冒険者の夢②
新人研修は終わったし、早くも1つ仕事を終えた。
最初から高額報酬の依頼を受けて懐を潤したかったが、冒険者のランクを上げなきゃ簡単な依頼しか受けられないとは想定外だ。まあシステム的には正しいと思うけどね。新人が強いモンスターと戦って死んだらギルドも困るしさ。
はぁ、ゴブリン退治程度じゃ報酬は低いなあ。
贅沢しなければ1週間は宿に泊まれるが、僕には衝動買いの癖がある。
もしかしたら明日には金欠になっているかもしれないぞ。
仕方がない、地道に働くしかないか。実績を少しずつあげるしかない。
僕の強さを証明していけば冒険者のランクも上がるだろう。
「腹が空いたな。……おっ、タイミング良く料理店発見」
朝から草や石しか食べていないからまともな料理を早く食べたい。
店に入ってみたが混んでいるな。空席は見えない。すぐには食べられないか。
「いらっしゃいませー。申し訳ありませんが現在満席でございまして。席が空くのがいつになるか分かりません。相席でもよろしいと言うお客様がいらっしゃればご案内出来ますが、どうされますか?」
「相席か、じゃあ確認頼むよ。相席出来ないなら待たせてもらう」
「分かりました。確認してまいります」
知らない人間と飯を食うのが嫌いって奴は居るだろうが僕は構わない。
不潔だったり、食べる時に咀嚼音がうるさい相手は嫌だがな。しかし今僕は空腹だし、そういった相手でも我慢してやるか。今は腹を満たすことが最重要だ。
「相席でもよろしいと言うお客様が1人居ましたのでご案内します」
「ありがとう」
同じテーブルに座る相手はいったいどんな奴だろうか。
店員に案内された席に座っていたのは男だ。見覚えがあるぞ。なんか落ち込んでいるみたいだけど、どこで彼を見たんだったかな。最近……いや、そうか思い出したぞ。
こいつ、朝に『魔壊』とかいうパーティーを追い出された男!
なんてこった。どんよりとしたオーラが出ていて鬱陶しいぞ。
これから僕はこいつと向かい合って料理を食べるのか。
「相席を許可してくれてありがとう」
「…………」
無視だと? こ、こいつ、僕の声に全く反応しない。
もしかして姿すら見えていないんじゃないだろうか。
この様子じゃ相席の話もよく聞かず、許可も雑に出したんだろうな。
「それでは、ご注文がお決まり次第、お手元のボタンを押してください」
おい待ってくれよ店員。君はこの男に何も思わないのか?
くそっ、店員行っちまったな。
関わるのは面倒そうだし早く腹を満たして帰ろう。
もう同席の男は気にしない。ああ気にしないとも。
視界に入ってはいる彼は石だ、路傍の石。……余計気になるな。
彼のことは置いといて、まずは自分が食べる料理を選ばなければ。
メニュー表を開くと美味しそうな料理の絵と名前が描かれている。特に食べたい物は決めていなかったし、どれも美味しそうだから迷っちまう。久し振りに肉なんてどうだろう。体力や筋力を付けるためにも必要だもんな、肉料理にしよう。
店員は手元のボタンとか言っていたが……これのことか?
小型の箱に白いボタンが付いている。見たことのない装置だ。
ボタンを押してみるとピンポンという音が鳴る。
この音で店員が来てくれるってわけだな。便利な物だ。
「はい、お呼びでしょうか」
「注文するよ。豚肉サンド、肉野菜炒め、スカイバードの丸焼き、カットしたリンゴどれも1皿ずつ。リンゴは最後に食べたいから、運ぶのを遅らせてくれるとありがたい」
「承りました。料理完成まで少々お待ちください」
しばらく経ってからリンゴ以外が運ばれてきた。
見た目通り美味い。柔らかいパンに焼いた豚肉と玉葱を挟んだお手軽料理。豚肉から出た油がパンに少し染みつき味が付いている。肉野菜炒めも味付けが見事だし、鳥型モンスターの丸焼きも焼き加減が絶妙。この店は良い店だし明日も食べに来よう。
最後にリンゴが席に届いたので食べながら目前の男を見る。
彼の前にはコーンスープとパンが置かれていた。この落ち込み野郎、全然料理を食べ始めないな。僕が席に座った時には既に置かれていたはずだぞ。あーあ、せっかくのスープが冷めちまって勿体ない。料理人に失礼だと思わないのか。
「なあおい君。料理作るよう頼んでおいて運ばれてきた後は放置って、料理人に失礼だと思わないのか? ここは料理店だぞ。食べないなら家に帰ったらどうだ?」
「……放っておいてください」
「落ち込む気持ちは分かるがね。暗い顔で辛いアピールして、いつまで項垂れているつもりだ? 優しい奴が声掛けて来るのを待っているのか? そんなことしているなら前を見て、自分の未来のために行動するんだな」
「ぼ、僕のことを何も知らないくせに、好き放題言ってくれますね」
「少なくとも知っていることはある。今朝、冒険者ギルドに登録してきたものでね。君がパーティーを追放される現場を見たよ。落ち込んでいる理由はパーティーを追い出されたからなんだろう?」
「……見て、いたんですか」
この男の名前、確かノーザンだったっけ。
僕から目を逸らす彼は冷めたスープを1口飲む。
「……美味しいな、このスープ」
現実逃避するように彼はスープを一気に飲み干し、パンも完食した。
「あの、冒険者登録してきたって言いましたよね。知っての通り僕は現在フリーでして。よければ僕とパーティーを組んでくれませんか? せ、先輩として教えられること色々ありますよ」
「断る。僕は1人でいい」
見境ないなこいつ。僕が新人だからって何も知らないと思うのか。
受付嬢からノーザンの話は聞かされているし、仮に話を聞かなかったとしても朝の追放場面を見ればノーザンの評価は分かる。冒険者として1人では活躍出来ず、自分より優秀な誰かを利用して仕事をしては、自分が何かを為した気になる寄生人間。
先輩とは言うが、はっきり言ってノーザンから教わることは何もない。
「君さあ、冒険者辞めた方がいいんじゃないかな。受付嬢から聞いたんだが、天能が戦闘向きじゃないし才能も無いらしいじゃないか。さらに現在はパーティー追い出されて1人ぼっち。死なないうちに転職を勧めるよ」
「天能や才能が全てじゃない! 必死に頑張ればいつかは……立派な」
「君の天能って何なのさ。本当に役立たないのか?」
「僕の天能は〈料理人〉。料理技術の上達が早くなるだけです」
「〈料理人〉だって? おい、良い天能じゃないか」
天能が役立たずだと見下されやすく、就職でも若干不利になる。
その点〈料理人〉は素晴らしい。料理の上達が早いなら料理店を開けば繁盛するかもしれない。料理を作る人間にとっては最高な天能だ。欲する人間は多い。雇いたい料理店も多いだろう。
「僕にとっては無意味な力ですよ。料理が上手くなったってモンスターを倒せるわけじゃない。あなたの天能は何です? ソロ活動するってことはさぞかし凄い天能なんでしょうね」
「〈剣術〉だよ。剣技の上達が早くなる」
受付嬢には〈剣術〉って答えたし回答は統一しておかないとな。
「羨ましいな。僕だって武器の扱いが上手くなる天能が欲しかった。剣、槍、鞭、斧、ハンマー、弓、様々な武器の練習をしたけど上手く扱えない。僕には武器を扱う才能が全くないんです」
天能ってのは神が授けるらしいが人間の希望は聞いてくれない。
ノーザンのようにやりたいことをやっても上手くいかず、辛い思いをする者はこの世に多く居るだろう。しかし、辛そうに語っているがなぜ冒険者に拘るんだ。料理関係の職に就けば安定した生活が送れるだろうに。
「なあ、君はなぜ冒険者を続ける。辞めたくない理由は何だ?」
「……子供の頃、モンスターに襲われていたところを冒険者に助けてもらったんです。その時から憧れて、僕も誰かを助けられる強い冒険者になりたいと思いました。ずっと立派な冒険者になるのが夢だったのに……実際なってみた結果が今です。弱いからギルドでは厄介者扱い。夢なんて所詮夢だってことですかね。努力が報われるのはいつになるやら」
夢。子供の頃からの憧れ。そうか、ノーザンは僕と同じなんだ。
意味は違うが冒険者になりたいという夢を持ち、理想のために努力する。受付嬢が転職を勧めてもギルドを辞めないわけだ。ギルドを辞めるってことは、ずっと追いかけてきた夢を諦めるってことだからな。ノーザンの立場なら僕だって辞めずに続ける。
「少し、あなたのことを誤解していたよ先輩。あなたは尊敬に値する人間だ」
「何を言っているんですか。ただ、諦めが悪いだけですよ僕は」
「それでいい。夢を追いかける人間にとって諦めの悪さは立派な長所。僕はあなたの諦めの悪さを尊敬する。あなたの夢を応援したいと心から思っている。武器を扱う練習は今も続けていますよね?」
「え、ええ、剣技だけは。昔助けてくれた人も剣士だったので、才能がないと分かっていても剣を使いたくて。はは、未だに剣士なんて名乗るのも烏滸がましいレベルですけど」
ノーザンに足りなかったのは運だろう。
天能で〈剣術〉を授かっていれば、少しでも才能があれば努力は報われていたはず。残念なことにこれは彼自身で解決出来る問題じゃない。天から授かる能力はもちろん、才能も生まれつきだしな。
――だが、僕なら力を貸せる。彼の限界を壊せる。
「手を出してください」
「手? え、何で?」
「いいから早く」
僕の真の天能を使うことで、ノーザンが理想に近付ける可能性を上げる。
名は〈スキルドミネート〉。僕が知る中では唯一、天能を支配する天能。
触れた相手の天能を奪ったり、逆に与えたり出来るとんでもない力。
強すぎるこの力が誰かに知られるのは厄介事の種になるため、普段は嘘を吐いて隠している。僕の天能は故郷に住む家族以外誰も知らない。信頼の置ける人物でなきゃ教えるのはリスクしかないからな。
「……変なことしないでくださいよ?」
「酷い誤解だ。あなたと握手をしたいだけです」
「まあ、握手なら良いですけど。急に態度が変わって怖いんですよ」
ノーザンの手を握る。他人に天能を与える条件、対象への接触クリア。
彼に与える天能は当然、剣技の上達が早くなる〈剣術〉。
「ところで、普段料理はされるんですか?」
「え、ええ、たまにですけど」
「それは残念です」
「何で?」
料理しないなら〈料理人〉の天能を貰いたかったが諦めよう。
僕は対価が欲しくて力を貸すわけじゃないからな。礼も要らない。
「ありがとうございます。今の握手は記念みたいなものですよ。いつかあなたが立派な冒険者になった時、僕あの人と握手したことあるんだぜって言えますし」
「はは、どれだけ未来の話やら。ありがとう。話していたら元気出てきた。また明日から憧れに近付くために頑張るよ。僕は、諦めが悪いからね」
「ええ、頑張ってください」
モンスターを退治するだけの冒険者ってのも悪くはないな。
誰かを助けて夢を与えるなんて素晴らしい。立派な仕事だ。
ノーザンもいつか、努力を続けていれば必ず立派な冒険者になれるだろう。
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