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楽岩鳥の岩落とし②


「い、岩です! 巨大な岩が落ちて来たんですよ!」


「岩だと!?」


 バカな、ここは草原だぞ。

 辺り一帯には草と土しかない。そもそも、上には空しかないんだから岩が落ちて来るわけがない。見間違いを疑ってしまうが、岩が落ちたとすれば今の重い音にも納得がいく。


 問題はなぜ岩が落ちて来たのかだ。山が近くにあるなら土砂崩れで説明出来るが山なんてないぞ。いや、岩が落ちる原因は土砂崩れが原因とも限らないか。山に住む楽岩鳥(らくがんちょう)というモンスターは岩を足で掴み、獲物に落として狩りをするという。


 原因は目で確認するのが1番早いな。


「御者! 扉を開けるぞ!」


「ええ!? 危ないですよ!」


「何が危ないのかを確かめなきゃいけないだろ」


 扉を開けて外に顔を出そうとした瞬間、巨大な岩が落ちて来た。岩はピンポイントに扉へ落ち、扉は破損して吹っ飛び、馬車は衝撃で大きく傾く。


「何いいいいいいい!?」

「きゃあ! ちょっ、なんですかこの傾き!」

「うおおおお! お客さん何したんですか!?」


 倒れそうだった馬車はなんとか真っ直ぐに戻る。

 危なかった。手の力が少しでも緩んだら外へ落ちていたな。頑丈な体の僕でも馬車から落ちたら少し負傷するだろう。


 しっかし、本当に岩が落ちて来たな。

 大きな岩だ。もう見えないくらいに離れたが、あんな岩が馬車に落下したら潰れちまう。僕は問題ないがリフレは100パーセント死ぬ。


 問題はなぜ岩が落ちて来たかだ。

 扉が消えて風通しが良くなった場所から顔を出す。上を注視してみると大きな鳥が複数羽飛んでいた。しかも鳥は大岩を足で掴んでいる。大岩はあの鳥が落としたと見て間違いない。


 緑色の体。巨大な翼。鋭いクチバシ。

 あの鳥、まさか楽岩鳥か!?


 バカな、楽岩鳥は山を住処としているはず。己の武器となる岩を作りやすい環境だからだ。こんな広いだけの草原には生息しないし、狩りにしたって遠くまでは行かない。群れで動くってのも聞いたことがないぞ。


「ヘルゼスさん、何か分かりましたか?」


「楽岩鳥が群れで上を飛んでいる。どうやら馬車を狩りのターゲットにしたらしい。今のところ他の馬車に被害はないな」


「楽岩鳥? 今日はチキン料理でも作ります?」


「君さ、何でも食べ物に繋げるよな」


「お肉大好きですから」


 だからって今チキン料理の話するか?

 運が悪けりゃ死ぬかもしれないのに。


「身の危険を考えた方がいいぞ」


「心配ありませんよ。ヘルゼスさんを信頼していますから」


「命を他人に預けるなよ」


 さて、この状況どうしたもんかね。

 空中戦は苦手だ。普段から空を飛ぶ相手と空中戦をしても勝ち目は薄いだろう。羽をへし折って地上に招待するのも難しい。前の馬車に乗る腕利きの護衛とやらは期待出来ない。戦うために外へ出ることすらしないんだ。勝手な想像だが、空を飛ぶモンスター相手への対抗手段が無いんだろう。


 楽岩鳥に攻撃出来るのは2人。

 一時的に空を飛べる僕。弓を扱うリフレ。

 しかしリフレは呑気に座ったままだし戦う気ないなこいつ。僕を信頼とか言っていたが、それってモンスターとの戦いは全て僕に任せるってことなのか? 聞き心地の良い言葉で僕に面倒事を押し付けているだけじゃないか。何て奴だ、許さん。


 よし決めた。戦闘に強制参加させよう。


「おいリフレ、戦い方を考えたぞ。僕が君を楽岩鳥の上に投げるから弓で射殺せ。うんうん、自分を賞賛したくなる程の最高な作戦だな。楽岩鳥の上に行ければ岩の心配は無用だし」


「い、いやいや何を言っているんですか。そんなことしなくてもヘルゼスさん1人で楽勝でしょ。それに上に投げるって、投げられた私の着地はどうするんですか。落下の衝撃で死んじゃいますって」


「やってもみないで何が分かる」


「やらなくても分かることあるでしょ」


「安心しろ。僕が受け止めて、また投げてやるから」


「投げられるの嫌なんですけど!?」


 強情な奴だな。まあ僕も嫌がる奴を投げたりはしないが、こいつ自分の立場忘れているんじゃないのか。奴隷だよな君。主人の命令になるべく従うのが義務なんじゃないのか。こいつの態度、全然奴隷には思えないんだが。


「はあ、だったら仕方ない。僕1人で片付け――」


「お客さんお客さん! 楽岩鳥が逃げて行きますよ!」


「何?」


 また馬車から顔を出して上を見る。

 確かに、楽岩鳥が逃げて行く。

 関係あるか分からないが上空に緑の粉が舞っているな。普通は狩りの途中で逃げないし、あの緑の粉が原因の可能性は高い。しかし自然発生する粉じゃないだろ。誰かが作って空に撒いてくれたのか。


 ん? 馬車が急に減速しだした。


「すみませんお客さん、前の馬車が停止しているんで止まりますよ」


「そうか。分かったよ」


「何かあったんですかね?」


「おそらく楽岩鳥から助けてくれた人間が来たんだろ」


「へええ……ってヘルゼスさん! 楽岩鳥1羽も倒せなかったじゃないですか! 私のチキン料理はどうなるんですか!? 私は何のチキン料理を食べればいいんですか!?」


「知らない」


 こいつの脳内は食べ物に支配されているらしい。困った女だ……いや、逆に扱いやすいのかも。食べ物を報酬に従わせられるんじゃないかな。そのうち試してみよう。


「町で食べましょうか。チキン料理」

「それでいい」


 楽岩鳥のチキン料理……じゃない!

 疑問は残されたままだ。

 なぜ楽岩鳥が群れを作っているのか。

 なぜ山から離れた草原で狩りをするのか。


 先程の緑の粉で撤退していったとはいえ、この謎を解明しない限りまた同じことが起きる可能性がある。今回助けてくれた誰かが都合良く毎回助けられるとは思えない。僕の目に見えない場所で他人がどうなろうと構わないが、楽岩鳥の謎、気になるな。


「すみませんお客さん」


 考え事をしていたら御者がこちらを覗いていた。


「1人追加で乗っても構いませんか?」


「構わないぞ」

「私もです」


「よし、良いそうです」


 外で御者が誰かにそう伝える。

 この状況で乗るということは、楽岩鳥を追い払った人物だろう。いったいどんな種族でどんな性格の人物だ。


「――あちゃー、扉が壊れてんなー」


「すみませんねラピリスさん」


 声は若い。ラピリスって名前なら女か。


「どうもー。アタシはラピリス、町まで相乗りよろしく」


 小麦色の肌から伸びた茶色の体毛。腕は羽のような形をしている。鳥型の獣人か。鉄の胸当てを身に付け、腰には短剣と複数の袋。武具と防具を持っているし冒険者ギルドの人間かな。


「僕はヘルゼス・マークレイン。こっちはリフレだ」


「よろしくお願いしま……ち、チキン」


「おい止めろバカ」


「はっはっは、チキンなんて言葉で怒らないよ」


 黄色く短いクチバシがパクパクと開く。

 怒っていなくて良かった。

 心広いなチキ……ラピリス。

 くっ、さっきチキンチキン聞かされたから頭から離れない。口に出さないよう意識しておかないとチキンと呼んでしまう。


 ラピリスは僕達と対面側の椅子に座る。

 まあ僕達が座っている側に来たら狭いし、捕食者に齧り付かれるかもしれないしな。この捕食者、少し涎を垂らしている。すぐに飲み込んだとはいえ……重症だ。


「ヘルゼス達はなんでサンバーザへ? 旅行?」


「ああ。世界を旅する最中でね」


「へえー、羨ましいな。男女2人で世界旅行なんて。さぞお金に余裕があるんだろうね。金稼ぎのコツとかあるの? もしかして実家が金持ちとか? アタシ冒険者やってるんだけど稼ぎが足りなくてさ」


「残念ながら金に余裕はないさ。冒険者ギルドで金を稼ぎながら生活しているんだ。まあ、隣の暴食女が食べる量を減らしてくれれば余裕は持てるかもしれないけど」


「ちょっと待ってくださいヘルゼスさん。食事は生きるために重要なことです。ヘルゼスさんの衝動買いの方が無駄遣いです。難しい本とか、何に使うか分からない道具とか、変な物買わないでくださいよ。荷物運ぶの大変ですし」


 確かに荷物を運ぶの大変になって来たな。

 以前は鞄をいくつも持っていたが、最近は大容量な鞄を2つ使っている。今は床に置かれているが中々の存在感だ。あの鞄を僕とリフレで背負いながら移動するのはやはり面倒臭い。読み終わった本を売っても鞄は重いまま。容量が限界に近いし困るよなあ。


「荷物多くて大変なら、配達屋に頼んで実家に送ってもらえば?」


「それが出来れば良かったんだがね。出来ないんだよ」


 僕とリフレの故郷は地図に載っていない。

 僕の故郷の村は辺境すぎるから存在が知られていないのかもな。リフレの種族、森人族は基本他種族と交流しないから地図に載らないのは当たり前だ。


「話は変わるんだが、あの楽岩鳥の群れを撤退させた粉。あれは何だ?」


「おーっと、そいつは教えられないね。独自に作った薬品とは言っとこうか」


「薬学に精通しているんですか?」


「まあ、素人よりは詳しい程度だよ」


 薬学か、興味あるね。

 チキンは自分で薬を作れる程の知識があるんだ。基礎的な知識だけでも教えてもらおう。ふっふっふ、サンバーザ到着まで時間はたっぷりある。楽しい移動時間になるぞ。


 ……あ。チキンじゃなくてラピリスだった。


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