スタードールトンネルの怪②
あのトロッコ、調べる必要があるな。
「ヘルゼスさーん。交代してくださいよー」
「いや、交代はしない。一旦降りるぞ」
「なんで!?」
うるさい。トンネルだから声が響く。
僕達のトロッコは完全に停止した。
僕は通り過ぎたトロッコまで歩いて戻る。
不満そうなリフレは遅れて付いて来た。
そうやって我慢していろ。大した距離は歩かない。ほら、もう見えてきたしな。
「あれ? トロッコですね。さっきは気付きませんでした」
「そうだ。これ、おかしいと思わないか?」
「……あ、誰も居ない?」
問題となるのがそれだ。
乗っていたはずの人間はどこへ消えたのか。途中までは確実に乗っていたはずだ。トロッコがここにあることが証拠になる。中に何か残っていないのかな。
トロッコ内を覗いてみると何か落ちていた。
何だこれ……これはまさか、腕?
毛だらけの腕は獣人族のものか。よく見ればトロッコ内には黒い血が多く付着している。血が乾いているってことは、出血からかなりの時間が経っているわけだな。
「何かあったんですか?」
「これを見てみろ。何があったのか分かるぞ」
リフレに獣人族の腕を見せる。
「ひゃわわ! う、腕じゃないですか!」
「トロッコの中には血が多く付着している」
「つ、つまり?」
察しが悪いな。残っていたのは千切れた腕だけなんだぞ。
「大きなモンスターに喰われたんだろうさ」
「えええええ!? じゃ、じゃあ早くトンネル出ましょうよお!」
それ以外にも可能性はあるだろうが、1番可能性が高いのはモンスターによる攻撃だろう。原因がモンスターだとして、問題はどこに潜んでいるのかだ。人間を食い千切れる程大きなモンスターなら見逃さない。トンネルの奥に居るのか、それとも既にトンネルには居ないのか。
――天能〈気配察知〉が反応した。
何かが来る。真上から、来る。
咄嗟に上を見ると巨大な口が存在していた。
鋭い牙が生えた口はゆっくりと降りてくる。
「ヘルゼスさん? 上なんか見てどうし……ぎゃああああああ!」
おっと観察している場合じゃない。避けなければ。
リフレの体を抱きかかえてモンスターの口から離れる。
モンスターの口はガキンッと勢いよく閉じられた。もしまだあの場所に居れば頭を食い千切られていたな。獣人族を食い殺したのはこいつで間違いなさそうだ。
口に続いて体も降りてくる。
こいつを一言で表すなら、人間を丸呑み出来る巨大ミミズだな。こんな化物が住んでいたら誰もトンネルを通れない。被害者を増やさないために駆除しておかなくては。
「おいリフレ、離れていろ。戦闘の邪魔……なんだその顔」
興奮と恐怖が混じった顔してるぞ。
少し笑っている? この状況で?
「やっぱり外は良いですね。色んなお肉に会えます。ヘルゼスさんに付いて行けば珍しいお肉に会える。思った通りでした! ヘルゼスさん、一緒にあれを食べましょう!」
こ、この女……頭がおかしいぞ。
まさか僕に捨てられたくなかった理由って肉を食べたいからなのか? そもそも目の前の巨大ミミズは肉と言えるのか? どちらが捕食者なのか分からなくなるな。
「あー、食事は諦めろ。あんなの食べたら腹壊すぞ」
「ヘルゼスさんの好奇心は騒がないんですか! あれを、あのお肉を、食べてみたいと思わないんですか!? お肉が目の前にあったら選択肢は食べる1択でしょう!」
「……ふっ、そこまで言われちゃ断れないな。挑戦してみるか」
ミミズを食べる地域もあると聞いたことがある。捕獲難易度は低いのに栄養豊富だとか。目の前の巨大ミミズもそうだと信じよう。うん、別にミミズ食なんて怖くない。僕は今まで様々な物を食べてきたんだからな。
「一先ず攻撃してみよう」
大人しくさせないと食べるどころじゃない。
頭っぽい先端部分に上から殴りかかり、強めの衝撃を与える。少しはダメージが……何? この巨大ミミズ、殴り飛ばされる勢いそのままで地面の中に移動しやがった。そういえばさっきも上の壁から急に出て来たっけ。
ミミズといえば土の中で生活するのだから、壁から出て来てもおかしくはない。その場合は必ず壁に穴が空く。だが現在、上の壁にも地面にも穴がない。
土に潜るというより一体化している。
土と一体化するのがあの巨大ミミズの天能だろう。
「え、き、消えちゃいましたよ!?」
「走るぞ! 舌を噛まないよう口を閉じろ!」
天能〈神速〉を発動。
リフレを肩に担いで走り出す。
巨大ミミズの姿は見えないが〈気配察知〉のおかげで位置は分かっている。奴は地面の中を進み、僕達の真下に来てから口を開くつもりだ。急いで離れなければ食われてしまう。
奴から逃げ切ることは簡単だが、あえて奴が追いかけて来られるスピードで走る。速く走りすぎたら奴が諦めて追いかけないかもしれないからな。自分が獲物を追い詰めていると錯覚してもらうぞ。
白い光が見える。トンネルの出口が近い。
よし、このまま外へ出て奴と戦おう。トンネル内は狭いし、土と一体化出来る奴に有利な空間だ。もちろん僕が負けるとは思わないが、わざわざ敵に有利な空間で戦う必要はない。
外に出た。太陽光が眩しい。
ミミズは高温に弱いというが、あの巨大ミミズが普通のミミズと同じ弱点を持っているかは分からない。まあ今日は涼しいから気温で死ぬことはないだろう。気温ではな。お前はここで僕に殺される。
「降りろ! そしてあのミカンの木まで走れ!」
「み、ミカンの木ですね。分かりました」
エンドドール側の大地は緑が多いようだ。草原が伸びており、ミカンの木がいくつも植えられている。運が良い。ミミズは柑橘類の皮に含まれるリモネンという成分が苦手だ。奴が普通のミミズと同じ弱点を持っているのなら、ミカンの木の傍に居ればリフレは襲われずに済む。
「さあ、追いかけっこは終わりにするとしよう」
僕は高く跳び上がる。
空中では上手く身動きが取れない。獲物がわざわざ食べやすい場所へ行ってくれた……と巨大ミミズは考えるだろう。罠を警戒せず、食欲に突き動かされて地面から出て来るはずだ。
ほらな、地面から巨大な口が現れた。
巨大ミミズは放たれた矢のように僕目掛けて地面から跳ぶ。
罠に食いついたな。僕が空中で動けないと思っているんだろう。確かに鳥のように自由には動けないがね。天能〈軽量化〉と〈空気放出〉を利用すれば思い通りの方向に空中を移動出来る。
跳んで来た巨大ミミズを2つの天能で躱し、奴よりも先に地面へ降りた。これで立場は逆転したぞ。奴の方が空中で上手く動けず攻撃の良い的になる。もう少し頭が良ければ罠に気付けたかもな。
まあ、ミミズにしては頭を使っていたと思うよ。あの腕だけ残されたトロッコは餌を誘き寄せるために放置したんだろう。僕を誘き寄せることは成功したんだし良かったじゃないか。狩られる側はそちらだったようだけど。
天能〈広範囲化〉、〈鋭利化〉発動。
空中に居る巨大ミミズまで跳び、刃物の性質を持つ腕で体を切り裂く。さらに〈広範囲化〉の効果で傷口が広がり巨大ミミズを真っ二つにした。青黒い血が断面から勢いよく噴出した。
2つに切断した巨大ミミズと共に僕は地面へ着地する。
「おおお、ヘルゼスさんって本当に強いですよねえ。よっ、世界一!」
「この世界で最強とまでは思っていないよ。そんなことよりミカンの木の傍に居ろと言っただろう。なぜ離れた。僕は離れるのを許可していないぞ。奴隷なら僕の指示に従ってほしいものだな」
「えー、もう戦い終わったしいいじゃないですか。さあお肉お肉!」
なるほど、本人が従ったと思えば下墜紋の効果は発揮されないのか。
満面の笑みを浮かべるリフレが巨大ミミズに近付いていく。いや待て、誰が戦い終わったと言った。そいつはまだ生きているんだぞ。まだそいつに近付くのは危険だ。
「おい待て! まだそいつに近付くな!」
「ふぇ?」
巨大ミミズの上半身がリフレに向かっていく。
「くそっ、だから言ったのに!」
ミミズは生命力と再生能力が高い生物なんだ。体を真っ二つにした程度じゃ死なない。そんなことも分からないとは足手纏いな女だ。ああ、1人なら戦闘中に誰かの心配なんてしなくてもいいのに。今はあの女を守らなければと必死に体を動かしてしまう。死なれたら困るんだよ。あの女は大切な……森人族の国へ行く手掛かりなんだから。
天能〈鋭利化〉解除。〈神速〉発動。
僕は走って巨大ミミズの前からリフレを奪う。
「怪我はないか!?」
「あ、ありません。ありがとうございます!」
「君が住んでいた場所がどこにあるのかは?」
「分かりません! ごめんなさい!」
リフレを草原の地面へ雑に落とすと、蛙が潰れたような「ぐえっ」という声を出す。
とりあえず、今は巨大ミミズを殺すことに集中する。殺す方法は簡単だ。再生能力や生命力が高いと言っても限界はある。奴が死ぬまで体を傷付ければいい。ミミズは上半身から再生するので狙うは上半身。体内をボロボロにしてやる。
天能〈鋭利化〉再発動。そして突進!
今の僕の体は刃物同然。ただ走って突っ込むだけで敵の体を突き破り、自由自在に切り裂ける。血が入らないよう目を閉じながら回転して、踊るように巨大ミミズの体を通り抜ける。これで奴の体内はボロボロ。生命力も尽きただろう。
うえっ、鼻に血が入った。気持ち悪。
全身血塗れ。シンプルで強力な攻撃だけどもうやらん。
「リフレ、君の力で血を消してくれ」
「は、はい! 今度こそ勝ったんですね!?」
「ああ。こいつはもう動かないだろうさ」
リフレの天能〈清潔〉により、僕の全身に付着した青黒い血が消滅していく。
やっぱり便利な力だ。僕も欲しいな。
あ、欲しいといえばアレも欲しい。
巨大ミミズが使っていた天能は必ず奪っておこう。
「ありがとう。綺麗になったよ」
「戦いは終わりましたし食事にしましょうか。今日はミミズ料理フルコースですね! あのミミズの下半身で大ボリュームな料理を作りますよ! ふふ、想像しただけで涎が出ます」
想像しただけで悍ましいよ。
いや、ミミズ食なんて怖くないが。
「ヘルゼスさん」
「何だ。涎は垂らすなよ」
「森人族の国に行く目的、私も協力します。私、ずっと帰りたかったんです。お父さんとお母さん、それにお兄ちゃん、家族にまた会いたい。長い間心配掛けてごめんなさいって謝りたい。だから、一緒に森人族の国へ行きましょう」
「僕は元々君を同行させるつもりだったがね」
事情は分かったが君、涎が垂れているぞ。
本当に家族のことを思い出していたのか?
絶対ミミズ料理のことしか考えていなかっただろ。
はあ、2人旅ってのも退屈しなさそうだな。




