episode 1. -past Day1-
-past-
「花鈴ちゃん、 テラス席のお客さん帰られたから、片付けお願いしてもいいかしら?」
「分かりました!」
「今日は風強いから気をつけてね。」
「はーい!」
それは、16歳の春休み。
この日も、いつものように近所のカフェでバイトをしていた時の事だった。
「あっ、風が…!」
テラス席の片付けをしていると、突然吹き出した風に煽られて、一瞬のうちにテーブルクロスが宙を舞う。
「待っ…! うわぁっ、! 」
" バシャっ!! "
飛ばされたものを掴もうと、咄嗟に走り出した私は
中身がまだ少し残っていたグラスを持っていたままで。
たまたまお店の前を通りかかった人とぶつかってしまったのだ。
「ごめんなさい…!服が…」
「僕は大丈夫ですよ、怪我してませんか??」
「私も大丈夫です。あっ、でも、このままだと風邪引いちゃいよね、、!あの、私もうバイト終わる時間だし、店長に事情説明するので中に…!!」
やってしまった。
事故とはいえ、初対面の人…しかも、男の人にいきなり水をかけてしまうなんて。
店長に事情を話して着替えを用意したものの
ここは、もう一度ちゃんと謝って、、、
「あの、」
「…!!」
「変わりの服、ありがとうございます。」
「 い、いえ! 元はと言えば私のせいですし…。ほんとにすみませんでした…!!」
ぎゅっと目をつぶって、頭を下げる。
男の人は…、少し苦手。普段お父さんと先生くらいしか話さないし、それに何を考えているのかわからないから。
だから、こんな時でさえも、きちんと謝りたいと思っているのに
相手の顔すら見れないまま、緊張で手が震えてるのが自分でもよくわかる。
「顔、上げて下さい。ほんとに、僕は大丈夫ですから。」
「でもっ、」
「じゃあ、お姉さんこの後暇ですか??」
「…へっ、?」
「行きたい場所があるんですけど、男1人だとちょっと入りずらくて。一緒にどうですか??」
「えっと、、、」
「あっ、いや!変な意味とかじゃないよ?! ほんとに、誓って何もしないから!」
思いもしない言葉に、顔を上げてみれば
顔を真っ赤にしながら、必死に誤解を解こうとしているその人が、私には悪い人には見えなくて。
「わかりました。準備するのでちょっと待って貰ってもいいですか?」
「ほんと?! やった! じゃあ決まり!!」
なんてそう言って、くしゃっと笑うその人の笑顔に
不覚にもドキっとしてしまう。
「あのっ、ここは…??」
「前から気になってたケーキ屋さん!! ショートケーキが有名みたいなんだけど、ここいつも女の人ばっかりだから男1人だと入りずらくて。もしかして、甘いの苦手だった??」
「いえ…! 甘いものは大好きです。」
「そっか、それなら良かった! あ、そういえばまだ名前言ってなかったね。僕は、立花詩音。」
「春野花鈴…です。」
話をしてみると、立花詩音と名乗るその人は、私と同じ16歳で、最近この辺りに引っ越して来たらしい。
普段なら、自分が男の人と話をするなんて滅多にないけれど、甘いものが好きという共通点から話は盛り上がり、凄く楽しくて
時間なんて、あっという間に過ぎていった。
「遅くなっちゃってごめんね。」
「ううん。あの、今日はほんとにお洋服すみませんでした…!」
「全然大丈夫だから、気にしないで。それに、僕は花鈴ちゃんと話せて楽しかったし!!」
「私も、凄く楽しかったです!」
「それなら良かった! …じゃあ、僕はそろそろ行くね。」
くるりと私に背を向けて歩き出す後ろ姿に
" 行かないで欲しい " なんて。
そう感じてしまう自分はどこかおかしくなってしまったのだろうか。
だって、私はあんなに男の人が苦手だったのに。
たった数時間一緒に居ただけで、こんなに離れ難くなってしまうなんて…
でも。
" 行かないで " なんて、そんな事を伝えても困らせてしまうのは目に見えてるし、連絡先を聞く勇気すら私にはない。
だから、今日のことはいい思い出にしようって自分に言い聞かせた。
…言い聞かせたはずだったのに、、、
「待って…!!」
「…っ、! え、なんでっ、」
ぐいっと腕を引っ張られるのと同時に、逆方向に進んだはずの彼が、そこに居て。
「引き止めてごめん…!! でも、やっぱり僕後悔したくなくて!」
「後悔…?」
「今日1日でこんなの、信じて貰えるかわからないけど…。
好きです! 僕と、付き合って下さい!」
突然のことに、一瞬何が起きたのかわからなかった。
でも、差し出された右手が震えているのを見れば
今日初めて会ったとか、まだよく知らないとかそんなのもうどうでもいいほどにドキドキと高鳴る心臓。
自分の気持ちに嘘をつくとか、そんなこと出来なくて。
「私も、詩音くんのことが好きです。」
差し出された手をぎゅっと握ると、嬉しいような照れくさいような、
そんな表情の彼が同じように私の手を握り返す。
不器用ながらに繋いだ手から伝わる温もりは、今までにないくらい温かくて。
「これからよろしくね、花鈴ちゃん。」
色づき始める桜の木の下。
見慣れた桜並木が、なんだかいつもより綺麗に見えた。
そんな、初恋の始まりだった。