奴隷という存在②
純人。男。名はスタン。値段3000エラ。
筋肉がとても発達している強面な男。見た目通り筋力はありそうだな。
「……いや、ちょっと待て。他の奴隷に比べて安すぎないか?」
3000エラって、少し高い料理店で腹一杯食べたらなくなるぞ。
いくら純人が世界に多いからって安すぎるだろ。なぜこんなに安い。
「彼は犯罪奴隷。さっきお話した通り、国のお偉いさんから買い取った人間です。犯罪奴隷は安くせよというのが国の命令でしてね。しかも犯罪奴隷は法律で守られない。犯罪奴隷に何をしても罪には問われません」
「何をしても、ね」
犯罪への罰にしたって行き過ぎている気がする。
何でもやっていいってことは、人間としての生き方を踏み躙るような真似もしていいってことだ。あまり想像したくはないが、拷問や性的暴行をする奴も居るだろう。世界中のクズが歓喜するな。
「彼はどんな罪を犯したんだい?」
「強盗に強姦に無銭飲食ですな」
「……そうか。クズだな」
「ええ、クズです」
別に罪が軽かったら買ってやろうなんて思っちゃいない。
仮にそんな偽善を振り翳す輩が居ても、罪状を聞けば買う気は失せるだろう。こいつのようなクズを買うのは同類のクズだな。きっと人間扱いされず、幸せとは無縁の人生を送ることになる。
「次の奴隷の紹介へ。ああ、犯罪奴隷は除いてくれ」
「分かりました」
それから多くの奴隷を紹介してもらった。
サントペテン唯一の奴隷商だけあって奴隷の数は多い。犯罪奴隷が最も多いと言っていたが、それ以外の奴隷だって全体の3割は居た。およそ60人、その中から荷物持ちが出来る奴隷を選ぶことになる。
「どうです? 誰を買うか決まりましたか?」
「そうだな。竜人のドリア……いや待った。最後にこの店が売っている最高の奴隷を見せてくれないか? 正直言って買う気はないが、どんな奴隷か気になってしまってね」
「うーむ……分かりました。あなたなら見せてもいいでしょう」
僕に紹介しなかったってことは荷物持ちに不向きな奴隷なんだろう。買わないと断言出来るがそれでも気になるものは気になる。様々な奴隷を見たからかな。この店から出る前に最高額の奴隷がどんな奴なのか確かめさせてもらおう。
「彼女です」
少し歩いた場所にある檻に1人の女が入っていた。
鏡のように輝く銀の長髪。汚れが全くない白い肌。計算されたように整った顔。豊満な胸と健康的な肢体は艶美だ。白いシャツとパンツ1枚しか着ていなくともまるで芸術品のような女が……だらしなく寝ている。半笑いの口からは涎が垂れ、股は大きく開いている。そんな有様でも彼女を見れば誰でも美しいと感想を零すだろう。
「名はリフレ。値段は55000000エラ」
とんでもなく高値だが納得出来る程の美女だ。
しかし、純人族だったのは意外だが性別はやはり女だったか。イメージ通りだったな。仮に誰かに買われたとして使い道はなんだろうか。手足が細いし筋肉量も少ない。重労働は苦手そうだ。おそらく妻や従者にされるかな。
「んにゅあ?」
銀髪の美女が間抜けな声を出して起き上がる。
「あれえ? ポッポルさん、ご飯の時間ですか?」
「ポッポル?」
「私の名前です」
ああ、そういや店主の名前は聞いていなかったっけ。
「食事の時間はまだだぞ。はぁ、客の前なのにだらしない」
「客? お客さんですか!? もしかして私を買ってくれるんですか!?」
女の空色の瞳が輝く。
買われるのが嬉しいのか。たぶんバカだこの女。買われた後に自分がどう扱われるか想像出来ていない。どんな理由で奴隷になったのか知らないが、自分から苦労する道へ突っ走ったようだな。
「いや、この人だ望む条件にお前は合わない。買われないさ」
「なーんだ。お肉いっぱい食べられると思ったのに」
たぶんバカだと思ったが訂正しよう。ただのバカだ。
残念な女は銀髪を掻き上げて……なっ、あの耳まさか!
「おい、おい店主! 彼女種族は、種族はなんだ! 教えろ!」
「……気付きましたか。彼女、リフレは森人族です」
「やはり森人族か! まさか奴隷の店で会えるとは!」
森人族。純人族と殆ど同じ容姿だが唯一違うのは尖った耳。
昔は長耳族と呼ばれており、この世界に存在する人間5種族の中では最も長く生きる種族だ。加えて最も数が少ない種族。他種族とは馴れ合わず、森で閉鎖的な暮らしをしていると言われている。
僕には夢がある。旅人もそうだがもう1つ、森人族の国へ行くことだ。
他種族と交流しない森人族の国を探し、森人族の常識や生活を知りたい。他の種族に対しても同じ気持ちだがな。森人族の国だけは地図にも載らず、誰も場所を知らない。だから僕は旅の目的の1つとして森人族の国探しを加えている。
森からは出ないと言われる森人族。目の前の彼女と別れたら次はいつ森人族に会えるだろうか。もしかしたら、一生会えないかもしれない。今が人生絶好のチャンス。
「買うよ」
「はい?」
「だから、彼女を買う! 買わせてくれ!」
店主は戸惑い、銀髪の美女は再び空色の瞳を輝かせる。
「い、いやしかし、リフレに荷物持ちは厳しいと思いますよ?」
「僕が買うと言ったら買うんだ! 荷物を持てるかなんてどうでもいい!」
「し、しかしお客さん、リフレは高いですよ。お金はあるんですか?」
値段は55000000エラだったな。
昨日僕は虹の七色魔石を売って50000000エラを手に入れている。その大金を加算した僕の所持金はいくらだ。財布を出して確認しなければ足りるか分からない。今エラ紙幣が大量にあるから財布は2つあるが両方確認しなければな。
1000000エラ紙幣は50枚。
100000エラ紙幣は40枚。
10000エラ紙幣は80枚。
5000エラ紙幣は20枚。
1000エラ紙幣は60枚。
500エラ紙幣は50枚。
100エラ紙幣は47枚。
50エラ紙幣は8枚。
10エラ紙幣は25枚。
全所持金54990350エラ! 足りない!
「……くそっ。あともう少し、もう少しなのに」
「残念ですがお金が足りないのであれば諦めてもらうしか」
まだだ、諦めるな。金を増やす方法があるはずだ。
1度帰って冒険者ギルドで稼いでから戻るのはダメだ。今買わなければ、僕が足りない金を稼ぐ間に他人が買ってしまうかもしれない。今この瞬間、足りない分の金を入手しなければ。
待てよ……閃いたぞ。この方法なら!
「店主! 僕の持ち物を今この場で売り、エラ紙幣を得ることは可能か!」
「ええ? ま、まあ、買い取れる物なら買い取りますよ」
なんか不満そうだが勢いで押し通る!
*
その場の勢いってのは大事だよなあ。
森人族の銀髪美女奴隷、リフレは無事に買うことが出来た。
今はリフレと共に奴隷の店を出て宿屋へ帰っている途中だ。
「ねえ、彼」
「通報した方がいいかしら」
「お母さん何あれ」
「こらっ、見ちゃいけません」
やれやれ、周りの人間の視線が鬱陶しいな。
奴隷を連れていることがそんなに珍しいのか。
僕は昨日5人も女奴隷を連れて妻だと言う奴に会ったぞ。
奴隷を1人しか連れていないのに注目を浴びるとは思わなかった。
まあ、リフレの容姿は芸術品のように美しいからな。
注目を集めてしまうのは自然なことか。
容姿に加えて彼女の服装も問題だ。
白いシャツとパンツ1枚だからな。
しかもシャツは破れて胸下までしか布がない。腹丸出しだ。
「あの……ヘルゼスさん、でしたよね」
頬を若干赤く染めて恥ずかしそうにリフレが口を開く。
「そうだ。自己紹介ならしただろう」
「はっきり言って私、今とっても恥ずかしいです」
「町の人間の視線か? 慣れてくれ」
「それもあるんですけど……あの、ヘルゼスさんは恥ずかしくないんですか?」
「他人の視線なんて気にしないようにしている」
「……気にした方がいいと思います」
そうか、君は注目を浴びているのが僕のせいだと思っているのか。
確かに今の僕は視線を集めてしまうかもしれない。なんせ今の僕の服装は、股間をギリギリ隠せるような下着とも呼べない布きれ。リフレのシャツから破った布を腰下に巻いているだけだからな。
奴隷商のポッポルには僕の服を買い取ってもらったのだ。
宿屋に戻れば着替える服はある。注目を浴びるのは帰るまでさ。




