楽岩鳥の岩落とし⑨
違法薬物ホーミーパウダーの売人捕縛から2日が過ぎた。
既にホーミーパウダーの件はサンバーザの町中に広まっている。情報が広まるのは早いもんだよなあ。いったい誰が広めているんだか。まあ、落石で売人が大怪我して、薬の保管庫や製造場所も全壊する大事件だ。情報が早く広まるのは当たり前か。
「あ、居た居た! おいお前等!」
リフレと共に冒険者ギルドでクエストボードを見ていると、1人の男が走って来た。
焦げ茶色の肌。筋肉質で大きな体。
名前はグロウスだったな。
「お前等、あの話聞いたかよ」
「あの話? 何の話だ」
「ホーミーパウダーが違法薬物だって話だよ!」
「ああ、その話ね。知っているけどそれが何か?」
騒々しい奴だ。帰ってくれないだろうか。
「悪かった! 知らなかったとはいえ、違法になるような薬を渡しちまった。この町の警備担当の騎士達から聞くまで知らなかったんだよ。お前、知ってるならもう薬は処分したよな?」
「ホーミーパウダーなら騎士に渡したよ」
2日前、僕は売人捕縛の現場に居合わせている。
ラピリスがどうなるか知りたかったしな。僕と彼女は王子の私兵という立場を作り、身柄を王子に保証してもらった。売人は当然彼女を共犯者と告げたが、作戦通り王子が庇ったので捕縛されずに済んだ。その日に僕はホーミーパウダーを騎士へと渡している。
「そうか、良かったぜ。俺のせいでお前等が騎士に捕まっちまうのは嫌だからな。悪いのは全てあの売人だぜ。合法って言ったくせに違法になったじゃねえか。恨むぜ畜生」
こいつ、見た目に似合わず純粋な奴だったんだな。
僕なら売人を疑って本当に合法か、今後違法になりそうかも調べるよ。
「僕のことを心配して来てくれたのか。ありがとう」
「おう。俺達は冒険者ギルドの仲間じゃねえか、心配くらいするさ。まあ大丈夫ならいいんだ。俺は他の奴にも確認してくるぜ。じゃあな、また会おうぜ」
「ああ、またいつか」
グロウスは他の冒険者に話しかけに行った。
僕だけではないと思っていたが、やはり他にもホーミーパウダーを渡した相手が居るらしい。
「あっ、ヘルゼスさん。あれ」
「……分かっている」
今、僕達の方へと派手な服装の男が歩いて来ている。
傲慢そうな顔と小太りな体。ノーム王子で間違いない。
嫌悪を表に出さないように表情を取り繕う。
「ヘルゼス、2日振りだな。恋人と仕事か?」
「まあ、そんなところです。王子はギルドに何用で?」
「行方不明者増加についてここのギルドマスターと話し終えたところだ。ふんっ、あの男は全く使えん! 行方不明者増加の原因も掴めないないとはなんたる無能! 城に帰ったらギルドマスター交代を父上に提案してやるぞ!」
ホーミーパウダーの件では協力してくれて助かったが、やはりノーム王子は嫌いだな。サンバーザのギルドマスターが可哀想でならないよ。こんな奴と話し合いをした結果、クビになるかもしれないんだから。
「あの男に比べてヘルゼス、貴様は良い。感謝している。貴様がホーミーパウダーとやらの情報を教えてくれたおかげで、違法薬物の商売をする連中を捕縛出来たのだからな。貴様のおかげで父上に良い報告が出来る。どうだ、余の配下にならないか? 働きに応じて報酬を出すぞ?」
「僕には荷が重いですよ。申し訳ありませんがお断りさせていただきます」
「……そうか」
残念そうな顔を見る限り本気の勧誘だったらしい。
諦めてくれ。そちらには残念だろうが一考の価値もない。
「余は王都へ帰る。気が変わったら城へ来てくれ」
「はい、分かりました。道中お気を付けて」
ああやっと帰ってくれるのか。若干疲れた。
偉い立場の人間には気を遣わなきゃいけないからなあ。
「行きましたね。仕事選びましょうか」
「ああ」
リフレと共に再びクエストボードへと目を向ける。
改めて見てみると、サードランクの仕事は報酬が少ない。高額報酬は一部の討伐依頼だけだ。ラピリスが金に苦労するのも納得だな。まあ僕には無関係な話だ。今日も選ぶのは高額報酬な討伐依頼なんだから。
「あ、ヘルゼスさん。これ」
何々、お母さんの代わりに料理を作ってほしいです。
報酬100エラ。依頼者名ルート。
「これ、ルート君からの依頼ですね。受けませんか?」
はあ? 報酬たったの100エラ。宿代にもならない。こんな低額報酬の仕事をやるなんて僕の時間が勿体ないだろ。雑用の仕事を受けるのは、モンスターも倒せない弱い冒険者だけだ。僕には関係ないね。
……まあ、偶には受けてもいいか。
「料理を作るのは君でいいよな」
「はい」
無関係……そう、思っていたんだがね。
気紛れとはいえ僕が雑用の仕事を受けるとは自分でも信じられん。
ルートの願いを叶えるため、市場で食べ物を買ってから彼の家に向かう。
今回料理担当はリフレなので買い物は任せた。
材料が卵と豚肉、様々な調味料。何を作るつもりなのか想像出来ない。卵と豚肉を使った料理は多いが、材料が少なすぎる。僕が食べるわけじゃないのに気になる。まあ、リフレが作るなら美味しい物が出来上がるんだろう。そこは疑わない。
買い物を終え、ルートの家に到着したので扉をノックする。
「お、ヘルゼスにリフレ。仕事に行ったんじゃないの?」
家から出て来たのは鳥型の獣人、ラピリスだった。
ルートをホーミーパウダーでおかしくなった母親と2人きりには出来ないからな。僕達が仕事へ行く前にラピリスを呼び、母親を見張ってもらっていた。ラピリスがホーミーパウダーを作ったってことは教えていない。誰かに真実を教えたら、捕縛を防いだ意味がないからな。
「仕事をしに来たのさ。ルートの母親の様子はどうだ?」
「それが……」
「何かあったのか?」
「うん。まあ、見れば分かるよ」
いったい何があったんだ。只事じゃないぞ。
家に入った僕達が目にしたのは床に座るルートの母親。見た感じ、離脱症状で暴れてはいない。寧ろ落ち着いている正常な雰囲気。しかし、今朝までは起きたら暴れたり叫んだりを繰り返していたはずだ。こんなにも落ち着いた状態は初めて目にする。
「ヘルゼスさんにリフレさん! お仕事は?」
「あ、ああ、仕事をしに戻って来た。それよりも君の母親……」
「ラピリスさんが薬を飲ませてくれて、お母さん治ったんだよ!」
薬を、飲ませた? まさかホーミーパウダー……いや、そんなわけがない。薬物依存症の人間に与えたらダメなことくらい分かっているはず。それならラピリスはいったい何を飲ませたって言うんだ。
「ラピリス、薬というのは?」
「ホーミーパウダー依存症の治療薬だよ」
「何? もう完成したのか!?」
「試作だけどね。効果を確認してから量産するつもり」
罪の償いとして治療薬を作る話はしたが、試作とはいえ数日で作れるとは凄いな。薬物依存症の治療はかなり苦労すると本に載っていた。短時間で薬物依存を治せる薬を作れたなら大発明じゃないか。
「ホーミーパウダーの依存は、体内に蓄積される特殊な成分のせい。それさえ排除出来ればホーミーパウダーの依存症は治る。たぶん、何度も治療薬を飲まないといけないけどね」
「うわああ、凄いですねラピリスさん!」
リフレが感動している。
ホーミーパウダーを作ったのがラピリスだと知らないからな。純粋に凄い薬師だと思ったんだろう。いや実際凄いんだが、ホーミーパウダーを知り尽くすラピリスなら作れて当然に思える。
「つまり、ホーミーパウダー依存の専用治療薬ってわけか」
「そうだね」
想像よりホーミーパウダー依存は早く解決出来そうだ。
僕も1度ホーミーパウダーを使ったし、後で治療薬を貰おう。
「あなた達がヘルゼスさんとリフレさんなんですね」
ルートの母親が真剣な表情で見つめてくる。
「ありがとうございました。あなた達が居なければ、私は息子を殺していたかもしれません。私から息子を守ってくれて、本当にありがとうございます」
確かに、放置していたらルートは死んでもおかしくなかった。
暴力で殺されるのもありえるが、最も高い可能性は餓死だ。母親が働けないから金を稼げない。自分で料理も作れないから冒険者ギルドを頼るしかない。追い詰められたルートは窃盗までした。そんな彼に誰も手を伸ばさなければ行き着く末路は死のみ。
思えば、財布を盗んだ相手がリフレだから今がある。
偶然にしては出来すぎた話だ。まるで物語のようだよ。
「あのう、もしかして料理は必要なくなっちゃいましたかね?」
「「料理?」」
ルートも母親も何の話か分かっていないな。
「依頼さ。ルート、君が冒険者ギルドに依頼したんだろ? 料理を作ってくれって」
「ああ! 確かに依頼を出しました!」
「一応僕達がその依頼を受けた。どうする? リフレの料理は食べたいか?」
母親が正常に戻ったなら料理を作ってくれるだろう。わざわざリフレに作ってもらう必要はない。依頼を取り消すか、このまま料理を頼むか、依頼者のルートが決めるべきだ。
「えっと、どうしよう……」
「料理なら私がしますよ。あなた達は客人ですし寛いでください」
「いえいえ私も手伝いますよ。料理得意ですから」
結局、2人で昼食の準備をすることになった。
ルートの母親は本来なら温かい人間なんだな。それを、たった1つの薬が変えてしまったんだ。薬と毒は表裏一体。ホーミーパウダーは劇毒と言える。もう2度と世に出回っていいものじゃない。
複雑な顔をするラピリスに僕は近寄る。
「君が壊したものを君が治す。ここまでがスタートラインだね」
「遠いねえ。自業自得とはいえ、もっと金と時間が欲しいよ。特に金だ。孤児院へ渡す金がなくってさ」
「金の心配ならいらないと思うがね」
「いやいや、そこが1番の問題なんだけど」
なら、僕はその1番の問題解決に手を貸してやったわけだ。
僕は昨日の内に鞄破裂寸前まで溜め込んだ荷物を店で売り、手にした大金を今朝シャイニー孤児院の院長に渡している。これでラピリスも悪の道に逸れないだろう。ホーミーパウダーを作ったのは孤児院経営を助ける資金集めが理由だからな。
造形が美しい食器や装飾品、古い時代の硬貨、その他貴重な品々を売るかどうかは深く悩んだなあ。本当なら買った物を手放したくないしね。それでも、荷物の整理はどこかでやらなければならないこと。荷物を売ったのも、金を孤児院に寄付したのも後悔はしていない。
ふっ、孤児院に帰ったら驚くだろうなラピリスの奴。
「よし出来ましたよルート君! 豚肉入りオムレツ!」
「私の方も作り終えたよルート。あんかけニラ玉」
しばらく時間が経ち、ルートの母親とリフレが料理を完成させた。
なぜ別々に料理を作ったんだ。手伝うんじゃなかったのか。豚肉入りオムレツとあんかけニラ玉って卵料理被りだし。まあルートが嬉しそうだから細かいことは考えないようにしよう。
「やっぱりお母さんの料理は美味しいなあ。世界で1番!」
ルートはあんかけニラ玉を嬉しそうに食べている。
良かったな。これからは毎日母親の料理が食べられるさ。
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因みにこの『楽岩鳥の岩落とし』は最初、1話か2話で終わる短編の予定でした。それがなぜかこんなに長く……いったい、何が起こってしまったんでしょうか。最初は王子なんて居ないし、薬の話なんて考えていなかったんですが……。