生きていた伝説④
本当に叶えたい夢なら僕は全て犠牲に出来る。
面白おかしく生きるためなら僕は伝説とだって戦おう。
「リフレ、部屋の隅に寄っていろ」
「わ、私も戦いますよ!」
「邪魔になるから早く離れろ」
「………………はい」
ラドスは強者の風格を持っている。間違いなく強い。
ただのモンスター討伐ならリフレに援護してもらう所だが、ラドス相手だと援護の意味がない。逆に邪魔だ。彼女じゃ僕の全力の動きをサポート出来ないからな。
全力だ。最初から全力で挑む。
天能〈神速〉発動! そして駆ける!
「ほう、速いな」
死角へ回り込んで後頭部に蹴りを放つ!
さっき語っていたよな、頭部を破壊されない限り体は再生すると。僕と戦うことになるとは思っていなかったのか、知られても問題ないと思ったのか、どちらにせよ君の失敗だ。分かった以上容赦なく弱点を狙わせてもらう。
「我と戦える力を持っていたとは驚きだ」
……バカな。振り返って、蹴りを蹴りで相殺だと!?
こ、こいつ、このスピードに対応出来るぞ!
信じられない。制御出来る程度に加減して走っているとはいえ、それでも山を30秒掛からずに越えられるスピードだぞ。普通は目視すら出来ないはず。さすがは伝説のヴァンパイア、容易には倒せないか。
「体術と速度が不釣り合いだ。速度を強化する天能を使っているな? この速さ、おそらく〈神速〉だろう。強力な天能を持っているようだな」
言い当てられてしまうとは……本当に凄いな。さすが伝説。
蹴りも見事だ。重心のブレもなく、無駄な動きもない。
近接戦闘には随分と慣れているらしい。
まともに戦ったら長期戦になる。
いや、希望を持ちすぎた思考だな。
まともに戦ったらおそらく、僕は負ける。
蹴りから体勢を直し、再び部屋を駆け回った。
速度で翻弄しろ。隙は必ず生まれるはず……くそっ、ダメだこれじゃ。奴は〈神速〉に対応出来るんだぞ。参ったな、格上と戦うのはいつ振りだろうか。想像以上に厳しい戦いになるねこれは。
再び死角に入って殴りかかるが回避された。
攻撃直後は隙が生まれる。いいさ、攻撃してこい。
天能〈鋭利化〉発動。これで物理攻撃は防げる。
ラドスの殴打を防御せずに顔面で受け止めた。想定以上の威力で吹き飛ばされ、頬が鈍い痛みを訴えてくる。しかし刃物のように鋭利と化した僕に攻撃したんだ、代償は払ってもらおう。
「む?」
僕を殴ったラドスの拳は傷付き、多くの血が溢れ出る。
どうせ再生能力で治るんだろうが痛みは与えたぞ。
「すまないね。僕を殴れば傷付くのは君だ」
「ほう……2つの天能を持っているのか。珍しい」
珍しい? 引っ掛かるな、その言葉。
「その言い方、2つ天能を持つ奴が僕以外にも居るように聞こえる。もしかして居るのか? それとも、もう居ないのか?」
「今も居るとも。神に祝福された生命は2つ以上持つ。特殊な方法で後天的に天能を得ることも可能だ。貴様は、どちらだろうな」
「後者とだけ答えておこう」
キレルもそうだろう。ヴァンパイアの眷属となったせいで、不要な天能を得てしまった。
「そうか。因みに、我も後者だ」
我も、だと? まさか!?
「我が持つ天能は〈吸血〉、そして〈血操〉」
なんだ? ラドスから流れた血が集まって、槍の形になった。
血を操る天能か。応用力の高い便利な天能だな。
「行くぞ」
来る……速い! 一瞬で間合いに入られた!
焦るな。見極めろ。奴の攻撃は槍の刺突。
どこを刺そうとしているのか分かれば回避出来る。
筋肉の動き、目線、槍の向き。
奴の情報から狙いを導き出せ。
よし狙いが見えた。奴が刺そうとしているのは喉だ。
躱せなければ死ぬ。横へ跳べ、跳べ跳べ跳べ跳べ跳べ!
ぐうっ!? 喉は避けられたが肩に当たってしまったか。全く生きた心地がしない。もし〈鋭利化〉を使っていなかったら肩を抉られ、腕を落とされていたな。本当に危なかった。血の槍は僕の体を貫く威力を持ってい――。
「ヘルゼスさん!」
「なっ!?」
か、肩が裂けた!? 右腕が動かない!
バカな、今の僕の体は鋼鉄以上だぞ。
その体が切断されかかるなんて予想外だ。
僕は勘違いをしていた。血で作られた武器なら防げると思っていたが、とんでもない。奴はその気になれば剣も鎧も全てを紙切れ同然に貫ける。ラドス、恐ろしい奴だ。武具防具を容易く破壊する血を操り、天能〈神速〉とも勝負出来る俊足を持ち、おまけに強力な再生能力まであるだと。こんなの勝てるわけないじゃないか。
「終わりだ、ヘルゼス・マークレイン」
躱す余裕もなく腹に槍をぶち込まれた。
「ぐぼあっ!」
「久し振りに運動出来た。礼を言おう」
「……ヘルゼス、さん」
こんな奴に勝てるわけがない……普通ならな。
僕の天能は〈スキルドミネート〉。手で触れた対象から天能を奪ったり、与えたり出来る。対象の許可がなきゃ奪えないが、与えるのは触れただけでも出来る。そして僕は今、君に触れたぞ、ラドス。
「なっ、なんだ、急に何も見えなく……!」
視力がゼロになる代償として聴力が強化される天能〈聴人〉。
不便な天能なんで押し付けさせてもらったよ。
動揺している内に天能〈灼熱掌〉発動。
この天能は手の温度を上昇させるだけだが今回は役立ってくれる。
どんなに強い槍でも材料は血だ。血ってのは水分が蒸発すると固まって、脆くなるんだってな。天能で操作された血も同じなはずだ。熱した分だけ、脆くなるはず。
よし、左手で血の槍を握り砕けた。次は移動だ。
「貴様の仕業か、何をしたヘルゼス!」
ラドスは正面に向けて槍を振るうが残念。僕はもうそこに居ない。
「どこに槍を向けている? 僕は右だぞ」
と言いつつ本当は左だが。
「何をしたあああ!」
言葉に釣られてラドスは右に槍を振るう。
見えなきゃ槍が砕かれたことにも気付かないのか。君が振るっているのはもう槍と呼べない、半分の長さになった棒だぞ。伝説に残る男が情けない姿を見せてくれる。
「天能の中には自分に害を及ぼすものがある。天能を神が与えた説は有名だが、本当にそうなら酷い話だ。世の中には視力を失う代わりに聴力が良くなる天能もある。目を奪うなんて、神は罰でも与えたかったのかね?」
「何を言っている? 何の話だ!?」
「君に与えた、天能の話」
「与えただと?」
「そうさ。こんな風にね」
無防備に背中を向けるラドスに触れて、与えた。
「ぐぅお!? あ、アアアアア!?」
「僕が持っていた、自分に害を及ぼす天能18個を全て与えた。戦える状態ではなくなっただろう」
本当ならこの手段を使うつもりはなかった。
僕が与えた天能は、受け取った側が死んでも奪えない。モンスター相手で検証したから間違いない。ラドスに与えた天能は2度と取り戻せないのだ。……だから、奥の手だったんだがね。
ラドスはのたうち回り、叫び、頭を何度も床に打ちつけた。
見ていられないな。僕も余裕ないし、終わらせるか。
天能〈連続〉を10個同時発動。準備オーケーだ。
僕に出来る最大の力を込めて、ラドスの後頭部を殴る。
渾身の殴打でも頭部の完全破壊は無理だったが、僕の力不足を補ってくれるのが〈連続〉の天能。これは僕の攻撃後、同じ威力の衝撃を攻撃した場所に与える。それが10回分。合計11回の衝撃が休みなく襲う。衝撃1回ごとに徐々に頭部が破壊されて、最後の衝撃が発生した時は脳まで破壊出来た。ここまで破壊すれば再生能力は使えないだろう。
なんとか、勝てたな……こんな苦戦はいつ振りだろうか。
くそっ、出血が酷い。目眩がして立っていられない。
貧血か。僕は、床に倒れたのか?
ダメだ、立てない。全身に力が入らない。
一応〈再生〉の天能は持っているが、死ぬ前に治癒が間に合うかどうか。
体が冷えてきた。寒い。
意識も段々、遠くなっていく。
この死が近付く感覚……久し振り、だなあ。
次回更新 10/13 生きていた伝説⑤




