スタードールトンネルの怪①
リフレが旅仲間となってから2日が過ぎた。
高価すぎる奴隷購入で全財産を失ったものの、冒険者ギルドで仕事をすれば金は得られる。仕事にはリフレも付いて来た。最初は足手纏いになると思ったが、彼女は弓の扱いに長けていて少しだけ戦える。まあ、僕だけでモンスターを討伐出来るんだが。
「あ、ヘルゼスさん、あれがスタードールトンネルですかね」
「そうだな。間違いない」
僕達はサントペテンの町を発ち、次の町を目指して歩いている。
地図を見た限り次の町はエンドドール。
そこへ向かうには巨大な山岳を越えなければならない……というのは昔の話。今はトンネルが開通しているらしく、わざわざ登山をする必要はない。トンネル開通工事は犯罪奴隷を使ったと聞く。今もどこか別の場所でトンネル開通工事をしているのだとか。
「楽しみですねトロッコ。あーでも、ヘルゼスさんに買ってもらった服が汚れちゃいますかね? トンネルやトロッコは汚そうじゃないですか。勝手なイメージですけど」
「汚れても君の天能なら綺麗に出来るだろ」
リフレの天能は〈清潔〉。
本人が認識する汚れを消滅させる力。
風呂に入らずとも体の垢が消え、洗濯せずとも服のシミや汚れが消える。特に珍しくはないが日常生活で便利な力だ。
「最初から汚したくないんですよ」
リフレが着用しているのは白いコートに青いスカート。僕が買ってやったものだが気に入ったらしい。それはセール品だから買ったとはまだ言えていない。正直センスとか組み合わせとか何も考えていなかった。
大きなトンネルの入口に到着する。
1台のトロッコが止まっている。線路が2つあるから、本当はもう1台トロッコがあるはず。トンネル出口に人を乗せて向かったんだろう。
「これがトロッコか」
「これでトンネルの反対側まで行けるんですね」
早速僕達はトロッコに乗り込む。
中にはハンドルの棒が付いていて、それを上下に動かすことで前に進む。トロッコ内にある説明書にはそう書いてあるが……まさか人力で動かす乗り物とはな、非常に面倒だ。誰だこんな面倒な乗り物を考えた奴は。
「えっと、ハンドルの棒を上下に動かせばいいんですね」
「最初は君がやってくれ。疲れたら代わってやる」
「分かりました。よっ!」
リフレが棒を上下に動かすとトロッコが進み出す。
ほう、中々速いな。ゴトゴト音がうるさいけど。
「ヘルゼスさん」
操縦を続けながらリフレが空色の瞳を向けてくる。
「なんだ、まさかもう疲れたなんて言わないだろうな」
「どうして森人族の国に行きたいんですか?」
この目、不安の目だ。
リフレには森人族の暮らしや常識を教えてもらっているから分かる。森人族は他種族との関わりをあまり持たない。理由は他種族を嫌っているからだ。
森人族は5種族の中で最も美しい種族であり、魅了された他種族が森人族を攫う事件が多かったらしい。そのせいで他種族との交流を極力減らしたとか。
「安心しろ。僕はただ、森人族を知りたいだけなんだ。迷惑は掛けない。他の奴に国の場所を話したりしないさ。国の場所、教えてくれる気になったかい?」
「……言えません」
「そうか」
奴隷として買った初日にも訊いてみたが、僕のことを信用出来ないのか話してくれない。命令すれば解決する問題だけどね。
奴隷は体に下墜紋という模様を彫られる。下墜紋ってのは魔術や呪術の類いらしい。下墜紋に血を垂らすと、その血を持つ者と契約状態になる。それにより奴隷は契約者の命令に背くと頭に激痛が走るとか。痛いのが嫌なら従えということだ。でもなあ、隠し事を命令で吐かせたら一生信用も信頼もされないだろう。敵とみなされる。
奴隷を奴隷として扱うなら気軽に命令したっていい。しかし一応リフレは旅仲間だし、旅途中の雰囲気を険悪なものにしないために気を遣わなきゃならない。命令はダメだ。今は信頼を築く。森人族の国の場所を教えてもいいと思わせるんだ。
「まあ、僕達はまだ付き合いが短い。信用出来ないと思うのも仕方ない。これから共に旅をして互いを知り、信用出来ると思ったら話してくれよ。そういえば、君個人の話はあまり聞いていないね。君はなぜ奴隷になったんだい?」
「奴隷になった理由ですか……。8年程前、私は故郷の森で見たことのない獣を見たんです。ただの動物かモンスターかは分かりません。気になった私はその獣を追いかけて……迷子になりました。帰り道が分からないまま彷徨い、壮大な旅が始まったのです」
「おい、それは奴隷になった理由なのか?」
「はい、そうですよ。旅は過酷でした。巨鳥に攫われたり、モンスターに殺されかけたり、お金を盗まれたりと散々です」
ああ、金を盗まれたと聞いて話が見えてきた。
「お金がなくなり困った私は、偶然町に来ていた奴隷商に頼み込んだんです。奴隷になるので養ってくださいって。それで奴隷となって今に至ります」
あの奴隷商が森人族を連れていたのはそういう訳か。見ることすら難しい種族だってのに、あの奴隷商は幸運だな。リフレに偶然頼られたおかげで僕から大金を手に入れたんだから。
はぁ、リフレが奴隷になった理由、何も面白くないな。迷子になって放浪した挙句奴隷に成り下がるなんて呆れるね。面白い話が聞けると思ったのに残念だ。
大人が迷子……迷子?
待て、まさか、違うよな?
「君、迷子って言ったよな?」
「はい」
「まさか、まさかとは思うが、君が森人族の国の場所を教えないのは……どこにあるのか分からないからじゃないよな? 違うよな? 自分の故郷の場所くらい把握しているよな?」
おい目を逸らすな。こっちを見ろ。
黙ってないで何とか言え。
もう態度で答えが分かったよ。
観念したようにリフレが僕へと向き直る。
「……バレてしまいましたか。すみません。私、今も故郷がどこにあるのか分からないんです。故郷の森から出たのは初めてだったもので最寄りの町の名前も知りません。故郷のことも広い森としか言えなくて」
なんてこった。嘘だと言ってくれ。
僕がリフレを買ったのは森人族の国への案内役にするためなんだぞ。それなのに故郷の場所が分からないなんて、彼女を買った意味が殆ど消えたも同然。くそっ、奴隷商に返却したい。
「あ、あの! 黙っていてごめんなさい。私を捨てないでください! 森人族が住む場所は教えられませんけど、ヘルゼスさんが望むことを何でもします! ほ、ほら、私はおっぱい大きいですし体は自信あります! 揉んでもいいですから!」
何言ってんだこいつ。
女が男に体自信ありますなんて普通言うか?
異常だ。主従関係になってまだ3日目。特別なことは何もしていない。
奴隷が捨てられたら苦労するのは分かる。下墜紋の契約は勝手に解除出来ないからな。契約解除には必ず奴隷商の協力が必要になる。下墜紋は1人の体に1つまでしか入れられないから、契約解除しないと新たな奴隷として自分を売ることも出来ない。
しかし、体を対価にしてまで僕に同行したい理由は何だ。捨てられたって生きることは出来るだろう。理由が気になるしあとで聞かせてもらおうか。
「……はぁ、捨てないから安心してくれ」
「えっ、やっぱり私の体目当て」
「違う」
僕は女性としてリフレを買ったんじゃない。森人族として買ったんだ。こいつの胸が大きかろうが小さかろうが、痩せていようが太っていようが、体のことはどうでもいい。重要なのはこいつが持つ森人族の知識。
僕にとって1番重要な森人族の国の場所は不明なままだが、こいつとの話は有意義なものだったと思う。森人族の暮らしや常識を知ることが出来たんだからな。こいつを買う意味は少しあったわけだ。
「正直、今の君に55000000エラもの価値はない。だから君は僕に借金したということにしよう。僕が払った金の分だけは役に立ってもらうよ。言っとくが、君の美貌は僕にとって無価値だ。誘惑は時間の無駄と覚えろ」
「……傷付く。でも、ありがとうございます」
「ふん。今から奴隷商に返すのは面倒なだけさ」
これも本音だ。町に戻るの面倒だし。
「ヘルゼスさん」
「なんだ。安心しろって――」
「腕が疲れてきたので操縦交代してください」
ハンドルの棒を放したリフレが一息吐く。
操縦を止めたからトロッコがみるみる減速していく。
こいつ、やっぱり奴隷商に返してやろうか。
「あのなあ、まだ3分も経っていな……」
ん? 今、もう1台のトロッコを追い越したぞ。
妙だな。僕の目が確かなら誰も乗っていなかった。このトロッコは人力でしか動かないはず。操縦していた人間はどこへ消えたんだ。
あのトロッコ、調べる必要があるな。




