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生きていた伝説②


「――騒がしいと思えば、起きていたとは」


 屋敷の扉が開き、左の眼球が零れ落ちそうな青肌の男が出て来た。

 あの男、御者だ。馬車を止めてから屋敷に入っていたのか。


「うわああああああああ! ば、化物おおおおおお!」


 驚くのを見るのは面白いが叫び声はうるさいな。


「落ち着けリフレ。状況を簡単に説明するぞ。まず、僕達が乗った馬車は最初から王都へ向かわず、この古びた屋敷に向かっていた。君は馬も御者も普通に見えたんだろうがそれは幻。あれこそが正体。面白いだろ」


「面白くないですよおおお……あれ? まさか、ヘルゼスさん、奇妙だと分かっていて馬車に乗ろうとか言ったんですか? 体調悪かったんじゃなくて、いつも通りの好奇心!?」


「よく分かっているじゃないか。その通りだ」


 まだ長い付き合いとは言えないが、僕の性格を理解しているようで何より。


「あなた達、静かにしてもらえませんかね」


 おっと、青肌の御者を少し苛つかせてしまったようだ。


「それは無理。僕達をこんな場所に運んで、何が狙いだい? 答えてくれよ」


「屋敷に入れば分かります。付いて来てください」


「絶対嫌ですよ! 危ない臭いがプンプンします!」


 あーあ、静かにしろと言われたのにリフレが叫んじゃったよ。

 青肌の御者は俯き、小刻みに震える。

 ありゃかなり怒っているな。

 くちゃっ、と御者の左の眼球が地面に落ちた。

 

「静かにしろと言ったのに……もう、いい。気絶させて強制的に屋敷へ入ってもらいますよ。あなた達は運がない。ぐっすり眠っていれば痛い思いをせずに済んだというのに」


 敵意を向けられる。完全に戦う気だな。

 リフレが叫ばなければ穏便に話し合えたかもしれないのに。


「運がない、か。そりゃ君の方だろう」


 青肌の御者が高速で駆けて来る。

 速い。この速さ、以前戦ったことのあるノエラと同程度。僕だから安全に対処出来るものの、大抵の人間は苦戦するだろう。化物なのは見た目だけじゃなかったってわけか。


「さあ、どれが本物の私か分かりますかねえ」


 何を言っているんだこいつは。


「本物? 君に決まってるだろ」


 青肌の御者の顔面に蹴りを入れてやった。

 彼の歯が数本落ちて転がる。まさか歯が抜けてしまうとは、脆いな。肉体が腐っているんじゃないのか。そういえば創作物に登場するゾンビって体が腐って脆いよな。もしかして目の前の男は……いや、まさかな。


「なぜ、本物が、分かって……」


 青肌の御者は気を失い、背中から地面に倒れる。


「ヘルゼスさん凄いです! 私は見破れませんでしたよ!」


「は? 見破るとか本物とか、何の話をしているんだ?」


「え? そこの化物が5人に分身したじゃありませんか」


 分身なんて見ていない……ああ、なるほど幻か。

 どうやら5人に分身したらしいが、天能〈幻術耐性〉がある僕には真実しか見えない。幻を見せるのは強力な天能だが相手が悪かった。幻術を使う奴にとって僕は天敵だからね。


「相性が良かったようだ。さあリフレ、先へ進むぞ」


「ええ!? 帰りましょうよ! 危ない臭いがプンプンですよ!」


「僕は1人でも行くさ。帰りたいなら帰れ。王都で集合しよう」


「わっ、わわ、待ってくださいってば!」


 僕が歩き出すと結局リフレも付いて来る。

 帰り道が分からないだろうし、1人じゃモンスターに殺されるかもしれない。そしてこの不気味な枯れ木の森に1人残るのも嫌だろう。僕に同行した方が安心出来ると判断したようだな。


 屋敷の大きな扉を開けて堂々と中に侵入する。

 外観は古びた場所だったが、中は綺麗で明るいなあ。明るさの源は巨大な松明か。最近は町で電気を利用した照明器具に頼っていたから懐かしい。故郷の村に居た時は松明を使うのが日常だったんだがね。


 赤いカーペットの上を歩き、屋敷を探索する。

 掃除は隅々まで行き届いている。高級そうな調度品もあるし、典型的な金持ちの家って感じだな。あの青肌の御者はこの屋敷へ連れて来て何をしたかったんだろうか。高級料理でも御馳走してくれるってんなら僕達は嬉しいんだが。


「ヘルゼスさん、匂いで食料庫を探してくださいよ」


「僕に負担が掛かるだろ。自分で探せ」


「えー、疲れちゃいますって。誰か居れば訊けるのになあ」


 誰か居れば、か。そういえばここ誰も居ないな。

 これだけ広い屋敷だ、使用人が居てもいいはずなんだがね。まさか使用人はさっきの御者1人なんだろうか。


 おっ、あれは地下への階段。こういった豪華な屋敷の地下には財宝やら隠し通路やらあるのが定番だ。何か面白いと思える物を見つけられればいいんだが。


 階段を下りて地下へ行くと一気に薄暗くなり、雰囲気も不気味になる。

 松明は地下にもあるが本数が少ないんだな。


 さて、地下に何があるのか……ってなんだ、牢屋じゃないか。地下牢ってのも定番だがつまらん。僕が入っても時間を無駄にするだけだ。面白い囚人でも居れば話は別だけど。


「牢屋ですね。もしかして、私達を入れるつもりだったんでしょうか?」


「……そうか。だとしたら、誰か居るかもな」


 僕達だけを狙っていたとは思えない。僕の天能や、リフレの種族を知っていたら狙う理由も分かるが、それらを知る人間は極めて少ない。あの御者は無差別に誰かを屋敷へ連れて行くつもりだったと考えるのが普通だ。もしそうなら、僕達以外にも連れて来られた人間が居る可能性は高い。攫われて地下牢へ閉じ込められる、なんてのも定番だろう。


「――誰か! 誰か居るのか!? 助けに来てくれたのか!?」


 男の声だ。この声、どこかで聞いたことがあるような。


「人の声ですよヘルゼスさん、誰か捕まっています」


「ああ分かってる。捜すぞ」


 いくつもの牢屋を通り過ぎ、見つけた。

 鉄格子以外は石造りで眠りづらそうな牢屋に、肥満体型の男が入っていた。この男……マッシュルームヘアーで金髪のこの男、信じられないが記憶にある姿と一致する。


 スタードール王国の王子、ノーム王子じゃないか。

 なぜ王子がこんな場所に居るんだ。


「おお、貴様等はヘルゼスにリフレ! 余を助けに来てくれたのか!?」


「いいえ違います。ここへ来たのは偶然でして。状況を聞かせてもらえませんか?」


 確かノーム王子は行方不明者増加の原因を調べるため、サンバーザの町にやって来ていた。その後、手掛かりを得られずに王国へ帰ったはず。道中あの青肌の御者に攫われたのは確定しているんだが、王子は馬車に乗って帰ったんだよな。別の馬車に乗り換える理由が分からない。


「サンバーザを出た後、骸骨のモンスターに襲われてな。傭兵達が倒され、絶体絶命と思った時、親切な御者が助けてくれたのだ。乗っていた馬車が壊されて困った余を王国まで送り届けると言うから、その御者の馬車に乗ったのだが……気付いたらこんな場所に。おそらく傭兵達も牢屋に入れられているだろう」


「親切な御者……ヘルゼスさん、それって」


「ああ、君の考えている通りだろうな」


 親切な御者の正体は間違いなくあの青肌の男。

 骸骨のモンスターは奴の幻術か、それとも本物か、どちらにせよ奴の仕込みなのは変わらない。奴に攫われてから馬車で眠ったままだと、やはり牢屋に入れられてしまうようだ。何が目的なのかはまだ分からないが。


「ヘルゼス、早く余を逃がしてくれ。ここに長く居ると食われてしまう」


「食われる? 何にです?」


「牢屋に運ばれた後、青い肌の化物を見たのだ。そしてその化物の呟きを聞いたのだ。奴は『多めに食事を手に入れたし、あの方も満足してくださる』と言ったのだ。あの方というのが誰か知らんが、人間を食す化物なのは間違いない! 脂肪の多い余は美味しいはずだ、真っ先に食べられる!」


「なるほど、牢屋は一種の食料庫ってわけだ。来られて良かったなリフレ」


「いやいや、私が行きたい食料庫とは違いますって」


 人間を食事にする存在。確かに化物だな。

 青肌の御者は『あの方』とやらのため、人間を攫っていたわけか。人間を食べるのはモンスターや肉食獣と考えられるが……人語を操るなんて聞いたことがない。面白いじゃないか。

 興味が出てきたよ、『あの方』について。


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