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生きていた伝説①

今回の更新予定

10/6 生きていた伝説①

10/7 生きていた伝説②

10/8 生きていた伝説③










 サンバーザを出て広大な草原を歩く。

 この道を進んだ先に待つのはスタードール王国の王都か。

 僕の故郷である辺境の村から随分遠くまで来たもんだ。


「はあー、ヘルゼスさん。本当に良かったんですか?」


 長い銀髪の女性、同行者のリフレが不満気にそう言う。

 何だ急に。もう少し具体的に言ってほしいんだが。


「何が?」


「お金ですよお金! 荷物を売ったお金ぜーんぶ孤児院に寄付しちゃって……少しくらい手元に残した方が良かったんじゃないですか? せめて高級料理店に行けるくらいのお金は」


「ああ、その話。もう終わった話だ。金が欲しいなら稼げばいい」


 一昨日までリフレの持つ鞄には大量の物が詰め込まれていたが、現在は生活に必要な品々のみ。僕が所持品を売り払ったからだ。売って得た金は貧しい孤児院に寄付している。善行なんかに興味はないがな。孤児院には知り合いが居るし、多少は手助けしてやってもいいかなあ、と思っただけだ。多少、な。


 金がないとは言うが、昔の冒険者達は旅費を稼ぐために冒険者ギルドで仕事をしていた。僕達も同じことをすればいい。幸い僕は強いからな、冒険者ギルドでの仕事には困らない。


「あ、馬車」


 リフレが呟く。確かに草原の道に馬車が1台止まっている。

 何をしているんだこんな場所で。普通馬車は町の入口に待機しているもんだがな。数日前サンバーザまで乗せてくれた馬車も草原の道に停車していたが、あれは馬を休ませるための休憩時間だったからだ。町と町の距離が離れている場合は馬の休憩が必須となる。馬も生き物だからな、疲れたら走れなくなっちまう。


 ……だが休憩は長距離走った時に行うもの。

 今居る地点はサンバーザからあまり離れていない。

 休憩はまだしなくてもいいはずだぞ。

 町を出てすぐに疲れたのなら情けない馬だ。

 いったいどんな面してるのか見てやるかな。


 馬車の近くまで歩いて、ようやく馬の体が見えてくる。

 なんだ、黒い馬とは珍し――。


「……は?」


 く、首がない! どうなっているんだ!?

 御者もおかしい! 肌が青白いどころじゃなくて青い! 頬の肉が削げて骨が見えているし、左の眼球は零れ落ちそうだぞ! この御者も、馬も、普通じゃない!

 明らかに異常な御者の男は僕達を見て微笑む。


「お2人さん、どうですかい。王都まで連れて行きますぜ」


 喋っている。この御者、生きている。


「どうかしたんですかヘルゼスさん。御者の人をジッと見て」


「どうかしたか、だと? 君はこの男を見て何も思わないのか?」


「……普通の男性に見えますけど」


 青肌で頬の肉が削げ、眼球が左だけ落ちそうな男が普通であってたまるか。

 どうやら、僕とリフレとでは見えているものが違うらしい。僕が見ている光景をリフレが見たら叫ぶはずだからな。無反応なのはおかしい。馬も普通の馬に見えていると思っていいな。


 さて、まず考えるべきはなぜ見えるものが違うのかだ。

 御者も馬も化物なのが真実か。それとも虚構か。

 何が原因か分からないが僕とリフレのどちらかは騙されている。


 虚構……幻……幻術?

 そういや僕は様々な天能を持っている。剣術が上達するものもあれば、毒物への耐性を得るものもある。確か〈幻術耐性〉なんて天能も持っていた。僕に〈幻術耐性〉があるから惑わされないと考えれば、リフレと見えるものが違うことに説明がつく。試しに隔離してみるか。


「うおっ」

「どうしたんですか?」

「いや、何でもない」


 仮説は正しかったようだな。

 今は普通の純人の男と馬が見える。

 それにしてもこの男、美形だ。

 本当の姿とは似ても似つかない。

 幻術なのは分かったから〈幻術耐性〉を再発動させておこう。


「今日のヘルゼスさん、少しおかしいですね。体調不良ですか?」


「かもな。おい御者、王都まで乗せて行ってくれるんだよな?」


「ええ」


「なら頼むよ。乗せてくれ」


「了解しました。馬車の中に入ってお待ちください」


「ヘルゼスさんが馬車に乗りたいなんて……本当に体調が悪いんですね」


 君は僕をなんだと思っているんだ。

 ふっ、乗ってみたくもなるだろ。だって幻術を扱う化物が御者で、首なし黒馬が引く馬車なんだぞ。面白さの塊じゃないか。王都へ行くと言っていたが素直に行くとは思えない。どこへ向かうのか、何が目的なのか、考えるだけでワクワクするね。


 馬車に乗り込み、僕とリフレが席に座る。

 4人は座れる広さ。前に乗った馬車と同じだな。


「ヘルゼスさん、ちょっと触りますよ」


「は? いきなり何……」


 リフレが顔を近付けて、僕の額を手で触ってきた。

 本当にいきなり何をしているんだこの女は。


「熱くはないですね。熱はなさそうです」


「当たり前だ。手を退けろ」


 額に触れる手を引っ込めたリフレの表情……これは、不安か。


「体調が悪いなら、王都で医者に診てもらいましょう。病気だったら大変です」


「僕は病気になんてならないよ。体は丈夫なもんでね」


「分からないじゃないですか。体調は悪いんでしょ?」


 いや、悪くないが。

 ……ああ、さっきの話で誤解したのか。

 弱った姿を見たわけでもないんだから心配する必要ないだろうに。まあ、悪い気分はしない。心配ってのは、相手を大切に思っていなきゃ出来ないことだからな。


 馬車が動き出した。中々速い。

 本当に王都へ行くなら1日も掛からないだろう。


「うおっ」


 いきなりリフレの頭が肩に乗ってきた。


「おい、何をして……」


 何か聞こえる。これは、寝息。寝ているのかこいつ。

 先程まで元気だったし、眠気を我慢していたようにも見えなかった。おそらく馬車に何かの仕掛けがあって客が眠るようになっている。目的地に到着するまで大人しくしてもらいたいってわけね。用意周到だ。どこの誰がこんなことをしているんだろうな。

 天能〈不眠不休〉発動。これで僕は何があっても眠らない。


「……やはり」


 窓から景色を確かめると、整備された王都への道を外れていた。

 思っていた通りこの馬車は王都行きじゃないらしい。

 左に逸れているが、左に逸れたら何があるんだ。

 王国の地図で確かめてみるか。

 王都よりも左、左……立入禁止区域?


 草原を抜けると枯れ木の森があり、その先は立入禁止区域と書いてある。どんな場所なのか地図には描かれていないな。しかし、枯れ木の森の奥……どこかで見た気がする。何かの本に書かれていたような……まあいい、行けば全て分かることだ。


 ――馬車に揺られて10時間が経過。


 既に馬車が枯れ木の森を進んでからしばらく経つ。

 もう少しで奥地のはず……む、減速してきた。目的地が近いようだな。

 馬車は減速から数秒で完全停止した。リフレを起こしてやるか。


「おい、起きろ。起きろリフレ」


 肩を掴んで揺らしてみたがこの女、起きる気配が全くない。面倒だな。落とそう。

 僕が立ち上がるとリフレの頭が肩から席に落ちる。頭を打ったことでさすがの寝ぼすけも目が覚めたようだ。唸り声を出しながらゆっくりと上体を起こす。


「うーん、王都に着きましたかあ?」


「目的地には着いたらしい。外へ出るぞ」


「はーい」


 馬車から出ると周囲には不気味な枯れ木の森。人や動物の気配はない。黄昏時だから空はオレンジ色に染まり、不気味な雰囲気になっている。正面には場所に似合わない巨大な屋敷が存在していた。

 屋敷が目的地なら、黒幕もここに居ると考えていいな。


「うええ!? ここ王都じゃないですよね!?」


 リフレは酷く戸惑っている。華やかな王都に着くと思っていたら驚くよな。教えるべきだっただろうか。


「ちょっと御者さんどういうつもりであああああああああ! う、馬の首があああああああああああ! 御者さんどこに行ったんですかああ!? まさか何かに食べられちゃったんですか!?」


 あの驚き様、少し面白いかも。

 ……いや、待て。御者が居ない? そういえば確認していなかった。あの御者、この場所に着いてから消えたのか? いやいや、どこかへ行ったと考えるのが自然だろう。


「――騒がしいと思えば、起きていたとは」


 屋敷の扉が開き、左の眼球が零れ落ちそうな青肌の男が出て来た。



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