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楽岩鳥の岩落とし⑤


 早く依頼書を持って受付嬢さんのところへ行こう。


「――おい待てよ」


 今度は誰だ。話すの怠くなってくるよ。

 純人か。焦げ茶色の肌。筋肉質で大きな体は先程のギルドマスターよりも大きい。凄いな、僕の五割増しくらい身長が高い。顔は、なんかムカつくな。薄ら笑い浮かべやがって。


「はぁ、君は誰かな」


「俺はグロウス。セカンドランクの冒険者だ。そんなことよりもお前等、今の王子と仲良さそうだったよな? 羨ましいねえ王子と知り合いなんて」


 薄ら笑いを浮かべたままで消さない。

 王子と仲良さげで羨ましいだって? それなら王子との会話を代わってもらいたいね。今のところ王子と話しても有意義な時間を過ごせそうにない。正直2度と会わなくてもいいと思っている。


「何が言いたい。何の用だ」


「交友関係が広いお前等に頼みがあんだよ」


「頼み? なぜ僕が君の頼みを聞かなくちゃならないんだ」


「冷てえ奴だなあ。俺が頼みてえことってのは簡単なことさ」


 グロウスはハーフパンツのポケットから透明な袋を取り出す。

 この袋、中に白い粉が入っている。

 昨夜見た物と一緒だ。


「この粉、ホーミーパウダーを配ってほしいんだよ。もし追加で欲しいって言う奴が居たら俺のところに来させな。この粉を取り扱ってる商人んとこ連れて行くからよ」


 何かと思えば商品の宣伝か。つまらない。

 無料で配るのは、もっと欲しいと思うリピーターを見つけ出すためだろう。無料で配るのは商人側が損しているように思えるが、長期的に見れば売上が伸びる可能性がある。どんなに売れる商品でも人々が存在を知らなきゃ売れないからな。


「このホーミーパウダーってのは何だ? 薬か?」


「ああ、そうだぜ。試しに使うか? 口に入れるだけだし簡単だぜ」


 グロウスは袋を破き、ホーミーパウダーを口へ入れる。


「ふへええ、良い気分だ。これこれこの感覚うううう。ホーミーパウダーを食べると快感が全身に広がるんだよ。女とセックスするよりも気持ちいいんだぜえ。最高の気分になれる」


 快楽を得るための薬か。

 グロウスの顔が若干赤くなり、呼吸が荒くなる。

 どこを見ているのか目が勢いよく上下左右に動く。

 気持ち悪っ。危険性があっても驚かないぞ。


「ヘルゼスさん、危ない薬ですよ絶対」


 リフレの言う通りヤバい気がする。

 スタードール王国には製造や販売が違法となった薬物がある。性能が素晴らしくても副作用で肉体が壊れてしまう薬とか、体を壊すための薬とか。要するに服用し続けたら死ぬような薬が違法薬物となっている。ラピリスから聞いた知識だ。


「だが、1度試してみよう」

「ヘルゼスさん!?」


 ホーミーパウダーを口内へ流し込む。

 飲む必要はない。舌の上で溶けていく。


「うっ!?」


 頭に電気が走ったような気がする。不思議と痛くはない。

 視界が霞む。白黒に点滅する。正常な思考が……。


「ヘルゼスさん?」


 gほんtおjさgfななのいおdんがんいおgjなlさsgあngsおいfkmgななsどfぎんさkしゃふぉいがjsななsごぢあsなsdふぉあぎあsなあのぎあいだなぢgdpだdまんfごどsだんfごdぎあnんだあおぢっfがygんぞあqえんがいんglzなあdぽがなzdtおがなznk――。


「ヘルゼスさん! どうしたんですか!?」


 ……リフレの声が聞こえる。

 はっ? 僕は何をしていた? 意識が飛んだのか?


「す、すまない。大丈夫だ」


「本当に大丈夫ですか? 凄い顔してましたけど」


「今は意識がはっきりしている。体は、寧ろ調子が良い」


 不思議と脳がすっきりしている。

 ホーミーパウダーを飲んだ僕に何が起きたのかは分からない。ただ、全身が気持ち良かったのは体が覚えている。快楽の嵐。あの感覚、忘れられそうにない。グロウスの言うことは正しかった。


 もう1度あの快感を味わいたいと細胞が訴えてくる。

 凄まじい中毒性があるなこれは。2度も使用したらおそらく、ホーミーパウダーのことしか考えられなくなる。ホーミーパウダーを入手して、自分に使うことが全てになってしまう。……だからもう僕は使わない。僕の理想の冒険者を続けるなら使ってはいけない。


「ご感想は? 最初は意識ぶっ飛ぶだろ」


 笑いながらグロウスが問いかけてくる。


「強烈な薬だな。これ、違法薬物じゃないのか?」


「はっはっは! 違法なわけないだろ。商人も合法だと言ってたぜ」


「……まあ、機会があれば配ってやるよ」


「おう頼んだぜ」


 グロウスは他の人間のもとへ向かって行く。

 商人が合法と言ったから合法?

 そんなわけないだろ。

 売るための嘘かもしれない。

 違法薬物を違法ですと言って売るバカは居ないだろう。


 ホーミーパウダーが本当に合法か確かめる必要があるな。もし違法薬物だったら所持するだけで問題になる。


「リフレ、仕事をする前に用事が出来た」


「その粉が関係してます?」


「ああ。ラピリスのところへ行くぞ」


 薬の知識が豊富な彼女なら、ホーミーパウダーが合法か違法か判別出来るかもしれない。楽岩鳥から助けてくれた恩人を頼りたくはないが、薬に詳しい奴を彼女しか知らないしな。


 彼女の家なら昨夜酒場で聞いている。

 サンバーザの町に1つしかない孤児院。

 そこが彼女の住む場所だ。



 * * *



 大きな町には多くの人間が住んでいる。

 中には育児放棄する人間も居るだろう。

 サンバーザで親に恵まれなかった子供達は、この町に唯一ある孤児院へと預けられる。捨てられた子供は誰かが孤児院へと届けるか、自力で辿り着く。


「ここがシャイニー孤児院か」


 想像よりも小さな孤児院だ。

 2階建ての家を2軒繋げた程度の大きさ。庭付きの孤児院が描写された小説を読んだことがあるから、孤児院ってのはもっと敷地が広いと思っていた。この建物の大きさから推測するに孤児の数は少ないのかもな。


「ここにラピリスさんが居るんですよね」


「そのはずだ。昨日本人が言っていたし」


「孤児、だったんですよね。可哀想」


 可哀想、ね。それはどうだろうか。

 親に捨てられたのは悲しいかもしれない、寂しいかもしれない。でも、だからって可哀想な人生とは限らない。親代わりの人が孤児院には居る。似た境遇の仲間も居る。虐めを受けているならともかく、孤児ってだけで可哀想とは思えないな。


「すまない! ラピリスは居るだろうか!」


 ノックをしながら大声で叫ぶ。

 しばらくして扉が開き、金髪の老婆が出て来た。犬型の獣人だな。


「どちら様でしょうか?」


「僕はヘルゼス・マークレイン。隣の女がリフレ。冒険者だ。ラピリスとは昨日知り合ったばかりの浅い関係なんだが、彼女に確認したいことがあって来た。名前を伝えれば知り合いだと分かると思うよ」


「そうでしたか。私はシャイニー孤児院の院長を務めているサニーと申します。ラピリスにあなた達のことを伝えるので少々お待ちください」


 サニーは1度孤児院内に戻り、数分後に出て来た。


「部屋まで来てほしいそうです。案内しますね」

「どうも」


 孤児院の中へ入らせてもらう。

 部屋ってのは、ラピリスの私室なんだろうか。彼女はもう大人だ。いつまでも孤児院に留まり続けるのは迷惑が掛かる。冒険者ギルドで仕事は出来るんだし、安い家になら住めそうなもんだがな。


 まあ、孤児にとってこの場所は実家。

 簡単に離れたくない気持ちは分かる。

 僕だって家を出る時は少し寂しかったしな。

 家族の未来が心配にもなった。


 そういえば、ここにはラピリス以外に何人居るんだろう。部屋は足りているのかな。よし、気になることは訊いておくか。孤児院に入る機会なんて滅多にないし。


「興味本位で知りたいんだが、孤児ってのは1年に何人出るもんなんだ?」


「この町では多くても3人でしょうか。もちろん1人も孤児にならない年はありますよ。今うちの孤児院では8人育てています。いつか、孤児院なんて必要なくなれば良いんですけどね」


「おそらくそんな時は来ない。人間は身勝手な生き物だからな」


 リフレが「自己紹介ですか?」と言ったので頭を叩く。

 誰が身勝手だ。僕は……身勝手かもな。



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