楽岩鳥の岩落とし④
サンバーザの宿屋に1泊後。
僕とリフレは朝早くから冒険者ギルドに来ていた。
最低ランクのサードとして仕事はしっかりやっている。なるべく難しい仕事をこなしているからセカンドに昇級するのも近いはずだ。
それにしても、朝早いのにギルドの人間多いなあ。仕事熱心で感心するね。リフレにも見習ってもらいたい。こいつ僕が起こさなきゃ昼まで寝ることもあるからな。
さて、クエストボードを見に行くか。
サードランクのクエストボードは1番大きいから目立つ。なんせ仕事の依頼数が1番多いからなサードは。最低ランクだからこそ頼める仕事があるんだ。
掃除。洗濯。買い物。料理。配達。モンスター討伐。薬草採取。野草採取。盗人捕縛。色々あるが、それくらい自分でやれって仕事もある。冒険者ギルドなんて便利屋があったら利用したくなる気持ちも分かるけどね。
「ヘルゼスさん、これとかどうです?」
リフレが依頼書の1枚を指す。
何々、お母さんの代わりに料理を作ってほしいです。
報酬100エラ。依頼者名ルート。
「却下。楽だからってつまらない仕事を選ぶなよ。重要なのは報酬額だ。100エラなんて宿に1泊も出来ないじゃないか。報酬は最低10000エラは欲しい」
「いやー、すみません。困っているのが伝わる内容だったので」
お母さんの代わり。おそらく怪我か病気で母親が料理が出来なくなったんだろう。それなら自分で挑戦すればいい。いつか自分で料理を作る時が来るかもしれないし、練習だと思えばいいじゃないか。
「うーん、じゃあこれですかね」
リフレが別の依頼者を指さす。
モンスター討伐依頼か。
討伐対象はトンドライブ5体。
報酬18000エラ。
トンドライブってのは確か、8足歩行の豚みたいなモンスターだ。左右に4本ずつ生えた足が縦に高速回転して大地を猛進する。回転が速すぎて足は車輪に見えるらしい。突進力は強く、普通の人間が衝突したら体が千切れ飛ぶとか。
サードランクにしては強いモンスターだし報酬が高い。良いな。
「報酬は良いな。よし、今日はこの仕事にしよう」
「お昼ご飯は豚足の料理にしましょうか。想像したら今から涎が」
「垂らすなよ」
――依頼者に触れた時、入口の扉が勢い良く開かれた。ギルド内にガタンッと大きな音と扉の軋む音が広がる。
「ギルドマスターは居るか!」
誰が来たのかと思えばノーム王子じゃないか。
いかにも金持ちですみたいな派手な服装は変わらない。
「私はノーム、スタードール王国の王子だ! 年々増えている行方不明者について話がある! 居るならさっさと出て来い! 私が直々に出向いてやったのだぞ!」
昨夜酒場で代金を支払ってくれたのは感謝しているが、あの偉そうな態度は気に入らないな。王子という身分が高く、彼が偉いのは僕でも分かる。だが他人を見下す心を表面に出すのは良くない。露骨すぎるんだよ。せめて心の中で見下せ。
あ、獣人の受付嬢さんが王子のもとへ走って行く。
放置したらさらに厄介になるだけだしな。当然だ。
「申し訳ありません。失礼ですが本当にノーム王子様なのですよね? 何か身分証明出来る物を所持していらっしゃいますか? 言葉だけで信用してはならないというのがギルドの教えでして」
「私が偽者だと言うのか!? ちいっ、少し待て。父上から頂いた書状がある」
なるほど、初めから冒険者ギルドから話を聞くつもりだったのか。冒険者ギルドは多くの情報を集めている。行方不明者が増える件についても独自に調査はしているだろう。
「ほらっ、これを見ろ!」
王子が1枚の紙を受付嬢さんへ見せつける。
「……本物のようですね。王家の方への失礼な言動どうかお許しください」
「私が王子だと理解したなら早くギルドマスターを呼んで来い!」
「……はい」
「ふんっ、下等な獣人め。思考能力は獣と変わらんな」
あの王子、ヤバいな。
リフレも「うわぁ」とドン引きしている。
獣人に対して過剰なまでの見下し方だ。昨夜、ラピリスへの態度で想像はしていたが想像以上だった。これが獣人相手だけなら僕に実害はないが、純人以外の種族全てを差別していたら危険だぞ。なんせ、僕の隣には森人族が居るんだからな。
長い耳さえ見られなければ森人族とは分からない。逆に言えば耳を見られたらアウト。誤魔化しようがない。長い銀髪で普段は隠れているが、強風が吹いたりしたら隠せないだろう。厄介な王子だ。
あ、王子に気付かれた。
気付くなよっていうか忘れろよ。
「おお、貴様等は昨夜の旅人だな」
くそっ、なぜ碌に会話していない相手を覚えていやがる。もうダメだ。こっちに歩いて来るし会話するしかない。王子と知り合いなら普通は凄いと思われるはずだけど、この男相手だと評価が下がりそうだ。だからって王族を無視も出来ない。最悪だな。
「昨夜はありがとうございました。王子の広い心で助かりましたよ」
「うむ」
「ここには行方不明者増加の調査でいらしたようですね。王子ならきっと原因を突き止めることが出来るでしょう。弱い僕達は力になれませんが王子のご活躍を祈っています」
「うむ」
満足気な顔だ。承認欲求の強いタイプか。
「貴様は自分の立場をよく理解しているようだな。それに比べて隣の女、貴様は私に言うことがないのか? この男が礼を言ったから自分は言わなくてもいいと思っているのではないだろうな」
「え? あ、すみません。昨夜はありがとうございました」
「うむ、それで良い。感謝は口で伝えねば相手に伝わらぬ」
良いこと言ってるけど……なんか、こいつが言うのは嫌だな。
「ふーむ。女、名前は何と言う」
「リフレです」
ん? おいおい、王子がリフレに興味持ち出したぞ。
「多くの美女を見てきたが貴様程の美しい女は初めてだ。今晩、私と過ごさないか? 金は出すぞ」
「え、ええ……」
本当に王子なのかこいつは。
他種族を見下す人間性。金で女を購入。
今日1日でこいつへの評価が垂直に落ちていく。
ラピリスが言っていた噂も真実なんだろうな。
「申し訳ありません王子。彼女は僕の恋人でして」
「え」
「何? そうなのか?」
合わせろ。頼むから。
「は、はい。私は彼の恋人です」
「ならば先程の誘いは忘れてくれ。他人の恋を邪魔するつもりはない」
「ありがとうございます」
ふぅ、危機は去ったか。
夜に男女が2人で過ごしてやることは想像が付く。王子とリフレが肉体関係でも持ってみろ、面倒なことになるのは分かりきっている。リフレが森人族だとバレるだろうしな。
仮に王子が獣人だけじゃなく森人族も差別する男なら、肉体関係を持ったのは屈辱に思うはず。誰にも知られたくないからと口封じに殺す可能性がある。ついでに僕も殺されるなその時は。
森人族ってのは存在が貴重な種族だ。王子に殺されなかったとしても、政治利用される可能性が高い。まあ、良い扱いを受けないことは確かだ。リフレの正体は必ず隠す必要がある。
「ノーム王子! 遅くなって申し訳ありません!」
「む、やっと来たか」
奥から獣人の受付嬢さんと純人の男性が走って来る。
「貴様がここのギルドマスターだな?」
「はい。サンバーザ支部ギルドマスター、ナットロンです」
筋肉が発達して大柄な褐色肌の男性。
彼がここのギルドマスターか。強そうな人だ。
しかし、強い人間でも権力の前では無力か。
怯えた様子で頭を下げている。
見たくないな、こんな姿。
冒険者に憧れ持ってる奴が見たら憧れ消えるだろ。
「さっさと寛ぎながら話の出来る部屋に案内せよ」
「はっ。ではご案内させていただきます」
王子はギルドマスターに付いて行き、受付嬢さんは仕事へ戻った。
はぁ、やっと鬱陶しいのが居なくなってくれたか。
「ヘルゼスさん、ありがとうございます」
リフレが笑いながら感謝してきた。
「何への感謝だい」
「さっき王子の誘いから助けてくれたじゃないですか」
ああ、あれね。恋人とか言ったやつ。
「ヘルゼスさん。さては私のこと大好きですねえ?」
「バカなことを言うな。君は森人族の国への案内役だ。王子に付いて行かせたら戻って来ないかもしれないだろ。ちゃんと役目を果たすまでは君を手放すつもりないから。覚えておけ」
「もーう、素直じゃないですねえ」
「素直だが?」
どこら辺が素直じゃないのか聞きたいもんだ。
いや、止めておこう。どうせ妄想語られるだけだし。




