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楽岩鳥の岩落とし⑧


 ラピリス曰くホーミーパウダーは半年前に製造され、中毒性で爆発的に購入者を増やしている薬。おそらく騎士団が存在を知らないから違法か合法か不明な代物。そう説明はされたが、ルートの母親を見れば答えは一目瞭然じゃないか。

 人間に害があるなら違法薬物だ。


「ホーミーパウダーって……」


 リフレが心配そうな目で僕を見てくる。


「心配するな。僕は平気だよ」


 ルートの母親はおそらく何度もホーミーパウダーを口に入れている。強い中毒性のせいで次が欲しくなり、正常な思考が出来なくなっている。


 対して僕がホーミーパウダーを口に入れたのは1度きり。問題ないはず。少なくとも正常な思考は出来るだろう。出来なきゃ困る。


「アアアアアアアアアア……アア?」


 なんだ? ルートの母親が僕の方を向いた?

 目の焦点が合っていないし、口からは涎が垂れている。改めて見てみても正気じゃない。毒を食らった奴でももう少しまともな顔をする。


「ひっ、ヘルゼスさんあの人こっち見てますよ!?」


「分かっている」


 なぜだ。なぜ僕達の方を見て……まさか。

 今、ルートの母親が欲しがる物を僕は所持している。ズボンのポケット内にあるから見えちゃいないはずだが、もし、匂いで感知出来るとしたらマズい。彼女はどんな手段を使ってでも奪おうとしてくるぞ。


「ウアアアアアアアアアアア!」


 ルートの母親は布団の上から僕目掛けて飛び掛かってきた。

 くそっ、やはり匂いで感知したのか。どんな嗅覚だ。ホーミーパウダー限定で嗅覚が強まっているのかもしれないな。


 面倒だ。彼女は食事を碌にとらないせいで筋力や体力不足になっているはず。迎撃するにしても力加減を間違えたら骨折させてしまう。難しいんだよなあ、相手に怪我をさせず気絶させる程度の力加減。


 とりあえず飛び掛かる彼女を躱し、軽く殴る。


「ヴォエア!?」

「お母さん!」

「すまないなルート。正当防衛ってやつさ」


 ゆっくり話をするために大人しくしてもらうぞ。


「ウアアアアアア!」

「何!? まだ意識あるのか!」


 今の殴打は手加減しすぎたのか?

 いや、体を鍛えていない人間を気絶させる程度の威力はあったはず。おそらく薬に対する執着が肉体の限界を超えさせたのだろう。人間は時に、強い感情によって普段以上の力を発揮することがある。


 殴って気絶させる難易度が一気に跳ね上がったな。

 どの程度の力で攻撃すれば意識が飛ぶのか、見極めるのには時間が掛かる。こうなったら少し強めに攻撃してしまおうか。なるべく怪我させたくはないが、正当防衛だし骨折させても許してもらおう。


 今度は先程よりも強く拳を腹にめり込ませる。


「ウヴォア!?」


 ルートの母親が倒れたので受け止める。

 やれやれ、ちゃんと気絶してくれたようだな。


「……お母さん」


「手荒な真似をして悪かったな。骨が折れているかもしれない」


「いえ。仕方ない、ですから」


 僕が母親を布団に寝かせると、ルートは心配そうな顔で彼女を見つめる。


「ヘルゼスさん。ホーミーパウダーをあげちゃえばいいんじゃないですか? そうすれば落ち着いてくれるかも」


「落ち着くのは一時的にだ。根本的な解決にはならないし、薬を使った分だけ中毒が酷くなる。これ以上酷くなると彼女がどうなるか想像出来ない。もう使わせない方がいい」


 最悪、ルートに危害が及ぶかもしれない。

 今まで危害が及ばなかったのはただの偶然か、それとも親として子供を殴りたくないと思っているのか。どちらにせよ中毒症状が悪化すれば自分の子供でも襲うだろう。


「じゃあ、どうしたら……」


「まず、ホーミーパウダーを排除する」


「排除? どうやってですか?」


「作っている人間に会う。どうするかはそいつ次第かな」


 薬を作る人間が何を考えて作ったのかを知るのは重要だ。

 まあ、善行目的な可能性は低いだろうが一応確認したい。


「簡単に言いますねー。どうやって捜す……あ、匂い?」


「いや、今回は匂いの追跡なんて無理。ホーミーパウダーは製薬者以外にも売人や使用者が所持している。匂いを辿っても、所持する奴等の誰が製薬者か特定出来ない」


「じゃあどうするんですか?」


「幸い、僕達は使用者と既に会っている。使用者は売人から薬を買い、売人は製薬者から薬を仕入れる。物を買うってことは、物を作る人間と繋がりを持つんだ。商売の流れを逆に辿っていけば必ず製薬者に辿り着く」


 ルートの母親は利用出来ないから、ギルドで会ったグロウスを利用しよう。グロウスを尾行して薬の売人を特定。その後は売人を尾行して製薬者を特定。単純な作戦だが尾行は細心の注意を払わなければな。尾行がバレれば雲隠れされる。


「なるほど。では早速行きますか」


「何言ってる。君はここに残れ」


 リフレは「ええ!?」と驚く。


「当たり前だ。ルートの母親の状態を見ただろ。あんな状態の人間と子供を2人きりにするつもりか。ルートを守るためにここで彼女を見張っておけ。動き出したら気絶させろ」


 ルートの母親を気絶させる程度は出来るだろう。

 弓を使うリフレの筋力は侮れない。


「そういうことなら仕方ないですね。ルートくんの安全は私が守ってみせますよ。ご飯はヘルゼスさんのお金で買っていいんですよね? ヘルゼスさん以外はお金ないですし」


「ああ、人数分買ってくれ」


 リフレ、ルート、そしえ彼の母親で3人分だな。


「5人分買ってもいいですか?」


「なんでだよ。3人分でいいだろ」


 何ちゃっかり1人で多く食べようとしているんだ。


「実は私、食べた分だけパワーアップを――」


「3人分でいいな。はい決定」


 仮にパワーアップが本当だとしても必要ないだろ。そういうのは本当に必要な時まで隠しておいた方が、分かった時に面白い。




 * * *




 ホーミーパウダーを作った人間に会うため作戦を開始。

 グロウスを尾行して売人を知り、売人を尾行すると1つの建物へ辿り着く。1階建ての小屋だ。他に何人も売人らしき人間が入ったそこで薬が作られていると睨み、小屋内の人が出て行くのを待ち潜入。残念ながら小屋はホーミーパウダーの保管庫であり、薬を作る場所は別らしい。


 作戦を少し変更。次は保管庫にホーミーパウダーを持って来た人物を尾行する。

 食事もとらず小屋内に潜み続け、日が変わった頃に目的の人物が来た。今度は確実に製薬者のもとへ辿り着くはずだ。細心の注意を払って尾行を続け、辿り着いたのは大きな横長の建物。工場のような見た目だが、何の建物かを示す看板は外されていた。


 まだ日が昇らない時間。工場のような建物に潜入する。

 建物内を見れば機械やレーンがあり、やはり工場だと確信した。しかも汚れ具合からして長く使われていない。探索中に怪しげな地下への階段を発見したので、まさかと思いつつ地下へ向かう。


「――というわけで僕が来たのさ」

「そっか」


 結論から言って、僕が向かった地下に製薬者は居た。

 今は弱々しい明かりが付く地下部屋で事情を説明したところだ。


 製薬者は僕に背を向けて椅子に座って居るが、後ろ姿でも誰かは分かる。小麦色の肌と茶色の体毛、そして羽のような腕。口はおそらく黄色いクチバシだろう。


「今度はそちらが説明してくれるよな、ラピリス?」


 彼女が製薬者だったことに驚きはない。

 薬に詳しかった彼女も製薬者候補と考えていたからだ。楽岩鳥から助けてくれた恩人だろうと、酒場で楽しく話した仲だろうと、ホーミーパウダーを作っていない証拠がない限り疑う。まあ、彼女が無関係なことを望んではいたがね。


「説明? 何をさ」


「ホーミーパウダーを作るまでの経緯」


 薬を作る理由はだいたい予想が付くが確認しておきたい。


「お金が欲しかったから作った。それだけだよ。アンタも見ただろ、シャイニー孤児院。経営はかなり苦しいんだ。少しでも多くの金が必要なんだよ。分かるだろ」


「理由は予想通りだな」


 孤児院を助けるためという一点なら善行目的。

 ルートの家で製薬者について考えていた時は善行の可能性が低いと思っていたが、この場所でラピリスと会ってからは考えが逆転した。……しかし、金を稼ぐ方法が問題だ。


「君は冒険者ギルドに所属しているだろ。仕事なら沢山あるはずだぞ」


「アタシのランクはサードだ。サードの冒険者が受けられる仕事なんて、しょぼい報酬ばっかりさ。報酬が高い仕事は強いモンスターの討伐。そんな仕事やり続けたら命がいくつあっても足りない」


 普通、モンスター討伐には命の危険が付き纏う。

 僕にはなくても他人は違う。モンスターを無傷か軽傷で討伐出来る冒険者は、セカンドランクでも活動出来る程の実力者のみ。他の力不足な者達はモンスターと戦えば大怪我を負い、最悪死亡することもある。ラピリスはその力不足な者の1人ってわけか。


 僕は偶々強い天能を持って生まれたから強いし、討伐の仕事も楽々こなして金を得られる。もし〈スキルドミネート〉を持って生まれなければ、どんな人生になっていただろうか。金に困って悪事に荷担なんて考えたくないが……可能性はある。


「この製薬の仕事を引き受けてからは効率よく金を稼げている。冒険者なんてやるのがバカらしくなるよ。……おかしな話だよね。真っ当に働くより、悪いことした方が金を稼げるなんてさ。酷い世界だよ」


「悪い、とは思っているんだな」


「そりゃあね。ホーミーパウダーの異常な中毒性は人間の害となる。作った本人が分からないわけないじゃないか。有害な物を作り、町に広める手伝いをしたアタシは……どんな理由があっても悪人さ」


 全て分かっていたのか。ルートの母親のような被害者が生まれることも。


「ついでに教えとくと、馬車を襲った楽岩鳥から助けたのはアタシの自作自演でね。獣人の中でも鳥型は鳥類と会話出来る。アタシが楽岩鳥に馬車を襲わせ、薬を投げたら撤退するようお願いしたんだ。王子に恩を売るためにね。もしかしたら、金目のものをくれるかと思ってさ」


 違和感はあった。普段山に生息して狩りをする楽岩鳥が草原に現れ、馬車が襲われたところを偶然見たラピリスが助ける。偶然にしては出来すぎた展開。まるで物語のワンシーンのようだとは思っていたが計画なら納得だ。


 鳥類と会話出来て、協力を要請出来る力。便利だな。その力を上手く使えば、モンスター討伐の仕事も楽になりそうなものだがね。


「なぜ急に自白したんだ」


「薬について騎士団に報告するんだろ? アタシは製薬者として捕縛される。もう隠し事したって無駄だし話しておこうと思ってね。アンタと会うことも2度とないだろうしさ」


「薬については報告する。被害者が居るからね。……でも、今なら君が捕まらないようにすることが出来る。君が望むなら捕縛させない」


 僕が何の為に薬を作った理由を知りたかったのかはこれだ。もし悪人に利用されていたとか、誰かを助けたいからとかの理由だった場合、僕が逃がす。僕は善人じゃないからな。騎士団と違って悪人を問答無用で捕まえたりはしない。


 ラピリスはさっき『製薬の仕事を引き受けた』と言った。

 売人をやっている連中からの依頼だろう。薬の知識がある彼女に目を付け、金を餌に引き受けさせた。そういうことなら逃がしてもいいんじゃないかな。彼女には彼女にしか出来ないこともあるしね。


「そんなことが本当に出来るの? 出来るとして、そんなことしていいの? アタシは罪人だ。罪人を助けていいの? 罪は償わなきゃいけない、でしょ?」


「ああ、君の罪は、君が償わなきゃならないな。しかし、君が違法となる薬物を作ったのには、孤児院を助けたいからという理由がある。僕個人としては君に捕まってほしくないね。孤児院の人達が悲しむしさ」


「……アタシが捕まらない方法は聞いておこうか」


 孤児院のことを考えて気持ちが変わったか。


「売人達を捕らえるため、この建物や売人達を楽岩鳥に襲わせる。建物は崩壊し、製薬出来る状況じゃなくなる。売人達は大きな怪我を負うだろう。後は騎士団に任せればいい」


「その後でアタシも捕まっちゃうんじゃない? 薬を作った張本人だし」


 尤もな疑問だ。誰が薬を作ったか、売人は当然知っている。勝手な想像だがラピリスを庇う仲間意識があるとは思えない。自分達が捕まるなら道連れにしてやろうと彼女の名前を出すだろう。名前を出さずに庇ってくれるなら面倒がなくていいんだが。


「権力で黙らせるのさ。幸い、今この町には騎士団を超える権力者が居る。ノーム王子だよ。おそらく、あの王子は常に手柄を求めている。僕達がホーミーパウダーの情報を教えれば売人捕縛へと動くだろう。手柄に繋がる情報を教え、売人捕縛を手伝う対価として、王子には君を庇ってもらう」


「そう上手くいくかなあ?」


「さあな。何事もやらなきゃ結果は分からないだろ?」


 売人がラピリスの名前を出しても、彼女はやっていないと王子に証言させる。犯罪者よりも王子の方が信用度は上だ。あの王子は嫌われ者だろうが、さすがに犯罪者より信用がないと王子失格だろ。騎士団が完全に信用しないとしても、王子の言葉を無視して捕縛するのは立場的に難しいはず。僕はこの作戦、上手くいくと思うね。


「……やっぱり、アタシだけ逃げるってのはダメじゃないかな。ホーミーパウダーでおかしくなった被害者が居るんだろ? その人達の気持ちを考えるとさ」


 こいつ、まだ気持ちが揺れている。

 自分を悪人だと言い切るくせに良心を捨てきれていない。悪人と自称するなら捕まりたくないとか、逃げたいとか言って僕に賛同すればいいものを。……まあ、本当の悪人なら助けたりしないんだが。


「その被害者の為に君が必要なんだよ。ホーミーパウダーを作った君がね。君には薬物依存症になった被害者を治してもらいたい。それが償いになるんじゃないかな」


「ホーミーパウダー依存の治療薬を作れってことか。……分かったよ。それが償いになるなら、捕まるわけにはいかないもんね」


「ようやく決意したか」


 翌日、サンバーザの天気は異常なものとなった。

 晴れのち雨、一部で落石。


 岩が落ちる音は落雷のようにも聞こえ、恐怖した人々も居たとか。

 落石は複数の建物を全壊させたうえ、怪我人も多く出ている。しかし怪我人は全員違法薬物を売った罪で捕縛された。壊れた建物も違法薬物に関係した場所だった。


 一部の人間の間では噂が広まっている。

 落石は神の裁きだとか。王子が岩を呼んだとか。

 真相が謎だからこそ様々な噂が生まれている。

 僕は真相を知る数少ない人間だが誰かに語ることはないだろう。


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