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楽岩鳥の岩落とし⑥


 む? 階段から子供が下りてきた。

 猫型の獣人か。着ている服はボロボロだ。

 獣人の子供はサニーを目にした途端笑顔になり駆け寄る。


「サニーさーん、絵本読んでー」


「ごめんなさい。今はこの人達をラピリスの部屋に案内する途中だから、後で読んであげるわね。なんの絵本を読んでほしいの?」


「じゃあ、伝説のヴァンパイアとスタードールの英雄!」


「分かったわ。自分の部屋で待っていて」


「うん!」


 元気よく返事した獣人の子供は階段を上がっていった。

 自分の部屋に戻ったか。サニーの言うことをちゃんと聞く良い子だな。よく懐いている。笑顔だったし、この孤児院で過ごすのが楽しいんだろうな。


「今の子、服がかなり傷んでいましたね。破けた箇所もありましたし、新しい服を買ってあげた方がいいんじゃないですか? 女の子ですし可愛い服とか」


 リフレがそんなことを言う。

 確かにあのボロボロな服は気になる。縫い目があったし、破けても縫って使用しているらしい。リフレの言う通り新しい服を買った方が良さそうだ。


「実はこの孤児院の経営が苦しくて、服を買ってあげられる余裕がないんです。最近はラピリスがお金を孤児院に入れてくれるので少し生活の質は上がりましたが」


「大変だな。食事は充分取れているのか?」


「それは問題ありません。食費を削れば新しい服も買えますけど、食事は服や玩具より優先すべきことです。生きるために必要なことですから」


 ふむ、確かに。人間は何か食べなきゃ死んじまう。食べる量も少なければ痩せ細り、体調悪化の原因にもなる。しかし服は最悪無くてもいい。着られなくなるまで1着を着回したって、しっかり洗濯しとけば害はないんだ。服より食って話は納得出来るね。


「そうですよねー。食事は最優先。同意見です」


 リフレは食い過ぎだと思うが。

 こいつ、僕の3倍は食べるのによく太らないな。森人族は太りにくい体質なのかもしれない。それともこいつだけの体質なのか。どちらにせよ羨ましい体だ。


 僕達は階段を上がって2階に到着する。

 サニーが言うには2階の1番奥がラピリスの部屋だとか。その部屋の前に着いたのはいいんだが、案内を終えたサニーが離れていかない。無言で突っ立っている。


 やれやれ、信用がないな。

 ラピリスとは話したいだけなんだが。

 見られ続ける中、僕は扉をノックする。


「どうぞー」


 許可を貰ってから扉を開け放つ。

 ここがラピリスの住む部屋か。

 狭い。宿屋の部屋の半分程度だ。でも、1人なら寧ろ過ごしやすい広さだな。部屋の3分の1はベッドが占領している。残りのスペースは本棚やテーブル。無駄な空間のない良い部屋だ。


「おはよう2人共。ようこそシャイニー孤児院へ」


 ベッドに座っているラピリスはクチバシの端を上げる。


「何の用事? 用事がなきゃ孤児院には寄らないでしょ」


「用事があるのは事実だが、個人的に孤児院は見学したいと思っていたよ」


「へえ、見学のご感想は?」


「まだ半分も見学していないが良い孤児院だと思うよ。子供が笑えている。院長も優しい人だ。過保護な気もするけど」


「確かに。サニーさん、この人達は警戒しなくても大丈夫。何かあったら大声出して知らせるから、ね? 他の子のところへ行っていいよ」


 サニーは「……分かったわ」と言ってようやく離れる。

 完全に納得したわけじゃなさそうだが問題ないだろ。

 僕とリフレは部屋に入り扉を閉めた。


「で? アタシに何の用?」


「薬について知りたくてね」


「またか……よし、お帰り願おう」


「おいおい、部屋に来てまだ1分も経っていないぞ」


 いったい僕が何をしたっていうんだ。

 馬車で長話したのが嫌だったのか?


「あの、ラピリスさん。話を聞いてくれませんか? ヘルゼスさんの長話に付き合うのが嫌なのは分かりますけど、今日は長話させませんから」


「僕が長話する前提で考えるな」


「はぁ。まあ、いいか。薬の何が知りたいの?」


 リフレが説得出来たという事実が気に入らない。普段食べ物のことしか考えていないくせに。色々言いたいことはあるが、話の腰を折るのは止めておこう。


「君は知っているかな。この薬物、ホーミーパウダーと言うらしいんだが」


 ホーミーパウダーをラピリスに見せる。

 白い粉を見た時、名前を聞いた時、彼女の目に動揺が見えた。知っているのは確実だな。彼女を頼ったのは正解だったらしい。


「どこで、それを……」


「グロウスって男に貰ったんだ。知り合いに配ってくれって」


「……それ、使ったの?」


「1回だけ」


 なんだ? この反応、やはりヤバい薬物だったのか?

 違法薬物だったら使ったのバレないようにしないとな。もちろん所持している残りは処分だ。王国騎士団にバレる前に証拠隠滅する必要がある。……いや、敢えて騎士団に報告してもいいかもしれない。売人と製作者捕縛の協力者として扱ってもらえれば何も問題ないぞ。


「もう使わない方が良いよ、それ」


「違法薬物なのか?」


「違法かは判断出来ない。半年前に作られたばかりとはいえ、中毒性で爆発的に購入者を増やしている薬だ。ま、国がどう判断するかだね」


 作られてから半年か。国王や騎士団が認知していない可能性があるな。もし認知され、違法と判断されたら処分するよう注意喚起される。その時すぐに処分すれば罪には問われない。


「つまり、今は持っていても問題ないわけか」

「そういうこと」


 僕が犯罪者になる可能性は低そうだ。良かった。違法薬物所持なんてくだらない理由で追い掛け回されるのは御免だからな。


「でも、何度も言うけど、それは使わない方が良い」


「言われなくても使わないさ。薬物依存になるのは怖い」


「ならいいんだ。早めに処分しときなよ」


「ああ」


 聞きたいことは聞いたし、孤児院を見学してから出よう。

 冒険者ギルドの仕事もしなきゃならない。そういやリフレがトンドライブってモンスターを食べる気満々だったな。8足歩行とはいえ豚だし味は良いはず。美味いなら孤児院の奴等に届けてやろう。


 その日の夜、僕達は大きなトンドライブの肉を孤児院に届けてやった。

 食事優先と言っていただけあってかなり喜ばれた。孤児院の奴等、食べたら驚くだろうな。僕も今日初めて食べたんだが、腹部の肉は柔らかく、口に入れれば溶けて消える。逆に足は石みたいに硬かったから届けていない。あんな硬いもん喜んで食べるのはリフレくらいだろうね。




 * * *




 サンバーザへ来て3日目。

 この町で僕が見て回りたい場所はもう無い。

 図書館の本も既に読破したものが多いし、図書館は大きな町なら必ずある。まだ読んでいない本は他の町の図書館で読めばいいのだ。今日は冒険者の仕事をやって、明日には町を出ようかな。次は王都スタードールだしこの町より楽しめるだろう。


 ん? 遠くを歩くあの子供、妙だな。

 ここは町中でも人通りの多い市場。食べ物や衣服、その他様々な物が売られている。店ばかりなこの市場へと訪れるのは買い物目的の人間が多いはず。それなのにあの子供の目、見ているのは店じゃなくて周りの人間だ。


「気になる物でも見つけたんですか?」


 隣を歩くリフレがそう訊いてくる。


「いや、面白いモノは何もない」


「そうですか。折角買い物に来たのに今日は衝動買いしないんですね」


「さあね、まだ分からないだろ」


 僕達の鞄はもうすぐ収納量が限界になる。

 破裂しそうな風船のようだからな。

 今は宿屋に置いているが、あの鞄に詰め込むのを考えると買い物を躊躇してしまう。荷物持ちと鞄を増やせば解決する問題なんだがね。3人旅となれば騒々しいし、そもそも荷物持ちとして奴隷を買う金の余裕はない。


「きゃっ」


 うお、驚いた。似合わない声出しやがって。


「どうした?」


「あー、今誰かにぶつかったみたいです」


「ぶつかった相手は?」


「見えなかったですし背の低い子供かと」


 子供? そういやさっきの子供、居ないな。

 まあ人の多い道だ。見失うのは仕方ないことか。


「あ」

「今度はなんだ」


「……財布……無いです」

「は?」

「どうしましょう……」


 リフレが顔面蒼白になって呟く。

 おい、おいおい。君が持っていた財布には全所持金が入っているんだが。無くなりましたとか笑えないぞ。金は冒険者ギルドですぐに稼げるとはいえ、現時点の所持金全部失ったら最悪な気分になる。


「おかしいですよ。さっきまで持っていたのに……」


「さっき、誰かにぶつかったと言っていたな。おそらく財布を盗る目的でわざとぶつかられたんだ。君が間抜けに見えたからターゲットにしたんだろう」


「なっ、ゆ、許せません! 私のお金を!」


「君のじゃない僕の金だ。探すぞ」


 まったく、面倒なことになってしまったな。

 スリはどこに居るか分からない。リフレには常に警戒してもらわないと、今日取り返してもまた同じことが起きる。仕方ない、財布は今度から僕が持とう。僕が持っていれば誰かに盗られることはなかったんだ。


「でも、どうやって捜すんですか? 顔も名前も分からないのに」


「犯人を捜すんじゃない。財布を探すのさ。匂いでね」


「匂いで!?」


 1つ、探し物をする際に役立つ天能を持っているんだ。



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