冒険者の夢①
夢がある。幼い頃から、諦めきれない夢がある。
この僕、ヘルゼス・マークレインの夢は子供のように単純だが、実現して一生を過ごすのは難しい。しかしついに20日前、僕は夢を叶えるべく行動を開始した。父親は反対していたがそんなこと関係ない。誰に反対されようと僕は止まらない。
僕の夢は……冒険者。
世界を気ままに旅する未知の探求者。それが冒険者。
まあ未知というか、面白い事に遭遇出来さえすれば僕はいいんだがね。故郷が山に囲まれた田舎でも、面白い出来事で溢れていれば旅には出なかっただろう。
とにかく、冒険者として世界を旅しようと意気込んだ僕だったが、一ヶ月も経たずとある問題が起きて頭を悩ませたものだ。旅をするには……というか、生きるには当然金が必要になってくる。僕は考え無しの馬鹿ではないから当然必死に金を貯めていた。しかし19歳になるまで貯めた金は、旅20日目にして既に底を突いている。
決して所持金が少なかったわけじゃない。
こんなに早く金欠になった理由は自分でも分かっている。
僕は欲しいと思った物は躊躇せず買う。衝動買いってやつだ。
珍しい薬草だったり飲食物だったり色々と見つけ次第買ってしまう。
結果、半年は余裕で旅出来るだろう資金が20日で尽きたというわけだな。
まあ金の問題は既に解決したも同然だ。
解決策は至極単純、働けばいい。正常な人間なら誰だってそうする。
働くと言っても世界には多種多様な仕事が存在しているが、僕が選んだのは冒険者ギルドだった。人類を襲うモンスターの退治が主な仕事であり、簡単なものだと買い物や掃除の代行なんてものもある。要するに誰かの困り事を解決する便利屋……というのを目の前の受付嬢から聞いた。
「説明は以上になります。何かご質問はありますでしょうか?」
冒険者ギルドへの登録が無料で助かったな。
新人研修を受ければその後は自由に依頼を受けられるし、今日中に少しは金を稼げそうだ。自分の強さには自信があるし適当にモンスター退治でもしよう。なるべく報酬金が高いやつだ。
おっと、先のことを考えるのは後にして今は質問だな。
「質問か……実は一つある。以前から疑問に思っていたことだ。先程の説明には全く無関係なことなんだがね。冒険者ギルドの名前の由来を知りたいんだ。冒険者って名前なのに、実際やってることは主にモンスター退治だろう? 全然冒険してないじゃないか。ハンターや傭兵って名前でもいいし、寧ろそちらの方が合った名前だと思わないか?」
いったいどんな理由があって冒険者ギルドなんて名前になったのか。
非常に気になる。非常に知りたい。冒険者の夢を持ってからずっと。
そうだ、夢を持ってから冒険者ギルドの奴等が冒険者を名乗るのが嫌いだった。
便利屋風情がそう名乗るのは、冒険者への冒涜だと思っている。冒険者ってのは様々な場所に行って知らないことを知る、そんな奴のことだからな。故郷の村に冒険者ギルドの人間がやって来た時も、僕はあの人間のことが気に入らなかったんだ。モンスターを退治してくれたことには感謝しているが、仕事と人間の評価は全く違う。
「そのことですか。実は200年以上前、実際に冒険をする冒険者のための施設だったそうです。旅をするならお金の問題は切って離せないですからね。金欠な冒険者にモンスター退治の仕事を与えたそうです。町の人はモンスターが居なくなって安心。冒険者はお金を貰えて満足。冒険者という職業名やギルド名なのは、かつて人気だった名前が今も使われているからですね」
「へえー、なるほどね。謎が一つ解消されたよ」
理解した。納得もした。まあ、気に入らないのは変わらないがな。
「つまり、この施設本来の役目を果たす時が久々に来たわけだ。僕は、冒険をする真の冒険者だからな。ギルドを設立した創始者には感謝の念が溢れてくるね」
施設の創始者も本来の役目を果たせて嬉しいだろうな。
ふっ、創始者、真の冒険者がここに居るぞ。僕がこの施設を有効利用しよう。もう亡くなっているだろうが死後の世界から見ているがいい。冒険者としての僕の人生、見るなら絶対に退屈はさせない。これからとても面白いことにいくつも遭遇してみせるからな。そして――。
「ノーザン! お前を今日でパーティーから追放する!」
……人が気持ちよく思いに耽っているのにうるさいな。
元から静かな場所じゃなかったが今の声はうるさすぎる。公共の場であんな大声を出したら迷惑だとか考えないのか。やれやれ、大声を出したのはいったいどんな奴だ。顔くらい見ておくか。
中央のテーブルに居る集団だな。周りの奴等の視線がそこに向いている。
「ま、まだパーティーに入って3日じゃないか。今日のミスは本当に申し訳なかったと思ってる!」
「あのなノーザン、お前が必死に頼んできたからパーティーに入れてやったんだぞ。お試し期間ってやつだよ。お前のことは噂でしか知らなかったけど、弱くて足手纏いという噂は本当だったぜ。お前は俺の仲間に要らない。お前みたいな奴は掃除とか買い物代行とか低ランクの依頼をやっときゃいいんだよ」
大声を出したのは偉そうにしている男か。
仲間っぽいのは女2人、抗議してる男1人。
「……受付嬢さん、あれは何だ?」
「あの方々は『魔壊』というパーティーです。リーダーのボロウさんと女性2人のパーティーだったのですが、先日ノーザンさんという方が加入しました。しかし、追い出されているようですね」
パーティー、ね。冒険者ギルドでは数人が協力して仕事するのが一般的だったな。まあ僕は誰かと組む気はない。人数が増えれば増える程に報酬が分配されて減っちまうからな。どうしても1人じゃ無理って仕事じゃない限りは誰とも組まないぞ。
しかしパーティーを作るとパーティー名ってのが決められるのか。それは少しやってみたいかもなあ。あの騒いでいるのは『魔壊』だったっけ。魔を壊す。いかにもモンスター退治しますって感じの名前。現代の冒険者にぴったりなネーミングだ。
「あと1日、1日だけでもパーティーに居させてくれ!」
「ダメだね。お前より優秀な奴なんて数え切れない程居るんだ。お前を仲間にし続ける意味がない。追放決定」
ノーザンだったか、彼は実力不足で追い出されるところらしい。
「追放、ね。受付嬢さん、ああいうのよくあることなのか?」
「対人関係が上手くいかずにパーティーを脱退する人は居ますね。あちらのノーザンさんは実力不足が原因なのですが、もう13回もパーティーの脱退を繰り返していまして。ギルドのちょっとした問題になっています。私や他の受付嬢が転職してはどうかと話したのですが、本人は絶対ここで働きたいと言っていまして」
「おいおい、懲りない奴だな」
13回もパーティー脱退……いや、追放だな。
自分から辞めるならともかく彼の場合は追い出されている。
実力不足だって本人は理解出来ていないのか? 適材適所って言葉もある。無理にモンスター退治なんてせずに、誰でも出来る雑用の仕事をすればいいのにな。ギルドに迷惑掛けてるって分からないのかね。
「ギルドから追放しちまえばいいんじゃないか?」
「さ、さすがにそれは出来ませんよ。ギルドマスターの許可がないと」
「ふーん。随分と働き手を大事にする場所なんだなギルドって」
まあ彼が追放されるのは彼自身の問題。僕には関係ない。
関わることもないだろうし、彼について考えるのは頭の無駄遣いか。
「戦闘向きの天能を持ってさえいれば、ノーザンさんも早く強くなれるんですが。……そういえば、ヘルゼスさんは自分がどんな天能をお持ちかご存じですか? 宜しければギルドでお調べしますよ」
この世界では誰もが生まれつき天能という特別な力を持ち合わせている。
例外はない。あのノーザンだって何かしら持っているはずだ。
「必要ない。僕の天能は〈剣術〉だよ」
「剣の扱いが上手くなる天能ですか。良いですねえ」
本当は違うが僕の天能は秘密にした方がいいんだ。
強すぎるからね、多くの人間に知られたら大騒ぎになる。
秘密を話す人間は慎重に選ぶ必要がある。
「さて、ヘルゼスさんにはこれから新人研修を受けてもらいます。最低限の知識と戦闘の心得を担当者が教えた後、筆記テストと実技テストを受ける流れになると思います。頑張ってくださいね」
「ああ。色々教えてくれてありがとう」
金が無いってのは深刻な問題だ。さっさと研修を済ませて仕事の依頼を受けなきゃな。今日中に金を稼がないと宿の温かいベッドで眠れないし、まともな飯も食えない。