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後編

 さて、目的のブツは手に入った。あとは帰還するのみなのだが、太陽はすでに山の向こうに隠れており、辺りは薄暗くなっていた。完全に日が落ちるまで、あとわずかしかない。


(ここで野営するしかないか……)


 できれば危険地帯から一刻も早く離脱したいところだが、魔物のいるこの森で暗闇を走り続けるのは無謀である。素人にとって、夜通し移動するのも野営するのも危険には違いないが、どちらがより危険かといえば移動するほうだろう。

 それに、魔女の言う通りに大蒜に魔除けの効果があるなら、ここの群生地は比較的安全なのではないか。実際、今のところこの周辺では魔物や野獣を見かけていない。


 森の外縁部でなら一晩野営した経験はあるが、これほど深く入ったところでの野営は初めてだった。しかも単独である。普通は複数人で交代しながら野営するものだ。

 とりあえず、灯りと暖をとるために焚き火を起こす。夜空は快晴で、満月が昇っており、開けた場所なら本を読めるくらいの明るさはあった。ただ、それでも不便は不便なので火をつける。灯りは目立つので、魔物を引きつけてしまう恐れもあるが、そこは大蒜の効果に期待する。


(せっかくだから、大蒜焼いてみよっか)


 リリィは採取した株の一つを取り出し、球根部分をばらして皮をむいた。採ってから時間がたっていないせいか、それだけでも強烈な臭いが漂ってくる。前世の記憶にあるよりも、ずっと濃厚な臭いだった。

 それらを鉄串に刺して、焚き火にかけた。

 当然ながら、大蒜の焼ける臭いが辺りに立ち込める。そりゃあもう、料理を引き立てる香りというレベルを飛び越えて、いっそ刺激臭と言っていいくらいに暴力的な臭いで。


「ぶはっ!? げほっ! こ、これはいくらなんでもきっつい!」


 これが採れたてだからこそなのか、それとも魔の森に繁殖する野生種だからなのか。

 でも、これほど強烈ならば、効果のほうも期待できそうだった。きっと自分の忌まわしい体質を打ち消してくれるに違いない。

 しばらくすると、火が通ったせいか、臭いはいくらか和らいできた。


(そろそろいいかな?)


 熱くなっている鉄串の根元を布で包んで取り出すと、恐る恐る口に運んだ。

 表面は焦げて半ば炭化しているが、中はしっとりとしていた。


(おいしい!?)


 臭いで警戒していたが、味のほうは意外と美味だった。滋養強壮に効くという独特の味に、ほんのりと甘みも感じられる。アツアツのホクホクだから、というのもあるかもしれない。塩を振ればなお良さそうだ。醤油があれば絶対に合うはずだが、あいにくよくある転生モノの物語同様に、この国に醤油は存在していない。

 さすがにこれだけで腹を満たしたいとは思えないが、肉料理の付け合せとして充分いけそうである。フライにしたら無限にポリポリといけてしまいそうだ。……臭いの主成分であるアリシンを気にしなければ、だが。


 今焼いた分をすべて食べ終えたところで、異変を感じた。


(ん……? 胃が変という異変……いや、そーじゃなく。なんか胃袋の中からあったまってくるよーな……?)


 自分でツッコミを入れながら、腹をさする。大蒜の食べすぎで気持ち悪くなった、というわけではない。

 最初は胃のあたりの緊張がほぐれて弛緩するような感覚があり、次いでだんだんと熱を持ち始めた。その熱はしだいに全身へと広まっていき、筋肉の疲労が抜けていくような気がした。さらには、全身に力がみなぎってくるかのような感覚さえあった。


(モリモリと力がわいてくる? いやいやいや、いくらニンニクが健康にいいからって、こんなあからさまな変化があるわけない……けど、もしかしてこれ、魔女さまが言ってた魔法関係の効果なのかしら)


 老魔女のところで大蒜を試したときは、効果こそすぐ現れたが、体感できるような変化はなかった。

 リリィに魔力があることは判明していたが、魔法は発現していなかった。魅了の臭いも自分で意識して使っていたわけではない。魔法の効果についても見当がつかない。

 もしかしたら〔身体強化〕みたいなものだろうかと思いつつも、そこまで筋力がパワーアップしているようでもない。



 いったいこれは何なのだろうかと考えていたところ、不意にゾクッとする悪寒を感じた。

 気のせいではなく、実際に辺りに冷気が漂いだしていた。

 周囲を見回していると、先ほどまで何もなかった数メートル先の空間に、突如として人影が現れた。まるで前世のフィルムのコマを飛ばしたかのように、何の予兆もなく、さっきからそこにいたかのように佇んでいたのだ。

 月明かりで見える人影は三十代になるかどうかというくらいの男だった。気品のある丹精な顔に、金髪をオールバックでなでつけ、細身で180cmはありそうな長身痩躯に黒のタキシードを身にまとい、さらには裏地が真っ赤なマントをかけていた。

 ぱっと見は貴族のイケメン青年という風体だが、危険な魔の森においては違和感の塊でしかない。怪しいことこの上なかった。

 それに、男の風体は前世の物語に出てきたナニカにそっくりで、鳥肌が立った。


「おやおや。このような時間、このような場所に、幼い少女がいるとは奇妙なことがあるものだ。お一人かね?」


 男の声はまた妙に美声なのが、なんとなく癇に障る。リリィはもっとオヤジ臭いダミ声のほうが好みなのだ。


「えー、たまたま野草の採取に訪れていただけですので、おかまいなく……」


 街中で話しかけられたなら、相手が誰かを問うたり、自己紹介のひとつもしたかもしれないが、こんな森の奥で遭遇した不審者相手に不必要に情報を出す必要もない。ただでさえ、フェロモン体質のせいで、男性相手には警戒心が強いのだ。


「野草というと、そこらに生えているひどく悪臭を放っている大蒜かね?」

「え? ええ、まあ、そうですけど……」

「くくく……たしかに大蒜には魔除けの効果がありそうだなあ。だが、少女よ。知っているか? 大蒜の魔除けの効果は、低位の魔物に効果はあっても、高位の魔物には効かんということを」

「は?」


 男の端正な顔がニタリと歪んだ笑みを浮かべた。下劣な品性がにじみ出ているかのような、醜悪な笑顔だ。いくら地がイケメンでも、この顔はドン引きである。


「高位の魔物であれば、大蒜の臭いを嫌ってはいても、我慢できんほどではないのだよ。そう、我輩のような、上級の『吸血鬼』であればな!」

「ひいぃっ!? や、やっぱりいぃぃ!」


 言葉と共に、男の口元から鋭く尖った牙が急激に伸びてくる。同時に、その体がふわりと宙に浮かび上がった。

 なんとなく、そーいう類の奴なんではないかという気はしていた。前世では物語の中にしかいなかったが、この世界では現実に存在する怪物だというのは話には聞いていた。しかし、魔の森の中とはいえ、深層よりはずっと浅いこんな場所で遭遇するとは夢にも思わなかった。

 思わず手にした大蒜を投げつけたが、奴が言った通り、何の効果もなかった。


「無駄無駄無駄ァーーッ! 言ったであろう? 紳士である我輩には大蒜など効かぬのだ! 少女よ、いや、幼女よ! 我が餌食となることを光栄に思うがよい!」

「紳士ならば『YESロリータ! NOタッチ!』」

「いやいや、紳士であればこそ、ロリは見逃せないのだよ。さらに、我が眷属とすればいずれ立派なロリババァな吸血鬼となるであろう! 真なる合法ロリが今ここに爆誕するのだ! デュフフフ……」

「真性の変態だった!? ち、近寄ってくんなぁっ!」


 男の発言はだんだんと、前世にいたような特殊性癖者(ロ○コン)な感じに変化していった。

 何やら、会話の中にこの世界には存在していない単語や概念が混じっているのだが、そのことに双方とも気づいていない。


「ぐふふ……さあ、おじょうちゃん、おとなしく我が牙の餌食に……むっ!? なんだこれは!? 臭いだけでなく、魔力の圧まである!?」

「え?」


 なぜかはわからないが、吸血鬼はひるんで後ずさった。演技でやっているようには見えない。

 ふと、リリィは妙なことに気づいた。彼女が言葉を話すたび、そして呼吸で息を吐くたびに、それに応じて前方で強い風が生じて、辺りの草が揺れ、砂埃が舞い上がっていた。

 その意味はわからない。どういう理屈なのか、想像も付かない。だが、彼女は直感に従って、目いっぱい息を吸い込んだ。


「すぅぅーー…………はあぁぁぁああああーーーっ!」


 そして、一気にそれを吐き出した。

 それはただの吐息のはずだった。だが、それこそが大蒜によってもたらされた魔法の効果なのか、彼女の吐息は光の粒子を伴った暴風となって、男に襲い掛かった。それは伝説の竜の息吹(ドラゴン・ブレス)を彷彿とさせるものだった。

 

「ぎゃああああああああああああああ!」


 暴風にさらされて、男の衣装も、皮膚もボロボロに腐食して消し飛ばされていく。

 これが魔の森のニンニクによる効果なのか、どうやらリリィの吐息には魔法的な効果があったらしい。自称吸血鬼の男は、あからさまに大きなダメージを負っていた。


「ぐはっ! な、なんたることだっ! き、貴様っ! クサいうえに、聖属性まで持っているのかっ!?」

「女の子に向かってクサい言うな!」


 聖属性とはどういうことかと思ったが、それを聞く前に男は逃走しだした。


「くっ、ロリっ子よ、さらばだっ! また会おう!」

「おととい来やがれぇっ!」


 不吉なことを言いながら、吸血鬼の姿は現れたときと同じようにふっと掻き消えた。

 消えたと見せかけて、また近くに現れるのではないかとリリィは警戒していたが、一〇分待っても二〇分たっても、再襲撃はなかった。そこでやっとリリィは安堵した。


「はぁ~~、もうだいじょうぶそうかしら……?」


 気が抜けたせいか、ふと出たため息には特殊な効果はなにもなかった。



 それから空が白み始めるまで何事もなく、太陽が昇り始める頃にリリィは家路についた。

 大蒜の効果もあってか、帰り道では魔物にも野獣にも遭遇することなく、無事に森を出て家に帰り着くことができた。



 後日、リリィは森の中での出来事を相談しに、再び老魔女のところを訪れた。

 魔女が言うには、突風のごとき吐息の勢いは、魔の森で魔力を帯びた大蒜によってそういう魔法が開花したのだろうとみられた。魔力制御の訓練次第で、威力を自在に操れるようになるだろうとも。


 そして、リリィは聖属性を持っているとのこと。魔物が忌避するニンニク臭の混じった吐息(Breath)に、さらに聖属性による祝福(Bless)が乗っていたため、不浄の魔物である吸血鬼にも甚大な効果をもたらした、ということのようだ。

 ゆえに、彼女は自身の必殺技を「ホーリー・ガーリック・ブレス」と名づけ……ようかと真剣に考えつつあったところで、正気に戻った。


「聖属性だろうとなんだろうと、乙女がニンニク臭ってダメすぎるでしょうがぁーーっ!」


 何気に、吸血鬼にまで「臭い」と言われたのが尾を引いていた。

 とはいえ、懸案であったフェロモン体質が解消されたのは事実であり、今後とも大蒜が手放せないのは間違いなかった。


 その後、リリィは自宅そばの畑に大蒜を植え、栽培を始めた。

 香辛料としても使えるため、まずは家の宿屋の食堂で使い始めた。その評判は近隣にも広まって、出荷していくことになり、リリィの家の収入に貢献することなった。

 襲われることもなくなって、リリィは喜んだ。……臭いが体に染み付いてしまったことを除けば。





 彼女はまだ知らない。彼女が転生したこの世界が、前世で販売されていたとある乙女ゲームに酷似した世界であり、彼女自身がそのゲームにおける主人公(ヒロイン)に相当し、あの変態吸血鬼がゲームのラスボスに相当することを。

 そして、その乙女ゲームのストーリーが開始する以前の段階で、フラグのすべてをニンニク臭のみによって粉砕していたことを。

 彼女が異常なフェロモンを発していたのも、ヒロインが攻略対象の男どもを魅了するというゲームのストーリーを展開していく上で、必須要素だったのである。もはやストーリーは完全に破綻していたが。

 彼女がその事実に気づく日が訪れるかどうかは、定かではない。


〈了〉


 お読みいただきありがとうございます。

 もし気に入っていただけたら、評価をつけてもらえるとうれしいです。


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