虹の七色魔石①
サントペテンの町に来て2日目。
僕は今、鉱山で鉱石採掘をしようとしている。
町の後ろにある巨大な鉱山では七色魔石という鉱石が採れる。実物は見たことないが、昨日出会ったレイル曰く7種類の色で分けられているらしい。そんな珍しい七色魔石の採掘がこの町では誰でも出来るのだ。しかし、手に入れた七色魔石は全て職人が買い取るので持ち帰れない。
「それではこちらの紙をご覧ください」
採掘仕事の管理者らしい男が1枚の紙を見せてくる。
紙には8種類の色の石が描かれており、その下に値段が書かれている。
赤。3000エラ。
橙。5000エラ。
黄。6000エラ。
緑。8000エラ。
青。10000エラ。
藍。13000エラ。
紫。18000エラ。
虹。50000000エラ。
「ん? 七色魔石ってのは7種類じゃないのか?」
7種類だから七色魔石って名前のはずなんだがな。
「ああ、勘違いされる方は多いんですよ。実は七色魔石には2色以上が混ざるものがありまして、色だけで言えば数え切れない種類になるんです。しかし色が混ざり合ったものはなぜか脆くて加工が難しいため、硬度が安定する単色の七色魔石が求められているというわけです」
「なら虹ってのはなぜ買い取る?」
色が混ざったものが脆いなら虹も脆いはずだぞ。
「未だに七色魔石には謎が多い。なぜか虹色は単色の七色魔石よりも硬かったらしいですよ。まあ今となっちゃ確かめる術はありませんがね」
「どういう意味だ」
「虹色の七色魔石はもう1000年以上も発見されていないんですよ。でも、過去に確かに存在していた。発見出来る可能性はあるんでしょう。私が見たことあるのは偽物だけですがね」
1000年以上も発見されていない虹色の鉱石か。
虹色はシンプルに綺麗だし装飾品に加工すれば儲かりそうだ。僕がスカイハンターの巣から見つけた指輪も虹色で綺麗だったしな。……おい待て、まさかあれって七色魔石だったんじゃないのか。レイルにあげるんじゃなかった。まあ、あげた物を返せなんて言わないが、あいつが持っていても宝の持ち腐れだろう。
「今では虹色の七色魔石を高値で買い取るって言う人も居ますよ。1億エラ出すって人も居ますし、金持ちの考えることは分かりませんね。冷静に考えて石を1億エラで買うなんてバカですよ」
「そうか? 僕はそのバカの気持ちが分かるよ。欲しいものがあれば金をいくら使ってでも手に入れたいもんだからな。……1億の価値がある石、面白いじゃないか。是非手に入れたいもんだね」
「ははっ、頑張ってください。採掘用の道具はお持ちですか?」
「いいや持っていない。レンタル出来るんだろう?」
「はい。レンタルするなら20000エラ頂きます」
かなり高いな。まあ払うが。
道具はライト付きヘルメット。分厚い軍手。鉱石を入れる用の袋。汚れを拭くタオル。先端が尖ったタイプと平たいタイプのハンマー。初めて見た道具のタガネ。ハンマーとタガネは壁を削ったり、石を掘り出す用のものらしい。
「ヘルメット、ハンマー、タガネを壊した場合、ご自身で買い取って頂きますのでご注意を。金額はヘルメットは3000エラ、ハンマーとタガネは7000エラです。軍手、袋、タオルはいくら汚したり破けても問題ありません。こちらで処分しますので」
「分かった。気を付けよう」
準備は終わった。後は鉱山に入るだけだ。
「――おやあ、君は1人かーい?」
声の方へ振り返ると作業着を着た金髪の男、そして5人の女が居る。
作業着! しまった、採掘作業は服が汚れるはず。使うものはレンタル出来るとレイルから聞いたから作業着は用意していない。くっ、なぜ作業着はレンタルしていないんだ。いや、全て貸して貰おうなんて考える僕が愚かだったのか。
「僕は1人だ。そちらは6人か」
「そうだよ。因みに彼女達はみーんな、僕の可愛い奴隷さ」
「へえ、奴隷ねえ」
言葉通りの意味だろう。僕の故郷の村には奴隷なんて居ないが、この国には奴隷制度がある。僕は奴隷を持つ気はないから詳細は知らない。奴隷商の店を見かけたことはあるが興味ないから近付かなかった。
「君さ、初めてだろ。七色魔石の採掘」
「なぜ分かる?」
「単独で鉱山行く奴は素人さ。共に入る仲間が居ればトラブルに対処しやすいし、七色魔石を1度に持って帰れる量が増える。賢い奴はパーティーを組むものさ。君も次からは誰かと一緒に来るといい」
男は長い金髪を掻き上げて自慢気な顔をしている。
「しかし、分け前の額で揉めるんじゃないか?」
「僕は心配ないよ。なぜなら彼女達は――」
奴隷だから主人に従うしかないということか。
「僕の妻だからねえ」
「は?」
「メロ、僕達の愛を彼に見せつけてやろう」
羞恥心がないのか男はメロという緑髪の女とキスをする。
2人は下品な音を立てながら舌まで絡ませた。しかも周りの女共は止めることなく、羨ましそうな目で2人を見つめている。発情期の動物のようだ。頭がおかしいだろ、家に帰れよ。
なんだこれ、いつまで続くんだ。地獄か?
無視して鉱山に入ってもいいかな。うんそうしよう。
「……ぷはあっ。ほら、僕達は愛し合って……あれ居ない!?」
後ろで何か聞こえたが無視だ無視。名前も知らない他人だしな。
鉱山の中には多くのランタンが設置されている。外からの光が届かなくてもランタンのおかげで全体が見えるようになっているわけか。まあ、僕は天能〈暗視〉があるから暗くても問題ないがな。
「予想はしていたが……」
七色魔石が見つからない。壁や地面には掘られた痕ばかりだ。
七色魔石の採掘がいつから行われているのかは知らないが、虹の七色魔石の話から考えるに1000年以上も続いている。入口近くの鉱石は採り尽くされていて当たり前だ。残っていたら今まで採掘に来た奴等の目が節穴ってことになる。
しばらく歩いていると壁に小さな赤い石を見つけた。
大きさは5センチメートル程度。
小さいが赤の七色魔石だな。
しかし、まだ入口から500メートルくらいしか歩いていないぞ。長く採掘されている鉱山なのに、こんな浅い場所に鉱石が残っていたとは運が良い。今まで採掘に来た奴等、気付かないでくれてありがとう。
「……待て。僕はバカか? なぜ気付かなかった」
小さいとはいえ1000年以上誰も気付かないとは考えられない。
そもそも、1000年以上という時間に疑問を持つべきだった。
鉱山にも寿命がある。資源が採れなくなれば死んだも同然。調べた限り、一般的に数年から数十年らしい。100年以上採掘される鉱山は稀だ。1000年以上も資源が尽きない鉱山があるとは思えない。つまりこの鉱山……というより、七色魔石が特別ってことだろう。
もし七色魔石が自然に生まれ続けるなら説明がつく。
何かがどこかからエネルギーを吸い、そのエネルギーで七色魔石を形作る。未知が多いと聞いたしありえない話じゃない。そうやって自然発生し続ける鉱石があれば、永遠に資源が採り放題な鉱山になるってわけだ。
僕の考えを妄想と笑う奴も居るだろう。
だが、どんなことも初めは人の妄想だ。電気とか重力だって人々に知れ渡る前は誰かの妄想にすぎない。僕は僕の考えを信じるし、仮に間違っていると指摘する人間が居るなら喜んで議論する。
「さて、七色魔石を採ってみるか」
ハンマーとタガネで七色魔石周辺の壁を削る。慎重にだ。七色魔石は硬いと聞いたが、削ってしまわないよう慎重に作業する。気を遣うし中々難しいな。慣れればスムーズに掘り出せるようになるのだろうか。
尖っているハンマーで鉱山の壁を削り続け、赤の七色魔石をようやく掘り出すことが出来た。おそらく10分程は作業していたと思う。
これが赤の七色魔石。情熱的な赤だ。
装飾品に加工するのは納得だな。
「さて……食べるか」
僕が持つ天能には〈鉱物食い〉というものがある。
この天能を持っていれば、普通は食べられない石や金属を食べられるようになる。おまけに食べた物の硬度1パーセントだけ体が硬くなるのだ。多くの鉱物を食べてきた僕の肉体は既に鉄に近い。料理する時に包丁で怪我しないから便利だ。
赤の七色魔石を齧ってみよう。
これは……何と言うか、胡瓜を食べている感覚だ。
さっぱりした味って言うのかな。色的にはトマトなのに味と食感は胡瓜だね。ドレッシングやマヨネーズをかければ美味しく食べられそうだ。残念ながら今日は持って来ていない。