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生きていた伝説③


 ノーム王子から話を聞いた後、僕達は屋敷の探索を続けていた。

 王子やその他の捕まっている奴等を解放するには、牢屋の鍵を手に入れなきゃならない。まあ鍵なんてなくても、最悪僕が鉄格子を切断すればいいんだが……困るんだよな。僕の天能に関する情報は与えたくない。


「正直、意外でした」


 廊下を歩きながらリフレが呟く。


「ヘルゼスさんがノーム王子を助けるなんて。嫌いでしょ?」


「ああ、そのこと。嫌いだね」


「ですよね。だから見殺しにするかと」


「おいおい君、嫌いだからってそんなことするわけないだろ。まあ、ノーム王子は死んだ方が国のためになると思うけどね。あのクズが王になったら、スタードール王国が酷い状態になるのは誰にでも分かる」


 スタードール王国には2人の王子が居る。

 お馴染みノーム王子と、彼の弟であるユーノ王子。


 兄と違って弟は礼儀正しく真面目な少年だと噂で聞いた。

 そんな弟に比べて兄はどうだ。他人を見下し、種族で差別し、見栄を張り、地位を利用して好き放題に生きている。王子という地位しか誇れるものがない。兄弟どちらに王位を継承してほしいか、国民の意見は聞くまでもないだろう。


 僕だって国民の1人。愚者が王になり、国が衰退していくのは見たくない。まあ、ユーノ王子と実際に会わなきゃ、本当に王に相応しいのはどちらかなんて分からないがね。結論を急ぐ必要はないんだ。現国王は元気なんだからな。


「まあ、クズとはいえ王子だ。行方不明になったら国に混乱を生む。それにあの男には一応借りがあるから死なれちゃ困る。助けないわけにはいかないのさ」


「借り……確かに、食事を奢ってもらいましたね」


「あーそうそれそれ。受けた恩は返さないとな」


 僕の言う借りは食事のことじゃないがね。

 ホーミーパウダーの件では王子の地位を利用させてもらった。彼が居なければ、僕が思い描いた結末に辿り着けなかったんだ。1度助けてもらったし、僕も1度は助ける義理がある。


 屋敷の探索を続け、2階に上がる。

 1階は探索し尽くしたし後は2階だけだ。

 階段を上がってすぐの場所には大きな扉が1つ。


 扉を開けてみると大きな広間に出た。床には赤いカーペットが敷き詰められている。奥にはまるで玉座のように豪華な椅子が1つあり、そこには1人、銀髪の男が足を組んで座っていた。屋敷に入ってから初めて会えた住人だな。


「……屋敷を歩き回るのは貴様等か。何者だ?」


 低い声が出された時、牙が見えたような……見間違いか?

 まあ、人間だって尖った歯を持っているしおかしくないか。


「ヘルゼス・マークレイン。冒険者さ」


「どうも、リフレと言います」


「さあ今度はそちらが答えてもらおう。君は何者だ?」


「我が名はラドス。偉大なる種族、ヴァンパイアだ」


「なっ、ヴァンパイアだって!?」


 否定したいがヴァンパイアが実在することは知っている。

 フレームーンの町で僕は〈吸血〉の天能を持つ女性、ノエラと出会った。彼女の先祖はかつてヴァンパイアと戦い、呪いをかけられた。その結果、子孫の彼女が〈吸血〉の天能を持ってしまったんだったな。


 今回も〈吸血〉を持った人間なんだろうか。それとも……。


「本当なんですかね?」


「さあな。だが、牙が見える。噓とは言い切れない」


「ほえー。私、ヴァンパイアなんて架空の生物だと思っていました。やっぱり、血を吸うんですかね? 私も血を飲んだことありますけど不味かったですよ」


 なんで血を飲んだんだよ君は。ヴァンパイアでもないのに。


「ラドス、1つ確認したい」


「なんだ」


「君は本当にラドスなのか?」


「どういう意味だ?」


「君と同じ名前のヴァンパイアを知っているのさ。とある絵本に登場する、邪悪なヴァンパイアなんだがね。姿も君と似ている気がするよ」


 そう、あの絵本『伝説のヴァンパイアとスタードールの英雄』に登場するヴァンパイアの名前こそ、目の前の男が名乗った名前と同じラドス。絵本でラドスは枯れ木の森の奥にある屋敷に住んでいた。共通点が多すぎる。


「その絵本は『伝説のヴァンパイアとスタードールの英雄』か?」


 ああ、つまり……そういうわけか。


「あの絵本は嫌いだ。嘘が書かれているからな」


「確かに偽りの物語だったようだ。なんせ、倒されたはずのヴァンパイアが今も生きているんだから。まあ、真実に嘘を混ぜるのは珍しくない。誇張した方が素晴らしい英雄譚になるんだろう」


 そう思うと、今まで読んだ英雄の話もどこまで真実なのやら。


「えっと、どういうことですか? ヘルゼスさん」


「正面に居る男こそ、絵本では討伐されたことになっているヴァンパイア、ラドスというわけさ。あの絵本を読んだことがあるなら分かるだろう。伝説は生きていた!」


 興味本位で罠にかかったら伝説と対面するとはね。

 ラドスが生きている以上、あの絵本の内容は100%が真実ではないということになる。ノエラの先祖、キレル・ドーランドルが討伐したんじゃなかったのか。そうだとすると、呪いってのは何なんだ。なぜノエラは〈吸血〉を持って生まれた。


「事実を知った貴様等はどうする? 無謀にも我に挑むか。逃走を試みるか。それとも、我に忠誠を誓い眷属になるか。眷属になるのならヘルゼス、貴様は生かしてもいいぞ」


「わ、私は!?」


「我は長耳族の血が大好物でな。貴様は血を吸い尽くして殺す」


「ええええええええ!?」


 長耳族? 気になるがそれを考えるのは後だ。

 ラドスから逃げるのは天能〈神速〉があれば簡単。しかし、王子を見捨てて逃げるってのはダメだ。助ける義理があるからな。逃走するなら王子を連れてだが……それで逃げ切れるか分からない。


 眷属になるのは論外だ。一考の価値もないな。

 ラドスの部下になって僕になんの得がある。

 得られるのは欲しくもない主と不自由。面白くない。


 逃走も眷属化もダメなら残るは戦闘1択。

 実力は未知数な相手だが……戦って勝つしかないだろう。

 さて、戦うならその前に、1000年以上生きた男の知識を貰っておくか。


「選択は君と話をしてからでもいいか?」


「構わん。しかし、退屈な話には付き合わんぞ」


「感謝しよう」


 聞きたいことは多いが、全て質問していたら時間がかかりすぎる。僕が知りたい重要なことに絞り込まないとな。話が長引くと、気が変わったとかで襲われるかもしれない。


「まず、長耳族とは森人(しんじん)族のことなのか?」


 さっき長耳族という言葉を聞いてから気になって仕方ない。


「ほう、初めの質問がそれか。森人族……知らんな。そこの女のように耳が長い人間は、長耳族と呼ぶのが普通だった。さらに昔はエルフや森の精霊と呼ばれていたぞ。また呼び方が変わったのか」


 呼び方の変化、興味深いな。

 今まで読んだ本には載っていなかった情報だ。


「今は森人族と呼ぶ。ラドス、先程は森人族の血が大好物と言っていたが、森人族を狩りには行かないのか? 長生きしてるんだし、森人族の住む場所を知っているんじゃないのか?」


「奴等は隠れるのが上手い。昔の場所に居るか分からん。それに、我はまだ全盛期の力を取り戻せていない。今は人間の血を吸いながら潜伏する時だ」


 潜伏、ね。隠れているから現代の情報は持っていないのか。

 ラドスが討伐されたと勘違いされたのは1000年以上も前のこと。それから外へ出ていないのは、おそらくキレル・ドーランドルが深手を負わせたからだ。討伐は出来なくても力を削ぐことは出来たんだろうな。


 1000年ってのは長い。国が滅びたり、文明が発展したり、常識が変わってしまう。森人族が住んでいた場所を教えてもらっても、現代じゃ移動している可能性が高いか。ずっと同じ場所に滞在していたら人間に見つかるからね。


「次の質問だ。君はキレル・ドーランドルに呪いをかけたのか?」


 やっぱり、1番気になるのはこの話だな。

 絵本に載らない真実。嘘偽りない過去。


「キレル……懐かしい名だ。呪いとやらは知らんな。絵本にもそんなことは書いていないはず。なぜ呪いをかけたと思った。あの男は病にでも冒されて死んだのか?」


「僕はノエラ・ドーランドルという、キレルの子孫に会ったことがある。彼女が言うにはヴァンパイアが死に際に呪いをかけたせいで、いつかキレルの子孫が天能〈吸血〉を持って生まれる。そして彼女は実際に〈吸血〉の天能を持っていた。不思議だろ」


 話を聞いていたラドスが口元を押さえて笑い出す。


「くっ、くっくっく。自分の子孫に嘘を吐いたのか。やはり人間は嘘吐きだ」


「何? 何が嘘だって?」


「奴の子孫が天能〈吸血〉を持って生まれたのは、遺伝だ」


「遺伝……だと?」


 どういうことだ。それじゃ、キレルは……。


「キレルは我が眷属になった男よ。奴は仲間と我に挑んだが敗北した。殺さないでくれと頼むから、我は奴を眷属にしてやったのだ。裏切らないかテストもした。奴は我の指示に従い、仲間を自らの手で殺し、血を吸い尽くしてみせた。醜い生存欲だと思ったよ」


「そんな、酷い……」


 リフレと同意見だな。それで終わりなら。

 英雄譚が作られたということは、キレルは1度帰っているはずだ。ラドスが彼の帰還を許すとは思えない。彼は何らかの方法でラドスを追い詰めたに違いない。


「ふっ、奴は自分が助かるためなら仲間も殺す非道な男……かと我も思っていた。しかし違った。奴は嘘吐きだったよ。我に真っ向から挑んでも勝てないからと、不意打ちの機会を狙うために眷属となったのだ。奴は誇りも友も恋人も犠牲にして、我を斬ることに成功したのさ」


「だが、君は死ななかったのか」


「ヴァンパイアは強い再生能力を持つ。天能ではない、種族が元々持つ力だ。奴は再生能力を甘く見ていたらしい。頭を完全に破壊しなければ再生が止まらないことを知らなかったのかもな」


 なるほど、キレルは討伐したと思い込んで帰ったんだな。ラドスの生存を知ることなく、王国の民はキレルを英雄と呼んだわけか。そして故郷へ帰った彼は子孫を残してこの世を去った。ヴァンパイアの眷属になった真実を誰にも話さず、呪いとして伝えた後で。


 天能は遺伝する場合がある。

 親か、祖父母か、さらに先祖の誰かから受け継ぐ。

 ノエラが〈吸血〉を持って生まれたのも遺伝だった。

 ……遺伝か。僕の〈スキルドミネート〉も誰かの遺伝だったりするんだろうか。


「次の質問なんだが、昔の人々の暮らしについて――」


「飽きた」


「なんだって?」


「時間は与えた。そろそろ答えを聞かせてもらおう」


 急だな。もう少し長生きな老人の知識が欲しかったんだが。


「残念だ。もう話は終わりか」


「貴様が眷属になればいつでも話せるだろう」


「だから終わりなのさ。これが答えだ」


 眷属にはならない意思がラドスに伝わったらしい。

 冷めた目だ。敵ではなく、虫けらを見る目だ。


「貴様は賢い人間かと思っていたが、阿呆だったようだな」


「僕は世界中を旅して、面白い出来事に遭遇するのが人生の目的なものでね。眷属とやらになったらそれが出来なくなるだろ? 自由がない。楽しくない。理由はこんなところか」


「我に立ち向かえば死ぬぞ」


「自分の夢を叶えるためなら命だって懸けるさ」


 本当に叶えたい夢なら僕は全て犠牲に出来る。

 面白おかしく生きるためなら僕は伝説とだって戦おう。


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