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ヴァンパイアの夜襲①


 僕が冒険者ギルドに登録した町、マドルドンを()ってから2日。

 旅には必需品である地図を見る限り、最寄りの町はフレームーン。


 この次の町へ歩いている時間は非常にワクワクする。故郷の村周辺から出たことがなかった僕だからかな。しかし、僕が期待するような面白い出来事には縁がないな。非日常の空気を味わえるなら何でもいいんだが……ん?


「あれは……」


 商人だろうか。男が馬車をモンスターから守ろうとしている。

 弱いモンスターなら商人1人でも倒したり逃げたり出来るだろうが、護衛も雇わないとは用心が足りないな。しかも運が悪いことに、襲ってきたモンスターはポイズンボールか。


 ポイズンボールは1メートル程の大きな球型のモンスターで、全身から常に毒の粘液を出している。強力な個体が出す粘液は触れただけで物体を溶かす。さらに毒の液体を飛ばす攻撃までしてくるんだから、商人1人で倒せるような相手じゃない。


 やれやれ助けてやるか。あれは素手で触れたら危険だから武器が必要だが……足下の石でいい。投石ってのは人間すら殺す可能性がある。ただの小石だとしても、様々な天能を持つ僕が投げればバカに出来ない威力を発揮する。


「ふんっ!」


 音速を超えた小石はポイズンボールを貫通して、衝撃で肉体を弾き飛ばす。

 突然弾け飛んだポイズンボールに驚く商人は慌てて周囲を見渡し、遠くに僕が居ることに気付き駆け寄って来る。攻撃が見えなくても僕が助けたと分かったのか。まあ周囲には僕しか人間居ないし分かるか。


「あの、モンスターを倒してくれたのはあなたですよね! ありがとうございます! おかげで大切な売り物を守れました。私は行商人のゲボといいます。あなたは?」


「僕はヘルゼス・マークレイン、冒険者だ。荷物が無事で良かったよ」


「冒険者の方でしたか! さぞ有名な冒険者なのでは?」


「いいや、最近冒険者になったばかりさ」


「おお最強の大型新人ってわけですね。そんなあなたに頼みたいのですが、次の目的地であるサントペテンまで護衛を頼みたいのです。またモンスターに襲われても困りますから」


 サントペテンっていうと……フレームーンとは逆方向。

 彼にとっちゃ残念だろうが護衛は出来そうにない。またモンスターに襲われたとしても、それは最初から護衛を雇わなかった彼の責任。僕には無関係の話だね。今回は偶然僕の目が届く範囲だったから助けただけだ。目の前で死なれたら気分が悪くなるからな。


「悪いが僕の行き先はフレームーンでね。護衛は出来ない」


「え、フレームーンは止めた方がいいですよ。噂だと、フレームーンの町に行った人間はヴァンパイアに襲われるらしい。怖くて近付けやしないよ。あなたも行かない方が……」


「ヴァンパイア……だって?」


 生物の血を吸うという、あのヴァンパイアが居る町だと?

 ふっふっふ。来た来た来た来た来たんじゃないか面白い出来事。


「だから私と一緒にサントペテンに――」


「何を言う! 尚更行きたくなったよ僕は行くぞ!」


 フレームーンへと足を進める。心が躍る。


「ああ君、護衛を雇いたいならマドルドンに行くんだな! 冒険者を雇え!」


 ヴァンパイア、今会いに行くぞ。

 気になることはとても多い。生物の血は美味いのか、なぜ血を吸うのか、普段は何を食べているのか、子孫は残せるのか、寿命はどれくらいなのか。まだまだ聞きたいことがある。会えたら直接教えてもらおう。



 * * *



 うん、まあ、ガッカリだな。噂は噂か。

 フレームーンに着いたわけだが普通の町だ。マドルドンと変わらない平和そのもの。町の雰囲気や人間の顔を見ればそれくらい分かる。本当にヴァンパイアが出るのなら人々は怯えるし、普通の生活なんて出来るわけがない。

 ヴァンパイアは誰かが遊びで広めた噂か、ゲボの嘘だろう。


「そこのお兄さん、お腹空いてない? デススネークの卵粥食べない?」


「デススネークの卵粥か、珍しいな。1つ買おう」


 故郷の村周辺でも稀に出て来たっけなデススネーク。

 懐かしいものだ。蛇の卵が食べてみたくて森を探したっけ。


 普通の蛇の卵は不味いが、蛇型モンスターの卵は意外と美味い。

 基本的にモンスターの卵は美味しいのかもしれない。

 泥蛇って小さな蛇型モンスターの卵も味は良かった。デススネークは蛇型モンスターの中でも強い方だからか、卵の味も泥蛇より美味しかったなあ。


 さて、デススネークの卵粥、実食といこうか。

 鶏の卵とは違い蛇型モンスターの卵は黒い。見た目はかなり悪い。

 不気味に見えるが味は良いんだ。過去の記憶が蘇ってくるね。


 期待しながら1口食べてみて……違和感。

 味は決して悪くないが、デススネークの卵というわりには濃厚さが足りない。

 この味を僕は知っている。僕の考えが正しければこの店……気に入らないな。


「うん、悪くはない。……味はね」


「味は? その、何かご不満な点がおありでしたか?」


「あるよ。物を売る人間ってのはさ、客や仕事に対して誠意が必要だと思う」


「ええ、ええ、当然です。私も誠意を持って仕事しています」


「なるほど、君の中では客に嘘を吐くのを誠意と言うのか」


「う、嘘など吐いていません! 何が嘘だと言うのですか!」


「デススネークの卵を使っていると言っていたな。しかしこの味、これは泥蛇の卵だろう。以前食べたことがあるから分かる。デススネークの卵よりも手に入れるのが遥かに簡単だし、良い物に見せかけて価格を上げ、利益を得ようという魂胆だろ?」


「なっ、何を言うのです! 証拠でもあるのですか!?」


「証拠? この僕を、味の違いも分からないバカ舌だと思っているのか!」


 泥蛇の卵はデススネークの卵より味が劣るが栄養価は高い。正直、泥蛇の卵でこの味なら素晴らしいと言わざるを得ない。もし店主がデススネークの卵を使っていれば、僕の想像を超える味になるだろう。だが、どれだけ素晴らしい料理を作ったとしても、この店主がやっていることは詐欺だ。


「まあ安心しておけ。証拠なんてない。君のような、商人の風上にも置けないカスを訴えるつもりもない。僕はただ、客としての感想を言うだけさ。さっきも言ったが味は悪くない。素直に泥蛇の卵を使った粥として売っていれば、明日も買いに来たさ。だが生憎と、料理は気に入っても店主が気に入らない。もう足を運ぶことはない。ごちそうさま」


「に、2度と来るな! くそっ、ヴァンパイアに襲われちまえ!」


 店を立ち去ると男の叫びが聞こえた。

 ヴァンパイア? 咄嗟に出た言葉にしては具体的な化け物の名前だな。なぜヴァンパイアなんだ。ヴァンパイアといえばゲボから聞いた噂だが……ふむ、真実の可能性が出て来たわけか。


 噂について考えながら歩いていると宿屋へ着いた。

 静かで良い宿屋だ。建物は古そうだが掃除が隅々まで行き届いている。


「今日泊まりたい。部屋は空いているかな」


「悪いことは言わない。町を出て行った方がいい」


 な、何だと。このジジイ、宿屋を営んでいるくせに、客である僕に向かって町を出て行けだと。さっきの卵粥店といいこの宿といい、この町には僕を苛つかせる店が多すぎやしないか。


 客に出て行けと言ったんだ。それ相応の理由があるんだろうな。

 もし納得出来る理由じゃなければカウンターテーブルを叩き割るぞ。


「理由は?」


「……ヴァンパイアに襲われるからだ」


「何? 本当に出るのか!?」


 宿泊を断る理由としては納得出来る。客が襲われると分かっていれば泊まらせない。客のことを真面目に考えているんだし責められない。そんなことより先程の卵粥店の男も、宿屋のジジイも、ヴァンパイアの名を出したことが重要だ。


「稀に居るんだお前のような奴は。噂を聞いて興味半分で真実か確かめに来る馬鹿が。馬鹿な余所者は血を吸われ、怯えながら去っていったよ。そんな馬鹿を俺はもう泊めたくないね」


「確かに馬鹿だな。血を吸われただけで帰るなんて。僕ならヴァンパイアに質問して答えを貰うまで帰らない。だいたい、血を吸われて怯えるのも理解出来ない。吸血されるなんて貴重な体験だぞ。僕は喜んで血を吸わせる!」


「……お前は馬鹿じゃないな。大馬鹿だ。絶対に泊めん」


「そうか。仕方ない、部屋は諦めよう」


「部屋は? 引っ掛かる言い方をするな」


 本当に部屋は諦めたさ。部屋はな。

 泊めてくれない宿屋を出た僕は、宿屋の扉の横に座り込む。

 ふん、部屋を提供してくれないなら僕は石畳の上で寝させてもらう。

 宿屋の前で過ごすだけなら代金は要らないだろう。文句を言われる筋合いもない。


「……部屋に泊まれないからって店の前で寝る奴がいるか」


 おっと扉を開けて出て来たかジジイ。


「はぁ……店の前に居座られたら迷惑だ。部屋は用意してやる」


 どうせ泊めるなら最初から追い出さないでほしかったね。

 さーて、ヴァンパイアがいつ襲って来てもいいように今日は眠らないぞ。



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