で僕に何かあったことを察するとは驚いたな。
「よく分かったな。実は――」
「食べ歩きしたんでしょ! どんな美味しい物を食べたんですか!」
前言撤回。勘は良くないらしい。
「あのなあ、こっちは昼飯食べてないんだよ。食べてるのは君の方だろ。何だそのチキン」
安い宿屋の昼食で立派なチキンは出ないはず。
僕に食べ歩きしただろとか言っておいて、したのは君じゃないか。どうせ外に出て僕の金で買ってきたんだろそのチキンは。パリパリの皮に柔らかそうな肉、溢れている肉汁。随分と上質なチキンを買ったらしい。
「これですか?」
リフレはチキンに齧り付く。
食べるな。説明しろ。
「いやー、偶々屋台を見かけまして。安かったんで買っちゃいました。なんと100エラですよ安いでしょ」
「100エラ? 確かに安い。味は?」
「激ウマですよ激ウマ! 値段が100倍でも買います」
飲食店では料理1品が平均400エラ近く。
それに比べて大きなチキンが100エラ……安すぎる。訳ありなチキンじゃないだろうな。古い肉使っていたりさ。
「まあ、チキンのことは分かった。それより仕事へ行くぞ」
「はーい」
リフレは急いでチキンを食べ、骨に付いた身も綺麗に食べた。
「骨要ります?」
「要らない。ゴミ箱に捨てとけ」
宿屋を出て冒険者ギルドへと向かう。
しまったな……僕、まだ昼飯食べてないぞ。
空腹ってわけじゃないし食べなくてもいいんだが、リフレがチキン食べたのに僕が食べないってのはなんか嫌だ。チキンの骨食べるってのもなんか嫌だ。討伐したモンスターでリフレに料理作ってもらおうかな。
さて、冒険者ギルドが見えて――。
「出てけっつってんだろ馬鹿野郎が!」
「ぬおっ!? いって!」
何だ? 誰か冒険者ギルドから蹴り出されたぞ。
入口から男が回転しながら吹き飛んだ。彼を蹴った強面の男は荒く鼻息を出すと、勢いよく入口の扉を閉めた。よっぽど腹立たしいことがあったらしい。それにしても一般人を蹴るなんて、冒険者の行動とは思えないがね。
「うわー、痛そうですね」
「おい、大丈夫かい」
僕達は入口から吹っ飛んだ男に駆け寄る。
この白い服、料理人が着る服だな。
頭の帽子もコック帽……じゃない!
こ、これは帽子じゃない、髪の毛だ!
信じられないが髪の毛がコック帽の形に固まっている!
なぜそんな髪型に……意味が分からない。
「大丈夫大丈夫。あんな雑魚の蹴り、ノーダメージさ」
コック帽髪の男は高速で横回転しながら起き上がった。
なぜ横に回転しながら起き上がったんだ。
髪型も行動も意味不明な奴だ。
「あっ、ヘルゼスさんこの人ですよ。チキン売ってた人」
「そうなのか」
今気付いたのか。こんな特徴的な髪型の人間、見ればすぐ気付きそうなもんだが。
「君、仕事の依頼をしに来たのか?」
「そう! オレは世界一の料理人クックク! 冒険者ギルドに仕事を依頼したんだが断られた。冒険者ギルドの力も地に落ちたもんだぜ。何度説明しても無理、出来ません、帰ってくださいだ。話が通じない」
クックク、ね。世界一の料理人とは大きく出たな。
本当に世界一と呼べる技量があるのかは置いておこう。
今問題なのは彼の依頼内容だ。彼の喋り方は苛つくが、蹴って追い出す程じゃない。おそらく依頼が無茶な内容だったんだろう。冒険者ギルドが匙を投げる依頼、少々気になる。
「クックク、君の依頼っていうのは? 僕達も冒険者ギルドに所属している。聞かせてくれないか」
「お前等も腰抜けギルドの仲間か。オレは各地を転々としながら料理を作る流浪の料理人。最近はドラゴン料理作りに熱中していてなあ。ドラゴンの卵にも興味出ちゃったわけ。だからね、依頼したわけよ。金はいくらでも払うからドラゴンの卵取って来いってな!」
「「ドラゴンの卵を!?」」
やはり依頼は難しいものだったか。
ドラゴンは強い。鱗は鋼鉄以上の硬さを誇り、吐く炎は鉄をも溶かす高熱。この世に多くある種族の中で最も強いと言われている。卵を手に入れるだけでも危険度は非常に高い。
冒険者ギルドが依頼を断るのも納得だ。
「ドラゴンの卵を手に入れる、か。そんな依頼聞いたことないが、戦いの可能性を考慮して、マスターランクの冒険者しか出来ないだろうな。ドラゴン相手だとファーストランクのパーティーも全滅した記録があるらしい」
「受付の女にも同じこと言われた。マスターランクの冒険者しか受けられないってさ。でも多忙だからそんな依頼受けてる暇ないってさ! あったま固いよな! オレが依頼したいのはドラゴンの討伐じゃなくて卵の運搬。危険度は討伐よりめちゃ下がる! マスターランクの人間じゃなくたって出来ることだぜ」
「まあ、戦闘を回避出来れば誰でも出来るだろうな」
無理だろうけど。
卵は子供の命。まだ動けない我が子を奪われて怒らない親は居ない。1体、もしくは両親揃って2体、怒りで興奮状態のドラゴンが追いかけて来るはず。
卵を守りながらドラゴンの猛攻を掻い潜り、逃げ切るなんて不可能に近い。結局討伐することになる。ほとんどの冒険者は命を落とすだろう。
「ん、待てよ? さっきドラゴン料理に熱中しているとか言わなかったか?」
「言ったぜ。それが何か?」
「どうやって食材を手に入れた。冒険者ギルドに頼んでも無理なのは分かっている。さっきと同じように追い出されるだけだ。なら、どうやってドラゴンの素材を手に入れていた」
「オレがドラゴンを殺してだぜ」
「ええ!? お兄さん強いんですねえ」
それが事実なら強すぎるだろ。
いや、本当に世界一の料理人ならおかしくはないのか? 旅の料理人なら食材を自分で手に入れる必要があるから、戦闘能力が高いのは当然と言えるな。
「しかし、強いなら君が卵を手に入れればいいじゃないか。わざわざ冒険者ギルドに依頼しなくていいだろ。理由があるなら話してくれ」
「先日、オレはグリーンドラゴンと戦った。いつもなら余裕で勝てるんだが、先日会ったグリーンドラゴンは他の個体より強かった。危うく死にかけたよ。旅仲間が助けてくれなきゃ死んでたぜ。今は大人しく怪我の回復に専念さ」
僕はクッククの『いつも』を知らないから本当か噓か分からないな。
「そんな大怪我をしたのか?」
「まあね。肋骨が半分折れたし、両脚の骨にはヒビが入った。内臓もいくつか破れたっけ。旅仲間のおかげで回復は早いけど本当に死ぬかと思ったね」
話を聞くに旅仲間とやらは優秀らしい。
回復の手助けが出来る天能持ちか? 珍しいタイプだ。
それにしても、優秀な仲間が居るからといって無茶するのは良くないね。命を危険に晒してでもドラゴンの卵が欲しかった、調理したかったのか。
興味があるから命を投げ出してでも挑戦する。
ふっ、僕と同じじゃないか。
「これも教えてほしいんだが、依頼の期限はいつまでだ」
「オレが完治するまで。まあ、今日までだな。完治したら自分で行く」
やはり、彼は僕の思った通りの人間だ。
僕と彼は似ている。止められない好奇心がある。
「ドラゴンの卵入手。僕が引き受けてもいい」
「へえ、お前が? 出来るのか?」
「出来るまでやるさ。僕もドラゴンの卵には興味があるからね」
「なるほどなるほど……お前、オレと似ている気がするな」
「僕も同じことを考えていたよ。君の料理を食べたくなった。実はまだ今日の食事をしていなくてね、帰ったら何か作ってもらっていいかな? 金はいくらでも払うからさ」
「リクエストは?」
「卵料理」
冒険者としての正式な仕事ではないが、やる気が溢れてくる。
待っていろよドラゴンの卵。必ず君を食す。




